第32章 崩壊
——「一人逃げたぞ!ぶっ殺せぇっ!」
盗賊は商人を追いかけようと走り出す。
グリスは商人を守る様にその盗賊の前へ立ちはだかり、盗賊の足を剣で突き刺した。
「ってえな!」
足を突き刺された盗賊がグリスに向けて短剣を振り払う。
しかし、グリスは短剣を剣で捌くとすぐさま態勢を立て直した。すると、もう一人の盗賊が目の前まで迫って来ている事に気付き、慌てて剣を振る。
「っぶねー!お前中々強いな!」
グリスの剣はギリギリでかわされ、後ろへ距離を取った盗賊は剣を肩に乗せると、足を負傷した仲間の盗賊に笑いかける。
「ははっ!おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねーよ!右足はもう動かせねー。」
「アヒャヒャヒャ!不用意に突っ込むからだよバーカ!ローラン様から何を学んだんだお前は。」
グリスは見下す様に、ローランの名前を口にした盗賊を見る。
「お前、ローランの部下か?」
「あぁ?」
盗賊がジリジリとグリスとの距離を詰めていく。
「部下かと聞いている。答えろ。」
「同じ部下でも偵察しかできねー様な奴等と一緒にするなよ?俺達はローラン様に剣を直接教えてもらった《精鋭》だ。」
盗賊がそう口にした瞬間、グリスの肩に痛みが走った。
「…くっ!」
ナイフが肩に刺さり、血がポタポタと腕を伝って地面に落ちていく。
「油断してんじゃねーよボケェ!」
右足を負傷した盗賊は、服の内側に隠した投げナイフをグリスに見せつける。
「くそっ…!」
グリスの視界が段々と霞んでいき、地面に片膝をつく。
「アヒャヒャヒャ!俺達を舐めるなよバーカ。」
盗賊はグリスにゆっくりと近づき、剣を振り下ろす。
——グリスの脳裏に走馬灯の様にはっきりと思い浮かぶ光景。
西領地の港で初めてお前を見た時…不思議な気持ちになり、俺は目が離せなかった。
可憐で凛としたその横顔。無邪気に笑い、話す事が大好きな君の側にずっと一緒にいれたらどれ程幸せか。このまま君を守り通せると本気で思っていた。
《愛している》
初めて話した俺の気持ち。あの時の君の顔は今でも覚えている。
…ローラン。君が操られているのならば、それは俺の責任だ。
君の気持ちも聞かず、俺が決めつけた。
病に冒され限られた俺の命。君は他に幸せを見つけた方が良いと、勝手に決めつけた。…優しく話しても君は離れないから酷い事を言った。
あの時、そのまま君の元を去ってしまった俺を、恨んでいるか?愛を誓った者に酷い言葉を浴びせられ、裏切られたと絶望したか?
すまない…。俺は必ず…。もう一度君を…。
——霞む視界の中、振り下ろされた剣が宙を舞う。
「なっ…!」
グリスは隙だらけの盗賊の腹を横に斬り払い、宙に浮いた剣をパッと掴むと右足を負傷した盗賊に向かい全力で投げ放つ。
「ぐっ…!うぅ…。」
首を貫通し、血を吐きながら地面に横たわる盗賊。
咄嗟の事に反応できず、腹を斬られた盗賊は冷や汗を滲ませながらグリスを見る。
「はぁ、はぁ、お、お前…ぐふっ…な、何者だ…。」
グリスはその問いかけに答える事なく盗賊の腹に剣を突き刺し、そのまま意識を失った。
——城の最上階。国全体を一望できる場所に、ユーノが大きな杖を掲げて立つ。
「合図を出せばいつでも放てる。」
「あぁ。それにしても、ローランも物好きだな。部下なんぞ放っておけば良いものを。」
ライラ王がニヤニヤとしながら盗賊同士の殺し合いを眺める。
「全くだ。城の中にあいつらが入ってくる前に一掃してしまえば楽なんだが…。」
「ローランの好きにやらせてあげようよ。あの子はただでさえ不安定なんだからさ。」
テッセンは二人から少し離れた位置でそう言うと、東領地の方角へ目を向ける。
「テッセン様、例の羽根と草の能力を持った二人と、ユーノの娘が攻めてくる事も考えねば。」
ライラ王は真面目な表情でそう言うと、テッセンは余裕を浮かべ答える。
「いやぁ、大丈夫だよ。彼等が来たとしてもきっとこの国と東領地に分かれるはずさ。ユーノの娘は確実にここへ来る。そしたら二人の内どちらかは絶対にここに来るよ。そして、爆弾を使うただの人間とその二人のどちらか…。君はあのドラゴンに、生身の人間が勝てると思っているのかい?」
ライラ王は何も言わず、ただニヤニヤと笑っている。
