第42章 戦い
——フォックスとテイラーの動きが完全に止まり、瞬きの回数が少し増える。
「ドラゴンがどういう攻撃をしてくるか分かんないから慎重にいかなきゃな…。」
左頬をさすりながらうーんと悩むケイに二人の視線が集中する。
「火を吹くのは間違いないとして、噛んだり爪で引っ掻いたりかな?」
「…なぁ、一つ聞いて良いか?」
フォックスは一人でブツブツと呟くケイの肩を掴む。
「はい、何ですか?」
「お前、サンドワームと戦ったことあんの?」
「え…。あ、そうか二人はヒール国にいたから知らないのか。」
ケイは困惑した表情を一瞬だけ浮かべるが、すぐに腕を組み答える。
「戦いましたよ。というか、サンドワームは僕達で倒しちゃいました。」
これでもかという程に目を見開き口をぱくぱくと震わせるフォックスとテイラー。
「…はぁ?サンドワームだぞ?あの巨大なサンドワーム。…ドワーフ族が最後まで抵抗し、結局倒せずにずっと野放しにされてきたサンドワームだぞ?」
「はは、説明されなくても知ってますよ。僕達はサンドワームを倒した後、一ヶ月くらいはグリフィット国にいましたから。」
フォックスとテイラーは互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「おいやべぇぞテイラー。こいつ、思った以上にやべー。」
「あぁ、そうだな。こいつもやべーが仲間もやべー。…テオとブランカもその戦いにいたのか?」
「テオとは一緒に戦いました。ブランカはこの前会ったばかりなんで。」
「へ、へぇー。…ちょっとフォックスこっちへ来い。」
「…あ、あぁ。」
テイラーとフォックスはケイに気を遣いつつ倉庫の端へ行き、コソコソと話し出す。
「誰か一人をグリフィット国へ向かわせて確かめねーか?」
「なぁテイラー。行く奴がいると思うか?またリーダー面するなとか言われんじゃねーのかよ。」
「別に言われたって良いじゃねーかよ。適当な事言って行かせれば良いんだよ。」
「お前なぁ…。」
フォックスは呆れた様にため息をつき、顎に手を当て難しい顔をしているケイを見る。
「ケイの奴、ずっと悩んでんな…本当にドラゴンを倒す算段を立てていやがる。」
「…俺達は旦那に助けられなきゃとっくに死んでた。あいつが本気でドラゴンを倒すっていうんなら死ぬ気で手伝ってみるか。」
フォックスは嫌そうな顔をテイラーに向ける。
「マジで言ってる?」
「あぁ、マジだ。俺は旦那の大切な人を守りたい。…サンドワームを倒したって話も信じる。」
「何だよお前、さっきまで誰かに確認させるって言ってたくせに。」
「さっきはさっきだ。ケイが本気で悩んでる顔を見てたら気が変わったんだよ。」
テイラーは穏やかな笑みを浮かべフォックスの頭を軽く叩いた。
「はいはい。どうせ俺達には失うものねーからな。しょうがねーから付き合ってやるよ。」
今度はフォックスがテイラーの頭を軽く叩く。髪の毛のない丸い頭を二回叩くが、手がしっとりと吸い付きペタペタと音を鳴らす。
「てめー!何でそんなに脂ぎってんだよ!」
フォックスは必死に自分の服で手についた脂を落としていた。
——「付いてくんじゃねーよ。」
「ダメです!ケイさんにも監視…見張っておく様に頼まれましたから。」
倉庫を出たテオは街の方へと歩き出し、後ろから付いてくるブランカを睨みつけ、前方へ視線を戻しまた歩き出す。
「はぁ…。全く。こんなはずじゃなかったのによ。」
「…こんなはずじゃないとは?」
テオの肩に乗る機会を伺いながらついていくブランカは徐々に距離を詰めていき、テオの左肩の高さに合わせて飛んでいる。
「俺はただ、ユウとケイと組んで盗賊共をぶっ殺したかったんだ。それがいつの間にかサンドワームを倒し、今度は国絡みの面倒な事に巻き込まれちまってよ。挙げ句の果てに盗賊共と仲良しごっこなんてやってらんねーよ。」
ドラゴンに怯えた住民達は家の中に隠れており、街の中は異様な程静かだった。
「…こいつらにもイライラするぜ。立ち向かうこともせずただ逃げ隠れるだけ。…ったくよぉ!」
道に落ちた石を思いっきり蹴り、家の壁へカツンと当たり転がる石。
「テオさん…。」
ブランカはテオの顔の前にふわっと舞う様に飛ぶと、目と目をしっかり合わせる。
テオは少し驚き一瞬歩みが遅くなった。
