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第31章 地獄の入り口

——グリス達が南領地の街を拠点にして3週間後。東領地に行っていたフォックスとガルシアが南領地の街に戻り、それをグリスとテイラーが出迎える。

 

「フォックス、東領地はどういう状況だった?」

 グリスの問いかけにフォックスは眉をしかめる。

「ゴースに盗賊だと疑われて大変だった…。ガルシアがいなかったら今ここに俺はいなかった…。それだけだ。」

 フォックスはそう言うと、コップに入った水を飲み干す。

「いや、お前盗賊じゃねーか。」

 テイラーの呟きに、ガルシアが少しだけ笑う。


「るせー!とにかく、ゴースには話をつけておいた!何がなんでも東領地を守るってよ!」

「そうか…。で、バードの事についてはなんと?」

 フォックスは視線を少し下に落とす。

「そりゃあ…悲しんでたさ。だが、あいつを含む南領地の兵士達は言っていたぜ。」

 顔を上げ、胸に拳を当てるフォックス。

「『領主様の事は忘れない。そして、領主様の平和への想いは必ず受け継ぎます。』ってな。」

 

 それを聞き、鋭さを増すグリスの眼光。大きな胸の高鳴りを感じながら、決意を宿した眼差しでグリスは口を開く。

「住民達がしばらく食べていける程の食料は確保した…。そして、東領地のゴース達に状況を伝えられた。次に俺達がやるべき事は、一つ。」

 グリスは家の出口へと歩き出し、ガルシア達もそれに続く。

 ドアノブに手をかけたグリス。一度深呼吸をし、扉を開けた。


 目の前の広場に集まる百人程の盗賊と、住民達。

「あんたら、気を付けてな。」

「お?なんだぁ?心配してくれてるのか?」

 住民と盗賊の会話。

「そりゃあ心配もするさ。」

「へぇ…。最初は俺達の事、避けてたのにな。」

「あんたらは盗賊。普通なら怖くて顔も見れないよ。だが、俺達の為に食糧を確保し、守ると言ってくれた…。」

 住民の男は一度ゆっくりと視線を落とし、また盗賊を見る。

「あんたらには感謝している。この街を救ってくれた様に、今度はこの国を守ってくれ。」

「…へっ!てめーに言われなくてもやるさ。こっちこそ、世話になったな。」


 グリスの目の前で交わされる、本来なら奪う立場の盗賊と、奪われる立場の住民が笑顔で話している。共に暮らし、手を取り合った両者の間に、わだかまりなど存在しなかった。

 グリスは視線をヒール国の方角の空に向ける。

「俺達は今からヒール国へ向かう!必ず盗賊達を全員叩きのめし、この国を救ってみせる!…今日まで本当に、世話になった!」



 ——街を出るグリス達に一人の男が話しかける。

「グリスさん、本当にありがとうございます。」

 最初にこの街に来た時に話しかけた、少し頬のこけた青年。

 グリスは青年の肩をポンと叩く。

「ドルフ、母親を大事にな。」

「…はい。」

 ドルフが名残惜しそうにグリスと握手を交わしていると、フォックスが会話に割り込む。


「お前が戦いに加わると言い出した時は本当に困ったぜ。」

 ドルフは少し、恥ずかしそうに顔を赤くする。

「僕も、何か力になれたらなって…。」

 フォックスは小馬鹿にした様に笑う。

「てめーなんかが戦った所ですぐに死ぬっつーの!」

 ドルフは真っ直ぐにフォックスを見て、微笑んだ。

「確かにそうですね。僕はあなた達の無事をここで祈っています。特に、すぐ死んじゃいそうなフォックスさんの無事を。」

 フォックスの眉がぴくりと動き、ドルフへ詰め寄る。

「てめー!調子に乗ってんじゃねー!」

「はははっ!冗談ですよ。きっとこの戦いが終わった時、全員が無事でいる事を僕は信じていますから。」


 

「うあ。」

 ガルシアが紙を手に持ちグリスに見せる。

 

『そろそろ行くぞ。』

 

