第34章 今はまだ
——「…ノエル。いつまでも氷をぶつけるだけじゃ私は倒せない。せめてお前も炎の扱いに慣れていればな。」
「はぁ、はぁ。」
肩で息をするノエル。絶えずぶつかり合う炎と氷の蒸気によって服は濡れている。
「お母さん…わたしが邪魔だと言う割には殺さないんだね…。さっさと隕石を降らせればわたし達なんかすぐに殺せるのに。」
「隕石…。あれは破壊の象徴だ。そう易々と使ってはみなが慣れてしまうだろう?」
ユーノはうっすらと不気味な笑いを浮かべる。
「本当に…あなたは変わったね。何が目的か全く分からないけど、確実に言えるのはあなたは間違っている。って事だよ。」
「ふん、舐めた口を…。ならば聞くが、お前にはこの世界がどう見えている?」
ノエルは突然の質問に眉をひそめる。
「なに?質問の意味が分からない…。」
ユーノはため息を吐き、杖を地面に向ける。
「いや、何でもない。さぁこの攻撃はどうかわす?」
突然ノエルの体が下から突き上げる隆起した土によって上に飛ばされる。
「な…!」
ユーノの姿が蒸気に隠れるとすぐにノエルは杖を構えて態勢を整えた。
「くぅっ…!こうなったら…!」
全身に氷を纏い、攻撃に備える。
すると、蒸気の中から炎の玉が勢いよく現れ、更には先端の尖った土がノエルへと一直線に向かっていく。
ジュッ!
炎との接触により纏った氷は少し溶けるが、更にその上から氷を纏わせ厚みを持たせる。
しかし、次の瞬間槍の様に尖った土がノエルを襲う。
「がっ…!ぐ、うぅ…。」
纏った氷にヒビが入り、その衝撃が体全体に走りノエルは苦悶の表情を浮かべる。
「何で…全然歯が立たない…!」
ノエルは悔しそうにそう口走ると、そのまま地面に落ちていく。
「がはぁっ!」
蒸気に隠れていた地面がすぐ目の前に現れ、ノエルは受け身を取る事も出来ずに地面へと転がっていた。
「あのサンドワームを数人がかりとはいえ倒したと聞いて少しは期待していたのだがな。」
ユーノはゆっくりとノエルへ近づき、落下の衝撃に苦しむ様を眺める。
「かはっ!はぁ、はぁ!」
胸を抑え、その場で転がりばたつくノエルの手には、杖は握られていなかった。
「哀れね、ノエル…。」
ノエルを抱き抱えようと身を屈ませた瞬間、蒸気を吹き飛ばしながら迫る気配を察知する。
「…やはり、そう来るか。」
ガキィン!
ユーノに向けられた剣は、固く練り上げられた土にぶつかり金属音があたりに響く。
「フー!ノエルの治療を!」
「えぇ!分かってるわ!」
ユーノは地面に杖を向けながら、少し上目遣いでユウを見る。
「その片翼、お前が例の…。」
「非道のユーノ、悪いが奇襲は失敗だ。」
土から剣を離し、ユウは後ろに飛んで距離を取る。
「はっはっは!」
突然高々と笑い出したユーノにユウは眉をひそめる。
「…なにがおかしい。」
「奇襲が失敗だと?得意気になっている所申し訳ないが失敗ではない。」
「得意になっているつもりはないが、あんたが引き連れてきた盗賊は全て殺した。そしてあんたもここで終わりだ。」
ユウは剣先をユーノに構え直す。
「ほう、わたしを倒せる気でいるのか?たかが剣でどうやって?」
「そうやって調子に乗っていられるのも今の内だ…!」
森の中に金属音が鳴り響く。一瞬で間合いを詰めたユウの剣はまたもやユーノの作り上げた土によって阻まれる。
「…確かに速いがこうすれば問題はない。」
「体を土で…っ!」
地面の土がユーノの体にまとわりつき、その土の表面を固くした防御態勢。そして、その周りに炎が現れる。
「どうだ?わたしを殺せそうか?」
「くそ…っ!!」
炎は一気にユウへと放たれ、漂う水蒸気に熱が伝わり辺りの温度が急激に上がっていた。
「はっはっはぁっ!どうした?苦しいのかぁ?んー?」
ユウは咄嗟に炎をかわしたが全ては避けきれず、体に火傷を負いながら肩で息をする。
「…はぁっ、…はぁっ!」
「この状況でも奇襲は失敗したなどと言えるか?」
ユーノは再び炎を周りに作り出し、ユウに冷めた笑みを浮かべる。
突然、氷の塊がユーノの周囲に出現する。
「…ノエル。そうか、あの妖精の癒しで…。」
傷が癒えたノエルが杖を構えユーノを睨みつける。辺りには冷気が溢れ、ユーノの炎の勢いが弱まっていた。
「ちょっとユウ!あんた凄い火傷じゃない!」
フーが慌ててユウの元へ飛んでいき、すぐに治療に入る。
「お母さん。仲間を傷付けた事、本当に許さないよ。」
「お前に何ができる?また弱らせて今度こそ連れ帰ってやろう。」
