第43章 衝突
——「…異世界か。」
ヒール国を目前にし、グリスは信じられないといった顔でユウをまじまじと見る。
「まぁ…そういう事なんだ。この能力も、ケイのあの能力もミリルの加護。俺達の世界はこんなに生々しい戦いはなかったからな。昔は戦争とかあったけど今は平和だった…。ミリルには本当に感謝している。」
ユウは背中に生えた両翼の確かな感触を確かめつつ腰に差した白銀剣シルヴァとノエルの持つ大きな杖を見る。
「俺達の世界では空想として語られているんだ。剣と魔法のファンタジー。」
「空想か…。まぁ俺達も魔法という概念こそなかったものの、妖精族の癒しの力はみんなが知っている。それすらも空想上の事なのか?」
「そうだよ。俺達の世界にはそんな能力を持つ者なんていないさ。その代わり、科学が発展した世界だったよ。」
「かがく?よく分からんな…。」
グリスは自分の頭をぽりぽりとかいて小さく唸る。
「わたしさ、やっぱり知る事って大事だと思う。」
ノエルが大きな杖を上に掲げる。
「この力は魔法って事を聞いて、更にこの世界のみんなが魔力を秘めているってミリル言ってたじゃない?…テオくんはちょっと時間が足りなくてあまり魔法を使いこなせなかったけど…。」
ノエルは眉尻を下げ、少しだけ笑みを浮かべる。そして、ユウに視線を向ける。
「わたしね、その事を聞いた時から不思議と力がみなぎるの。全ての事象にはちゃんと名前があって、ただの能力で済ませる事が出来ない強力な力。」
サンドワームと戦った時の大きな氷の力。昔、ユーノが村を滅ぼし、国をも壊滅させる程の強大な力。その全てを頭の中で繋ぎ合わせ言葉に変える。
「わたしはこの魔法の力を正しく使うの。お母さんが苦しんだ事実は変わらないけど、これから先の未来の為に。」
決意を秘めた目でノエルは誓い、歩きながら掲げていた杖を戻す。
「ノエル、何か考えがあるのか…?」
ユウから見るノエルの横顔は凛としていて、前を向くノエルの強い眼差しから目が離せない。
「考えがあるんじゃない。わたしの答えはもう出てて、それを実行するだけ。だからわたし、ユウ達と出会えて本当に良かった。」
「…俺はな、こんな短期間にここまで大きな事に巻き込まれるとは思ってなかった。でもテオやフーにノエルにグリフィット国のエルフ達と出会えて本当に良かったと思っているよ。」
「ははっ。わたし達、運がいいね。」
ケタケタと笑うノエル。ユウは益々目が離せなくなり、突然石に躓き派手に転んだ。
「バッカじゃないの?」
ヒラヒラとノエルの肩から降りたフーがユウの頭をぺちっと叩く。
「な、何だよバカって…。」
「あんたずっとノエルの顔見てたでしょ?肩に乗ってたあたしからすると、こいつ何でじっと見ているのかしら?って怖かったわ。」
フーは躓き転んだユウの膝の負傷した箇所に手を当てる。
ふわっと光り、瞬く間に傷口は閉じていく。
「あ、ありがとう。」
「はいはい。さ、行くわよ。」
ニヤニヤと笑うグリス。じーっと無表情でユウを見るガルシア。膝の傷が治った事に安堵しユウに笑いかけるノエル。そんなノエルの肩に素早く乗り込むフー。
「時間を取らせてすまない…。じゃ、行こうか。」
「仕切ってんじゃないわよ。」
ユウは少し顔を赤らめ、すぐそこの森の出口へ足を踏み出した。
——森が開け、ヒール国を一望できる少し小高い丘。
ガルシアがサラサラとペンを走らせる。
『説明した通り、ヒール国はこの有様だ。目指すはステイトラ城。』
紙に書かれた文字を見たフーはもう一度、ヒール国の街があった瓦礫の山へ目を向ける。
「分かってる…。分かっているけど、改めて目にすると酷いわね…。」
「一体何人の人が…。」
ユウの強く握りしめた拳。爪がめり込みそうな程に力が入り、震えている。
「これをお母さんが…。」
所々にある隕石が落ちた後のクレーターが、ノエルの胸をざわつかせる。
「気持ちは分かる…。俺もヒール国に攻め込んだは良いが結局は何も出来なかった。」
グリスの呼吸は少しだけ荒くなり、腰に差した剣を握りしめる。
「これからあの城に行ってどうすんの?ノエルはユーノと話したいんでしょ?グリス、あんたはローラン?」
フーがノエルの肩から降りて問いかける。
「わたしはお母さんを止める。ヒール国の事は残念だけど、これなら心置きなくお母さんとも戦える。」
