第12章 守る
――「どうした?何も出来やしないのに、一丁前に悔しいって顔しやがって。」
ヘラヘラと笑い、剣を肩に乗せケイに近づく盗賊。
「くそっ…!」
ケイは背中にかけた弓を持ち、もう片方の手のひらを上に向ける。
念じる様に目を閉じると細い蔓が手のひらから出現し、捻れながら先の尖った形状に変わっていく。
「お前、そりゃなんだ?」
盗賊は歩みを止め、目を丸くする。
「君達には関係ないよ。それより、さっさと立ち去ってくれないか?」
ケイは淡々と盗賊にそう言い放つ。
「あ?調子に乗ってんじゃねーよ!死ねガキ!」
勢い良くケイに向かって走り出した盗賊。ケイは狙いを定めて矢を放つが、軌道を読まれ躱されてしまう。
「当たらねーよばーか。あーあ、さっさとこいつ殺して女エルフで楽しみたいぜ。」
次の矢を放とうとしたケイの動きがピタリと止まる。
「…ちょっと待て。お前達だけじゃないのか…?」
二人の盗賊は下卑た笑いを浮かべ近づく。
「六人だ。今頃リーダー達は楽しんでるんだろうなぁ。服を剥ぎ取り、嫌がる女を無理やり…。想像しただけで興奮するぜ。」
ドクン、と心臓が高鳴り、血の気が引いていく。
矢を構えていたはずの手はだらりと落ち、目を見開いたまま虚な目で盗賊を見る。
「何ぼーっと突っ立ってんだよ!」
ケイの頭へ振り下ろされた剣。
咄嗟に躱したケイだったが、態勢を崩し地面に転がる。
「くっ…!」
肩から血を流し、片膝をついて盗賊を見上げるケイ。
「助けに行くか?それともお前も加わるか?良いぜ。一緒に楽しもう。」
盗賊がケダモノの様な笑みを浮かべる。
「ふざけるなっ!…くそっ!くそっ!!!」
バッと立ち上がり、負傷した肩を抑えながらシーラ達の方へ走り出したケイ。
「待てよクソガキ。そんなに興奮するんじゃねぇよ!」
ヘラヘラと二人の盗賊はケイの後を追って走った。
シーラとメズリは地面に仰向けで寝かされ、それぞれ二人の男に両腕と両足を掴まれていた。
身動きが取れず、目の前の男達を睨み続ける。
「低脳な猿め!力尽くでないと何も出来ないケダモノ!」
メズリはそう言うと、必死に拘束された腕と足を動かし続ける。
「ちっ。こいつうるせーな。」
盗賊は大きめの石を拾い上げ、ニヤニヤと笑う。
「おい、こいつの口をこじ開けろ。」
「かっ…こっ…!」
固く閉ざした口を無理やりこじ開けられ、石を詰められるメズリ。気丈な眼差しで、組み伏せる盗賊を睨みつけるメズリは涙を流し、同じく地面に組み伏せられたシーラへ視線を向ける。
「うぅ…。うぅぅ…!」
メズリは声にならない声をあげ、盗賊の手が緩んだ隙にシーラに手を伸ばす。しかし、その手が届くことはなく、再び強い力で腕を抑えられた。
目の前でシーラの衣服が破られていく中、メズリはただ涙を流し続ける。
「メズリ…助けて…」
シーラはか細い声でメズリにそう言うと、空を見上げて目を閉じた。
「姫ぇ!メズリィ!」
突然の声に盗賊達は振り返る。
「お前達、何やってるんだぁっ!」
オズリは眉間にシワを寄せ、盗賊達へ走っていく。
「あー、デブがきやがったよ。…ったくめんどくせぇ。」
そう言うと盗賊のリーダーはシーラの顔に剣を突き立てる。
「おいデブ。それ以上近づいたらこいつを殺す。」
「なっ…!姫…!」
オズリは走るのをやめ、ギリギリと奥歯を鳴らしこめかみに青筋を浮かべる。
「よしよし、良いぞ。言うことを聞かなければすぐにこいつを殺すからな。それにしても、お前こいつを姫と呼んでいるが、こいつはグリフィット国の姫か?」
オズリは黙って睨み続ける。
「…その反応、間違いねーな。」
盗賊のリーダーは冷ややかな笑みを浮かべ、仲間に命令する。
「おい、お前ら二人であのデブの相手をしてやれ。なぁに、反撃はされないさ。なぁ?デブ。」
シーラの顔を舐める様に剣先が這っていく。
「…オズリ。」
シーラは恐怖と絶望の眼差しをオズリに向ける。
「良いサンドバッグだ。おいデブ、覚悟しろよ。」
二人の盗賊がゆっくりオズリに近づくと、オズリは覚悟を決めた様に口を開いた。
「姫…。メズリ。オラはこんな奴等に負けねぇ。かかってこい…!」
「はぁっはぁっ…。」
息を切らし、シーラ達の元へ急ぐケイ。後ろから二人の盗賊が徐々に距離を詰めてきていた。
