第30章 嵐の前の静けさ
——「…はぁ?」
青年はグリスをじーっと見たあと、素っ頓狂な声を出す。
そして、言葉を続ける。
「…この国に喧嘩を売ってどうするんですか。盗賊がいなくならない限り、何をしても無駄です。…あと、その死体はちゃんと片付けておいてください。」
青年はそう言うと家へと戻っていく。その時、青年の手に握られていたのは小さな革袋。
「あの革袋…。恐らく食料だな。」
テイラーの言葉にグリスは頷く。
「この街にはもう希望がない。みな衰弱していく一方だろう…。」
「うあ。」
ガルシアが領主館に指を指す。
「バードは避難していると青年は言っていたが…行くだけ行ってみるか…。」
グリスはそう言うと領主館に向け歩き出す。
「じゃ、俺とガルシアはこの死体を片付けておくよ。旦那、領主館へは一人で行ってくれ。」
「あぁ。すまないな。まだ盗賊がいるかもしれない。気をつけるんだぞ。」
テイラーにそう言うと、グリスは一人領主館へと向かった。
——領主館の門の入り口。グリスはその光景に、肩を震わせる。
顔と首にベッタリと乾いた血が付着し、静かに目を閉じたバード。
「お前…っ!せっかく俺が助けた命をこんな所で…!」
領主館の門に作られたその台は、不気味な程に周りの光景と噛み合っておらず、違和感を放つ。
「こうなる事が分かっていてユウ達を助けてくれたんだな…。お前があの子達を守ってくれたんだ…!ありがとう…ありがとう…っ!」
バードの顔を、優しく抱く様に持ち、グリスは大粒の涙を流す。
グリスに抱えられる切断された首。その切断面からはもう、血が出ることはなかった。
——「おいおい、おっさんの首を大事そうに持った変態がいるぜー!」
「何やってんだおっさん?その首、家に持って帰っても良いんだぜ?」
二人の盗賊が笑いながらグリスに近づいていく。
グリスはバードの首を台にゆっくり乗せ、剣を抜き二人に構える。
「…お前達だけが悪いわけではない。だが、それ相応の苦しみを味わってもらう。」
「あぁ?何言ってんだお前!」
一人の盗賊がグリスに斬りかかる。
グリスは無言でその剣をかわし、足を目掛けて横に剣を振り払った。
男はその場にどさりと倒れ、斬られた足を手で抑えている。
「てめぇっ!」
もう一人の男がグリスに斬りかかると、グリスはその剣を弾き飛ばし、そのまま足を貫いた。
「ぐっ!」
二人の男は地面に倒れ、グリスを睨む。
「さて、お前達。覚悟はいいな。」
冷たい目を向け言い放つグリス。
二人の男は冷や汗を額に滲ませながらゆっくりと後退りをしていた。
「ぎゃぁぁぁっ!!」
あたりに響く叫び声。
「やはり骨は硬いな…。まぁいい、骨は残して肉を落とすか。」
「ご、ごめんなさ…うわぁぁっ、い、ぎぎぃ…っ!」
剣が骨に当たると、グリスはその周りの肉を骨に沿ってぐるりと斬る。
二人の男は次第に衰弱していき、もう片方の腕を同じ様に斬りつけていると、気絶をしてその場に項垂れる。
「…ちっ、気絶したか。」
グリスは男の首元に剣を当てがい、そのまま体重を乗せる。
肉を斬る嫌な音と共に、首がコロコロと転がっていった。
——「バード…お前は自分の無力さに嘆き、決して住民達にその弱さを見せる事はなかった。」
バードの首を持ち、見晴らしのいい少し小高い丘を登るグリス。
「いつまでも、この領地の事が気掛かりで成仏出来ないだろう?…だから、ここで見ていてくれ。」
地面に穴を掘りながら、グリスは呟く。
「俺が必ず、お前の無念を晴らす。」
グリスは鋭い目つきでそう言うと、バードの首を埋めた場所で、目を閉じた。
昔バードを助けた時の光景が脳裏に浮かぶ。そして、最後に思い出したのはユウ達と共に領主館で話していた光景だった。
再び領主館の前を通るグリス。先程までバードの首が置かれた台には二人の盗賊の生首が並んでいた。
——「あ、旦那!」
ガルシアとテイラーの元へ戻ったグリス。テイラーの呼ぶ声に足を止めた。
「どうだ?盗賊はいたか?」
「いや、出なかったな。…それよりも、少しだけこの街を見て回ったんだが、大きな孤児院の中にたくさんの死体が詰め込まれていたぞ。ありゃあ早めに燃やさねーと疫病が蔓延しちまう。」
「孤児院…そうか…。」
テイラーはグリスの顔をじーっと見る。
「…旦那、血がついてるぞ?怪我してるのか?」
グリスはテイラーにそう言われ、自分の体をまじまじと見た。
