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第26章 倒すべき相手

——シーンと静まり返るホール。

 食事は冷え切り、程々に減っていた。

「…で、それから意識を取り戻したわたしは二年前までお母さんと一緒に過ごしていたの。ま、自由はなかったんだけどね。」

 ノエルはホールの雰囲気に気付き、「…んっ!」と口をつぐむ。

 

「あんた…えぇ…?そんな経験して良くそんな風に振る舞えるわね。」

 フーの手に握られたフルーツジュース入りのコップには沢山の水滴がついており、中の氷は完全に溶けていた。

「てめーのせいで飯が冷めた。作り直せ。」

 テオが少し怒気を含ませそう言うと、すかさずフーが睨みつける。

「あんたそんな事言うんじゃないわよ!はっ倒すわよ!」

「あぁ?じゃあてめーが作り直してこい。」

「こいつ本当終わってるわ…。」

 フーとテオのいつものやり取りに、ノエルは思わず笑みを浮かべる。


「その…お母さん、いや、ユーノは力が暴走した事でお父さんを手にかけてしまったのか?」

 ユウが料理に手を伸ばし、ノエルに問いかける。

「うーん、多分。その後もお母さんには聞けなかったから分かんないけど、村長さんにはそう言っていたからね。何よりあれだけ優しかったお母さんが突然お父さんを殺すなんて考えられないもん。それに…。」

「それに?」

 ユウがノエルに聞き返す。

「しばらくお母さんと一緒に北領地を旅してたんだけど、その時頻繁にある男の人と会っていた。その男曰く、『人間は脆く、一度心に闇を灯せば簡単に操れる』って言っていたの。印象的だったからよく覚えているわ。」

「人間は脆い…か。なんかそいつ怪しいな。」

 ユウの言葉にノエルは頷く。

「でしょー?もしかしたらそいつの能力でお母さんを操ってるかもしれないからわたしはお母さんを倒すの。たとえ操られてなくても、今のお母さんは間違ってる…。だから…。だから…。」

 ノエルは突然、目の前の料理を手で掴み、それらを一気に口に詰め込みだした。

「ノエル…。喉に詰まるぞ。」

 ユウはそんなノエルにそっと水を差し出した。


「お母様。」

 ノエルの派手な食いっぷりを見て、その背景にあるノエルの過去に心を痛めたシーフリードは目に涙を浮かべる。

「ぐす…。なぁに?シーラちゃん。」

「ノエルの言っていたその男、もしかするとローランに関係があるのかも…。」

 一瞬間を空けて、シーフリードはハッとする。

「…確かに。ローランはあんな事をする様な子じゃなかった。」

「わたくしはローランの事を知りませんけどね。もしかすると…と思いまして。オズリ、メズリ。どう思う?」

 メズリは顎に手を当てて答える。

「…女王様へ敬意を表し、涙を流してた…。その涙を指摘した後の、がむしゃらに振る舞うローランはとても正気ではなかったと思います。」

「だなぁ。オラもあの時のローランと昔のローランが結び付かなかったぁ。操られてるんなら納得だぁ。」

 メズリとオズリの話を聞いたシーラはシーフリードに視線を向ける。

「お母様、ローランを救いましょう。ここには今、唯一対抗できるユウがいます。」

 シーフリードとシーラ、メズリとオズリが一斉にユウに視線を向けた。


「…そうだな。何やらローランとグリスは訳ありの様だし、操られてるって言うなら何とかしないとな。」

 ユウはそう言うと、ハッとケイを見る。

「ケイ、そう言えば南領主様が言ってたな…。昔グリスについてまわっていたエルフの娘の事を。」

 ケイはこくりと頷き、口を開く。

「言ってたね。…グリスとローランって昔一緒に旅をしていたのかな?」

「そうなるな…。それと、グリスが言っていた事をもう一つ思い出した。『昔俺が手放してしまった事を思い出させ、向き合わせてくれた』って。」

 ケイは目を大きく開く。

「あー!言ってた!…あの二人、とんでもない仲だったんじゃ…。」

「あぁ。俺もそんな気がしてきた。」

 ユウはそう言うと、くるっとシーフリード達の方へ向き直る。

「女王様、ローランの事は俺に任せてください。グリスと合流してローランと向き合えば何かが変わるかもしれない。」


「ありがとう…。いや、まずは先にお伝えしなければいけませんね。」

 シーフリードはそう言うと、みんなの前で深くお辞儀をし、それにならいシーラとメズリ、オズリとその場に居合わせる従者も頭を下げる。

「この国を救ってくれて、ありがとう。このご恩は決して忘れません。あなた達の事は未来永劫このグリフィット国に語り継ぎ、芽生えた緑を絶やさないと誓います。本当に、ありがとうございました…。」