「情けねぇ奴だなぁ。リーダーの所に行った所でどうにもならねえってのによ。」
そんな盗賊の言葉にケイは悔しさを顔に滲ませる。
「何で…!何で僕はこんな奴等を…。」
「何だって?…おい聞こえたか?こいつ一人でぶつぶつ言ってるぜ。」
「あぁ聞こえたぜ。俺達に追われて頭がおかしくなったんじゃねーか?」
森に盗賊の馬鹿にした様な笑いが響く。
ケイは唇を噛み締め、ギュッと目をふさぐ。
「…助けて。」
ケイの耳に、か細い声で救いを求めるシーラの声が聞こえた気がした。
パッと目を開き見ると、森が少し開けた場所でオズリと二人の盗賊が戦っている。
「良かった。オズリが既に…っ!!」
ケイの顔に力が入る。
一方的に攻撃を受け、ただ耐えるオズリ。その後ろで両腕を拘束され、乱暴に衣服を剥ぎ取られたシーラとメズリ。
ケイはそんな光景を目の当たりにし、力強く叫んだ。
「うわぁぁーーーっ!!!」
地面に手をつき、その場にいる盗賊全員を射抜く様な鋭い視線で見渡し位置を把握する。
その瞬間、地面から無数の草が生え広がり、捻れた細い蔓が盗賊達を次々に絡めとる。
「ひっ!な、何だこれ!」
シーラとメズリを抑えていた盗賊は首に巻き付く蔓を解こうと必死にもがいている。
「姫ぇっ!メズリ!」
オズリは真っ先にシーラとメズリに駆け寄ると、もがく盗賊へ拳を振りかざす。
「はぁっ、はぁっ、」
ケイは腕を抑えながらシーラとメズリの元へ向かう。
身を起こし、縮こまりながら座る二人に剥ぎ取られた衣服を体の上にそっと掛けた。
「…ケイ。あなたが…。」
シーラは声を震わせながら呆然とケイを見る。
「……うん。」
ケイの脳裏にあの少女の言葉が浮かび、視界が歪む。自分がちゃんと立てているか、確認する様にわざとその場で一度足踏みをし、歪んでいく視界の一点を見つめるケイ。
「…とう。ありがとう…ケイ。」
不意に聞こえたその声は、ケイの歪んだ視界を元に戻す。
高鳴る心臓。気付けば口を閉ざし、ケイは鼻で呼吸をしている。
「…無事で良かった。もう…大丈夫だよ。」
ケイの優しい言葉に涙が止まらないシーラ。ケイに抱きつき、いつまでも泣きじゃくるシーラの震える肩に、ケイはそっと支える様に手を添えた。
ケイを襲った二人の盗賊と、シーラ達を襲った四人の盗賊を拘束したまま一か所にまとめ、地面に転がす。そして、怯える盗賊達を見下ろしながらメズリは冷たく言い放つ。
「絶対に許さない。死ね。」
「なぁメズリィ、オラこんなに人を殺したいと思ったのは初めてだぁ。なぶり殺しても罰は当たんねぇよなぁ。」
オズリは拳を握りしめ、既に気絶している盗賊のリーダーともう一人の顔を殴りつける。
「じゃあわたしはこの四人を…。」
盗賊の持っていた剣を手に取り一人の喉元に当てる。
「ま、待って…ぐぇ」
躊躇なく引かれた剣で喉を切り裂かれた盗賊は、血を噴き流しながらゆっくり息絶える。
隣で死んでいく仲間を見た盗賊は、顔を真っ青にしながら口を開いた。
「な、なぁ、頼むよ…。俺はリーダーに脅されていたんだ。本当はこんな事やりたくなくて…。ぐっ!」
肩に剣を突き刺し、メズリは冷酷に笑う。
「あらそうなのね。それは気の毒だわ。」
「す、すみませんでした…。あっ…」
喉を切り裂かれ、静かに息絶える男を見下ろすメズリ。そして自分の口に石を詰め込んだ盗賊へ視線を向ける。
「あ、オズリ!その男の口に大きめの石を詰めこんでくれる?口を無理やりこじ開けて押し込むのよ。」
「よぉし、任せろ。」
オズリは殴りつけるのをやめ、石を探し始めた。
少し離れた位置から座ってその様子を見るケイとシーラ。
「…自業自得だよ。あいつらは君達を辱めようとしていた。もしかしたらそれ以上の事も。」
「やめて。分かっているから…。言わないで。」
震えは止まったものの、ケイの体に身を寄せるシーラは小動物の様に体を縮こませ、ケイの言葉を遮る。
そして少し体を離し、ケイの目を見てシーラは問いかけた。
「あなたは拘束するだけ?殺さないの?」
ケイは一度シーラから目を離し、顔を伏せる。
二人の間に静寂が訪れ、ケイの視界がまた歪んでいる。
「殺さない…。いや、殺せない…のかも。」
