第44章 覚醒
——ローランが瓦礫の上を歩くたび、黒焦げになって完全に炭化した死体がサクッ…と軽い音を鳴らす。
時折踏んでも皮膚が破れるのみで、ぐちゃりと湿った音が静寂の中に響き渡り、ユウは顔をしかめる。
「…ローラン。お前はグリフィット国にも同じ様な事をしようとした。盾を壊しサンドワームに城を破壊させ、女王やシーラ達を殺そうと…。」
ローランは瞬きをし、グリスからユウに視線を移す。
「あぁ。否定はしない。テッセン様の命令は絶対だ。」
ローランの剣先に黒いオーラが集まりだし、ユウに向け構える。
「ここでお前達を殺してしまえば何もかも終わり。グリフィット国で殺し損ねたお前を真っ先に殺してやる。」
ローランは足に力を入れ弾く様に一気にユウとの距離を詰める。ローランがいた場所からは、瓦礫の中のゴミや砂が舞っていた。
「舐めるな!あの時とは違う!」
ユウは両翼を一気に広げ、迫るローランに向かって立ち向かう。
その羽ばたきは風邪をおこし、小さなつむじ風を発生させた。
「くっ…!」
グリスは顔の前に腕をだし、飛来する小さな砂が入らぬ様目を細める。
「はぁぁぁっ!!」
「うぉぉぉっ!!」
ユウとローランの剣が交差し、激しい金属音と共にビリビリとした風圧が辺りの瓦礫に広がって行く。
「…流石はドワーフの剣。美しい見た目の割に鋭く硬い。」
ギリギリとせめぎ合う剣と剣。ローランは冷たい眼差しをシルヴァに向け淡々と言い放つ。
「だ、だろ?今回は、もう、折れたりしない…!」
ローランの強力な剣撃にユウは必死に言葉を紡ぐ。
「でかい口を叩く割にはえらく必死じゃないか…。」
ローランは更に踏み込みユウの剣を上から押さえつける。
「ぐ、ぐぐ…!」
ユウは徐々にローランの剣に押し負け、足が少しずつ後退していく。
「あの時のお前はこんなもんじゃなかったぞ?片翼から両翼になったというのに…。所詮羽根が生えた程度では何も変わらぬか。」
「くそっ!くそっ…!」
ユウの剣を上から押さえつけたまま、ローランはユウの腹部に鋭い蹴りを放つ。
ユウの意識が瞬間的に腹部へいき、その隙にローランは畳み掛けた。
ユウの剣に刃先を沿わせ、瞬時に受け流すとシルヴァを下から思い切り蹴り上げる。
そして、無防備なユウに剣を振り下ろした。
シルヴァは音を立て瓦礫に落ち、その刃先に鮮血が飛び散る。
「ぐっ…!」
右肩から斜めに振り下ろされた剣は左腰まで斬りつけ、ローランはそのまま剣を振り抜いた。
「ユウ!」
グリスはぐっと剣を握りしめ、ローランに向かい駆け出した。
「グリス、こいつはお前にとって子供の様な者なのだろう?以前こいつが言っていたよ。グリスは親代わりだってな。」
片膝をつき、肩で息をするユウに剣を向けるローラン。
「やめろ!ローラン!」
「…わたしの事は捨てたくせにな。」
黒いオーラがローランの体から溢れ出る。
冷たい眼差しに憎しみが宿り、憎悪に満ち溢れた顔でユウを見下ろす。
「ローラン!話を聞け!俺はお前を愛している!あの時は理由が…」
「黙れ!!」
ユウに向けられた剣をグリスに向け、下から斬りあげる。
その剣先から放たれた黒いオーラの斬撃は瓦礫を巻き込みながらグリスへ一直線に飛んでいく。
グリスは走りながら剣を前に構え防御の体勢をとるが、しっかりと握りしめたはずの剣は上へと弾かれ、グリスは黒いオーラの斬撃を受け、地面へと崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、」
息を切らし、倒れるグリスを見るローランの瞳孔が開く。
「…グ、グリス…。」
今にも泣き出しそうな顔でグリスの名を呼ぶローラン。
ユウはそんなローランの様子を伺い、手を伸ばせば届く距離のシルヴァに意識を集中させる。
目の前で隙を晒すローランの意表をつく為に。
——「おいおいローラン。僕がせっかく強く縛りつけたのに、もう無駄になったのかい?」
虚空に響く男の声。
ローランはハッと意識を取り戻した様にその声の主に答える。
「テッセン様…。申し訳ありません。何故か上手くいかなくて。」
テッセンという言葉に、ユウの手がピクリと動く。
