第37章 異世界転移
——南領地の街外れ。目の前には緩やかな下り坂の草原が広がり、後ろを振り向けば真っ暗な森があった。
「………知らない、こんな場所。」
強く握りしめた手を開くと、少し乱れた羽先の羽根がひらりと地面に舞い落ちる。
「はぁ…、はぁ…、僕の、僕の家は?ねぇ誰か教えて…ここはどこなの…!僕は…あぁぁぁ…っ!」
絶望という言葉が、頭をよぎる。
「俺だって…俺だって怖いよっ!!あぁぁっ!!」
がむしゃらに叫び両手で自分の顔を抑え、爪を立てて顔を強くなぞる。
血の線が何本も顔に浮かび上がり、真っ赤に腫れた目で地面に手をつき、大地を殴りつける。拳の皮が捲れてもその狂気に満ちた行動を止めることはなかった。
——「…ごめんなさい。」
ミリルの声は二人に届かず、発狂した様に泣き叫ぶ二人の少年から目が離せずにいた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。守ってあげられずごめんなさい…」
謝り続けるミリルの体から弱々しい光が溢れた。
その光はミリルを導く様に二人の少年へと向かっていく。
「みんな…。」
一つ一つの小さな光が泣き叫ぶ二人へ向かい、静かな輝きを放っていた。
「…いいの?テッセンを止める為の力を…」
ミリルは中途半端に言葉を終わらせ首を振る。
「そうだね…。あの子達にわたし達の加護を。」
真っ直ぐに二人を見据え、ミリルは足を踏み出した。
——虚な目で項垂れる二人。顔に出来た痛々しい生傷から血がたらりと滴る。
「…分からない。ここはどこなの?僕の家は?…もう、帰れないの…?」
「…ここは外国かもな。昔漫画で見た。突然神隠しにあって消えた人達の物語。」
目線は下を向き、淡々と力無く会話をする二人。沈黙が走り、二人の呼吸が再び荒くなる。
「はぁ、はぁ、駄目だ、、考れば考えるだけ頭が、、、」
「もう死のう…!僕は、、こんな所で生きていけない…!死にたい、、死にたい!!」
「はぁ、はぁ、石を、、」
「ユウ、駄目ですよ。」
「え、、」
「あ、あれ?あなたユウじゃなかったですか?じゃあ、ケイ?」
「…。」
「あっれーおかしいなぁ。ユウ、ケイって呼び合う声を確認したんだけど…。」
ミリルは首を傾げ、二人を交互に見る。
「体が光って…。」
「あぁ大丈夫ですよ。今からこの光を使ってあなた達に加護を与えますから。で、あなたがユウですよね?そちらはケイ。」
「え、いやあの、ユウじゃ…いや、ユウでも間違ってはないか。」
「あーやっぱりそうでしたね。では二人とも、少しこちらに寄ってくれますか?」
ユウは言われるがままミリルに近づく。
「ケイ、あなたも。」
ケイはその場に座り込み、自分の髪を思いっきり引っ張りながら虚な目でミリルを見つめていた。
「…ケイ。わたしがそちらに行きます。そのまま座っていて。」
ケイの目の前まで来たミリルはそっと後ろに回り込み、ケイの体を抱きしめる。
「ユウ、あなたもここへおいで。」
ミリルの隣に来る様促され、ユウはゆっくり歩き出す。
「…その傷も治さなきゃ駄目ですね。」
身を屈めてミリルの隣に座るユウの顔の生傷にちょん、と触れるミリル。すると、触れた手から一つ一つの小さな光が徐々にユウの体を包んでいく。
「…暖かい。」
ユウはそう呟くと、静かに目を閉じた。
小さな光はケイの頭を撫でる様に滑らかな動きで頭を這い、体を包み込んでいく。
「…あなたは誰なんですか。」
力無い声で後ろから抱きしめるミリルに尋ねる。
「わたしはミリル。急にこんな所に連れてこられて辛いですよね。」
ミリルはもう片方の手でユウの頭を抱き寄せ目を閉じた。
「…大丈夫だよ。わたし達がその心の傷を隠してあげます。そのままじっとしていて。」
ミリルの体から次々と光が溢れ、昼間にも関わらず明るく照らされる。
「この光は清らかな優しさ。一つ一つが集まれば何でもできる。さぁみなさん。…この二人に加護を与えましょうね。」
穏やかな口調でミリルは光に語りかけると、ユウとケイの頭から光が降り注いでいき、一つ一つがパラパラと強い輝きを放って消えていく。
ミリルはそっとユウとケイを地面に寝かせ、優しく微笑む。
「あなた達に降りかかった悲劇は一旦忘れましょう。この世界で全てを忘れ、一からやり直すのです。わたしも必ずあなた達を探し出してみせますから。」
