第25章 非道のユーノ
——家の中に入り、エリノスがコップに水を入れユーノとノエルに差し出す。
「…ありがとう。」
ユーノは弱弱しくお礼を言い、少しだけ口を付けた。
「ノエルも飲みなさい。落ち着くよ。」
ノエルはこくりと頷きコップに手をかける。
小さな手と小さな口。ユーノはノエルを愛おしそうに見つめると、その目から自然と涙がこぼれる。
「エリノス…私、どうしたらいい?」
ユーノの問いかけにエリノスは眉をひそめて答える。
「…ノエル、少しこの部屋で待っててくれるか?」
エリノスにそう言われ、ノエルは笑顔を作り答える。
「…うん!分かった。…あ、じゃあテーブルのベリー食べててもいい?」
ノエルはたまたま目についたベリーに視線を向け、わざと嬉しそうに言った。
「あぁ。食べながら待ってるといい…ごめんね。ユーノ、隣の部屋へ。」
「えぇ…。」
エリノスの後に続き歩き出したユーノは、部屋を出る前にもう一度ノエルを見ると、背中を向けベリーを食べるその小さな後ろ姿に、何故か言いようのない切なさを感じていた。
「…あの子も私と同じ力に目覚めてしまったらどうしたら良い?」
部屋に入り、椅子に腰を落ち着けたユーノにそう言われ、エリノスは数軒の焼けた家と泣きじゃくる幼いユーノの姿を頭に思い浮かべる。
「あんな連中の言うことなんか聞かなくて良い。ノエルは大丈夫だから…。」
「…私はいつも不安に思ってたのよ。村の人達が警戒するのも分かるわ。あの子はもう七歳。あの時の私も七歳になったばかりだったから…。」
「ユーノ…。大丈夫。何があっても僕が守るから。」
ユーノは浮かない顔でエリノスに視線を向けると、すぐに目線を下に落とした。
「この力をあの子に見せてしまった。もしかするとそれが引き金になってあの子も…。」
小さなテーブルに肘をつき、頭を抱えて震え出すユーノ。
「ユーノ、落ち着いて。」
「ノエル…。ノエル…!」
ユーノの頭上に火の玉がゆらゆらと出現し、それが少しずつ大きくなっていくのをエリノスは見た。
「ユーノ!ダメだ!」
「はぁっ…。はぁっ…。」
ユーノの目は見開き、テーブルの一点を見つめながら頭を抱える腕に力が入る。
すると、部屋にどこからか冷気が入り込み、エリノスとユーノは一瞬思考を停止させる。
「なんだ…。急に寒く…。」
エリノスがそう言いユーノに視線を向ける。
「ノエル…!」
椅子から立ち上がり、ユーノは急いで隣の部屋へ続く扉を開けた。
「ユーノ!?待って…!」
——エリノスとユーノが隣の部屋に行き、ノエルは一人で考え事をしていた。
「お母さんの腕から出た火…なんなんだろう。」
コロコロとベリーをテーブルの上で転がし、飽きたら指でヒョイっとつまんで口に運び、一口だけかじってみる。
「うーん…。」
そしてノエルは自らの腕をじっと見つめ、先程の火を思い浮かべる。
「こんな感じかな…。ん?…んん?」
腕に自然と力が入り、今までに経験した事のない感覚が腕に走る。
「…なに?なんか…。」
開いた手のひらの指先が段々冷気を帯びていき、次第に氷を形成していく。
指先に出来ていた氷は数を増やしていき、遂には大きな氷がノエルの頭上に現れた。
「…あ、あぁ…。」
突然の事に驚き手をテーブルから慌てて降ろす。その時、食べていたベリーに手が当たり、床へと転がり落ちる。
コン、コン。
冷気に当てられ硬くなったベリーは音を立てながら床を転がる。
「ノエル!」
部屋の扉が開き、ユーノが真っ直ぐにノエルの元へと走っていくと、そのまま抱きしめる。