「まぁしょうがないか。さっさと君の手でグリスを殺すんだ。あの男が生きている限り君は自由にはなれないよ。」
空間に裂け目が入り、横に広がっていく。
「テッセン様、出てきてもよろしいのですか?」
「勿論だよ。あの男と違って僕は君を捨てたりしないからさ。」
空間の裂け目から出てきた男に、ユウは思わず声を荒げる。
「お前が…!お前がテッセンか!!」
手を伸ばし、シルヴァを手に取り立ち上がる。
「お前、血は…?傷はどこに消えたのだ?」
ローランは目の前の光景に驚き、剣を持つ手が僅かに緩む。
額に青筋を浮き上がらせ、ローランの後ろで不敵な笑みを浮かべるテッセンを睨みつけるユウは、ローランの一瞬の隙をつき剣を軽々と弾き飛ばした。
「…っ!貴様…」
ローランは突然の事に驚き、ユウに視線を向ける。
「ひっ…」
思わず発した情けない怯え声。ローランは危険を感じ、素早く横に移動した。
「繋がった…。俺は昔図鑑で見た事がある。」
ブツブツと呟くユウにテッセンが首を傾げる。
「お前は急に何を言ってるんだい?…ん?それにしても、妙だな。」
ユウの体に違和感を持ち、まじまじと見つめるテッセン。
「鳩はな、胸の力が凄くて瞬間的に物凄い速さで飛ぶことが出来るんだ。」
ユウの脳裏に浮かぶ、図書室の生き物図鑑。
【町で見かける身近な生き物】と書かれたページに載った鳩の写真。
「大丈夫かい?お前…。」
わざとらしく心配そうな表情を浮かべるテッセンはユウの顔を覗き込む。
「この胸筋は鳩の胸。鷹や鷲のような猛禽類からも逃げ切れるほどのポテンシャルを秘めてるんだ。知らないだろ?」
突然隆起したユウの胸筋。腕まで広がるその筋肉で、圧倒的な筋力を見せつける。
「その能力…進化するのか。」
テッセンが冷静に分析していると、突然左頬に衝撃が走る。
テッセンの顔はユウの右拳によって歪み、振り抜いた拳の威力でそのまま瓦礫の山へと飛ばされた。
瓦礫から砂埃が舞い上がり、辺りを細かい砂が覆っていく。
「…ちぃっ!」
受け身を取り素早く態勢を整えるテッセンだったが、顔を上げた瞬間ユウの剣が振り下ろされた。
——「テッセン様!!」
ローランはユウの気迫に未だ体が小刻みに震えていた。
「あいつ…本当になんなのだ…。」
震える手で強く剣を握りしめ、気持ちを落ち着かせる。
「…ローラン。そろそろ話を聞いてくれる気になったか?」
瓦礫の上で、静かな気配を纏わせるグリス。振り返ったローランは、グリスのその堂々とした立ち振る舞いに突然頭を抑え顔をしかめる。
「グ、グリス…お前…は。」
グリスの昔の面影が、今のグリスと重なり始める。
「どうした?ローラン。…もう一度言う。俺の話は聞く気になったか?」
一歩一歩、ローランに近づくグリス。黒いオーラの斬撃で巻き上げられた無数の瓦礫が顔を掠め、額や頬から血を流し、斬撃を腕で受けた事で地面に血が滴り落ちている。
「さて…俺もいい加減下手に出るのは疲れた。変えようのない過去に囚われるのはもうやめよう。…覚悟しろよ、ローラン。」
ローランの額に冷や汗が滲み、足が震える。
鬼の形相でゆっくりと迫るグリスは、ローランが立っていられない程の威圧感を放っていた。
——「…ごめん!…ごめん!…ごめんなさい!」
ステイトラ城の城門付近を走るノエルは、住民達の黒焦げになった死体を横目にどんどん進んでいく。
「お母さん…わたしが、絶対に止めてみせる…!」
死体を見るたび胸を押さえ、その度に独り言を呟き自分を鼓舞する。
城門を越え、城の入り口に差し掛かると先程までの荒れた風景が嘘の様に変わり、綺麗な石畳が続いていた。
「何でだろう…あのお城、とても嫌な空気を感じる…。あんなに立派なお城なのに…。」
石畳の先にそびえるステイトラ城は異様な存在感を放ち、城内へと続く重厚な鉄の扉がノエルを待ち構える様に開いていた。
「…お父さん、わたしとお母さんを見守っていて。」
ノエルは空を見上げ祈りを捧げる。
「あ…そういえば。」
昔、ユーノとエリノスが行っていた祈る際の手の動きをぼんやりと思い出す。
「どうだっけ?確か、手を合わせて二回叩いて…。」
パン、パン!
