第24章 七歳
——女王の城のとある一室。
窓から夕陽が差し込むこの部屋で、フーは未だに目を覚まさないミリルの寝顔を見つめる。
「本当、何で起きないのかしらね…。」
フーの独り言はシーンと静まり返る部屋の静寂に飲まれていく。
「…あんたさ、ノエルに氷の能力ならサンドワームに勝てる可能性があるって助言したらしいじゃない。…起きたら問い詰めてやるんだから。」
はぁ。と深いため息を吐いた。
フーが部屋の外へ出ると、ちょうどユウとノエルが目の前を横切った。
「あら、ユウあんた目を覚ましてたのね。怪我の具合はどう?」
「フー!」
ユウはフーの顔を見るやいなや、問いかけに答えることはなく、得意気に腰に差した剣を見せつける。
「え、何よこの剣…。」
キラキラと白銀に輝く美しい刀身と、柄から鍔にかけての見事な装飾にフーは思わず息を飲む。
「白銀剣シルヴァだ!女王様から許可を得て、ドワーフの集落跡地で手に入れた!これをテオ達にも見せたいんだ!どこにいるか分かるか?」
はしゃぐユウに呆れた顔でフーは答える。
「ちょっと落ち着きなさいよ。そろそろ夜ご飯の時間だからみんなホールにいるんじゃない?」
「あ…じゃあちょっとご飯を食べ終わった時にでもわたしの話を聞いて欲しいな。みんなに言わなきゃならない事があるの。」
ただならない雰囲気を醸すノエルに、フーは顔をしかめる。
「…変な話じゃないでしょうね?」
「変な話?うーん、どうだろ。わたしの事をよく知って欲しいって感じかな。」
「あ、そういう話ね。それじゃ、ホールに行きましょうか。」
フーはユウの肩に乗り、三人はホールへと向かった。
「えー!何その剣!僕も欲しい!」
ホールへと入った瞬間、ケイがユウの腰に差した剣を見て言った。
「それがドワーフの…美しいですわね。お母様にはもう見せたの?」
ケイの腕にベッタリとくっつくシーラが問いかける。
「あぁ、見せた。とても感動していたよ。」
「最後には引いてたけどね。」
ユウの言葉に続いてノエルがそう言うと、ケイが不思議そうに首を傾げる。
「引いてた?何で?」
「ユウってばこの剣が軽いのを見せる為にひたすら振り続けてたの。そしたら女王様が苦笑いしてた。」
「あら…ユウって結構子供っぽい所あるのね。」
シーラが真顔でそう発言し、ケイが慌ててシーラの口を抑えた。
ユウは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯いた。
「タコみてーだな。」
食卓に座り、ユウの真っ赤になった顔を見て小馬鹿にしたように笑うテオ。
「…ふん。うるさい。それよりお前今日はどこに行ってたんだ?」
ユウは少し苛立ちながらテオに問いかける。
「爆弾の材料がねーかと探してたんだ。ま、ケイが新しく植えたもんばっかで材料になりそうなものはなかったけどな。」
「はーいみなさんお待たせしました!ご飯持ってきたわよー。」
メズリと従者が二人で料理を運んできた。その後ろでオズリが大きな鍋を持って立っている。
「ミリルはまだ寝ているが、これでようやくみんなが目を覚ましたって事で今日は少しだけ豪華な飯だぞぉ。」
メズリと従者が手際よくテーブルにお皿と料理を並べていく。
「あとから女王様もここに来るわ。改めてみんなに話したい事があるってさ。ま、気楽にしてて。」
メズリはテーブルに全ての料理を並べ終え、顔を上げる。
「あんた!何勝手に食べてんのよ!もう少しくらい待ちなさいよ!」
テオの頬にフーが小さなビンタを放つ。
「ちっ、うるせーな。」
「何がうるさいよ非常識人間のくせに。」
「あぁ?」
睨み合うテオとフー。
「テオ…あなた本当にブレないのね。」
メズリは呆れた様に言うと、ホールをあとにしようとする。
「メズリ待って!…みんな、女王様が来るまでわたしの話を聞いてくれない?もちろん食べながら。そっちの方が話しやすいから。」
ノエルは目の前に置かれた料理を見ながら大きな声で話す。
「わたしはいいけど…例の込み入った話?」
メズリの問いかけにノエルはこくりと頷く。
「わたしの旅の目的と、この能力の事。…結論から言うね。わたしには倒すべき敵がいるの。…その名も『ユーノ・ソーサラー』。北領地ではその名を知らぬ者はいないほど残虐で、ついたあだ名は非道のユーノ。」