「俺はローランを止める。操られているのなら、必ず心に隙があるはずだ。…なにより俺は謝りたい。」
二人の意思を聞き、フーがユウに視線を向ける。
「…あんたはどうすんの?」
「俺は…。」
「ユウはグリスさんに付いて。じゃないとわたしの魔法で巻き込んじゃうよ。」
ニコッと笑うノエルにユウは驚いた様に口を開く。
「ノエル、お前こんな時にも笑顔で…。強いな、本当に。」
「へへ、今ならやれる気がするの。さっきも言ったでしょ?力がみなぎるって。」
ノエルは何度も杖を握りしめ、ステイトラ城に視線を向ける。
「じゃ、俺はグリスに付いてローランにリベンジだ。」
「ははは!師弟コンビだな。ローランの戦いはお前から聞いた限り、常人離れしているから心強いな。」
「ねぇノエル、あたしも魔法に巻き込まれちゃう?」
フーがノエルの顔を覗き込む様に確認する。
「巻き込むよ。必ずね。」
「…じゃ、問答無用でグリスとユウに付いて行くわ。」
フーはあっさりとそう返し、東の空をじーっと見るガルシアに近づく。
「あんたはライラ王の所に行くの?」
「…うあ。」
ガルシアは首を横に振り、グリスを見る。
「お前、フォックス達が心配なのだろう?」
首を縦に振り、紙にペンを走らせる。
『東領地がどんな状況かは分からないが、ゴース達の事も気になる。東領地に向かっても良いか?』
「あぁ勿論だ。恐らく東領地には盗賊達が集まっているだろう。あいつらの助けになってやってくれ。」
「うあ!」
ガルシアの突然の気合のこもった返事。近くにいたフーは驚き体をビクッとさせ目を見開く。
「あーびっくりした。急に大声出すんじゃないわよ!」
ユウはそのやり取りを見て笑いながらガルシアに近づき手を前に差し出す。
「ガルシア。グリスを助けてくれてありがとうな。東領地には俺の仲間もいるんだ。もし良ければそいつらの力になってやってくれ。」
「うあ。」
ガルシアは首を縦に振り、ユウが差し出した手を握り握手を交わす。
「はっはっは!最初にそいつを助けたのは俺だがな!ガルシア!くれぐれも気を付けて行けよ!」
「あ、あ、おぅ。」
親指を上げ、それに応えるガルシア。
「任せろ?任せろって言ったよな今!」
ユウが何故か嬉しそうにガルシアに聞き返す。
「う、うあ。」
「あんた何やってんのよ!ごめんねガルシア。こいつバカだからさ。」
「ははは。きっとガルシアさんの言葉が理解できて嬉しかったんだよ。」
「ノエル。あんたユウに甘すぎよ…。」
「よし、俺達はステイトラ城だ。そろそろ気を引き締めて行くぞ。」
『俺は城の北側を通って行く。必ず生き残れ。』
書いた紙を見せ、ガルシアは北側の道を歩き出す。
「あいつらによろしくな。そして、ケイ達を頼む。」
ガルシアはグリスの言葉に振り返る事なく進んでいった。
——ユウ達は丘を下り、広範囲に広がる瓦礫を目の前にし歩みを止めた。
「この匂い…まだ焼けた匂いが残ってるのか。」
ユウの視線の先の焼け焦げた家からは僅かに煙が上がっていて、黒焦げになった何かが隙間から出ている。
「…立ち止まってられないわ。きっとこの街全体に同じ様な光景が広がっている。」
フーはその黒焦げになった物から目を逸らし、空を見上げる。
「…今は西領地も穏やかだったけど、テッセンがいる限りこの脅威は消えないわ。グリフィット国だって同じ。」
「あぁそうだ。俺達は止めなければならない。誰に頼まれた訳でもなくな。成り行きでここまで来たと思っているならそれは間違いだ。平和な世界を実現させる為、この道を選んだ。そうだろう?ユウ。」
目線を逸らし続けても同じような光景が広がり、人の形の黒焦げになった物体はそこら中にあった。
「記憶が戻ったからかな…。俺のいた世界とはかけ離れすぎていて…。なんか、今更…。」
呼吸が荒く震える体。見開いたその目は瞳孔が開いている。
「ユウ。わたしも怖いよ。」
ユウの手をギュッと両手で握るノエル。
「ノ、ノエル。お前も震えて…。」
「そりゃそうだよ。怖いものは怖いの。…あの黒焦げになった物体は、恐らく住民達の死体。この瓦礫の山全てにあるだろうね。無慈悲に殺された人達の死体が。」
「ちょっとノエル…」
「フー。続けさせて。」
グリスは辺りの気配を探りながらノエルとユウのやり取りを眺めている。
「でね、この惨状を生み出した人、わたしのお母さんだよ?わたしの母が、この惨状を引き起こしました。…殺された人達はどう思うだろうね。」
