第13章 渦巻く
――「何よこの人達は。あんた待ってる間何やってたの?」
フーはオズリの胸の辺りに手を当てながら、ケイに問いかける。
「んー、ちょっとね。この人がシーラ。この人がメズリ。今フーが治しているのがメズリのお兄ちゃんのオズリ。行き先は同じグリフィット国だよ。」
ケイが簡単に紹介すると、シーラがずいっと前に出る。
「わたくしはグリフィット国の女王、シーフリードの娘、シーラと申します。あなた達をグリフィット国へ案内しますわ。」
「え、ちょシーラ様!」」
メズリが慌てながら口を開く。
「この様な場所で堂々と正体を明かすのは…!」
「ケイの仲間よ?命の恩人の仲間に隠し事なんか出来ません。」
「それは…そうなんですが。せめて船に乗ってからでも良かったじゃないですか!」
「まぁ、確かに少し先走り過ぎましたかね?でも皆様に少しでも早くお伝えしたい事があるの。」
シーラはそう言うとケイに視線を向ける。
「わたくし、ケイの事が好きになりました。グリフィット国に滞在する間、常に一緒にいたいの。ダメかしら…?」
突然の告白。ケイは勿論の事、他のみんなも口を大きく開けて唖然としている。
「みなさん何を惚けていらっしゃるの?さ、早く船に行きましょう。ケイ、グリフィット国へ行く途中、イルカが挨拶をしてくれるポイントがあるのよ。一緒に見るのが楽しみだわ。」
上機嫌で船へ向かい歩くシーラ。
ちゃっかりケイの腕を掴み引き摺る様に連れていく。
「…メズリ、だったか?一体何があったんだ?」
顔を真っ赤にしながらシーラに連れ去られるケイ。そんなケイを見て苦笑いを浮かべるユウはメズリに尋ねる。
「はぁ…。私たち、盗賊に襲われちゃってかなり危ない状況だったんですが、ケイが助けてくれたんです。正直シーラ様がケイを意識している事は分かってたんですけど、まさかあんなに堂々と告白なされるとは…。」
「へぇ、そんな事が…。こんな街中にも盗賊は出るんだな。」
「いや、違いますよ?私たちピンキーネモって花を探しに北の森へ行ったんです。」
「は?」
ユウのキョトンとした一言。メズリは言いにくそうに眉尻を下げる。
「…シーラ様がピンキーネモという花が見たいと仰って、それが北の森にあるという事でたまたま居合わせたケイに同行を…。」
オズリの怪我を治し終えたフーが苦い顔をメズリに向ける。
「…とんだ災難ね。で、結局ピンキーネモは見つかったの?」
「いえそれが…目の前で盗賊達に踏み躙られて手元にはありません。」
「あー、それは、残念だったわね。まぁまた来れば良いじゃない。今度はあたし達も一緒に行くからさ。」
フーが明るく振る舞いそう言うと、メズリは申し訳なさそうに視線を落とす。
「ケイを危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした…。」
重たい空気が漂う中、テオがぶっきらぼうに口を開く。
「雑魚のくせにわざわざ街の外に出るからだ。あのデブも所詮は見掛け倒しだな。」
怪我を治してもらったオズリはニコニコと笑っている。
「妖精さんありがとなぁ。お陰で治ったぁ。」
そしてオズリはパッとテオに向き直る。
「オラ、あの時姫様達を人質に取られて何も出来なかったんだぁ…。お前の言う通り、見掛け倒しかもしれねぇなぁ。」
「テオ!そんな事を言うなよ!盗賊の姑息さはお前もよく知っているだろう?」
ユウに諭される様に言われたテオは、「ふん!」と船の方へ向き、歩き出す。
「あいつの言う事なんか気にしないで。バカだからさ、あいつ。それと、あたし達にそんなかしこまった言葉遣いは不要よ。」
フーはオズリとメズリに笑いながら言う。
「分かったわ。ありがとう妖精さん。」
「フーで良いわ。あとでこいつらにも自己紹介させるからね。」
「えぇ。よろしくね。」
「じゃあ俺達も船へ行こうか。ケイとシーラも待っているだろう。」
ユウ達は、ケイとシーラの後を追いかける様に船へ向かった。
「えーっと、先に乗船した方から切符は受け取っています。三人と一人の妖精さんで、もう一組はエルフの方がニ人ですね。…はい、あと少しで船を出しますのでごゆっくりどうぞ。」
ケイから先に切符を受け取っていた船乗りがそう言って甲板へと案内する。
すると、甲板の先端でシーラがニコニコとケイに話しかけている光景が目についた。