「…ミリル…さん…」
ユウは意識が朦朧としながらも言葉を紡ぐ。
「うん。この世界の言葉も大丈夫ですね。…みなさん、ありがとう。」
残った光がミリルの周りをぐるぐると周り、次第にミリルの体へ入っていく。
「では、二人共また会う日まで。」
完全に意識を失う直前、ユウは微笑みながら涙を流すミリルの姿を見た。
キラキラと輝くミリルはパァッと眩しい光を放ち、その姿を消した。
——少し小高い丘の上の草原。目の前の草原は少しずつ勾配を下げながら見渡す限りに広がっている。後ろには深い森へ続く道があった。
隣にはケイがいて、少し目が赤らんでいる。
「あれ?ユウ…。ここはどこだろ…。」
ケイが不思議そうに辺りを見渡し、ユウに問いかける。
「んー、分からない。というか、何も思い出せない。…ん?」
ユウの足元に立派な鳥の羽が一枚落ちているのに気付く。
「おぉ!かっこいいなこの羽根!」
思わずその羽根を拾い上げるユウ。ケイはその様子を羨ましそうに見ていた。
「ん…?あれ?」
ケイは自分の手を見て何かが握りつぶされているのに気付く。
「え、何これ雑草じゃん。しかもクシャクシャになってる…。」
いつから握りしめていたのか、手には草の汁が付着していた。
——光が収まり、映像は溶けていくように消えていく。そしてミリルはコホン、と咳払いをした。
「えーと、…どうですか?」
ユウとケイの顔色を伺う様に少し上目遣いのミリル。
「…思い出した。あの時俺は…俺とケイは…。」
蘇る記憶と映像での記録が重なり合い、ユウは軽く頭を抑える。
「…。ケイはどうですか?」
「うん…。完全には受け入れてない感じはするけど…どこかすっきりした様な…。」
「そうですか…。」
「何暗い顔してんだてめーら。」
シーンと静まり返る空気を打ち壊す様にテオが口を開く。
「え!あんたいつの間に帰ってきてたのよ!」
「あぁ?んだよ驚きすぎだろ。」
「はぁ?ていうか良い加減空気を読むって事覚えた方が良いわよあんた。」
「うるせー羽虫。」
「おいテオ、流石に言って良い事と悪い事があるだろぉ。フーに謝れぇ。」
「何でだよ!こいつが先に喧嘩売ったんだ!」
「羽虫って言ったのこれで二回目よ!…それ!」
テオの顔に勢いよく体当たりをし、のけぞる姿にフーは少しほくそ笑む。
「お、おいテオ…鼻血が…。」
態勢を立て直したものの、棒立ちでぼーっとするテオにオズリは手拭いを渡そうと近づく。
「あーはっはっ!あんたクラクラしてんじゃないのよ!」
フーの楽しそうに笑う声が辺りに響き渡っていた。
「…なぁ、ケイ。」
「なに?ユウ…。」
テオとフーとオズリのやり取りに視線を向けながら、ユウはボソッと呟く。
「俺達、可哀想な被害者だってよ。…実感湧かないよな。」
「そうだね…。僕達には違う世界に親がいて友達がいて…。」
「…会いたいと思うか?」
テオが調子を取り戻し、フーを追いかける姿をぼーっと見つめるケイ。
「…分かんない。ここで過ごした思い出とかもあるから…。それに…。」
「…グリスやヒール国、東領地の事が気掛かりなんだろ?」
ケイはこくりと頷きシーラに視線を向ける。
「そう。そして大事な人を守れる様に、絶対僕の夢は叶えたい。」
「お前の夢…?」
「忘れたの?困ってる人達を救う組織を立ち上げて、みんなで解決していくんだよ。」
ユウの脳裏に突然浮かんだ元いた世界での出来事。ケイの家の畳の部屋で、二人でゲームをしていた記憶。
「そういえばお前…昔からあのゲームが好きだったよな。そのゲームでお前は…。」
ケイはニヤリと笑い胸を張り答える。
「そう、【ギルド】。僕が前から言っていた事は、正にそのギルドそのものだったんだ。依頼を受けて、誰かがその依頼をこなして…成功すれば報奨金。問題も解決。…僕達は、…この世界でやれる事がある。」
ユウはハッと目を丸くしケイの肩を勢いよく掴んだ。
「ちょっと待て、ゲームで思い出した。…ノエルやフーの能力ってさ、まるで魔法じゃないか?それどころかこの世界そのものが俺達が夢見たファンタジーだ。冒険の日々じゃないか!」
「おぉぉぉ…っ!!本当だ!サンドワームやドラゴンもいて、敵の幹部やラスボスもいる!僕達はその内の主力であるサンドワームを既に倒したんだ!」