「そんなに思い通りに奴等は動くのか?ここにまとまって来たらどうするつもりだ?その可能性も考えないと、万が一ってことがある。」
ユーノは落ち着いた口調でテッセンに話す。
「なぁに。奴等の考えそうな事は分かっているのさ。それに、もし違う事を考えていてもそうなる様に手を打ってある。抜かりはないよ。」
「…なら良いが。」
ユーノは再び眼下に広がる街並みを見る。
「さ、ローランに伝えてくるよ。部下はもう諦めろってね。」
テッセンはそう言うと、空間に発生させた歪みに入り、姿を消した。
——「ローラン。お前の部下の盗賊はすでに攻め込んできた盗賊達と交戦しているんだよ。諦めて城に戻りなさい。」
ローランの目の前に現れた空間の歪みから、テッセンがそう語りかける。
「テッセン様…。えぇ、分かりました。せっかく育てた者達でしたのでつい…。」
「そうだね。…ん?あそこに倒れているのは君の部下じゃないのかい?」
ローランはテッセンに言われた場所に視線を向ける。そこにいたのは息絶えた部下とグリス。
「…グリ…ス…?…グリス!!」
ローランの頬に、一筋の涙が流れる。弾かれる様にグリスの元へ駆けて行き、肩から血を流すグリスの体をギュッと抱きしめた。
「…グリス。グリス…!グリス…!」
止めどなく流れる涙が、グリスの顔にポタポタと流れ落ちる。
「テッセン様!この人を…グリスを助けて…!」
「ダメだよ。」
「…え?」
テッセンは冷たい目をローランに向ける。
「その男は君にとって憎むべき相手だ。忘れたのかい?」
「憎むべき…?そんな事は…。」
テッセンはローランの目をじっと見つめる。
「いや、君はこの男を憎んでいる。殺したいほどに。忘れたというのなら、思い出させてやろうか?この男が君に投げかけた酷い言葉と、君を捨てて旅に出た時の事を。」
ローランの脳裏にフラッシュバックする苦しい思い出。
「あ…あぁ…。」
ローランの目が虚になり、空を見上げ最後に流れる涙を素早く手で拭う。
「私は何を…。」
テッセンはニヤリと笑い、口を開く。
「その男、このままでは隕石に当たって死んじゃうね。僕も悪魔じゃないからね。せめて安全な場所に運んでおこうか。」
「…はい。取り乱してしまいすみませんでした。」
ローランはグリスの体を持ち上げ、空間の歪みの中へ入っていく。
「良いんだよ。じゃ、この男は城の裏門へ放り投げよう。安全だからね。」
空間は徐々に小さくなり、テッセンが不気味な笑みを浮かべると完全に消えていった。
——「ユーノ、合図だ。放って良いぞ。」
「ふぅ、やっとか。じゃ、いくよ。」
ユーノが杖を空に掲げる。
雲を割り、巨大な一つの隕石がその姿を現す。
住民達は、突然空が暗くなった事に異変を感じ外に出て空を見上げる。
「…終わりだ。」
家から出て来た住民達の誰かがそう呟き、一斉に悲鳴が上がる。
「…あ。」
巨大な隕石は突然弾け、小さな数百個の欠片が降り注ぐ。
「これ…もう逃げれないんじゃ…。」
その場で家族を抱きしめる人達、家に戻っていく人々。城の外へ逃げようとする人々の体から、黒いモヤの様なものが抜けていく。そのモヤは意思を持っているかの様に城のある一箇所へ集まっていく。
「良いぞ!この絶望!力がみなぎる!どんどん絶望に染まれ!」
テッセンは目を見開き、集まる黒いモヤをその身に浴びる。
「おぉ!テッセン様の力が…!ユーノ!どんどんやってくれ!」
「…ふん。」
ライラ王はテッセンに視線を向け、少し興奮しながらユーノにそう言うと、ユーノは鼻で返事をしながら杖に力を込める。
小さな欠片が大きな力で地面に当たり、その周辺の建物が地面ごと吹き飛んでいく。
数百個の隕石が全て降り注いだあとに残るのは、たくさんのクレーターと、煙を上げる瓦礫の山。
ヒール国は完全に終わりを迎え、ステイトラ城だけが綺麗な形を保ったまま、そこにそびえたっていた。
——「もう船は乗らないわ!」
フーは船を降りる際、そう吐き捨てる。
「…おい、早く俺を癒やせ…。」
顔を真っ青にしたテオが、ヨタヨタとフーを追いかけていく。
「フー、テオ君に暴言を吐かれながらよく頑張ったよ。わたしも何か力になれれば良かったんだけど…。」
ノエルは二人を見ながらそう言うと、荷物を持って船を降りた。