「おぉ、そうだな。」

 グリスはそう言うと、フォックスとドルフから視線を外した。

「お前達!行くぞ!」

 グリスの呼びかけに、盗賊達が大きな声を上げた。

「「おぉーーーっ!!」」

 男達の雄叫びはどこまでも響き渡り、余韻を残しつつ夕日の中へ溶けるように消えていった。



 ——明け方になり、休息をとっていたフォックスとガルシアが目を覚ました。

「どうだ?疲れは取れたか?」

 グリスは二人にそう声をかけると、ガルシアはこくりと頷き、フォックスは少しだけ不満そうに呟く。

「俺達の苦労はこんなもんで癒されるもんじゃねーよ…。」

「はぁ?十分寝させてやったじゃねーか!文句ばっかり言ってんじゃねぇ!」

 テイラーがフォックスの頭をバチン!と叩く。

「いて!何すんだよ!」

「うるせー!ったく!調子に乗りやがって…。」


「喧嘩をするな。それよりも、ヒール国に着いたらまず何をするべきか分かっているな?」

 グリスの不敵な笑みに、ガルシアも笑みを浮かべて返す。

「うあ。」

 そして、スラスラと紙に書き始めた。


『操られた盗賊は全員殺す。ローランがいた場合、すぐにグリスに報告する。』


「そうだ。襲ってくる盗賊は全て殺せ。そして、ローランは俺が相手をする。決して手を出すんじゃないぞ。」

「ローラン…あんな化け物、誰も戦いたくねーっての。」

 フォックスの脳裏に浮かぶローランの剣技。


「…俺はあいつを殺してーけどな。」

 テイラーが鋭い眼差しで前を見たまま呟く。

「お前がそこまで怒りを露わにするとは珍しいな…何があった?」

 グリスはテイラーに向けそう問いかけると、フォックスが首を横に振り呆れた様に口を開く。

「グリス、こいつはそんな大それた事で怒ってるわけじゃねー。理由を聞いたらガッカリするぜ。」

「…?テイラー、理由を言え。」

 苦笑いを浮かべるフォックスに呆れた眼差しを向けられながら、テイラーは口を開く。

「…女が男より強いだと?バカにするのも大概にしろ。」

 

「…は?」

 グリスが素っ頓狂な声でそう言うと、フォックスが笑いながら言う。

「な?こいつは男尊女卑に生きるとんでもない野郎なんだぜ!」

 テイラーは真面目な表情でグリスに視線を向ける。

「俺はな、本気で許せなかった。女が剣を持ち、俺達のリーダーを殺し、命を取られなかったとはいえ俺も奴にやられちまった。…屈辱だ。どんな手を使ってでも奴を殺さねーと俺の気が済まねー。」

「……。」

 グリスはそんなテイラーに呆然としながら何も言葉を発することはなかった。


「はいはい。とにかくローランを見たらグリスに報告しろよ?そろそろヒール国だ。気を引き締めろ。」

 フォックスの視線の先に、ステイトラ城が高々とそびえ立つ。


 ——グリス達は全力で駆ける。

 それぞれの武器を前に構え、門番の兵士目掛けて一直線に。

「と、盗賊だぁーっ!…っ!!」

 そう叫ぶ兵士の喉元に、勢いよく放たれた投げナイフ。兵士はその場に倒れ、血を噴きながら痙攣を起こす。

 隣に立っていたもう一人の門番は、そんな仲間に見向きもせずに盗賊達を迎え撃つ。

「この国に喧嘩を売ってただで済むと思っているのか!」

 言いながら兵士は後ろを振り返り、持っていた笛を鳴らす。


「ちっ!あいつ仲間を呼びやがった…!」

 フォックスが額に汗を滲ませそう言うと、ガルシアがその兵士に向かってスピードを上げる。

「…ひぃっ!」

 再び盗賊達に視線を向けた兵士はガルシアの迫力に圧倒し、思わず後ろへ後退する。

「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」

 兵士の顔にガルシアの強烈な拳が炸裂し、兵士は吹き飛ぶ。そして、ガルシアの後ろから続々と走ってくる盗賊達からリンチを受けていた。


「ひ、ひでぇ。」

 フォックスは余りの悲惨な光景につい足を止めてしまう。

「はっはっは!そりゃあ俺達はこいつらに怒りと恨みがあるんだ。このくらい突然だろうよ!ほら、どんどん進むぞ!」

 テイラーは明るくそう言うと、楽しそうに街の中へと入っていった。

 

「なるべく兵士は殺せ!盗賊も皆殺しだ!」

 グリスは先頭を走りながらそう言うと、不意に違和感を感じ、慌てて足を止める。

「…人が…いない?」

 見渡す限り家と店が立ち並ぶ街の中。しかし、人の姿が全くない。

 