 シーフリードは唇を噛み締め、涙を堪える。


「女王様。」

 ケイは、少し大袈裟に前に出て口を開き、みなの注目を集める。

「この国の緑は僕が責任を持って復活させます。そして…。」

 シーラに視線を向ける。

「娘さんの事は…娘さんの事も…僕に任せてください。」

「だーはっはっはっ!!」

 ケイの言葉にテオが豪快に笑った。

「てめー、どさくさに紛れて何言ってんだよ。発情してんじゃねーよ。」

 

 シーンと静まり返るホール。

「…あ、そっかあんた知らないのか。」

 フーはテオに近づき一度頭をポンと叩く。

「ケイとシーラは女王様公認の婚約者よ。あんたは褒美をもらわなかったけど、ケイはシーラを頂いたのよ。」

 ニヤニヤと話すフーに、ケイの顔が真っ赤になっていく。

 

「はぁ?シーラを貰った?お前意外と積極的だな。」

「あら!初めてあんたと共感できたわ。あたしもケイにしては積極的だと思ったのよ。」

「うるせーよ。」

 テオとフーが話す横ではシーラがニコニコとケイの腕にしがみついていた。

「シーラちゃん、良い人達に出会え良かったわね。」

 シーフリードはいつの間にか顔を上げ、優しい笑みを二人に向けていた。



 ——料理を食べ終え、シーフリード、メズリとオズリは退出し、残ったメンバーはテーブルに座り改めて今後の事を話す。

「ケイ、この国に緑を戻すのに後どのくらいかかりそうなんだ?」

 ユウの問いかけにケイは「うーん…」と少し顔を上に向ける。

「ひと月と少し…かな。雨が降って地面を固めてくれれば安心するんだけどね。」

「なるほど…。」

 ユウはうんうんと二回頷く。

「ケイを残して俺達だけ出発するっていうことも出来るんだが…嫌だろ?」

「嫌だ。」

 間髪入れずにケイがそう言うと、テオが掴みかかる勢いでケイに迫る。

「わがまま言ってんじゃねー!てめーだけ残って緑を生やせ!そんで後から俺達についてこい。分かったな?」

「嫌だよ!ひと月くらい待ってくれても良いじゃないか!」

 二人の間に険悪な雰囲気が漂うが、ノエルがその中に割って入る。

「あ、じゃあテオ君が火の能力を使える様にわたしが手解きしようか?」


「…あ?」

「テオ君って爆弾使うでしょ?火の能力使えたら便利だと思うよ。そしたら時間も潰せて一石二鳥だと思うんだけどなー。」

 テオは呆然とし、何も言葉を発さなくなったが代わりにフーが口を開く。

「いや、能力は教えて使える様な代物じゃないでしょ…。」

「え、そんな事ないと思うよ?」

 ノエルは自信満々にそう言うと、言葉を続ける。

「わたし、この能力の元が目に見えるの。お母さんにも見えてたかは分からないけどね。今この段階で一番火の能力を使えそうなのはテオ君なんだよ。」

 

 何度目かの静寂。今回はみんなが首を傾げ、しばらくの間呆然としている。

「ちょ、ちょっと待ってよ。なに?能力の元って…?」

 フーが静寂を破り声を出す。

「口じゃ伝わるかどうか…。わたしの視点から言うとね、お母さんの体の周りにある色で目立つのが赤色と茶色の様な色。それが物凄く大きいモヤの様に見えて、特に赤色が強いかなー。」

「へ、へぇー。じゃあこのバカには赤色のモヤが目立つって事?」

「そういう事。多分素質はあるんだと思うよ。」

 ちゃんとした会話になっている事にフーは驚く。

 

「…ケイは何色なのよ?」

 フーに言われ、ノエルはケイをじっと見る。ケイはまじまじと見られる事に少し顔を赤くしていた。

「何だか恥ずかしいな…。」

「うーん…?緑色…とかではないのか。え、これ何色?何か色んな色が混ざり合ってて分かんない。」

「そ、そう。まぁ良いわ。テオ!あんたノエルに教えてもらいなさい!どの道あたしもミリルが目覚めるかもしれないから待つわよ。」

「ちっ!俺一人で行っても何にもなんねーしな。ノエル、俺が火を扱えなかったら許さねーからな。」

「まっかせて!わたしは火の能力は苦手だけど、コツさえ掴めばなんて事ないはずだから。」


「よーし、じゃあ取り敢えずひと月はここに滞在させてもらうぞ。シーラ、明日にでも女王様にはそう伝える。しばらくの間よろしくな。」

 ユウがシーラにそう言うと、シーラは相変わらずケイの腕に寄りかかりながら答える。

「えぇ、大歓迎よ。ケイ、一緒に頑張りましょうね。」

 