「そ、それはお前が悪い訳じゃ…。」
「いーや、殺された人達や親族の人はそうは思わない。きっと恐れるはずよ。あの娘もいつか罪のない人々を虐殺するんじゃないのか…って。」
ユウは黙り込み、息を切らした様に呼吸をしながらノエルの顔を見つめている。
「手の震え…止まったね。」
「…え?あ、本当だ…。」
「わたしも止まったよ。…恐怖は伝播するんだって、わたしは知ってる。でも、こうやって自分の抱える恐怖と向き合えば恐怖は薄れ、それもまた伝播する。…嫌な事ばっかりじゃないね、この世界。」
ノエルの優しい笑顔。
「…ありがとう。さっきは何だか急に怖くなって…。」
ユウは熱くなる胸をギュッと抑えノエルに笑いかける。
「人はそれぞれ恐怖を抱えてるから…少しでも和らげてあげられるのは仲間だけだよ。」
「あんた、良い事言うのね…。」
フーがノエルの肩に乗り耳の上を撫で始める。
「ユウ、俺はお前の境遇を聞いても尚お前の事は息子だと思っている。どんと頼れ。」
「グリス…。」
「グリスが親って…急に泣き出すし盗賊並みに野蛮だし基本汗臭いし…良いとこないじゃない。」
フーの言葉にグリスは言い返せず、奇妙な沈黙が訪れる。
「そ、そういえばノエル。」
ユウは沈黙を打ち破りノエルに視線を向ける。
「な、なーに?」
「あのさ、俺達の世界で魔法は空想上の力って言ってただろ?」
「言ってたね。それがどうしたの?」
ユウはノエルの杖を指差す。
「俺達の世界ではな、必ず敵を倒せるって時に必殺技ってのを叫ぶんだ。」
「ひ、ひっさつわざ?」
「あぁ、必殺技。例えば…サンドワームを倒した時、ここぞって時に魔法を使ったか?」
ノエルはうーん、と唸り記憶を遡る。
「最後、大きい氷を出して…砕けた氷に力を込めて冷気を強めた時がわたしにとってのここぞ!だったかな…。」
ユウはうんうんと頷く。
「必殺技はそういう時に叫ぶんだ。必ずここで敵を仕留める!やってやる!…そんな想いを言葉に乗せて自分を高める為に。」
「随分喋るようになったなお前。さっきの怯えは何だったんだよ。」
呆れた様にグリスが横から割り込み口を出す。
「グリスがフーに悪口言われて黙ったのが悪いんだろ?」
「はははっ!言えてるね。それにしても必殺技かぁ。楽しそうだねそれ。」
「というかさ、そろそろ城に向かわない?いつまでここで話してんのよ。」
フーがノエルの肩から降りてユウに近づいた瞬間、黒いオーラが瓦礫の山を走り抜ける。
「っ!避けろっ!!」
グリスが咄嗟にフーを手のひらで弾き、その衝撃でフーは瓦礫の上へ飛ばされる。
「フー!」
ユウはフーの元へ駆けつけようとした時、目の前に黒いオーラを纏ったローランが剣を構え立ち塞がった。
「久し振りだな。」
「ローラン!やはりあの黒い斬撃はお前が…!」
ユウは素早くシルヴァを抜き放ち、剣先をローランに向け構える。
「その剣はドワーフの…。」
「黙れ!何故フーを狙った!」
ローランは冷たい眼差しで答える。
「あの妖精は邪魔だったんだ。重傷を負わせてもすぐに復活する…。なぁ?グリス。」
「ローラン…。」
グリスは剣を抜かず、ローランに歩み寄る。
「グリス、危険だ。せめて剣を抜いてくれ。」
グリスはユウの静止も聞かず、ローランを真っ直ぐに見ながら歩みを止めない。
「…。」
冷たい眼差しでグリスを見るローラン。剣を持つ手がピクリと動いた。
「グリス!」
ユウがグリスの名前を呼び、ローランは一瞬でグリスとの間合いを詰め、剣を振り下ろす。
甲高い金属音が鳴り響き、ユウの剣とローランの剣が交差する。
「グリス!今のローランは話が出来ない!今は戦うしかないんだ!」
ユウの言葉にローランは無表情のまま口を開く。
「そうだ、戦え…そして、わたしに殺されろ…グリス!」
力を込め、ユウの剣を弾き距離を取るローランはノエルに視線を向ける。
「おい娘。ユーノが城で待っているぞ。」
「…お母さん。」
ノエルはユウに視線を向け、お互い顔を見合わせる。
「ユウ、わたし行ってくる!フーの事…お願い。二人共死なないでね!」
「あぁ!お前も無事でいろ!」
「さて。」
ローランは城に走り去るノエルに目もくれる事なく、ユウを一瞥しグリスに向かい剣を構え、黒いオーラを纏わせる。
「始めるか。」




