第23章 シルヴァ
——「あれが集落跡地よ。見える?」
「…あぁ、見える。随分と荒れているな。」
メズリが指し示す先にあったのは大量の瓦礫。遠くから見てもその荒れた様子が窺える。
「ここでドワーフ達は最後まで戦い抜いたんだね…。」
ノエルが悲痛な面持ちでそう言うと、メズリがこくりと頷く。
「彼等は最後まで勇敢だった。元々はエルフ族と縄張りを奪い合っていてね。それから時代を経てゆっくりと共に歩み寄り、サンドワームからこの島を守るために、共に立ち向かった。…私たちエルフにあの盾を託してね。」
ユウとノエルはメズリの言葉を静かに聞き入る。
「最後の戦いの前、お城に訪れた1人のドワーフが言っていたの。『あの盾と対をなす剣を打った。しかし、その剣ではサンドワームに太刀打ちできない。それならば、それを手にする資格がある者が現れた時、そのものに託せ。』と。」
メズリは思い出す様にそう言うと、目に涙を浮かべる。
「…そんな剣を、俺が貰っても良いのか?」
ぐすっと鼻を鳴らし、メズリは答える。
「うん。女王様含めて私たちエルフ族はこの島を救ってくれたあなた達に感謝しても仕切れないほどの恩がある。それにドワーフの遺言通り、あなたがその剣を手にするに相応しいと、そう思っているの。」
真っ直ぐな目でメズリはユウを見る。
「二人共、まだ集落跡地が遠くに見えただけだよ?暗くなる前に行って、まずは状況を見ないと…。」
ノエルにそう言われ、涙を拭うメズリ。
「そうね。何だかドワーフの人達を思い出しちゃって…。これはユウに剣を渡す為だけじゃなく、ドワーフ達の生き残りを探すためのものでもあるからね。」
「そうだよ。さ、ユウもぼーっと突っ立ってないで早くいこう。」
ノエルはユウに視線を向ける。
「あ、あぁ…。」
「え?目真っ赤だよ?」
ユウは瞬きをして涙が溢れるのを堪えるため、目を開きっぱなしにしていた。そのせいで目は乾燥し、少し充血していた。
「…めちゃくちゃだね。あ……。」
ノエルは目の前に広がる散らばった瓦礫と、無造作に投げ捨てられた様な剣。そして、白骨化している人の形をした骸骨を見た。
「ここでも激しい戦いがあったみたいね…。」
メズリはそう言うと、近くの洞穴へと目を向ける。
「…あの中、生き残りがいるかもしれない。行ってみましょう。」
滅びた集落の独特な雰囲気に三人の口数は減り、妙な緊張感が漂う。
ゆっくりと洞穴へ近づくメズリの前にユウはずいっと出ると、振り返る。
「俺が先に行く。」
シーフリードから借りた短剣を手に持ちユウはそう言うと、洞穴の入り口に手をかけて中の様子を窺った。
「おーい、誰かいないかー!」
暗くジメジメとした洞穴にユウの声が反響する。
「…何も返事がないね。松明はある?」
ユウの後ろで洞穴を覗くノエルはメズリにそう聞いた。
「あるよ。念の為持ってきておいてよかった。今火を起こすから待ってて。」
メズリが火打石と火打金を取り出し、綿を取り出す。
「わたしの能力で火を付けれるよ。これを松明につけよう。」
ノエルはそう言うと杖先から小さな炎を出現させ、松明の先端に近づけた。
「うわぁ、便利ね!でも、それならわざわざ松明に火をつけなくてもいいんじゃない?」
メズリは感心した様に言い、問いかける。
「うーん、ごめんね。わたし火を継続して出し続けるのは出来ないの。」
少し申し訳なさそうに返すノエルにメズリは慌てて首を振る。
「いやいや、謝らないで!十分すごいから!いつからこんな能力が使える様になったの?」
メズリの言葉にユウが食いつく。
「俺も聞きたい。いや、聞こうとは思っていたが中々タイミングがなくてな。」
松明に火をつけ終えたノエル。
「いつから…うーん。」
ノエルは少し迷い、何かを考えている。
「…お城に帰ったらみんなに話すよ。少し込み入った話でね。」
そう言って松明を手に取り洞穴へ視線を向けるノエル。
ユウとメズリは二人で顔を見合わせた。
「分かった。じゃあひとまずはこの洞穴の中へ進もう。」
浮かない顔のノエルから松明を受け取り、ユウは洞穴へと入っていく。
ジメジメとした洞穴の中はそれほど奥行きもなく、すぐに行き止まりになった。