「これは…。」
エリノスはその光景と、確かな冷気を体に感じながらノエルを見る。
「お父さん、お母さん…。」
怯えた目で二人を見るノエルの口から白い息が出て、すぐに消えていった。
——「失礼します。お食事は楽しんでるかしら?」
シーフリードが従者と共にホールへ入る。
「…お母様、タイミング悪いですわよ。」
シーラがそう言うと、シーフリードは困った様に笑う。
「え?タイミング?どういう事?」
「今ノエルの話を聞いていたのよ。ねぇノエル。このままお母様も一緒に聞いても良いかしら?」
シーラに問われたノエルは料理を一口だけ口に運び、笑顔で応える。
「勿論。あ、それか後からでも良いよ?わたしから話し始めてなんだけど、料理を楽しまないと悪いんじゃない?」
シーフリードは首を傾げシーラに目線を向け、今度はまたノエルに視線を送る。
「大事な話をしていたのでしょう?料理は逃げないからこのまま話しても構いませんわよ。」
「そうですわノエル。あなたの事、もっと聞かせて。」
シーラは優しくそう言うと、シーフリードを隣の椅子に座らせる。
「じゃあ…話すね。」
みんなに気を遣わせないよう、ノエルは料理に手をかけながら話し始める。
「…わたしの氷の能力を見て、お母さんの幼い記憶が呼び起こされたの。同じ七歳という節目に能力が発現した事によって…。」
——ユーノはノエルを抱きしめながら、大粒の涙を流すと、パッとノエルを離し、頭を抱え出す。
「まただ!またあの時みたいに…!いやだ!いやだ!!」
「ユーノ!落ち着け!」
エリノスは必死にユーノの体を抱きしめる。しかし、ユーノの足元から出現した土がエリノスの足を絡め取り、エリノスは態勢を崩した。
「ユーノ…!」
ユーノは二人から距離を取るように後ずさると、部屋の中に小さな火の玉が一つずつ現れる。
「お、お母さん…!これ、なんなの!怖いよ…!お父さん…。」
ノエルの悲痛な声と、ユーノの苦しむ様な呻き声。エリノスは足を絡め取られた土をなんとかしようともがいている。
「ノエル、大丈夫!ちゃんとお前にも説明をする!だから…だから気をしっかり持つんだ!」
ノエルの氷は火の玉により少しずつ溶け始め、白い蒸気が部屋中を包む。
「うぅぅ…。こんな力…。こんな力さえなければぁっ!!!」
ユーノの叫びは、白い蒸気と共に家の外へと放たれる。
「ん?今声がしなかったか?」
村へと戻る男達。そのうちの一人がエリノスの家の方角を見る。
「…おい、あの煙はなんだ?」
立ち昇っていく煙を目にした男達の表情は、どんどん焦りの色が強くなっていく。
「煙…まさか…。エリノスの家だ!お前は村長の所へ行って報告を!あとのものは俺についてこい!」
指示を受けた一人が急いで山を降りていき、残った五人はエリノスの家へと戻っていく。
「ユーノ!ユーノ…!くそっ、どうすれば。」
エリノスは目の前で頭を抱え、狂った様に叫ぶユーノに声をかけ続ける。
「お父さん…わたし…なんだか頭がぼーっとして…。」
ノエルは虚な目でエリノスにそう言うと、完全に氷が溶け切った後でその場にバタンと倒れた。
「はぁ、はぁ、」
「ノエル!気をしっかり持つんだ!ノエル!」
「おとう…さん…。」
ユーノは床に倒れたノエルを目にし、ゆっくりと近づく。
「ノエル…ごめんね。ごめんね…。こんなお母さんで…。」
「お母さん…。」
力無い声でノエルは答えると、弱々しい笑顔を見せる。
「ユーノ!君は何も悪くない!だから…!」