シーラは突然グッとケイの腕にしがみつき、笑みを見せた。
「そんなに悲しそうな顔をされると辛い目に遭ったのはどちらか分からなくなりますわね。わたくしはあなたに救われた。だからこうして笑えるの。…あなたにも、笑っていてほしいですわ。」
ケイは、シーラのその言葉に、思わず涙を流してしまう。
「シーラ…。ありがとう。ごめんね…。」
シーラの笑顔が涙でボヤけてはっきりと見えない。
「何謝ってますの?…ふふ、こちらこそ、ありがとね。ケイ。」
シーラはスッと立ち上がり、ケイに手を差し伸べる。
「さ、わたくし達も行きましょう。あんな連中の顔はもう見たくないからさっさと終わらせる様メズリ達に伝えますわ。」
ケイは差し出された手を取り立ち上がる。目に溜まった涙を拭う。
「そうだね。船の時間もあるし…って、ピンキーネモはどうするの?」
シーラは笑顔を作り答える。
「ピンキーネモは見れたからそれで十分よ。盗賊達に踏み潰されたのは残念だけどね。こんな危険な目に遭って、また探そうなんて気分にはならないわ。」
「そう…。」
ケイはグシャグシャに潰れ、泥に塗れたピンキーネモを一瞥する。
「いつになるか分からないけれど、また探しにこよう。平和な世界で。」
メズリ達へ向かって歩くシーラはその言葉に振り向く。
「平和な世界…いいですわね、それ。」
「でしょ?」と笑うケイの目は、決意と覚悟が宿っていた。
口に石を詰められ、顔を痛々しく腫らす男。顔は青ざめ、既に息もない。
「さ、あとはこいつだけだなぁ。」
拳に盗賊の血を付けたオズリはリーダーと呼ばれていた男へ詰め寄る。
しかしリーダーの男はオズリではなくケイを睨む様に見ていた。
「…クソが。てめーだったとはな。」
「なに?どういう事?」
ケイは眉をひそめて問いかけると、リーダーの男は「あぁ?」と怒り気味に言葉を続ける。
「とぼけてんじゃねーよ!てめーのそのおかしな能力で俺達みたいなのを襲っているだろーが!」
ケイの目が大きく開き、額に嫌な汗を滲ませる。
「も、もうそんな話がここまで…!どこまで知っているんだい?知っている事を全て話すんだ。」
リーダーの男は睨みながら淡々と答える。
「お前に話す事は何もない。ただ、女だと聞いていたのはてめーがナヨナヨしてるから間違われたんだろーな。」
唾をケイに向かって吐き捨て、馬鹿にした様に笑う。
「女だと聞いていた?何を言ってるんだ…?」
「さぁ、さっさと殺せよ。それともまだ俺と楽しくお喋りしたいのか?」
リーダーの男は座ったまま不敵な笑みを見せる。
「ケイ、話が終わったのなら早く終わらせるわよ。こんな奴の顔、シーラ様の目に長く留めておきたくないわ。」
メズリは手の剣を持ち近づくと、喉元にあてがう。リーダーの男はメズリの胸部をまじまじと見ながらニヤリと笑みを浮かべた。
「あぁ、良い匂いだ。たまらなく興奮するぜ。てめーらを使えなかった事が唯一の心残りだな。」
「…死ね。」
不快感を露わにしながらメズリは剣を横に引いた。リーダーの男は下卑た笑いをメズリに向けたまま地面に倒れていき、最後に眉をひそめるシーラに視線を向けたまま絶命した。
――一時間後、買い物を終えたユウが港に停泊する船を見ながら呟く。
「こんなに買い物が長引くなんてな…。流石のケイも船を見る事に飽きているだろう。」
「待たせとけば良いのよ。ついて来なかったあいつが悪いんだから。それにあんただって試食品を美味しい美味しいって食べてたじゃない。」
フーがそう言うと、ユウは小さくため息を吐く。
「確かにそうなんだが…寄り道が過ぎると言うか。テオも気付いたらいなくなってたしな。爆弾作りで街の外へ行ったのかもしれないな。」
後ろでクッキーを食べながら歩くミリルが港に向けて指を差した。
「…怪我してる…。」
ユウとフーが目を凝らして指を差す方を見ると、一人の大きな体格をした男性が上半身の服を脱いて座っており、周りには2人の女性。
そして、その中にはケイとテオの姿もあった。
「ケイ!待たせてすまなかった!」
ユウの声に気付いたケイは、「おーい!」と手を振り、大きな声で言った。
「フー!この人の怪我を治してくれー!」
ユウとフーは一度顔を見合わせ、急いでケイの元へ向かった。