「…あぁ。盗賊が急に襲って来やがってな。これは返り血だ。」
グリスはそう返し、視線を外した。
「一度俺の家に戻るぞ。…いや、もう夜だな。明日、明るくなったら戻ろう。」
グリスが薄暗い空を見上げてそう言うと、テイラーとガルシアはこくりと頷いた。
——その夜、一つの空き家で夜を過ごしていると、静かな街に響き渡る沢山の人の声。
グリスはテイラーとガルシアが眠る部屋へと向かう。
「起きろ!盗賊共が現れたかもしれない!」
「…えぇ?旦那ぁ、冗談だろ?」
目をこすりながらテイラーが耳を澄ます。
「この声…本当だ…!」
「うあ。」
ガルシアが鉄の棒を持ち家の扉へと走り出す。
「ガルシア、テイラー。奴等が何人いるか知らないが、必ず全員殺せ。分かったな?」
「…うあ。」
「了解。あ〜ぁ、フォックス達がいたらな〜。」
ガルシアはゆっくりと扉を開け、様子を伺う。
「…暗くてよく見えないな…何人いる?」
グリスが小さな声でそう言うと、その声に気づいた一人の盗賊がバッとこちらに振り向いた。
「あ!フォックスー!グリス達いたぜー!」
グリス達と目があった盗賊はそう声を上げると、暗闇の中からフォックスが酒を片手に陽気に現れた。
「グリス!見てみろよ!ヒール国から逃げ出した仲間は全員集まった!誰も捕まってないし死んでなかったんだぜー!」
静かな夜が、フォックス達によって騒がしい夜へと変わっていく。
——「お前、なんでここに来たんだ!」
グリスはフォックスの肩を掴み問い詰める。
「だってよー、仲間を集めるならこの街周辺で待ってた方が良いだろー?それにこの街には人がいないみたいだし…。」
月夜に照らされた街並みを見渡しながらフォックスはそう言った。
「だからといって…もしもまだ住民達がいたらどうしてたんだ。」
「その時はその時だろー。それに手ぶらって訳でもないんだぜ?」
フォックスはそう言って指を差す。
「なんだありゃ?お前人攫ったんか?」
フォックスの指を差す方向を見てテイラーが口を開いた。
「ちげーよ!食料だよ食料!動物を狩りまくって来た。これでしばらくは困らねーだろ?」
フォックスが自慢気にそう言うと、グリスは感心した様に話す。
「お前、良くやったな。この街には食料が不足している。きっと住民達の役に立つはずだ。」
フォックスは目をパチパチ、とさせながらグリスに問いかける。
「え、…どういう事だ?」
——街の真ん中で大きな火が上がる。
火の灯りに照らされた住民達の顔は明るく、笑顔で食事を楽しんでいた。
「何で住民達に俺たちの食糧を…。」
「うあ。」
ガルシアが肩を落とすフォックスに紙を見せる。
『お前の盗賊としての生き方はグリスの前では通用しない。これで良かったんだと諦めろ。』
「諦めろったって…。」
フォックスはそう言うと、ガルシアに向け再び口を開く。
「なぁ、大盗賊の親分だったあんたが何故グリスについている?恨みとやらを晴らす為か?」
ガルシアはスラスラとペンを走らせる。
『俺の事を助けてくれた。それだけで十分だ。操られた俺の元部下と、操った奴を必ず殺す為にも。』
「ふーん、そうかい。…ま、俺も助けられた恩を返したいとは思ってる。あんた程の男がそう言うのなら、俺も何も言わずについて行ってみるよ。」
ガルシアとフォックスはニコリと微笑み、肉にかぶりついた。
「おーい!孤児院を焼いていいって許可をもらったー!お前らも手伝えー!」
テイラーが大きな声で呼びかける。
「い、ぞ…。」
ガルシアのフォックスに背中をポンと押す様に叩き、テイラーの元へと歩き出す。
「人の為に、か。」
フォックスは夜空を見上げ、一言だけそう呟いた。
——翌朝。あたりに散らばった昨夜の宴会の残骸が残る広場。グリスはその広場に仲間を集めていた。
「この街にはもう潜んでいる盗賊はいない。いたとしても、昨日の夜の騒ぎでヒール国へと報告へ行った事だろう。…そこで、俺達はどこに行っても追われる身。この街の人々と何も変わらない状況にいる。ならば、しばらくはここに滞在し、攻め込む機会を伺おうと思う。」
フォックスは広場に顔を出した住民達へ視線を向け、声を上げる。
「グリス!それは良いが、もしそんな事をして攻め込まれたら、今度こそ住民達が危険なんじゃねーか?」
すると、集まった住民の一人が口を開いた。