ノエルは一度目を伏せ間を置き、目線を戻すと再び口を開く。
「…私の、お母さんよ。」
静まり返るホール。
「…母親を倒すの?」
ケイがそう聞き返すと、ノエルは視線をやや落としながら諦めた様な笑みを見せる。
「信じられないでしょ?子が親を倒すなんて。」
沈黙に包まれたホールに重い雰囲気が漂い始める。
「あ、ちょっと待って。私の話し方がよくなかったかも。こんな雰囲気にするつもりはなくて…。」
突然慌てだしたノエルを見てフーが笑う。
「話し方じゃなくて内容でしょうよ。何があったのか教えてくれる?」
「…うん。」
ノエルは料理に手を伸ばしながら、ゆっくりと話し始めた。
「私は、北領地の山奥で生まれ育った——」
——十年前。山奥にひっそりと佇む一軒家。周りには何もなく、近くに川が流れている。
「ノエル、七歳の誕生日おめでとう!」
目の前に並ぶ豪華な食事と、笑顔でお祝いの言葉を口にする【エリノス】とユーノ。
「えへへ、ありがとう。お父さん、お母さん。だーい好き!」
ノエルは勢いよくユーノへ飛びつき、それを優しく受け止める。
「ふふ。今日はお母さん頑張っちゃった。あ、そうそう。なんとデザートもあるのよ。」
「えー!本当!やったー!」
ニコニコとかわいらしい笑顔で喜ぶノエル。それを見たエリノスとユーノは二人で顔を見合わせ、くすっとお互いに笑みを浮かべた。
「いただきまーす!」
ノエルは目の前に並ぶ料理に目を輝かせる。
「デザートはご飯を食べ終わってからだよノエル。」
エリノスがそう言うとノエルは「はいはいちゃんと分かってますよー。」と少し生意気に返す。
「全く…。それじゃユーノ、僕たちも食べよう。」
「えぇ。いただきます。」
ジーっと二人を観察するように眺めるノエル。
「お父さんとお母さんって仲良いよね。いつからなの?」
「なんだよ急に。俺とユーノはノエルが生まれる前から仲良しだよ。だからお前が生まれたんだ。」
エリノスはそう言うと、何故か誇らしげに胸を張る。
「…どういう事?」
「ちょっとエリノス…。」
ユーノは少し顔を赤らめ、続けて話す。
「あのね、ノエル。お母さんは昔お父さんに助けられたの。その時から私はお父さんが大好きになって、お父さんも私の事が大好きになった。だから仲良しなのよ。」
ノエルはへぇーと返し、言葉を続ける。
「じゃあわたしもいつか仲良しになる人がいるの?」
エリノスの手が止まり、悲しそうにノエルへ視線を向ける。
「待って…。それはちょっと父さん嫌だな。」
「嫌なの?なんで?仲良くない方がお父さんは嬉しいの?」
エリノスは困った様に「うーん。」と唸りながら言葉に詰まっている。
「ふふ。お父さんはね、嫉妬深いのよ。」
「しっとぶかい?」
ノエルが首を傾げてエリノスを見る。
「…そんな話、二十年早い。ほら、早く料理を食べなさい。」
エリノスは無理やり話を終わらせ料理に手を伸ばす。その様子を見てユーノはノエルに微笑みかける。
「お父さん怒っちゃった。それにしても二十年早いって…ノエルは二十七歳ね。」
「わたし、お父さんとお母さんとずっと仲良しでいるから怒らないで。ずっと一緒だよ。」
ノエルのその言葉に、エリノスは黙々と料理を食べながら涙を見せない様に泣いている。
その涙に気づいていたユーノは「ふふ。」と笑みをこぼした。
次の日、ノエルはいつもの様にエリノスと川へ来ていた。
「わたしも七歳になったから手伝えるよね?」
「そうだな…。よし!じゃあまずは餌の付け方から教えよう。よく見ておけよ。」
「やったー!」
川で魚を釣り、それが食卓に並ぶ。ノエルにとってのいつもの日常。
「でもなノエル、魚釣りは良いけど狩りはまだダメだぞ。せめて十五歳になってからだ。」
「いいよ!だって動物さん可哀想だもん!お肉は美味しいから好きだけどね。」
エリノスは呆れた様に笑う。
「なんだそりゃ…。」
針に小さな虫をつけ、川に投げ込むエリノス。
「はい。竿の先端が動いたら様子を見てグイッと引くんだぞ。」
服の裾でゴシゴシと手を拭き竿を握るノエル。
「う、うん。緊張するなぁ…。」
