第29章 グリスと盗賊
——「お前ら、少し静かにしろ!」
グリスの声に、盗賊達は一斉に振り返る。
「おぉ!そうかすまねぇな。せっかく出れたのに見つかっちまったら意味ねえもんな。」
グリスよりも老けた盗賊が明るくそう言うと、その男はグリスの目を真っ直ぐに見る。
「俺はテイラー。俺を含め、こいつらを助けてくれてありがとうな!さ、早くこんな所出ようぜ旦那!」
テイラーはそう言うと階段をズカズカと上がっていく。
「お、おいテイラー、見つかったら厄介だぜ?まずは作戦を決めねーとだな…。」
フォックスがそう言うと、テイラーは面倒そうに答える。
「うるせーな!見つかったらそん時はそん時だ!黙ってついてこい。」
「…ちっ!ほら、早く行こうぜみんな。」
フォックスはみなにそう言うと、グリスに視線を向ける。
「グリス、話はここを出てからだ。行こうぜ。」
「あぁ。…にしても数が多いな。」
百人の列を作り、堂々と裏門を目指す集団の足音は想像以上に響いていた。
列の先頭を歩くテイラーは後ろが騒がしいことに気付き、声を上げる。
「やべーぞフォックス!後ろに兵士が来たかも知んねー!オメー見てこい!」
「嫌だね!何で俺がそんな事…。」
「良いから行けってんだ!グズグズするな!」
「…ちっ!ほらどいたどいたー!」
フォックスは仲間の盗賊の頭を踏み台にしながら列の後方へ向かう。
「あだっ!てめーフォックス!ぶっ殺すぞ!」
頭を踏まれた仲間がギロッとフォックスを睨みつける。
「はいはい、わりーけど今はそれどころじゃねーんだ。」
フォックスは適当にそう返し、軽快な動きで進んでいく。
「お、お前達!どうやって牢屋を…うぷっ!」
ガルシアの拳が兵士の顔面を捉え、後ろへ吹き飛んでいく。
仲間を踏み台にして来たフォックスはその兵士の上にズドンと着地すると、兵士の懐から見えたナイフを奪い、喉元をスパッと切り裂いた。
「ガルシア…。あんたすげーな。どんな拳してんだよ。」
フォックスがそう言うと、列の中間あたりにいたグリスが大きな声で呼びかける。
「おーい!前の奴らはもう外に出たぞ!お前達も急げ!」
ガルシアはグリスの声に従い最後尾の人間の背中をグイッと前に押しやった。
「ちょ、ガルシア…俺潰れちまうって!」
「うあ。」
ガルシアはお構いなしにグイグイ押していき、裏門の方へと進んでいく。
「…。」
フォックスはそんなガルシアを見て呆れた様に立ち尽くしていると、後ろから来る兵士の気配に気付く。
「やっべ!ガルシア!そのままグングン押し続けろ!」
「うあ。」
フォックスはどんどん近づく兵士の気配に神経を研ぎ澄ませる。
「殿か…。ま、いざとなったらあいつらの頭の上を走って逃げれば良いや。」
——「これで自由の身だーっ!」
外に出たテイラーが大声でそう叫ぶと、まだ城の中にいるグリスが列を割ってテイラーに近づく。
「バカ!そんなに大きい声を出すな!」
「心配しなさんな。外に出ちまえばこっちのもんだぜ!ガハハ!」
グリスはテイラーの丸々とした頭をバシッと強めに叩き、まだ城の中にいるガルシア達を案じていた。
——「あの数はやべーって!ガルシア!助けてくれ!」
フォックスがガルシアに助けを求めると、ガルシアは前の盗賊の背中を押しながらゆっくり振り向く。
「お前ら、逃げられると思ってるのか!」
ガルシアはポケットから石を取り出し、兵士に向かって全力でそれを投げつける。
「いっ…!気を付けてください!あいつ、石を投げて来ます!」
石を投げられ、たじろぐ兵士達の様子を見た盗賊達の勢いは増していく。
「おー、あいつら怯んでやがる…。行けー!お前ら!全力で走れー!」
「「「うおーっ!!」」」
何十人もの男達の雄叫びが城の中に反響していた。その隙にフォックスは仲間の頭を軽々超えて前へと出る。
「ぐっ、盗賊風情が…。奴等を絶対に逃すなーっ!!」
兵士達は、どんどん数を増やしながら盗賊を追いかける。
しかし、盗賊達はどんどん城の外へ逃げていき、最後尾にいたガルシアが全員城から抜けたのを確認して不意に後ろへ振り返った。
「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!はぁっ!」
ガルシアの全力の拳が、一番前を走っていた兵士の顔にめり込む。
「ぶっ…!」
グシャリ、と鈍い音と共に後ろへ吹き飛ぶ兵士。その両隣を走っていた兵士は思わずその動きを止めた。
「なっ…!お、おい大丈夫か!?」
「馬鹿!止まるんじゃない!奴等が…!」
ガチャン…。
重厚感のある黒い扉がゆっくりと閉じられる。兵士達はただ呆気に取られた様子で扉が閉まるのを見ていた。