「テオさん、あなたが一番望んでいるのはなに?弱い人々を守る事?盗賊を根絶する事?それとも…爆弾を使い、人を残虐に殺す事?」
そう問いかけるブランカの目はどこか冷たく、怒っている。
「お前…何だその目は。」
「…いえ、何でもありません。そろそろ戻りませんか?ケイさんの所に。」
テオから目を背け、そのままテオの後ろへ回り込み来た道を戻る様促すブランカ。
「…お前はなぜ俺達についた来たんだ?何か隠しているなら今すぐに言え。」
ブランカはテオに背を向けながらその顔に影を落とす。
「隠すって何をですか?言ったでしょう?私はサンドワームを倒した英雄が気になって会いに来たと。さっきのはテオさんが煮えくり返らないので少しイライラしただけです。テオさんと一緒ですよ!」
パッとテオに振り向き笑顔を見せるブランカ。
「…ふん。」
テオはブランカに体ごと振り返る。
「さっきの質問の答えはまだ考えておく。俺も何か目的を見つけねーと命は張れねーからな。」
「へぇ、意外と素直…。」
「るっせーよ!」
ブランカを叩こうと腕を振り下ろしたテオだったがヒラリとかわされ、ブランカは何事もなくケイ達のいる倉庫へ飛んで行った。
「クソ虫が…。」
その後、何度も石を蹴りながら倉庫に向かうテオが、家の中からドラゴンの様子を窺う住民達に目撃されていた。
——ステイトラ城の最上階の部屋。
ユーノが窓の外から瓦礫の山と化した町並みを冷酷な目で見つめる。
「ユーノ。お前の娘、ここに来るのだろう?」
ローランが剣の手入れをしながら問いかける。
「あぁ…。そう言うお前はあの想い人の姿が消えたらしいな。しっかりと監禁しておかないからだ。」
「わたしは…テッセン様の命令に従っただけ。後のことは知らないさ。」
「そうか。…ローラン。これだけは言っておく。悔いが残らぬ様全力でやれ。」
ローランは少し驚いた様に目を開き、窓の外を眺めるユーノの後ろ姿に視線を向ける。
「何だ急に…。そんなことを言うなんて、さっきの娘との戦闘で気持ちの変化でもあったのか?」
「いや…勘違いするな。私が言いたいのは全力であの男を潰して心を掻き乱されぬ様にしろと言うことだ。」
「なるほどな…。ライラ王もあれから様子がおかしいしな。あの調子じゃその内テッセン様から消されてしまう。」
「そういう事だ。心をかき乱される様なら殺してしまった方が悔いは残らない。」
ユーノは窓辺を離れ、東領地の方向へ体を向ける。
「そろそろ動き出す頃合いだな。」
——東領地、領主館。
「主人のいないこの館も今日で終わりだな。」
テッセンが飛び回るドラゴンを目で追いながら呟く。
「ヒール国では存分に負の力を蓄える事ができた。ぜひこの東領地でも恐怖と絶望を与えよう…。」
ドラゴンに向けた瞳が赤く光り、その瞬間ドラゴンは一瞬ピクっと体を震わせる。
そして大地が震える程の咆哮を放ち、眼下に広がる街へ顔を向ける。
太く、威圧感のある唸り声を上げるその口の中には、真っ赤な炎が揺らめいていた。
——突然激しい咆哮が轟き、倉庫がガタガタと揺れる。それと同時に街の中からたくさんの悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ今の!」
フォックスが慌てて倉庫の外を見てみると、滞空しているドラゴンが街を見下ろし今にも炎を吐こうとしている。
「や、やべぇ!おいお前ら!ドラゴンが来るぞ!」
「きっとあれも負の感情とやらを集める為の…僕が必ずドラゴンを止めてみせる!」
ケイは倉庫を飛び出しドラゴンへと向かって走り出す。
「おいケイ!待て…!ちっ、テイラー!俺達も行くぞ!仲間を集めろ!」
「あぁ!きっと盗賊達も動き出すはずだ!」
テイラーが倉庫を出ていくと、フォックスは遠目に盗賊の姿を捉える。
——剣を肩に乗せ、気怠そうに歩く盗賊。何の躊躇もなく、住民が住む家の小窓を割りその中に火を放つ。
家の外にも火を放ち、壁を伝った炎は上へと登っていき、同時に横にも広がっていく。
「きゃーーーーっ!!」
炙り出される様に家を飛び出した一組の家族。両手で幼い子供を抱えた女性が目の前に立ち塞がる盗賊とぶつかり、尻もちをつき盗賊と目が合った。
「あ、あ…。」
「へへっ。子供は邪魔だ。」
女性の夫が懐から包丁を取り出し、震えながら両手で待ち構える。
「よ、よくも家を…!俺の妻から離れろ!」