「ケイの奴、顔を赤くしながらシーラと話してるな。」
「あら、本当。ぷぷっ!シャイね。」
ユウとフーがそんな事を話していると急いで船へ乗り込む一人の人物。
「あー、良かった間に合った。グリフィット国行きは便が少ないのよねぇ。」
大きな独り言と共に甲板へ乗り込んできた女性。
肩に掛かる鮮やかな薄い緑色の髪を風になびかせ、大きな杖を床に突き立てる様に持つ。
「あら、へー、結構グリフィット国に行く人多いんだ。」
女性はユウ達を見ながらぎこちなくそう呟くと、いそいそと船内へと入っていった。
「随分大きな杖ね…。普通に歩いていたけど、どこか体が不自由なのかしら?」
フーが不思議そうにそう言い、ユウに視線を向ける。
「何だあの杖…凄い…!!」
目を輝かせるユウに、フーが首を傾げる。
「あんた、何言ってんのよ。」
そんなやり取りの中、乗組員は全員が船に乗った事を確認すると、下にいる作業員に大声で合図を出す。
「出航ー!」
その合図で船を繋ぎ止めるロープを勢いよく切り、船のマストへ帆が張られ、グリフィット国へ舵を進めた。
――その頃、グリスは東領地へ向かう途中遭遇した二人の盗賊を返り討ちにしていた。
「何でこんなに弱いのにお前らを根絶する事が出来ないんだ?虫の様に湧いてくる。…不思議だ。」
地に伏せる二人を見下ろしながら呆れた様にグリスは言い放つ。
「…くっ!ふ、普通は俺達に、逆らったりしない、からな。」
腹部を斬られ、苦しそうに喋る盗賊。剣を強く握る姿がまだ抵抗の意思を示していた。
「旅の全盛期。強者達が積極的に旅をしていた時代にはこんな事はなかった。一体いつからこんな世の中になってしまったんだ…。」
盗賊の胸に剣を突き立てるグリスは冷酷な目を盗賊に向けて続けて口を開く。
「お前がどれほどの悪事を働いたか知らないが、盗賊として生きている以上は覚悟してもらう。」
盗賊の目は虚になり、肩で息をしながら仲間へ視線を向けた。
血溜まりの中、苦悶の表情を浮かべたまま動かない仲間の姿を見て、悔しそうに奥歯を噛み締める。
メリメリと胸に食い込んでくる剣先。盗賊は突然目を見開き、最後の力を振り絞る様に声を上げる。
「…ローラン、様…っ!!」
盗賊は仰向けに倒れたまま、持っていた剣を横に振り払う。
ザシュ…。
グリスの靴に軽く当たった剣は、小さな切り込みを入れた。
盗賊はニヤリと笑い、静かに息絶える。
グリスは呆然としながら、既に息絶えた盗賊へ問いかける。
「…今、なんといった…?ローラン、だと…?」
盗賊の胸に突き刺さった剣をゆっくり引き抜き、鞘に収める。
「…聞き間違いか、人違いだ。きっとそうだ…。」
グリスは空を見上げ物思いに耽る。
「いつかまたお前に会った時、許してくれるだろうか…ローラン。」
北の空に浮かぶ、太陽に照らされた真っ白でふんわりとした雲。
ゆっくりと流れる雲の中に、黒く小さい何かが飛んでいるのが見えた。
「あれは…鳥か?…相当でかいな。」
その小さい何かは、西へと飛んでいく。
ふと、グリスの脳裏にユウとケイが浮かぶ。
「あいつら、グリフィット国で何もなければいいが…。」
そう言って、再び歩き出したグリス。」
「…あ。」
グリスは踵を返し、倒れた盗賊の元へ近づきしゃがみ込む。
「こいつらに金はいらねーからな。俺は無駄な事はせん。」
二人からお金の入った革袋を回収したグリスは今度こそ東領地へと向かい歩き出した。
――大きな翼を広げ、空を滑空する漆黒のドラゴン。
翼をはためかせ、一定の高度と速度を維持しながら進む。
そんなドラゴンの背中に剣を突き刺し、風に飛ばされぬ様体を支える一人の女。
黒い鎧を見に纏い、長い耳が露出して、その耳の先端が少し風に揺れている。
「グリフィット国か…。いつ以来かな。」
風を感じる様に両腕を広げながらグリフィット国の方角を見据え、視線を落とし、眼下に広がる草原を見る。
「今となっては思い出も何もない。…はずだ。殺したい程憎いのに、考えれば考える程別の感情が湧き出てくる。」
初めて見る空からの光景。その中にヒール国の街並みが遠くに見えだすと、女の目から涙が風に乗って飛んでいく。
「涙…。私もまだまだだな。…もし、また会う事があるならば…この憎しみを全てぶつけて殺してやる。…グリス。」