「うるさい!わたしは何回だって抵抗してやる!」
ユーノを包む土に向かって待機中の水分をまとめて放つ。
すると、土は泥になって硬さを失い、地面にべちゃべちゃと落ちていく。
そして、先程よりも強い冷気に当てられた炎は次第に消えていき、ユーノの周囲にある氷の塊は、先端の尖った形状へと変化する。
「…何故最初からこうしなかった?情が邪魔したか?」
「知らないよ!わたしも何でだろうって不思議に思ってるくらいなんだから!」
ノエルは再び大気中の水分をまとめ、杖をユーノに向ける。
「…。」
ユーノの頭上には大量の水が浮かび、上を見上げる顔に水滴がポタポタと落ちていた。
「どう?この水を氷に変えて一気に貫く事もできるんだよ?」
ユーノは黙ってその水を見上げ、周りに浮く氷の塊にも目を向ける。
「中々良いわよ、ノエル…。」
「え…?」
ユーノが小さな声でそう呟いた瞬間、辺りに漂う冷気が急激に熱される。
「この冷気、たった一人で良くここまで鍛えることが出来たわね。」
大きな炎の玉が辺りに何個も作り出されると、熱気が全ての冷気を奪い去っていく。
「…嘘でしょ。何であの形勢から逆転されるのよ…。」
「お前よりも私の方が能力に触れた時間が長い。それだけだ。」
熱気は強まり続け、やがて炎の玉は森を埋め尽くす。
「非道のユーノ…そう呼ばれるだけはあるわね。隕石なんか使わなくても最強じゃないのよ。」
ユウに手を当てながら目の前に光景に唖然とするフー。
「…まずいな。まさかここまでとは思わなかった。」
剣を握りしめたユウの手が震える。
「あんた怖いの…?」
「…いや、ローランとグリスの事が気掛かりでな。それに、ケイやテオ、ヒール国と東領地。…この世界の全てが気掛かりで…悔しい。」
「…ユウ。」
「ユウ!ノエル!フー!こっち!!」
声のした方を見ると、森の中の空間に揺らぎを見つける。波打つ様にモヤモヤと揺れ動くそれは次第に中から光を放ち、人が通れる程のサイズの丸い形へと変わる。
「何だ…それにこの声…。」
ユウが不思議そうに呟くと、フーはノエルへ視線を向ける。
「ノエル!こっちよ!走りなさい!!」
数十個の炎がノエルを囲む様に浮かび、熱気がこもる中ノエルはその声に反応して勢いよく駆け出す。
——「テッセン…?いや、あの光は…。ノエル、待て!」
ユーノは炎をノエルに放とうと杖を構える。
『ユーノ…。』
「……エリノス…?」
不意に聞こえたその声に、ユーノは動きを止める。そして…。
「…くっ!こ、こんな時に…。」
動きを止めたユーノは突然頭を抑え、苦しそうな表情でノエルの走り去る後ろ姿を見つめていた。
——「ユウ!あんたも早くあの光に!」
フーは光の側でノエルを待ちながらユウに視線を向ける。
「待て待て!あの光は何だ!何か知ってるのか!?」
「知らないわよ!でも、あの光から…ミリルの声がした…!」
「ミリル…そうか、あの声どこかで聞いたと思ったんだ。でも何故…。」
「フー!ユウ!この光はなに!?」
「説明は出来ない!でも逃げるなら今!さっさとこの中に入るのよ!」
ノエルは警戒しながら光の中を覗き込む。
「これ、入るものなの?…これに入るってどういう事…?」
「だから知らないってば!良いからさっさと…あーっ!ユーノがこっちに!!」
二人は後ろを振り向くと、頭を抑えたユーノが土を操り凄まじい勢いで近づいてきていた。
「よし!俺から入る!行くぞ!」
ヤケクソ気味にユウはそう言うと、光の中へ足を踏み出し消えていく。
「き、消えた…!」
「ほら!あんたも早く入りなさい!」
フーも光の中へ飛び込みノエルの目の前からその姿を消した。
「う、うわぁぁぁっ!!」
向かってくるユーノとの間に大きな氷を作り出し、ノエルは叫びながら光の中へと入っていく。
「くっ…!こんな氷!」
目の前に巨大な炎の玉を作り出し、地面から出した土で氷を削りながら進むユーノ。
しかし、氷の先の光は既に消えており、三人は跡形もなく姿を消していた。
「ノエル…。ぐっ!頭が…。」
ユーノは地面にうずくまり頭を両手で押さえる。そして、苦悶の表情で空を見上げた。木々の間から太陽の光が差し込み、穏やかな風が吹く中憎しみのこもる眼差しで虚空を見つめていた。
——「うわぁぁぁっ!!」「きゃぁぁぁっ!」「ひぃぃぃぃっ!」
光の先。ユウとフーとノエルはそれぞれが叫びながら体をバタつかせる。
「ほ、本当に来た…。」
「ミリル…あなた何者ですの?」
「ふふふ、本気を出せばもっと凄いんですよ。ま、出さないんですけど。」
