第28章 解放
——ひと月前、グリスとガルシアはヒール国から東領地へ向かう人の流れに逆らって街道を歩いていた。
「そろそろヒール国だ。流石に腹が減ったな。」
グリスがそう言うとガルシアはこくりと頷く。
「そういえばお前さんが率いていた盗賊団はどのくらいの規模だったんだ?」
ガルシアは歩きながらペンを走らせる。
『東領地からヒール国までの盗賊団だ。繋がりは他にもあったが結局一つにまとめる事は出来なかった。』
グリスは眉をひそめ、驚いた様に口を開く。
「お前、凄いな。そんなに規模のでかい盗賊団だったのか…。」
「うあ。」
「それで今はローランや、ユーノという者が率いている、と。」
グリスはそう言うと東領地へと流れていく人の群れを観察する。
「東領地に人を集めて皆殺し…そんな行為に何の意味があるのか…。」
グリスは少し、遠い目をしながら呟いた。
——ヒール国に着いた二人。グリスは人の多さを見て驚いていた。
「全員が東領地へ向かう者達か…?」
各領地から集まった避難者は相当な数で、歩けば誰かにぶつかりそうになる程だった。
「バードが言っていた住民大移動は既に始まっているのか…?」
グリスは南領主館での話を思い出し、冷や汗を滲ませる。
「ガルシア、これは想像以上に厄介だぞ。」
グリスがガルシアは視線を向ける。ガルシアは険しい顔でステイトラ城を見上げ、その額には青筋が何本も浮き上がっていた。
「城の門だ。あの馬鹿でかい門の下で執り行われるんだってよ。」
「へー。そういうの好きな奴は見にいくんだよなー。」
「俺はパス。血とか苦手なんだよ。」
「情けねーなー。俺は行くぜ。盗賊共の公開処刑。」
すれ違う街の人の会話。グリスはぴたりとその足を止めた。
「すまん、ちょっと良いか?」
「え?」
振り返る四人の男達。
「盗賊の公開処刑と聞こえたんだが…。」
「あぁ公開処刑ね。あの城の門の下でやるらしいですよ。行くんですか?」
軽い口調で男がそう言うと、グリスは少し眉をひそめる。
「んー、そうだな。暇があれば行こうかなと思っている。それにしても、ここでは良くそういう事が行われてるのか?」
「そうですねー、今日で三回目くらいかな?いやね、最初は驚きましたよ!そんな事を王自らが執り行うのだから。」
「ライラ王が?いったい何故…。」
「えーとね、今まで盗賊に虐げられた人達のため、王自らが責任を持って実行する…とかそんな感じでしたね。」
ガルシアはグリスの肩をトントンと二回叩くと、紙を見せる。
『もしかすると、俺の様に操れなかった者が処刑されてるのかもしれない。』
「え?操れなかった者…?何ですかそれ。」
「いや、何でもない。色々教えてくれて助かったよ。ありがとうな。」
グリスは男にそう言うと、その場を離れ人気のないところを探す。
「ガルシア、この辺りで大丈夫そうだ。」
城の裏手にある少しひらけた広場。街中ほど人は溢れておらず、グリスは小さな声で話す。
「さっきのお前の話、可能性があるな。」
ガルシアはこくりと頷く。
「今から処刑される者たちは操れなかった…。という事はお前の様に反発の意思もあるという事だ。どうする?ガルシア。」
ガルシアは不敵に笑い、スラスラとペンを走らせた。
『そいつらを仲間に引き入れ国に喧嘩を売る。』
「はっはっはっ!そういう事だ。恐らく城の地下にでも監禁しているだろう。」
グリスは生き生きと笑い、ステイトラ城を見据える。
「よーし、そうと決まれば早速行くか。出来れば処刑の前に片をつけるぞ。」
「うあ。」
二人は城の裏門へとゆっくり近づき、茂みから見張りの数を確認する。
「んー、流石に警備が厳重だな…。東領地の領主館とは大違いだ。」
すると、裏門から一人の男が裏門から出てくるのが見えた。グリスはその男の存在に気づき、じっと息を潜める。
「…あいつ、こっちに来てないか?」
「あう、あ…。」
グリスはニヤリと笑い、徐々に近づく男を待ち構える。
「ガルシア、あの男を拘束するぞ。」
「うあ。」
男はグリス達の少し手前で止まり、横を向いた状態でズボンのベルトをカチャカチャと鳴らす。
そして、男が用を足し始めた瞬間グリスがバッと飛び出し、後ろから羽交い締めにした。
