第22章 森のエルフ
——窓から差し込む強烈な眩い光で目を覚まし、体を伸ばしながら顔を横に向ける。
「…ここどこだ?」
ユウの顔にガンガン照りつける太陽は、寝起きの目ではとても受け止めきれない程ですぐに頭まで布団を被る。
「えーっと…。グリスの呪いを解いて、盗賊団を…違う違う。盗賊団を倒してグリスの呪いを解いて…。」
ガチャ、と突然扉が開く音がしたのでユウは反射的に息を潜めて寝たふりをする。
「…んー?」
不自然な布団に違和感を持ったメズリはベッドへと近づき、物凄い勢いで布団を剥いだ。
「ひっ…。」
ユウが小さな悲鳴をあげ、まだ完全に開ききっていない目でメズリを見る。
「あー!起きたんだ!良かったー。」
メズリはそう言うと、急いで部屋の外へ飛び出して行った。
「…メズリ。」
ユウは思い出す。ローランと戦ったあと、突然痛みが走りそのまま気を失っていた事を。
「他のみんなは無事なのか…?」
ゆっくりと体を動かしベッドに腰をかけた時、メズリがノエルを連れて戻ってきた。
「ユウ!おはよう!調子はどう?」
ノエルは元気にそうユウに問いかける。
「…少し頭がぼーっとするくらいだ。」
「へぇ。じゃあ大丈夫そうだね!」
ニコニコと話すノエル。その後ろではメズリが腕を組んで優しく微笑んでいる。
「ユウ、女王様が話があるそうよ。平気そうなら玉座の間へ行ってね。」
二人はそう言うと部屋を出ていく。
一人残されたユウは、このまま二度寝をしようか悩んでいた。
それからしばらくして玉座の間に着いたユウは、シーフリードとオズリの姿を目にする。
「ユウ。このまま目を覚さないかと思いましたわ。さすが妖精の癒し、ですわね。」
「えぇ。突然倒れたせいで面倒をかけてすみません。」
「ユウ、謝らなくていい。お前達はこの国の救世主だぁ。」
オズリが笑いながらユウに言う。
「救世主だなんてそんな…。あ、遅くなりました、おはようございます。」
ユウの言葉にシーフリードはニヤニヤと笑う。
「おはようって…もうお昼ですわよ。」
「え!?そんなに寝てたんですか?どおりで太陽の光が強いわけだ…。」
今度はオズリがニヤニヤと笑う。
「更に言うならお前、ニ日間寝てたんだぞぉ。」
ユウは驚きのあまり言葉が出ない。口を開き、信じられないといった顔でオズリを見る。
「ま、あの戦いの後だものね。疲れて当然ですわ。」
女王がそう言うと、玉座の間に二人の人物が入ってきた。
「お!ユウ!早かったね!」
ノエルが明るくそう言うと、大きな杖を床にドン、と突き立てる。
「なぁ、俺ニ日間寝てたって?…流石に寝過ぎた。」
「大丈夫だよ!わたしだって昨日の夜に目が覚めたんだよ?」
「えぇ!?そうなのか?」
「それだけ必死に戦ってたって事よ。この国の為に戦ってくれた事、本当に感謝するわ。」
メズリがそう言うと、シーフリードは玉座から立ち上がり、ユウへゆっくり歩いていく。
「ユウ。早速だけど、あなた剣が折れたでしょう?もし宜しければ、とっておきの剣をあなたに送ろうと思いますの。」
「…えぇ?剣をですか?」
シーフリードはユウの前で立ち止まり、頭を下げた。
「ローランとの熾烈な戦い…。あなたは何とか生き延びてくれた。あなた達がいなければきっと盾は破壊され、この国はサンドワームによって消滅していた事でしょう。そのお礼と思ってどうかお受け取りください…。」
「じょ、女王様…。顔を上げてください。その、気持ちは大変嬉しいのですが、俺だけがお礼を貰うのは少しみんなに申し訳ないと言うか…。」
シーフリードはパッと顔を上げ、ニコニコと話す。
「あら?あなただけにお礼を差し上げるわけではありませんよ?」
「…え?」
「わたし達、テオ君以外はみんなお礼貰ったよ?」
ノエルはそう言うと、シーフリードと二人で顔を合わせて微笑んでいる。
「テオは、『そんなものはいらねー!』って言ってどっか行ったのよね。」
メズリは呆れた様に説明する。
「そうなのか…。ノエルは何を貰ったんだ?」
「え!?あ、えーと、その…」
ノエルは突然歯切れが悪くなり、言いづらそうにしていると、代わりにシーフリードが答える。
「下着ですわ。高級な布を使った鮮やかで美しく、とても可愛い下着を5着程。」
「し、下…え?下…着?下着?」
予想外の贈り物にユウは驚き、連呼しながらノエルの顔を見る。ノエルは真顔で顔を赤くし、その後しばらくは何も答えることはなかった。
「女王様、流石にユウの前でそれを言うのはどうかと…。」
メズリがノエルを気にしながらシーフリードに向けて言った。
「あら?嫌だったの?」
「嫌…と言いますか、その…いえ、やっぱり何でもないです。」
メズリは諦めた様にそう言うと、姿勢を正し前を向いた。
「えーっと、ケイには何を贈ったのですか?ずっと姿が見えませんけど…。」
「ケイにはシーラちゃんを贈ったのよ。とても喜んでいたわ。」
「喜んでいた?…どっちがですか?」