「そんなに緊張する事ないって。よーく竿の動きを見るんだ。…ん?」
竿の先端がピクピクと動き、ノエルがエリノスへ視線を向ける。
「お父さん!今ピクピクって!」
エリノスの視線の先は竿の先端ではなく、対岸の森の中を歩く数人の人影だった。
「あの人達…誰?」
ノエルが不安そうにエリノスへ問いかける。
「…ノエル、家に戻ろう。おいで。」
「え、でもお魚さんが…。」
エリノスはノエルの手から竿を離すとそのまま地面に置き、ノエルを抱き抱えて家へと急ぐ。
「…お父さん?」
地面に置かれた竿との距離はどんどん離れていき、竿が少しずつ川の中に引き込まれていく。ノエルはエリノスの腕の中で、竿が川に完全に引き込まれるのをじっと眺めていた。
家の前でユーノが六人の人と話しているのが見えた。
エリノスはそっとノエルを降ろし、手を繋いで近づく。
「ユーノ…。」
名前を呼ばれたユーノがエリノスに気付き、暗い表情を向ける。
「…もう関わらないでくれとお願いしたはずだ。あんた達にとってもそれが一番良いんじゃないのか?」
エリノスは六人の人達に向け口を開く。
「あぁ。俺達だってあんたらとは関わりたくない。だが、その娘さんもう七歳だろ?念の為に見てこいと村長がな。」
一人の男がそう言うと、ユーノの表情がますます沈んでいく。
「…私たちは静かに暮らしているだけです。それにこの娘にはそんな力はありません…。」
ユーノの弱々しい声に、ノエルは心配そうにユーノの顔を覗き込む。
「お母さん…?この人達、誰?」
「僕達はね、ここから少し離れた村から様子を見に来ただけさ。何も心配いらないよ。さ、こっちにおいで。お父さんとお母さんは大事な話があるからね。」
男がノエルの手を引こうとした瞬間、物凄い剣幕でユーノが叫ぶ。
「…っ!ノエルに触らないで!!」
「お、お母さん…?」
ノエルの手を掴んだユーノの腕に、炎が揺れる。
「ふぅーっ!ふぅーっ!」
荒い呼吸を何度も繰り返し、男達を睨みつけるユーノ。あまりの迫力と腕から立ち昇る炎を見て、男達は恐怖に駆られていた。
「…くっ、化け物め!」
一人の男が後ろにたじろぎながらそう呟くと、エリノスがユーノの前に立つ。
「お前達が来なければこんな事にはならない。…色々と気になるのは分かるが、決して危害を加えることはないのでどうかお引き取り願えるか?」
「…今俺達の目の前にいるのは化け物だ。その娘がいつか暴走をしない…という保証はどこにもないんだぞ。…今日のところはこれで帰るがまた様子を見にくる。」
「ふざけるな!お前らの顔はもう見たくない!二度とここには来るんじゃない!」
エリノスはユーノとノエルの肩にそっと手を置き、男達へ強く言い放つ。
「…ふん、それならばもっと遠くへ行けばよかったものを…。」
そう言い残し、男達は村へと帰っていく。その後ろ姿をユーノは睨み続けていた。
「お母さん、火が…。」
ノエルは今にも泣きそうな顔でユーノの腕から出る火を見ている。
「ノエル…。怖かったね、ごめんね。」
落ち着きを取り戻したユーノが優しい声色でノエルにそう言うと、火の勢いが段々と弱まり、やがて完全に消えていった。
「どうしてお母さんの手から火が出たの…?」
小さな体を小刻みに震わせながら、ノエルは問いかける。
「それは…。」
エリノスは言葉に詰まるユーノの肩をポンと一度優しく叩き、ノエルの目線に合わせてしゃがんだ。
「ノエル、少しだけ話をしようか…。」
「エリノス…!それはだめ!この子には私の様になってほしくないの…。」
「ユーノ、君も見ただろ?あの連中はこれからもここにくる。もしここを離れないと言うのなら、避けては通れない道だ。」
「そんな…。」
ユーノは視線を下に下げる。そして、ゆっくりと空を見上げ呟いた。
「もういっそ…全部なくしてしまえば。」
ユーノの頬に流れる涙。その瞳の奥では静かに揺らめく憎しみの炎が宿る。
「ユーノ…?」
エリノスはユーノに冷たい氷のような、背筋の凍るような違和感を抱きつつもそれ以上は何も言えなかった。
「お母さん…お父さん…。」
エリノスとユーノのやり取りをじっと聞いていたノエルは、あふれそうな涙を必死に抑えながらただ小さく震えていた。