「はは…。体調が悪くても暴言は言うんだもんね。フーにあとからフルーツジュースでも買って労おうか。」
ケイはユウに視線を向ける。
「…街の様子はどうだ?何か変わった所は…。」
ユウはケイの言葉に答える事はなく、街の様子を伺っている。
「少しだけ、人が少ない気が…。」
ケイがそう言うと、船を降りたところで一人の妖精がフワーッと飛んできた。
「あの…もしかしてサンドワームを倒した方達ですか?」
「え!…あ、フーかと思った!」
ケイは目の前の妖精と先に船を降りてテオに追いかけられているフーを交互に見る。
「あ、すみません。私はブランカ。あなた達がサンドワームを倒したと噂に聞いて、是非この目で拝見したいと思い…。」
ユウは驚きブランカに問いかける。
「俺達がサンドワームを倒したって…そんな噂が流れているのか?」
ブランカはこくりと頷く。
「えぇ。直近でグリフィット国に行った人達はあなた達ですし…その後サンドワームが倒されたという話が各領地に広がっていますよ?あ!あの船乗りさんも証言していました。」
グリフィット国にユウ達を乗せた船乗りがニコニコと笑っている。
「あんたらだろ?サンドワームを倒したのは!いやー、まさかサンドワームを倒す為にグリフィット国に行ったとはね。」
「んー…。いや、別に倒す為に行ったわけでは…。成り行きなんですけど。」
ケイが控えめにそう言うと、船乗りはケイの肩をバンバンと叩く。
「はっはっは!もっと誇っても良いんだぜ!この街から盗賊達も撤退したし、サンドワームを倒したあんた達に恐れをなして逃げていったのかもな!」
「この街に盗賊が!?」
ユウは船乗りにそう問いかけると、ブランカが会話に入り答える。
「盗賊達はこの街以外にも北領地と南領地を襲っていました。何故か撤退してヒール国へと向かったようですが…。」
「ちょっとー!早くこっちに来てこいつをどうにかしなさいよ!鬱陶しいったらありゃしないわ。」
フーはまとわりつくテオの顔を必死に押し除けながら助けを求める。
「ブランカ、あっちで話を詳しく聞かせてくれ。」
ユウはブランカにそう言うと、テオの元へ向かった。
「あらー!ブランカって言うのね!あたしはフーよ。取り敢えずこいつを癒してくれる?」
フーはブランカに全てを丸投げし、さっさとテオから離れる。
「はい!フーさん程ではないですけど私も癒しの能力には自信がありますので!」
ブランカはテオの体に光を集め、集中していく。
「さて、ブランカの話だと既に各領地からは盗賊も撤退しているようだ。」
ブランカはテオに治療をしながら視線をユウ達に向ける。
「あ!でも、各領地の被害は分からないんです!この領地はそんなに被害はなかったんですけど…。」
「だ、そうだ。北領地と南領地に分かれて行くか?」
ユウの問いかけに、ノエルが答える。
「わたしは北領地から行くよ。一応生まれ育った場所だからね。」
「じゃ、僕は南領地に行くよ。ユウはノエルについていってあげて。」
「分かった。フーはどうする?」
「こいつがいない方。」
テオを見ながらフーはそう即答し、ユウは頭を悩ませる。
「あの、良かったら私も同行しても…?テオさんまだ体調が悪そうですし、先を急ぐのでしょう?」
ブランカの提案に、フーが食いつく。
「それ良いわね!じゃあテオとブランカはケイに付きなさい!あたしはユウとノエルに付いていくわ!」
「おい…。てめー俺を邪魔者扱いしやがって…。」
テオはフーを睨みながら、今にも吐きそうな顔でそう話す。
「あぁ!テオさん、体を動かさないでください!」
ブランカは慌てて光を集め、再び集中した。
「ケイ…。テオの調子がある程度戻ってから行くといい。俺達は先に行くぞ。ブランカ、出会ったばかりでこんな事頼んですまないな。」
「いえいえ!私は元々皆さんの力になりたくて会いに来たんですよ?願ったり叶ったりです。」
ブランカは嬉しそうにそう話す。
「ありがとブランカ。ユウ、グリスの事頼んだよ。」
ケイはブランカにお礼を言い、ユウに拳を突き出す。
「あぁ。お前も気を付けてな。」
ユウとケイは軽く拳を突き合わせる。
「ノエルー、肩に乗せてー。」
「いいよー。」
ぽんっとノエルの肩に乗り、休息を取るフー。
ユウとノエルとフーは、ケイに手を振りながら北領地へと歩き出す。