「エリノス…。」
ユーノの様子が少し落ち着いていき、火の玉が一つずつ消えていく。
「…っ!取れた!」
土を払いのけ、エリノスは真っ先にユーノを抱きしめる。
「ユーノ!君はもう何も恐れなくて良い!僕達は家族だ!何があっても僕が守るから…!」
エリノスの腕に抱かれ、ユーノは静かに頷く。
「ごめんね…。」
何度も謝り続けるユーノ。エリノスはただ抱きしめ続けていた。
「ノエル、大丈夫か?」
床に倒れたノエルを抱え、ベッドへ連れていくエリノス。
「…うん。急に体が動かなくて。ありがとうお父さん。」
「…お母さんのあの能力。お母さんはあのせいで昔酷い仕打ちを受けたんだ。その時の出来事がお母さんを苦しめ続けている。突然の事で分からないだろうが、何も心配することはないさ。また落ち着いた頃にでも話をしようね。」
ノエルは「うん。」と答え、その身をエリノスに預ける。
ベッドにノエルを寝かせ、その上から布団をかけるエリノス。
「さ、お母さんと話をしてくるからお前はゆっくり寝てなさい。またすぐに来るからね。」
「うん。お母さんに、何も心配しなくて良いからねって伝えてて。」
ノエルのその一言に、エリノスは嬉しそうに笑う。
「あぁ。ちゃんと伝えておくよ。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ…。」
エリノスは部屋を出る前にノエルへチラッと視線を送る。既にすやすやと寝息を立てるノエルを見て、エリノスは安心した様に笑った。
——激しい物音と、煮える様な暑さの中、ノエルは目覚める。
「はぁ…、はぁ…暑い…。」
すると、ゆっくりと扉が開いた。
「あ、お母さん。…もう大丈夫なの?」
扉を開けて立ち尽くすユーノにノエルは笑って声をかける。
「…行くわよ。」
「え…?」
ユーノの後ろにゆらめく炎を見たノエルは、思わず口を閉ざす。
「ここを出るわよ。ついてきなさい。」
冷たく言い放つユーノの目には涙の跡があった。ノエルは呆然と頷き、ベッドから腰を下ろす。
「お母さん…お父さんは?」
恐る恐る問いかけるノエルに、ユーノは虚な表情のまま答える。
「死んだ。」
時が止まったかの様に、ノエルの思考は停止した。
「何してるの。早くきなさい。」
部屋から遠ざかるユーノがノエルを急かす。ノエルは言われるがままユーノの元へ行くが、突然ハッとなりあたりを見回す。
「何で…お家が燃えてる…。」
扉を出た先ではリビングから火が出ており、黒煙が覆っている。
焦げ臭い匂いにノエルは鼻をつまんだ。
「ねぇ、ノエル。」
ノエルの目の前まで顔を近づけ、ユーノは冷たい声で語りかける。
「何度言ったら分かるの?早くついてきなさい。」
「は、はい…。」
ノエルはそう返事をし歩き出すが、ユーノが歩幅を合わせる様な事はなかった。
そして、家の壁に手を当てると地面から土がせり上がり、壁を破壊して外への道が開く。
「お母さんの能力の使い方を学ぶのよ、ノエル。」
壊した壁の残骸の上を何の躊躇もなく踏み進み、燃え盛る家すらも振り返らないままユーノは山の方へ進む。
「お父さん…わたしのお家が…。」
ノエルの顔は涙とススでぐちゃぐちゃになり、泣く暇すら与えないユーノの歩みに必死についていった。
山に入る前、ノエルは足元に転がる黒く焼けこげた死体を目にする。
人間の形をしたまま炭のようになったボロボロの死体。
「お母さん…。わたし怖い…。」
ノエルの声に耳を貸すことなくユーノは山の中へ入っていく。