「旦那!これは…南領地と同じなんじゃないか?」

 冷や汗を滲ませたテイラーがそう言うと、ガルシアがステイトラ城を指差す。

「ガルシア…?」

 グリスが城へ視線を向けると、大きな炎の玉がグリス達に向かってきていた。


「…ユーノだ!」

 仲間が恐怖の混じった声で叫んだ。その名を聞いた途端、数人が足を止めその炎の玉を眺めている。

「お前達!動け!」

 グリスがそう声を投げかけるも、炎の玉はぐんぐんと迫ってくる。


 炎の玉は家に当たり、その場で激しく燃え盛る。

「進め!ステイトラ城に少しでも近づくんだ!」

 グリスはそう叫びながらステイトラ城を見据える。

「グ、グリス…!」

 フォックスが駆け出そうとするグリスの肩を掴む。

「何だ!早く先へ…」

 肩を掴まれ振り向いたグリスは目の前の光景に呆然としてしまう。


 燃え盛る家から飛び出してきた、三人の人影。

 衣服についた火を消そうと、必死に地面に体を擦り付ける一人の男性。

「ぐぅぅっ!」

「うぅ…っ。」

「パパ!ママ!」

 父親と母親の体は焼け爛れ、子供がそれを見て泣いている。

 父親が地面に体を擦るたび、爛れた皮膚がその場に残る。

「に、逃げなさい…。」

 母親は子供の顔に手を当てて、優しい笑みを浮かべる。


「グリス!炎の玉が!」

 フォックスの言葉に、グリスはパッと城の方へと視線を向ける。

 目の前まで迫った炎の玉が、三人の親子の元へ落ちていく。


 逃げられない。そう思った父親が妻と子供をその腕に抱き寄せる。

「ごめんな…ごめんな。」

 焼け爛れた腕で二人を包み込みながら、何度も謝る父親。

 炎の玉に向けた、火が消えたばかりの爛れた背中は一瞬で炎に包まれ、ゆっくりと崩れていった。


 グリスは拳をギュッと握りしめる。爪が皮膚に食い込む程強く握りしめられた手からは血が垂れていた。

「はぁ、はぁ、…いる。」

 グリスは城へと駆けていく盗賊達に、大きな声をあげる。

「この国にはまだ!人がいる!早く、早く城へ!ここを戦場にしてはいけない!」

「旦那!やべー!どんどん炎の玉が…っ!」

 テイラーが焦りながら空を見上げる。

 

「…許さん!絶対にあいつらを許してはいかん!…ガルシア!フォックス達と共に城を目指せ!必ず奴等の首を取るんだ!」

「うあ!」

 フォックスの首をガッと掴み、ガルシアは城へと走り出す。

「いだっ!」

 フォックスはそう声を上げ、ガルシアに引きずられていった。


「旦那!あれは…。あそこに人が!」

 グリスはテイラーが指差す方向に視線を向ける。そこには家の影に身を隠し、炎の玉を見上げる一人の男。

「俺はあの人の所へ向かう。テイラー!お前も仲間を引き連れて城へと向かえ!」

「分かった!気をつけてくれよ旦那!」

 テイラーは他の仲間に声をかけながら城へと向かった。


 ——「はぁ、はぁ、あんた、ここで何をしている?」

 グリスは息を切らしながら問いかける。

「わたしは商人でして…この国には先程着いたのです。この有り様は一体…?」

 キョロキョロと辺りを見回す商人の男。

 グリスは男の肩をガッと掴む。

「あんた、商人か!この国を出た後はどこに向かうつもりだ!」

 グリスの迫力に押されながら、商人は答える。

「え、えぇ。わたしは商人ですけど…東領地以外は危険ですのでヒール国に来たのです。次どこに行くかはまだ…。」

「頼む…っ!グリフィット国へ行って伝言を頼まれてくれないか!」

「グリフィット国はサンドワームが…。」

「俺の名はグリス・ロール。グリフィット国へ着いたらユウとケイを探してくれ!」

 次々と勝手に話を進めるグリスに、商人は困った様に眉をひそめる。

 

「ま、待ってください!あなたがご自分で行けばよろしいではないですか!」

 商人がそう言うと、グリスは城の方へと視線を向ける。

「俺は、この国でやらなければならない事がある…。」

 先程放たれた炎の玉が、一度に三箇所の家へと落ちていく。

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

 住民達の叫び声が響き渡り、炎が激しく燃え盛っていた。


「えーっと、グリスさん。この国で一体何が…?」

「詳しく説明している暇はない。俺からの伝言は、『ヒール国には近づくな。お前達は東領地に行け。』そう伝えてくれるか?」

 商人は燃え盛る炎を見ながら小さく頷く。すると、城の方から二人の盗賊が剣を振り回しながら近づいて来ていた。


「グリスさん!盗賊です!逃げないと…!」

「あんたは早くグリフィット国へ向かってくれ。南領地から行けば盗賊と遭遇する事もないだろう。」

 商人は困惑しながらグリスを見る。

「あなたはこの国で、本当に何をするおつもりですか…?」

 剣を抜き放ち、盗賊を睨みながらグリスは答える。

「この国の盗賊を根絶やしにする。では、伝言を頼んだぞ。」

 グリスはそう言うと、盗賊へと一直線に向かっていった。

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