二人は生き生きとした表情で会話を交わす。ミリルはそんな二人を間近で見ながら安堵のため息をついた。
「はぁ、良かった。わたし、この事実を伝えたらあなた達がどうなってしまうのか不安だったんですからね。まだもう少しお話しする事はあるんですけど、取り敢えずその敵の主力を倒す為に今から全ての加護を与えます。時間もないですしね。」
「全ての加護?」
ケイが首を傾げ問いかける。
「簡単に言うとあなた達二人の能力を底上げするんですよ。ま、何故か二人共きっかけを掴んで中途半端に能力値を上げたみたいですけどね。」
「俺達の能力ってそんなゲームの様に上がるものなのか?」
「ゲーム?ユウ、そのゲームとやらは分かりませんが、加護についても少しお話しを。」
ミリルはコホン、と小さな咳払いをする。
「まず、二人に与えた加護は三つ。一つ目は前の記憶を隠す事。二つ目はこの世界の言語を扱える事。そして最後に与えた能力は、危険なこの世界で生きていく為の特殊能力を与える事。」
「特殊能力。…俺のこの翼やケイの草だな。」
「えぇ。ユウは手に羽根を持っていましたからその羽根の主である鳩…?の能力を体に馴染ませました。底上げすれば視力が良くなる利点もありますよ。」
感心した様に頷くユウ。そして、遠くの木をじーっと見つめたりしている。
「まだ底上げしてないので今は視力そんなに良くないですってば。…そして、ケイ。あなたの場合、ちょっと問題があるのです。」
「問題?なんだろ…。」
「えぇ。あなたは草を握りしめていた。ですからあなたの体にその草を馴染ませたんですが…。その草は元の世界の草であり、あなたがその能力を使って出す草はこの世界の物ではないんですよね。」
「…はぁ?」
ケイ自身、自分でも驚く程の間抜けな声に思わず口を手で塞いでしまう。
「待て待て。俺のこの能力だってそうだろ?背中に出る片翼は元の世界の鳩から来てるんじゃないのか?」
「ユウは違いますよ。あくまでもその能力を体に馴染ませたから使える。ケイの場合は何故かその草が生えていた所からわざわざ召喚して使っている事になる。草って種をあちこちに撒くからほぼ無限に生えますからね。同じ草が。」
「なるほど…つまりは?」
「ユウの能力になった鳩は既に向こうの世界で死んでいます。なのでそのまま能力だけを引き継いだ…。しかしケイの草は向こうの世界で生え続け、その生命力はほぼ無限です。二人の違いはそこですね。そして…。」
ミリルはケイの手を両手で優しく包み込む。
「ケイの能力はこの世界とあちらの世界を繋ぐ架け橋にもなり得るのです。」
——「…ねぇミリル。あなた誰の許可を取ってそんな事をしてますの?」
明らかに不機嫌な顔でそう話すシーラ。その目線はケイの手を握るミリルの手に向いていた。
「シ、シーラ様…!今は大事な話を…。」
「大事な話の途中に人の婚約者の手を握るの?メズリ、あなたはあの行為を許せるのね。」
「いや、そんな訳では…。ちょっとミリル、そろそろ手を離してよ。このままじゃシーラ様が…。」
メズリは慌てた様子で一人あたふたとしている。
「…記憶が戻っても正気を保っていられたのはあなた達のおかげかもしれませんね。」
ミリルはクスッと笑いケイの手を離すとシーラに寄り添う様に体を密着させる。
「わたしはケイに対して特別な感情は抱いたりしてませんよ。配慮に欠ける行動をしてごめんなさい。」
シーラの頭を撫でながら優しく微笑みかける。
「…ま、まぁ別に良いですわ。ケイの恩人に対しての言動じゃなかったのはこちらも悪かったですし…。」
「でもさっき見せてもらった過去の記憶ではミリル消えていったよね?何で消えたの?」
ミリルはシーラから離れ、メズリに視線を向ける。
「三つの加護を与えた事でその時の力を使い果たしたのですよ。で、その反動で元々意識体のわたしはこの世界で一度散りかけたんです。でもわたしの中に残る他の意識のみなさんがギリギリの所で繋いでくれて…。その影響か再びこの世界で目覚めてすぐはユウ達の事を忘れてました。その後はまた他の意識のみなさんのお陰で割とすぐに思い出して探し始めたんですけど、結局ユウ達と別れた場所までは思い出せなかったんですよね。」
「ふーん…。じゃあグリスを治したのもその光が頑張ってたのね。」
テオとの追いかけっこに飽きたフーがいつの間にかミリルの肩に乗りこみ話していた。