すると、ユーノは歩みを止め茂みの方に視線を向ける。
「無駄よ…全員殺す。」
茂みの上に、大きな炎の玉が現れ、それがそのまま下へ落ちる。
その瞬間、叫び声と共に茂みの中から一人の男が勢いよく飛び出してきたが、すぐにその場に倒れた。
あたりに立ち込める焦げた匂いにノエルは鼻をつまみ、ユーノの顔を見上げる。
うっすらと冷えた笑いを浮かべ、鼻を刺す様な強い匂いにも動じる事なく再び歩き始めた。
山を下り終え、ある村へと辿り着いた。ノエルはその間、二人の人間を黒焦げにしたユーノに対して恐怖を覚えていた。
ユーノの一挙一動に怯えながら、何も言わずにただついていく。
「ノエル。」
突然名前を呼ばれ、無意識に体が跳ね上がる。
「この村の奴等は昔お母さんに酷いことをしたんだよ。だから、これからする事はお前を守る為でもある。よく見ておきなさい。」
「……はい。」
ゆっくりと村へ入るユーノ。すると、年配の人物がユーノの前に立ち塞がった。
「ユーノ…。エリノスを殺したそうじゃな?お前の家に向かった者が一人だけ帰ってきた。」
ノエルは目を見開きユーノを見上げる。
「えぇ。でもね、村長。お前達が来なければ平穏に暮らせたの。私の力も暴走する事はなかった…。エリノスは私を守ってくれたけど、本当の意味では守ってくれなかった。…私の平穏は、お前達の死だ。」
ユーノは険しい顔でそう言うと、村の中央付近に巨大な炎の玉を出現させた。
「くっ…ユーノ!やはりお前は呪われた子だ!我等の判断は正しかった…っ!!」
「そうかもしれない…。だからこそ、お前達を殺した方が良かったんだ。…エリノスを殺したのはお前達、お前達さえいなければ…っ!」
ユーノは空を見上げ、高々と手を広げ上げる。
「私にしてきた数々の仕打ちをそのまま返す!死ね!お前ら皆殺しだっ!!」
力強く、はっきりとした声。憎しみの宿るその言葉に呼応するかのように、ユーノが見上げる上空で何かが輝きを放つ。
そして、村の中央の巨大な火の玉が弾ける様に飛び散り、村中の家々に火をつけていった。
「お母さん…っ!」
ノエルは目の前の地獄の様な光景に思わず涙を浮かべる。
燃え盛る家から出てきた住民達が、ユーノに恐怖の目を向けながら逃げ惑う。
「エリノス…。お前がこの光景を見たらどう思うかの。この悪魔の様な女を庇ってしまったお前の罪は重い。」
村長は自らの運命を受け入れたかの様に、空を見上げ静かにそう言った。
先程の上空に輝いていた光がその数を増やし、目前まで迫っている。
「ノエル!よく見ておきなさい!お前のその能力も、いつかこうする為にある。私がしっかり鍛えてあげるからね。」
優しい顔で笑いかけるユーノの面影はどこにもなく、冷たく笑い、狂気に満ちた笑顔でノエルに語りかけた。
そして、ユーノは最後に呟く。
「これでおしまい。」
逃げ惑う人々。燃え盛る家々。そして、空を見上げたまま、絶望に目を見開く村長。
「いやぁぁぁぁぁっ!!!」
ノエルは泣き叫ぶ。激しい轟音を轟かせながら、次々に空から降り注ぐ隕石。そこには慈悲などなく、ただ人の命を奪い、全てを破壊していく。
衝撃で地面は陥没し、砕けた隕石の欠片が辺りに飛び散り、更にその威力を増大させる。
ノエルの叫び声は隕石の轟音にかき消され、立っていられないほどの地面の揺れと、激しいめまいに襲われその場に倒れた。
「…分かんない…。分かんないよぉ…。」
意識が途切れる直前にユーノを見上げたノエル。
ユーノは涙を流しながら嬉しそうに笑っていた。