——「ガルシア!急げ!」
外に出たガルシアはグリスにそう言われ、全力で駆ける。
グリスは目の前で散らばりながら走る盗賊に、大きな声で呼びかける。
「お前達!ヒール国を出たら南へ向かえ!良いな!」
「「おーーっ!」」
男達の雄叫びが響き渡る。
「グリスの旦那!道中俺が背中を守ってやるよ!」
テイラーがグリスの横を並走しながらそう言うと、フォックスが笑いながら割って入る。
「あんたに守れんのかぁ?…ん?」
フォックスの視線の先には、扉からゾロゾロと出てくる兵士達の姿が。
「やっべ!俺は先に行ってるぜ〜!」
フォックスは物凄いスピードでグリス達の前に出ると、徐々に距離を広げていった。
「相変わらず足だけは速いなあいつ…。旦那、あいつの足は中々使えるんじゃねーか?」
テイラーにそう言われ、グリスは前を走るフォックスを見る。しかし、すぐにユウが脳裏に浮かんだ。
「んー、そんなに速いか…?」
「えー、早いだろ?…ま、いいや。そんな事よりグリスの旦那も急いでくれ。後ろは俺がちょいちょい見ておくからよ。」
「分かった。もしはぐれたら南領地の街に集まるんだぞ。」
「了解だ!って事で…逃走劇の、始まりだぁーっ!」
グリスとガルシアとテイラー。そして一人、前を走るフォックスの四人は、共に南領地を目指し走った。
——ヒール国を抜け、南領地へと続く長い街道を避け、森の中を進むグリス達。途中で他の仲間と合流し、三十人程の集団が森の中をぞろぞろと歩いていた。
「こんなに大勢引き連れて南領地に行ったら警戒されるんじゃねーのか?」
フォックスはそう言うと、グリスが頷く。
「それは大丈夫だ。南領地の近くに俺の住んでいた家があってな、そんなに広くねーが取り敢えずそこに避難していろ。」
「へー、あんた南領地に住んでいたんだな。…そういや俺達を助けた理由はなんだ?」
フォックスはこまめに後ろを振り返りながら問いかける。
「…俺とガルシアはな、この国のある企みを探る為に動いている。いや、ガルシアは恨みを晴らす為だがな。」
「恨み?」
フォックスはガルシアに視線を向けた。すると、ガルシアは自分の舌をフォックスに見せつけながらニヤリと笑う。
「…なるほどね。」
フォックスは苦笑いを浮かべながら納得した様子で走り続ける。
「そろそろ休憩だ!そのついでに今回お前達を解放した理由を話す!止まれ!」
グリスは少し開けた場所で盗賊達にそう言うと、走るのをやめた。
「簡単に話すからよく聞けよ?えー、今回操られた盗賊達は各領地で好き勝手に暴れている。その理由は、ヒール国に避難民を集めてそこから東領地に送る為だ。」
「…あ?何だって?避難民を東領地に送る?旦那、どういうことだ?」
テイラーは驚いた様子でグリスに問いかける。
「ガルシアがな、監禁される前にローラン達からそう聞かされていたそうだ。そうやって東領地に集めた者達を皆殺しにすると…。」
「み、皆殺し…?」
フォックスは額に汗を滲ませる。
「なぜ連中がそんな事をするのかは分からん。それを探る為にヒール国へ行き、たまたまお前達を解放した。理由はそれだけだ。」
グリスがそう言うと、ガルシアが紙に書いた文字を盗賊達に見せる。
『お前達、恩を返したければその命を持って俺達についてこい。悪いようにはしない。』
「…はっ!別に良いぜ。どの道俺達はあのままただ殺されるのを待つだけだったんだ。国に喧嘩を売るなんて最高じゃねーかよ。」
フォックスは腰に差した短剣を見ながら話す。
「お前いつの間にそんな短剣を?兵士から奪ったのか?」
テイラーがそう問いかけると、フォックスはニヤリと笑う。
「いんや、ヒール国から逃げ出す時に店から盗んできた。」
グリスは呆れた顔でため息をついた。
「お前は性根から盗賊なのだな…。」
「ははっ!盗賊は自由なのさ!盗みもするし、暴力も振るうし人を攫う事だってある!もちろん殺しもな。だがそれは生きていく為だ。」
フォックスは堂々と、自信に満ち溢れた顔で話す。
「ふん!何を偉そうに。お前達が自由に振る舞う事で苦しむ人達がいる事を忘れるなよ。」
グリスはそう言うとフォックスの頭に拳骨をした。
「いってぇっ!!」
頭を抑えながら痛がるフォックスに目も向けずグリスは再び歩き出した。
——「旦那…狭すぎやしねーか?」
数時間後、テイラーはヒール国と南領地の真ん中ほどに位置するグリスの家を見ながら話しかける。
「狭いと言っただろう?贅沢言わずここを使え。」
「はぁ…。それにしてもどうする?まだ仲間が全員合流してねーんだ。俺達は勝手に動いても良いのか?」