「さ、じゃあ俺は寝るぜー。」

「あ、あたしも寝るわ。それじゃみんなおやすみー。」

 テオとフーがホールを出ていき、それに続いてシーラも席を立つ。

「ケイ、わたくしも寝ますね。部屋は…どうしようかしら…。」

 ケイも慌てて席を立ち、シーラの背中を押していく。

「シーラ、部屋まで送るよ!じゃ、ユウ、ノエル、おやすみ!」

「あ、ちょっと!別々の部屋で寝るつもりね?もう…。」

「ははは…。」

 ケイはシーラに作り笑いを見せるとホールを出ていった。


「…ユウ。」

 ホールに残ったユウとノエル。席を立つユウを呼び止める様にノエルが声をかける。

「どうした?」

「わたし、正直お母さんの元を離れて約二年間、何度も諦めかけたの。お母さんを止める事。」

 ユウは黙ってノエルの声に耳を傾ける。

「でもね、ある時西領地の路地裏で、盗賊の話し声が聞こえたの。南領地で盗賊団を壊滅させた人達がいるって…。わたし、心が震えた。逃げ出したままの弱い自分を、変える事が出来るかもしれないって。」

 ノエルはユウに視線を向ける。

「わたし、北の森でケイが戦っている所をたまたま見たの。まぁ戦いはほとんど終わってたから私が手を出す事はなかったんだけど…。それでね、盗賊団を壊滅させた人達の中に、草を操る人がいたって知ってたから…。港に行ってわたしも船に…。」

「そうか…。それで一緒にグリフィット国に…。」

「えぇ。もしもその時に切符が買えなくても、わたしは追いかけてた。絶対に会うんだって…。一緒に戦えたらいいなって…。この杖ね、お母さんと旅をしていた時に貰ったの。」

 ノエルは杖をユウに見せながら、目をこする。

「この杖をくれる時、あの時の優しい笑顔だったの。…長い二人旅の中で、たった一度だけ見せてくれたあの笑顔。」

 

 ノエルの脳裏に思い浮かぶユーノの優しい笑顔。

「この旅は…必ずお母さんとあの男に導いてくれる。そう、信じてる。…だから、これからもよろしくね。」

「あぁ…。きっとその男が元凶だ。こちらこそ、よろしく頼む。…ノエル。」

 静かなホールで二人は握手を交わし、ノエルは笑う。これから先の戦いを見据えた、覚悟のこもった強い眼差しだった。



 ——それからひと月後、港にとある船が着港する。

 その船には大勢の人が乗っており、中にはエルフの姿もあった。

「何で今日はこんなに多いんだ?」

 テオがそう呟くと、フーがテオの右手を癒しの能力で包みながら答える。

「もしかしてサンドワームがいなくなったから…かな?でも何度こんな急に来るのかしらね。」

「あ、ほら。多分この前の商人の方が広めてくれたんじゃないかな?」

 杖を地面に突き刺したノエルが額の汗を拭いながら話す。

「ふーん。だったらこのタイミングでエルフの奴等が来たのは好都合だ。どうせサンドワームから逃げ出したんだろうがあの女王なら喜んでまた迎え入れてくれるだろうよ。これで俺達は何のしがらみもなくこの国を出れるってもんだぜ。」

「そうねぇ。流石に何のお咎めもなく迎え入れるのはどうかと思うけど…ま、あの女王様なら許しかねないわ。」

「まぁまぁ、良いじゃない。テオ君の言う通り、城に人が増えてくれればわたし達が旅立っても寂しくはならないでしょ。」

 テオはノエルを睨みつける。

「はぁ?別に俺は寂しくなるからとかで言った訳じゃねーよ!」

「はいはい。さ、どうすんの?その火傷は治してあげたわよ。まだするの?特訓。」

 フーが少し溜息をつきながら問いかける。

「いや、もう特訓はいい。ノエル、お前の言う通りだったな。まさか俺にも火が使えるなんて。」

 火傷が治ったばかりの右手を見ながらテオは言った。

「でしょー?わたしの事先生と呼んでもいいんだよ。」

「は!呼ぶ訳ねーだろ。」

 フーはパシッとテオの頭を叩く。

「あんた、何となくムカつくわ。火傷の治療してあげないわよ。」

「…ふん。」

 ノエルは二人のやり取りを見て笑っていた。

「あんたね、笑ってるけど結構凄いことをやってのけたのよ。まさか人にその能力を教える事が出来るなんて…。」

フーは未だに信じられないといった顔でテオの顔をまじまじと見つめた。

 

「おーい!みんなー!話があるー!城に集まってくれ!」

 三人を呼ぶユウの声が、少し小高い丘の上から響き渡る。

「あら、何かしら?ミリルが目覚めたのかしらね。」

「いや、あの感じは…そろそろ出発じゃねーのか?」

「行けば分かるよ。はーい!今行くー!」

 ノエルがそう返すと、三人は城へと向かった。

 

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