「うわぁぁっ!!」
男は焦り、まだ用を足し終えてないにも関わらずズボンを上げようと必死にもがく。
「はっはっは。静かにしろ。それと動くな。」
男の口を塞ぎ、グリスはそう言うとガルシアに目で合図を送る。
「うあ。」
あたりに飛び散った尿は、草の葉の上でキラキラと輝く。
そして、ガルシアは男の足をグッと掴み、そのまま持ち上げると、尿が自分に掛からない様草の上にそっと下ろした。
「んー!んーっ!」
男の背中に少しずつ染み渡っていく感覚が走る。
「なぁ?お前は何でこんな所で用を足したんだ?」
グリスは笑いながらそう言うと、男はただ黙っていた。
「俺だったら普通に城の中で用を出すけどな…。お前もそうだろ?ガルシア。」
「うあ。」
ガルシアがそう返事をすると、男の目がガルシアへと向かう。
「ん…んんっ!」
目を見開き、ガルシアに恐怖の目を向ける男。
グリスはその様子に違和感を覚える。
「…ガルシア、こいつどうやらお前の事を知っている様だ。元部下か?」
「ん、んっ。」
首を振り否定するガルシア。
「お前、絶対に叫ぶなよ?叫んだらすぐに殺すからな。」
グリスは男にそう言うと、口を塞いでいた手をそっと離す。
「…はぁっ、はぁっ、何で、お前がここにいる?」
男は真っ先にガルシアへ向けてそう言うと、ガルシアは不思議そうに首を傾げる。
「ガルシアはお前の事知らないらしいぞ。それより…。」
グリスは男の首元へ剣を当てがい、冷めた目つきで口を開く。
「お前の素性を話せ。ガルシアを知っている理由もな。」
「………こいつの舌を…「遅い。」
グリスは男の肩を剣で貫き、すぐにその剣を抜いた。それと同時に再び男の口を塞ぐ。
「んーっ!!」
肩から血を流し、苦悶の表情を浮かべながら、男はグリスに視線を向ける。
「もっとスラスラと話せないか?これからは遅いと思った瞬間お前の指を一つずつ切っていく。」
笑いながらそう話すグリスに男は目に涙を浮かべながら何度も頷く。
塞いだ口から手を離し、男に睨む様な目を向けるグリス。
「ほら、早く言え。」
「はい…。ガルシアの舌を切ったのは俺です。ガルシアの意識を奪い、その隙に切りました。」
「ほう…。で?お前は何者だ?」
「俺は…ローラン様から直々に指示を受け、それを他の盗賊達に伝える連絡役です…。」
震える声でそう話す男。
「具体的にローランからはどんな指示が出る?」
「俺が担っているのはこの城に監禁した盗賊の世話と…処刑する人数です…。」
グリスはガルシアに視線を向ける。
「ガルシア、待て。こいつからは情報を聞き出さねばならん。」
ガルシアの額に青筋が何本も浮かび上がり、今にも殴り殺しそうな気配を漂わせる。
「で、何を他の盗賊共に伝えるんだ?」
「……その…」
グリスは男の首に当てがった剣を離し、指に向けて素早く振り下ろした。
「ぎゃぁ…うぐっ!!」
すぐに口を塞がれた男は全身を激しくバタつかせ、激しい痛みに悶絶する。
「で、他の盗賊共には何を伝えるんだ?叫ぶなよ?いいな?」
「お、俺は、北領地の盗賊達に…、ヒール国へ避難民が、集まる様に…、誘導しろと…。」
「誘導?どうやって?」
必死に言葉を繋ぐ男にグリスは問いかける。
「…派手に、暴れて、く…っ!住民達を、恐怖に染めろと…。はぁっ、はぁっ、」
「なるほど…。ではヒール国に避難民達を集める理由は?」
「そこまでは、…ただ、西領地と南領地に、俺と同じような連絡役がいるはずです…。」
男は少し落ち着きを取り戻した様子でそう語る。
「そうか。他に何かないか?何でも良い。もしあるならば言え。命までは取らん。例えばあの城に監禁した盗賊達の牢の鍵の場所とかをな。」
「…鍵なら、ここに…。」
「おぉ、お前使えるな。監禁場所は?」
「…裏門から入り、真っ直ぐに進んだら突き当たりますので…そこを左に曲がったすぐの地下階段の先です…。」
「分かった。それともう一つ教えてくれ。何故わざわざ外に出て用を足した?」
「…外で用を出すのが、好きだから…。」
グリスはガルシアに目線を向け、合図を出した。
その瞬間、ガルシアは男の顔に拳を浴びせる。