「ここにいるのは事情があって避難ができなかった者達ばかり。どの道あんたらが来なけりゃ飢え死にしてた死に損ないだ。好きにやってくれて良い。」
グリスはその住民に微笑みかけ、フォックスに言い放つ。
「弱腰になってるのはお前だけみたいだな!ここにはそんな軟弱者の居場所はない!どっか行け。」
グリスの言葉に笑い出す盗賊や住民達。
顔を真っ赤にしたフォックスが不貞腐れた様に返す。
「んだよっ!せっかく心配してやったってのによ!」
住民はそんなフォックスに優しく声をかける。
「ありがとな。まさかあんた達みたいな盗賊に感謝する日が来るとは思ってなかったが…。これも何かの縁なんだろう。領主様がいない今、こうやって団結していく事は大事なんだと思っているよ。」
「…そうだな。」
フォックスは頷き、持っていた革袋に入った水をグイッと飲み干す。
「そうと決まれば…まずは食糧の確保だ。お前達、暇な奴らは食糧を集めてこい!この街に世話になるんだ。俺達も役に立てる様に頑張れ!」
グリスがそう言うと、広場には賑やかな歓声が上がった。
そして…。その光景を隠れて見ていた一人の盗賊が、静かにその場を離れて行った。
——数日後、ヒール国では盗賊の公開処刑がなくなった事で、暇を持て余した住民達が東領地へと向かうべく、荷造りを行っていた。増えすぎた避難民をヒール国と東領地に分ける為のライラ王の政策だった。
そんな住民達の様子を城の中から見下ろすライラ王はポツリと呟く。
「行った先に地獄が広がり、戻った先でも行き詰まる。」
「…何を言ってる?そんな事より逃げ出した盗賊は本当に放っておくのか?こいつの情報によると、南領地に居るのは間違いないんだ。」
ローランがそう言うと、その後ろで跪く盗賊を指差す。
「テッセン様の指示だ。そんな些細な事は放っておけとな。」
「そうか。なら良いが…。」
ローランはそう返すと、テーブルに向かって歩き出した。
「その男が言うには逃げた盗賊達がこちらへ攻め込む機会を伺っているらしいじゃないか?」
大きな三角帽子に黒いワンピース。手には大きな杖を持つユーノが椅子に腰掛け話す。
「あぁ。だが所詮は盗賊風情だ。攻め込まれたとしても何の障害にもなりはしない。むしろ絶望を煽るには好都合かもしれない。」
ライラ王はユーノにそう返すと、窓の外へ近づき外を見るローランが口を開く。
「…はぁ、退屈だな。私はグリスを探し出して殺さなきゃならないのに…。」
ユーノは帽子の影で表情を隠す様に口を開く。
「…わたしもだ。ノエルを探して連れ戻さなければ。」
ライラ王はそんな二人を見て、自らの手を上に掲げる。
「わたしは、この国を守らなければならぬ。その為に王子を殺し、城の重臣達も殺した。もうすぐで平和な世界が…。あ、あれ?」
ライラ王の脳裏に浮かぶ、泣き叫ぶ王子や妻。元重臣達が悲痛な顔で死んでいく光景。
そして、ライラ王は突然目を見開き、涙を流す。
「…ユーノ、テッセン様を呼ばないと。」
「ったく…。」
ローランにそう言われたユーノは面倒そうに椅子から立ち上がる。
「テッセン!ライラが不安定だ。早く来い。」
空間が歪み、中から鮮やかな衣服を纏った男が現れる。
「おや?ライラが不安定になるなんて…珍しいな。」
テッセンはゆっくりとライラ王に近づく。
「あ…、テ、テッセン様…。う…うぅ…。」
テッセンはライラ王の目を真っ直ぐに見つめる。すると、ライラ王の顔つきが徐々に変わっていき、次第にニヤリと笑みを浮かべる。
先程の涙はもう完全に乾いていた。
「こんな事、ローランくらいしか今までなかったのに…。」
テッセンがそう呟くと、ユーノがローランに視線を向ける。
「あんたのせいでライラが不安定になったんじゃないのかい?」
ユーノにそう言われたローランは少し腑に落ちない表情で返す。
「…移るって事はないと思うんだが。」
「あぁ、移ったりはしないよ。これはそういう代物ではないからね。さ、そんな事よりもうじき始まるよ。」
「もうじきっていつ頃だい?娘を迎えに行きたいんだ。」
テッセンは不気味に笑い、ユーノに視線を向ける。
「大丈夫。事が始まれば娘とも会えるさ…必ずね。」
テッセンが現れた先程の空間の歪み。そこに映る、見た事もない景色。箱型の何かがたくさん走り、高い建造物が広がっていた。
テッセンはその空間を眺めて呟く。
「もうじきだ。全てを我が手に…。」