そして、その行き止まりの壁の前には人の形を綺麗に保ったままの骸骨があった。
「この骸骨…ドワーフじゃない。着ている服も違う。まさか…。」
メズリは壁に立てかけられた剣と、何かを食べた形跡のある器を見ながら言う。
「盗賊…。」
ユウの言葉にメズリは小さく頷く。
「かもね…。きっとサンドワームのせいで身動きが取れなくなり、ここに隠れ住んでいたけど次第に食べ物も無くなってそのまま…って事かしら。」
「あ、でも見て。この骸骨はさっきのと同じ様な形をしている。」
ノエルは少し離れた所に少し大きな頭蓋骨。そして低めの身長の骸骨を指さす。その頭部には何か鋭利なもので突かれたような跡があった。
「これは…」
ユウは嫌な予感がし、二つの骸骨を見比べながら、額に冷や汗を滲ませる。
「…この遺体は間違いなくドワーフね。さっきのが盗賊だとしたら、この遺体は…。」
声のトーンを抑えてそう話すメズリの表情は険しかった。
「…なんにせよ、ここの件は帰って女王様に報告しよう。ここでこの二人が争ったとしても、過去の話だ。」
「えぇ…。」
洞穴を出た三人は外の開放的な空気に深い深呼吸をする。
「…本当に盗賊は最低だね。この世で一番いらない存在だよあいつらは。」
ノエルは憤りながら、盗賊がドワーフを手にかけたと決めつける様に言い放ち、更に言葉を続ける。
「わたし、思うんだ。あいつらが好き勝手にするのはきっと誰も抵抗しないからだって。」
ユウはうーんと唸る。
「抵抗も何も奴等は何の武器も持たない人達を襲ったりするんだぞ?」
「知ってる。でもさ、それで戦える力を持つ人達が、盗賊を懲らしめれば良いじゃない?」
ノエルの言葉に、ユウはケイの顔が頭をよぎった。
「ケイの…ケイの目指す夢はみんなが笑って平和に暮らせる未来だ。その為に困ってる人達の依頼を受けて解決していく組織を作りたいと言っていた。」
ノエルは「ほう…。」と感心した様な表情を浮かべる。
「ふふ、ケイらしいね。」
メズリの脳裏にはケイに救われた時の光景が浮かぶ。
「その場合の報酬の問題もある。とても俺達の経済力じゃやっていけないしな。…と、いうことでまだ具体的なやり方は何も決まってない。」
ユウはそう締めくくり、ひと際瓦礫の数が多い場所へ目を向ける。
「報酬かぁ…。お金以外にその人にとって価値のある物でも良いよね。…わたしもその夢に乗っかろうかな。」
ノエルはニコッと笑い、ユウが向ける視線の先を見た。
「ここだけ瓦礫多いわね。ちょっとどかすわよ。」
大きな瓦礫に手をかけたメズリがユウへ視線を送る。
「あぁ。というか剣をどこに置いているかは聞いてないんだな。」
ユウはふん!と力を込めて大きな瓦礫を横にずらす。
「そうなのよ。でも集落にあるのは間違いないわ。ただ、盗賊にも見つかる様な場所にあったら盗まれてるわねきっと…。」
「…確かに。厳重に保管してる事を祈ろう。」
メズリはユウの一言に間を置いてハッ、とする。
「待って…。厳重に保管されてるとして、わたし達でさえも見つける事が出来ないんじゃないのかしら。」
沈黙。
そして風に舞った砂が、三人の体にチクチクと当たっていく。
「いたっ!」
舞い上がる砂が入らない様目を細めていたノエルが突然声を上げる。
「どうした?!」
瓦礫に手をかけていたユウがノエルへ視線を向けると、驚いた様子で目を見開いていた。
「なんか…バリ!って…。」
「…はぁ?」
右手を抑えたノエル。その足元でうっすらと光る膜の様なものが見えた。
「ノエル!離れろ!」
「え?…え!何これ!」
ノエルはようやく足元にうっすらと光る何かに気付き、バッ!とその場から離れた。
「こんなのさっきまではなかった…よな?」
恐る恐る光る何かに近づくメズリにユウはそう問いかけた。
「なかった…。でもこれ、玉座の盾とどこか似ている。」
メズリの手がそれに触れようとした時、突然バチッと音がしたかと思えばその手が弾かれていた。
「…ここだ。剣はここにある。」
メズリは弾かれた手を抑えながら確信する。
「…いや、取れないじゃないか。」
足元の薄い膜を険しい顔で見つめるユウ。
「…あの玉座の盾ってね、わたしやオズリが触れると強い抵抗を感じるの。触れるけど触りにくい様な、すんなり触らせてくれない様な。」