後頭部が地面にめり込み、拳の威力はそのまま男の顔面へと伝わった。
声を上げることもなく男は意識を失い、失禁をする。
「こいつ、まだ尿を溜め込んでいたのか!」
尿が掛からないように男から距離を取るグリス。
ガルシアは半開きの男の口から見える舌をじっと見ていた。
「どうする?こいつの舌も切るのか?」
「…うあ。」
「そうか。では一思いにサクッと終わらせろ。」
グリスはガルシアにナイフを渡し、城門へ視線を向ける。
クチュ…ブチュ。
生々しい音が辺りに響き、男はビクンと体を震わせた。
そして、ゴボゴボと噴き出る血により呼吸が出来ず、そのまま息絶えていった。
「さ、行こうか。」
グリスはそう言うとガルシアからナイフを受け取り、その辺の草でサッと拭き取る。
「あいつが言うには裏門から入ったら突き当たりまで進んで左に曲がった先の地下だ。どこまで本当か分からんが、用心して進もう。」
「うあ…。」
グリスは慎重に城門へと進むと、扉にそっと手をかけた。
重厚感のある黒い扉がゆっくりと開く。
「…誰もいないな。足音を立てずにいくぞ。」
「うあ。」
二人は音を出さない様、早足で歩き、突き当たりまで辿り着いた。
「ここを左に曲がって…。お、これが地下の階段か。あいつ、嘘をつく余裕すらなかったんだな。」
グリスは笑いながら階段を降りていくと、たくさんの人の気配を感じ、その足を止めた。
「…ガルシア。俺は幻でも見てるのか?」
グリスがガルシアにそう問いかける。が、ガルシアは目の前の光景に驚き呆然としていた。
暗い地下の牢獄に、ギュウギュウに押し込められた百人程の盗賊。その異常な光景にグリスは言葉に詰まってしまう。
「…誰だ?あんたらは。」
その中の一人が狭い牢の中から問いかけた。グリスは思わずハッとし、平静を装い話す。
「…俺はグリス。お前達は何故ここに投獄されたんだ?」
「…。」
じっとグリスを見たまま何も話さない男。
グリスは少し質問を変えた。
「操れなかったのか?ここにいるガルシアの様に。」
男の目がガルシアに向き、その目を見開く。
「ガルシア…!あんた、無事だったのか!?」
「あ、う…。」
「…ガルシア?…っ!あんた、舌を…!!」
男はそう言うと、グリスへ視線を向ける。
「グリス…だったか?ガルシアに一体何があったんだ?」
グリスは一度ガルシアと目で合図をし、男に話し出す。
「ガルシアは…舌を切られ、東領地の領主館に監禁されていた。お前こそ何者なんだ?」
男はその場で少し頭を下げる。
「あぁ、紹介が遅れたな。俺の名はフォックス。北領地で盗賊をしていたが、ある日ローランというものにリーダーが殺され、以来ここで退屈な毎日を過ごす、ただの死刑囚だ。」
「…ガルシア、知っているか?」
「あ…う…。」
ガルシアはグリスの問いかけに首を振りながら答える。
「そりゃあんたは俺の事なんて知らねえだろうさ。だがな、あんたは東領地からヒール国までの盗賊を束ねる大盗賊だ。知りたくなくても知ってしまうのさ。」
フォックスは更に言葉を続ける。
「あ、さっきの返事をしてなかったな。あんたの言う通り俺達は操る事が出来なかった半端者の集まりさ。」
「よく喋る男だ。だが情報をくれるのはありがたい。何か知っている事は?」
フォックスはうーんと考えたあと、ニヤリと笑い答える。
「あるぜ。…ただそれを教えるには一つ条件がある。俺達をここから…」
グリスとフォックスがそんな会話をしていると、ガルシアが牢屋の鍵を何の躊躇もなく開けた。
「うぉーー!!出られたぞーー!」
ガルシアは全ての牢の鍵を開け、中に詰められていた盗賊達が、一気に牢から溢れ出てくる。
「あんたがガルシアかー!よくリーダーが名前を出してたから知ってるよ。助けてくれてありがとな!」
「こんな大スターに助けてもらえるなんてな!」
「俺はあんたについていくぜ!」
全ての盗賊達がガルシアに感謝の言葉を投げかける中、フォックスは目を点にしてその光景を見ていた。
「え…、俺まだ何も条件を言ってないんだが…。」
グリスはそんなフォックスにニヤニヤと笑いかける。
「俺達をここから…何だ?」
フォックスは少し悔しそうにグリスを睨んだ。