乾いた音は立派な石造りの壁に吸い込まれ、余韻も残らない。
「まだ続きがあったと思うけど…これでも祈りは届くでしょ。」
空に向かって飛び切りの笑顔を見せ、ノエルはゆっくりと城へと入っていった。
「誰もいない…。お母さんはどこにいるのかな。」
慎重に進み、ホールの中央に位置する大きな階段の前に立つ。
周りをよく見ると階段の周りには障害物となる様々な物が置かれており、まるで階段の先へと誘い込まれている様だった。
「えー、何あれ…変な置物。元々このお城にあったのかな?だとしたら相当趣味が悪い…。」
大きな燭台の上に乗った、テッセンの顔を模した彫刻を見て、ノエルは鳥肌がたった腕をさすりながら階段を登った。
「ノエル、最上階においで。」
階段を登り終え二階に着いた途端、ユーノの声が更に上階から聞こえてくる。
「お母さん、ローランの言う通りわたしを待ってるんだね…。」
数時間前にユーノと対峙した時にはなかった感情が込み上がる。
「早く会いたいよ、お母さん。」
愛おしそうに杖を見つめ、体の内側から溢れ出る魔力を少しだけ放出させる。
冷気が辺りを埋め尽くし、ピキピキと辺りを凍てつかせる。
「ふぅ、暑い暑い。」
ノエルの体温はどんどん上昇し、額に汗を滲ませる。
三階、四階と休む事なく登り続け、遂に最上階の五階へと辿り着いた。
——「…お母さん。」
沢山の柱が奥まで続き、高い天井には天窓がついている。
中央に敷かれた赤い絨毯の先で、ユーノが杖を持って立っていた。
「ノエル。お前がここに来たということはもう戻れないという事だ。」
淡々と言い放つユーノに一歩一歩近づくノエル。
「何で戻れないの?わたしの居場所はここじゃないのに。」
「分かり切ったことを…さっきので分かっただろう?お前は私に勝てない。」
「えぇ〜そうかなぁ。お母さん、随分不安定な魔力をしてるから勝てると思ったよ。」
火の魔力である赤のオーラが不安定に揺らいでいる事に、ノエルは気付いていた。
「何だ?魔力…?」
「ほら、また揺らいだ。」
「…お前、何が見えているのだ?」
ユーノの顔に、若干の焦りが生じる。
「教えない。それより、もう始まってるよ。」
瞬間、部屋全体に冷気が広がりノエルの足元の床が凍て付いていく。
「ノエル…お前…。」
ユーノは眉尻を下げ、少しだけ悲しそうな眼差しを向ける。
「ははっ!」
ノエルの体から更に冷気が溢れ出し、氷の粒がキラキラと部屋に行き渡る。
「止まらない!見てよお母さん!この魔力…!どんどん溢れてくるの!」
ユーノは杖をぐっと握りしめ、炎で体を包み氷の粒から身を守る。
「私もあんな風になっていたのか…。恐れられるわけだ。」
「さぁお母さん、もうこんな事はやめて大人しくしてて。わたしが必ず止めてあげるから。」
五つの大きな氷の塊がノエルの周りに浮かび上がり、その一つがユーノに向かって放たれた。
「…。」
床がせり上がり、ユーノの前に大きな土の壁が現れる。その土に沿って激しく燃え盛る炎が氷の塊を迎える。
氷が勢いよく溶ける音が響き、水蒸気で視界が曇る。
ユーノはゆっくりと横に移動し、自身の周りに炎の玉を九つ浮かべるとそれら全てを一気に放つ。
「わたし、お母さんの姿見えてるんだよね。」
ノエルは突然目の前に現れ、持っていた杖の先端をユーノに向ける。
「…あれ?お母さんに伝えたい事があったんだけど…。何だっけ?」
慌てて杖で身を守るユーノ。先程放った炎の玉は全て壁に当たり、外に繋がる穴を開けた。
「ノエル…、その力が本物だと思っているのか?」
「本物でしょ。それ以外に何かある?」
ノエルは冷たい口調で言い放ち、至近距離からユーノに大量の水を被せる。
「くっ…!」
全身から激しい炎を出現させ、水を打ち消していく。
しかし、不敵に笑うノエルはそこから更に冷気を繰り出した。
「わたし、この力を正しく導くの。こうやって溢れる魔力を上手に使って…。」
ユーノの濡れた体が徐々に固まり、皮膚に割れ目が入っていく。
「…。」
ユーノは傷が入っていく自分の体を眺め、静かに目を閉じた。
「お母さん、もう降参するの?数時間前はわたしとユウを楽しそうに追い詰めてたじゃない。まだ物足りないよ…。」
冷気が部屋を埋め尽くし、全てが凍てつく。
天窓から差し込む光がキラキラと反射し、幻想的な空間を作り出した。
「はぁ、はぁ、わたし、まだ…。」
止まることのないノエルの暴走した魔力は、ノエル自身の体をも凍てつかせていく。
「な、何で…。」
ノエルは目の前に広がる氷の世界をその目に焼き付けながら、足元が固まり身動きができないこの状況にようやく我を取り戻していった。