怒鳴る様に声を荒げたあと、すぐに別の盗賊が後ろからその夫の心臓を剣で貫いた。
「がはっ…!」
口の中から血を吹き出し、貫かれた箇所を手で押さえながら地面に倒れる。
「お、ぉ、おぉ…おれ、の…。」
掠れる視界の中夫は妻と子供の身を案じ、視線を向ける。下卑た笑みを浮かべた盗賊が女性の手から強い力で子供を掴み、無理やり離そうとしていた。
「お、お、れの…。」
子供が盗賊に奪い取られた所で夫の意識が完全に途切れ、静かに息を引き取った。
——「いやぁっ!!返して!返してっ!!!」
女性は盗賊の腕に爪がめり込む程必死に叫ぶが、盗賊は女性の衣服を少しずつ破り取っていく。
「ちぃっ!いてぇじゃねーか!」
奪った子供を地面に放り投げ、今度は両手で女性の体を掴んで地面に組み伏せる。
「うぅ…っ。うぅ。」
地面に放り出された子供の頭から流れる真っ赤な血。女性はただ子供の身を案じ、悔しさで涙を流す。
「へへっ。俺はお前を使うだけだ。ずっと子供を眺めてて良いんだぜ。」
乱暴に女性の体を触りながら徐々に興奮していく盗賊。
「早く終わらせろよ。」
夫を突き刺した盗賊が離れた位置から呆れる様にそう言うと、ドラゴンを見上げ不敵に笑う。
「俺も住民達を絶望させないとな。取り敢えず無差別に殺していくか。」
——「本当にお前達は清々しい程にクソだな。人間じゃねーよてめーら。」
ドラゴンを見上げ不敵に笑う盗賊がその声に振り向いた時、顔が一瞬で弾け飛んだ。
「汚ねぇ脳みそをぶちまけやがって。」
テオは顔についた返り血と肉片を片手でグイッと拭いながら女性に覆いかぶさる盗賊へ歩み寄る。地面に横倒れ頭から血を流し痙攣する子供の姿。
「てめー…。」
盗賊はテオの強い殺気に思わず冷や汗が額に滲む。
「な、何だよお前。あいつを殺ったくらいで調子に乗ってんじゃねーよ!」
ズボンの下で膨らんだ股間を隠す事なく女性から離れテオに立ち向かう盗賊。
女性が弾かれる様に立ち上がり、子供の元へと向かう。
「それを切り落としたら痛いんだろうな…男だから分かるぜ。」
「は、はぁ?お前何言ってやがる。…っ!」
盗賊は突然後ろから羽交い締めにされ、盛り上がった股間が前に強調される。
「テオ、俺はこいつらの非道なやり口を走りながら見ていた。ほら、この剣を使え。」
息を切らしたフォックスが腰に差さる剣をテオに主張する。
ゆっくりとフォックスの剣へと手を伸ばすテオ。
「や、やめろ…やめてくれお前ら…。」
テオは腰から剣のみを鞘から取り出しゆっくり盗賊の体に這わせ、未だに衰える事のない盛り上がった股間へ近づける。
「てめーからも絶望を引き出してやるよ。」
盗賊の悲鳴が辺りに響き、盗賊の体を羽交い締めにするフォックスは、切り落とす一瞬盗賊の体がびくんと揺れたあと、力無くずるずると下に抜け落ちる盗賊の体を離す。
そして地面に転がる『物』を苦い顔で一瞥した。
——空に浮かぶドラゴンを見据えながら走るケイは必死に考えていた。
「生きた植物はだいたい火に強いけど…何だっけな、ユウと僕の家で火遊びをした時、全然燃えなかった草は…。」
「う、うわぁぁっ!!」
住民の悲鳴が聞こえ、ケイはその場で立ち止まり辺りを見回す。
「…なに?ドラゴンはまだあそこに…。」
ケイの目の前にゾロゾロと湧く様に姿を現す盗賊達。
「はっはっはーっ!いいぞいいぞ逃げ惑え!」
「手当たり次第火を付けろ!家から出して蹂躙するんだ!」
玄関を破壊して家へと侵入していく者。窓を割り火を放つ者。出てきた住民を殺して次の家へ向かう者。女性の悲鳴と盗賊の下品な笑い声が広がっていく。
血の気が一瞬で引く感覚と、ゾワっと鳥肌が立つ感覚にケイは腕をさする。
「何だよこれ…。盗賊達があんなに…!」
ケイの中に殺意が芽生えた瞬間に頭の中にフラッシュバックするあの時の記憶。
「…殺せない。僕は…僕は…。」
小さな女の子の悲鳴と恐怖に染まった顔がケイの頭を埋め尽くす。
「お前ら!あいつらを皆殺しにしろっ!!」
テイラーは仲間達にそう言うと頭を抱え立ち尽くすケイに近寄る。
「ケイ!お前何やってん…」
テイラーはケイの手が震えている事に気が付き、思わず呆然とする。
「…フォックスも来るはずだ。ここは俺達に任せてろ。」
テイラーはそう言い残し、仲間達と共に盗賊へと向かっていった。