グリスはテイラーにそう言われ、少し考える素振りを見せた。
「…そうだな。俺とガルシアとテイラーで南領地の街へ行く。その間残った者は仲間と合流し、この家で過ごせ。」
「えぇ?俺は連れて行ってくれねーのかよ?」
フォックスが不満そうにそう言うと、テイラーが勝ち誇った顔で口を開く。
「はっはっは!留守番頼んだぜフォックス。」
「んだとクソジジイ!頭かち割るぞ!」
「おいおい喧嘩をするな。俺達が戻ってくるまでここで好きに過ごせ。腹が減ったら適当に動物を狩りに行くといい。」
グリスは森を指差しながらフォックスに言った。
「はぁぁ、面倒くせぇ。」
ため息をつくフォックスに、グリスは笑みを浮かべる。
「じゃ、うまく仲間と合流するんだぞ!くれぐれも派手に動かない様にな!」
「…へいへい。」
フォックスはやる気のない返事をテイラーに返すと、家の中へ入っていく。
グリスはそんなフォックスを見て微笑み、家を後にした。
——「なぁグリス。」
街道沿いを歩く三人。街が見えてきた頃テイラーがグリスの名を呼ぶ。
「なんだ?」
「各領地で盗賊が暴れてるって言ってたよな?…俺達がヒール国からここに来るまで連中とは一度も遭遇してないぜ?」
「…そうだ。俺もずっとそれを考えていた。」
グリスが顎に手をやり考えていると、ガルシアが紙に書いた文字を見せる。
『盗賊達は役目を果たし、既に南領地からは撤退したんじゃないのか?』
グリスは目を見開く。
「…だとしたら、南領地の街には誰もいないことになる。」
ガルシアはこくりと頷き、テイラーも納得する様に口を開く。
「なるほど…。俺達が森を進んでいる時、街道には避難民達の列が出来ていたのかもしれんな。…そもそも何故街に行くんだ?」
テイラーの問いかけに、グリスは街を見ながら答える。
「南領主のバードに会いに来たんだ。東領地の現状を報告する為に。」
段々と日が沈み、辺りは夕陽色に染められる。
まばらに歩く住民と、人の気配がない住宅が余計に寂しさを増長させる。
「やはり、住民達のほとんどが避難しているな…。」
グリスはその光景を唖然としながら見ている。
「避難をしていない人達もいるんだな。」
テイラーがそう呟くと、グリスはこちらに視線を向ける一人の人物に気付く。
「…そうだな。話を聞いてみるか。」
グリス達を見ていた、少し頬のこけた青年。目に生気は宿っておらず、ぼーっとした表情でグリス達の問いかけに答える。
「…えぇ。母さんの体が少し不自由なので僕達は避難が出来ませんでした。」
「…そうか。では今ここに残る人達はそれぞれ事情があって…?」
青年はこくりと頷く。
「…盗賊はまだここにいるのか?」
「恐らく…。少し前まではたくさんの盗賊がいたんですが、住民達が減っていくにつれてあまり見かけなくなりましたね…。」
青年は領主館へ視線を向ける。
「領主様は避難命令を出した後、住民達の避難を見届けていましたが…きっともうこの街にはいないのでしょう…。」
青年は肩を落とし、悲しそうな顔でそう話す。
「…バードは決して住民達を見捨てることはしない。必ず残った人達の事も考えているはずだ。希望を見失うな…。」
グリスは青年の肩をポンと優しく叩く。そして街の光景を見渡していると、一つの空き家から酒を片手に出てくる五人の男達。
「お前ら、何してんだ?」
テイラーとガルシアはお互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「盗賊には盗賊を。…旦那、俺とガルシアに任せてくれ。」
テイラーはそう言うと、出てきた男達に勢いよく向かって行った。
酒に酔っていた盗賊は突っ込んでくるテイラーを避ける事が出来ず、腰に差していた剣と短剣を奪われてしまう。
「やったぜー!武器ゲット!死ねっ!」
テイラーは嬉しそうにはしゃぐと、すぐに盗賊の首に向かって短剣を横に振り払う。
「う…っ!ぐぅぅ!」
溢れ出る血を手で抑えながらゆっくりと地面に倒れる盗賊。
「お前ら!ぶっ殺してや…」
仲間を殺されいきり立った盗賊は、ガルシアが全力で振るった拳を受け後ろへ吹き飛ぶ。
三人の盗賊達はそんなガルシアを恐怖の目で見ていた。
「ガ、ガルシア!?」
「うあ。」
足元に落ちた鉄の棒を拾い上げ、ガルシアは構える。
「なんでお前がここにっ…!」
ガルシアはその問いかけに答えることもなく、鋭い眼光で三人の盗賊を鉄の棒で一気に殴り殺した。
「…あなた達、何者なんですか?」
その状況に臆することなく青年がそう言うと、グリスがニヤリと笑いながら答える。
「この国に喧嘩を売る命知らずの馬鹿者達だ。」