それを言葉にした瞬間、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなるが、女の表情は冷めたままだった。
――西領地の港を出て数時間後、グリフィット国の島が見えてきた事で船内が賑わいだす。
「ケイ!見てください!あれがグリフィット国ですわよ!」
シーラが指を差し、嬉しそうにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ほ、本当だぁ!上陸が楽しみだなぁ!」
ケイはシーラに合わせる様に、少し大袈裟にそう言って見せるとシーラは益々笑顔になりケイの腕にしがみつく。
「あいつ、ここに来るまでの間で相当疲れてるな。」
離れた場所でその様子を見ながらユウがそう言うと、「あはははっ!」とフーが笑う。
「魚の群れを見るだけで楽しそうにケイに見せてたもんね。あの2人、良いカップルじゃない。」
すると、隣でムシャムシャとクッキーを食べるミリルがぼーっと島を眺めながら呟く。
「……サンドワーム…異界の魔物。」
「え?なに?なんて言ったの?」
聞き取れなかったフーが問い詰めるが、ミリルはクッキー袋を覗いて再びクッキーを取り出し頬張り始めた。
「おい妖精!早く能力を俺に使え!…うっ。」
船内から出てきたテオがフーに荒々しくそう言うと、突然口を抑えながら甲板の手すりに駆け寄り、身を乗り出す。
「フー、わりいなぁ。こいつてんで駄目だぁ。」
後から船内から出てきたオズリは、テオの背中をさすってあげている。
「オズリ、あんたが謝る事ないのよ?テオ、あんたのせいでこっちは船旅を満喫出来ないでいるのよ?ちょっとは言い方考えなさいよバカ。」
フーは手すりに掴まり、苦しそうに呻くテオにゆっくりと飛んでいく。
「じゃ、頼むぅ。オラは荷物を船内から出しておく。ユウ、手伝ってくれぇ。」
ユウは「あぁ。」と返し、オズリと共に船内へと入った。
テオの背中に手を当てため息を吐き、集中するフー。段々と手が光り、その光はテオの背中にまとわりついてキラキラと輝きだす。
「…あぁ、ちょっとは楽に…うっ。」
「そんなすぐに楽になる訳ないでしょバカ!あんたとはもう二度と船に乗りたくないわ。」
真っ青な顔で島を見つめるテオ。口からヨダレの様なものを垂らして涙ぐんでいた。
船が島の港へ着港する。辺り一面に広がる砂の大地に風が吹き、砂が巻き上げられていく。
上陸した一行は荷物を船から下ろしていた。
「ここがグリフィット国…本当に砂ばかりだな。」
ユウはそこら中を舞う砂を見ると、目を細めながら言った。
すると、メズリがギュッと拳を握りしめながら、悔しそうに口を開く。
「今はね…これでも前は緑豊かな島だったのよ。サンドワームが草木を全て食べ尽くすからこんな乾いた地に…。」
「そうか…。そのサンドワームはどこにいるんだ?」
「この近くにはいないわ。あいつ直線にしか進まないから予測はしやすいの。」
「へぇ…でも直線にしか進まないなら海に入ってしまうんじゃないのか?」
メズリは首を小さく横に振る。
「そのまま海に落ちてしまえば良いんだけどね…。あいつ、生意気にも島の切れ目にぶつかったら方向転換するのよ。そこからまた直線に進んで…の繰り返しよ。」
「そりゃあ、鬱陶しいやつだな…。」
「えぇ、本当に。」
メズリは困った様に眉尻を下げる。すると、一緒に船に乗っていた、大きな杖を持った女性が突然会話に割り込んできた。
「サンドワームってどのくらい大きいの?」
メズリは突然話しかけられた事にやや驚きながら答える。
「えっと…そうね。長さはここからあの辺までと、高さは…あの大きな岩くらいかな。太さも同じあの岩くらいよ。」
「え?」
長さ、約十五メートル。太さ、約十メートルの、丸々とした怪物。それを知った女性は目を点にしてメズリを見る。
「え?って…。というよりあなたは何でこの島に?」
メズリにそう問われ、女性は我に帰った様にハッとなる。
「あ、すみません。わたしの名前はノエル。サンドワームを倒す為に来ました!…いや、やっぱり今の無しで。サンドワームを見に来ました!」
一際強い風が吹き、辺りの砂が一気に巻き上げられる。
ノエルの放った一言に口を開け驚くユウとメズリ。その口の中に、砂が勢いよく入り込み2人同時にむせ出した。