「ユウ!ノエル!フー!お前達何バタバタしてんだぁ?」
声をかけられたユウ達は、ゆっくりと目を開ける。
「…ミリル!やっぱりあんただったのね!!」
「フー!何だか久し振りですね!」
真っ先にミリルの元へと飛んでいったフーは、ヒラヒラとミリルの周りを飛び回り嬉しそうに笑う。
「あんたいつ目覚めたのよー!心配したんだからね!」
「フー達がグリフィット国を出てすぐに目が覚めました!フーもいないしクッキーもないしで大変だったんですからね!」
「あんた寝起きにクッキー探してたの?改めて呆れるわ…。」
「オズリ!それにシーラとメズリも!さっきの光は何なんだ!ミリルがやったのか?」
メズリがずいっと前に出て口を開く。
「それがさぁ!朝一の船に乗ってグリフィット国を出たんだけど西領地に着いた途端ミリルの顔つきが変わってね。人気のないところでさっきの光を出して森に出たわ。」
「…すまない良く分からないんだが。だがあのままあそこにいれば俺達は殺されていたかもしれん。ありがとう。」
「ユウ、ワープって知ってますか?」
フーと話していたミリルが突然ユウに問いかける。
「…ワープ?いや、知らないが。」
「そうですよね、すみません。では、説明は後にしてケイもここに呼びますか。」
「きゃー!ケイにまた会えますわ!メズリ、どうかしら?わたくしおかしな所はない?」
「…いえ、特別これと言っておかしな所はないですが…強いて言うならまだ別れて一日しか経っていないのに良くそこまで感激出来るなって…。」
「メズリィ。姫はそれだけケイの事が大好きなんだぁ。そう言ってやるなぁ。」
「うるっさい!あんたに言われたくないわよ。」
「ケイの気配が見つかりました。ではここに呼び寄せます…が、ノエル。お母さんとの戦いはどうでしたか?強かったでしょ?」
突然話を振られたノエルは体をビクッとさせる。
「え?あ、うん。…強いなんてもんじゃないよ!まさかあそこまで太刀打ちできないとはね。わたしの上を常にいってるって感じだったなぁ…。」
ミリルはノエルの顔をじっと見つめ、ニコッと笑う。
「次はきっと大丈夫。あなたには私達がついているし、お父さんも守ってくれるはずですよ。」
「お父さんが…?」
「はい。あなたが今背負っている思いは、お父さんの願いでもあるの。その気持ちをお母さんにもちゃんと伝えて。」
ノエルは驚いた様に目を見開く。
「わたしの思いって…。何でそれを?」
「見てれば分かります。そしてその思いはもうすぐ現実となる…。私を信じて。サンドワームの時の様に。」
ノエルの脳裏に浮かぶグリフィット国での出来事。
「あの時もあなたは氷を使えって助言を…。」
ミリルはノエルに微笑みかけ、頭に手をポンっと置いた。
「さぁ、ケイを呼びます。」
——夜の内に出発したケイ達は、東領地の街を遠くに見ながら、目の前の光景に呆然としていた。
「…トリトカゲ。」
以前ローランを乗せて飛び去った漆黒のドラゴンがケイ達の進行方向の先でゆっくりと羽を休めている。
「まだこっちに気づいてないのかな?流石にデカすぎるよ…。」
「…私、東領地の街の様子を先に見てきます。ケイさん達はあのドラゴンに気付かれないようゆっくり来てください。」
「ドラゴン?あの化け物の事?」
ブランカはパッと勢いよくケイに振り向き答える。
「え、えぇ!あの化け物はドラゴン。東領地ではもう有名ですよ!」
「…クソイモムシを倒した後あいつが飛び去って行ったのを見た。まさかこんな所にいるなんてな…。」
テオは爆弾の入った袋に手を伸ばす。
「テオさん!ダメです!私が先に行きますので…。」
「そうだよテオ!無闇に刺激することはやめてくれ。」
「ちっ!」
袋から手を離し、ブランカに視線を向ける。
「ブランカ!偵察するなら早く行け!俺達も急いで街に行くからよ。」
「…もう、びっくりさせないでくださいよ。絶対に刺激しちゃダメですからね!見つからない様に遠回りしてでもゆっくり来てください。」
ブランカはそう言って東領地の街の方角へゆっくりと飛んでいく。
「じゃあ僕達も行こうか。ゆっくりだよ?そーっとそーっと。」
「分かってるよ。…ん?何だありゃ。」
テオが目を凝らしながら指を指す。ケイがその指の先を辿ると空間に人が通れるほどの穴が空き、中から眩いほどの光を放っていた。
「…え?何あれ…。」
「ケイー、テオー、さっさとその穴に入りなさーい。」
フーの気怠そうな声が穴から聞こえ、二人は顔を見合わせ固まっていた。