メズリはユウの顔を真っ直ぐに見ながら続ける。
「ところが女王様が触れる時だけは何もないの。すっ、と簡単に。」
ユウは「は?」と意味が分かっていない様子で返す。
「いやいや、俺も弾かれるのは勘弁だ。」
「「…いや、それ。」」
ユウは手を振り拒否の意を示すが、メズリとノエルが同時にユウの足元を指差す。
「…あっ!!」
ユウの足は薄い膜に弾かれる事なく瓦礫の上に立っていて、その膜は水面の様に波紋を広げていた。
「え!え?いつから!?さっきまで何もなかったのに!」
慌てるユウに、メズリが冷静に口を開く。
「剣を持つ資格があると判断されたのかもね。玉座の盾が女王様だけに何の抵抗も示さないのと一緒よ。多分ドワーフ達も特殊な能力を持っていたのね。」
「ほらユウ!早く!」
ノエルに急かされユウは覚悟を決める。
「くそ!何もない保証なんてないのに…!」
少し躊躇いながら瓦礫に手をかけていくユウ。
毎回膜に手が触れるときに「…そら!」と気合いを入れたような声を出す。
そして、瓦礫の下の地面に指を引っ掛けるリングが見えた。
「何かあった!引っ張るぞ!」
メズリとノエルが見守る中、ユウはそのリングを勢いよく引っ張る。
地中からガコッと細長い石碑が姿を現し、ユウの腰の高さまで上がる。薄い膜は段々と消えていき、光がその石碑の上部へと集まって溶け込んでいく。
ユウはその石碑に書いてある文字を見る。
『白銀剣シルヴァ
我らは安寧を求める』
そして、石碑の上部へとユウは手を伸ばす…。
「ここ…開く様になっている。」
上部の淵へ手をかけ少し重みのある蓋を開ける。ユウはその石碑の中に手を突っ込み、ゆっくりと石碑から取り出した。
太陽の光を反射し、美しく白銀に輝く刀身に、柄から鍔にかけて施された純白の羽の装飾。一枚一枚の羽毛は光沢を放ち、その緻密さは金属でありながら風にそよぐ様子を表していた。
「これが…ドワーフの遺した剣…。白銀剣シルヴァ。」
自然と手に馴染むその剣は、更にユウを驚かせる。
「軽い…。本当に羽の様だ。」
その場で剣を一振りすると、あまりの速さにユウ自身もその刀身を見失ってしまうほどだった。
「…女王様が認めたからユウが選ばれたのか、あの剣がユウを選んだのか…。」
メズリが少し離れた所からそんな事を言っていると、ノエルが楽しそうに口を開く。
「そんな事どうでも良いよ。それよりよく見て。本当に綺麗だねーあの剣!…ユウもさっきからニヤニヤしてるし。」
剣をその場で何度も振りながら次第にニヤニヤと笑うユウに、若干の気持ち悪さを覚えるメズリ。
「…嬉しいんでしょうね。あの剣に認められたって実感が湧いてきたのかしら。」
「ふふ。とにかくこれでユウの剣が手に入った。一度お城に戻って報告しなきゃね。」
ノエルはそう言ってユウの元へ駆けていく。
「…ドワーフの皆さん。剣は無事に託す事ができました。…ありがとうございます。」
目を閉じ、胸に手を当てメズリは静かに呟くと、爽やかな心地よい風が優しく撫でていった。
「その剣見せてよ!」
「良いぞ!ほら!この装飾見てみろ!美しいだろ?」
剣を自慢気にノエルに見せつけ、ニヤニヤと笑うユウ。
「はぁ〜美しい…。」
ノエルはとろけるような表情でその刀身から柄までじっくりと眺める。
「あとな、これ軽い。一振りの動作で素早く何撃か斬りつけれる程にな。」
ノエルから少し離れ、また剣を振るユウ。
「凄いんだろうけどわたし全く目で追えてないんだよね。」
あっさりと言い放つノエルにユウは「お、おうそうか…。」と返す。
「城に戻るわよ。女王様に報告しなきゃいけないから。」
メズリが石碑に刻まれた文字を見ながら二人にそう言うと、ユウに近づいていく。
「へぇ、こんな質感なんだ。」
「あっ!」
メズリは剣の柄をさらっと撫でるように触り、そのまま城の方へと歩き出す。
「し、指紋が…。」
慌ててメズリが触れた箇所を服の裾で拭きだすユウ。
「バカ!そんな事気にしててどうするのよ!いざって時に戦えないじゃない!」
メズリにそう言われ、ユウは少し落ち込んでいるようだった。
ノエルはそんなユウを見て楽し気に笑い、メズリに続いて歩き出した。