「それは勿論二人共よ。今は仲良く種まきに行っているわよ。」
「た、種まき…?」
ユウが難しい顔をしながら考えていると、オズリがユウの肩を叩き、少し離れた位置にある窓を指差す。
「ほらぁ、見てみろぉ。」
オズリが指を差した先。そこには均等に並んだ小さな木々が広がり生え揃っていた。
鮮やかな緑色と陽の光で調和された美しい景観は、今までの砂の大地からは想像もつかない程だった。
「す、凄い…。あれは、ケイの能力で?」
シーフリードはふふっと笑う。
「えぇ。そうですわ。シーラちゃんと二人で種まき作業よ。ま、種といってもケイの出した苗の様な物を地面に植え付けて、あの高さまで揃えているのよ。本当にありがたいわ。」
シーフリードは窓の外を見ながらそう呟くと、ケイとシーラの姿を見つけて手を振っている。
「あの、みんながお礼を受け取っているなら俺がそれを拒む理由はありません。ありがたくそのとっておきの剣、頂戴します。」
ユウは深々と頭を下げる。
「ユウ。剣はこれから取りに行くのよ。」
メズリの言葉にユウは頭を上げ問いかける。
「取りに行く?どこへ?」
「ドワーフ族の集落跡地よ。」
イマイチ状況が掴めず、ユウは呆けた顔でメズリの顔を見ている。
「ドワーフの集落跡地に剣が…?」
シーフリードは少し悲しそうな表情を見せながら、真っ直ぐな目でユウを見る。
シン…。と静まり返った玉座の間。
「その剣は、ドワーフの剣。サンドワームとの戦いでは決して使う事のなかった、彼等が命をかけて守った大事な剣です。」
——広大な土地に緑が生え渡り、腰ほどの高さの木を優しく撫でながら微笑むシーラ。
その隣ではケイが荒い呼吸をしながら水を飲んでいた。
「流石に…疲れた…。」
「あら、修行の一環でしょ?もう少し頑張ってくださらない?」
「…いやだ!少し休憩!」
ケイは勢いよくそう言い切ると、地面に寝転ぶ。
「ふふ。何だかこの木々達がとっても愛おしくて。まるで子供の様…。」
シーラは寝転ぶケイにそう語りかける。
「子供か…。確かに、僕はこんな形でこの能力は使ってこなかったから何だか新鮮だな。どんどん成長していき、やがてはこの島一帯を覆い尽くす程の大木に。」
ケイの頭の中で、グリフィット国が緑溢れる島へと変わり、沢山の人々が往来するイメージがよぎる。
「この国ってサンドワームのせいで砂の大地になったでしょ?他の国からやってきた人達がわたくし達の事を何て呼んでたかご存知?」
「うーん。いや、聞いた事ないな。なんて呼ばれてたの?」
シーラは頬を膨らまし、子供が怒った時の様に無垢な表情を見せた。
「砂のエルフですって。失礼だと思わない?」
ケイはシーラの表情の一つ一つをじっと観察し、その声色にも胸を躍らせる。
「…ケイ?聞いてますの?」
ケイの顔を覗き込むシーラ。ハッとなり慌てて言葉を返す。
「き、聞いてるよ!…砂のエルフなんて、これからは呼ばせないよ。もしもまた、名称を付けるとしたら今度は森のエルフだ。」
風が吹き、まだ小さな木々の葉がそよそよと揺れる。
「森のエルフ…。ま、砂のエルフよりは幾分かマシですわね。」
ケイは「でしょ?」と何故か誇らしげに言うと、こちらに近づく三人の人影が見えた。
——「シーラ様、楽しそう。」
「せっかく二人で楽しそうなのに、何だか申し訳ないね。」
寝そべるケイに、シーラが笑いかける光景が遠くから見え、メズリとノエルは若干気まずそうに言った。
「歩くとまだ少しだけフラフラするな…。」
ユウはぼーっとする頭を触りながら気怠そうにしている。
「そんな事を言って、どうせ頭の中はドワーフの剣の事で一杯なんでしょ?」
メズリに図星を突かれ、ユウは一瞬言葉に詰まる。
「ドワーフの遺した唯一の剣だぞ?そりゃ気になるし、格好いいだろ?」
「はいはい。シーラ様ー!」
ユウに適当に返事をすると、メズリはシーラに手を振りながら声をかける。
「ユウ、大丈夫だよ。わたしも楽しみだから。」
ノエルはユウにそう声をかけると自分の杖を見上げる。
「この杖も、わたしにとって大切な、世界にたった一つの物だから。」
ユウが見たノエルの横顔は、少し悲しそうな印象を受けた。
「ユウ!やっと起きたんだね!」
上体を起こし、ケイがニヤニヤと言う。
「何笑ってるんだ、ケイ。言っとくけどただの寝坊じゃないからな。」
「はは。別にそんな事思ってないよ。ただ、グリスの家を出てから今日までの間、まだ少ししか経ってないのに懐かしいなって気持ちになってさ。」
ケイの言葉に、ユウは空を見上げ考える素振りを見せる。
「確かに…。まさかサンドワームを倒す事になるなんて、あの時は思わなかったな。」
「本当だね。…あ、それより背中に翼が生えたんだって?」
ケイはユウの後ろに回る。
「ケイ…お前良くそんなすぐに受け入れられるな。あの時は俺も必死だったから何も思わなかったけど、今考えると翼が生えるなんてあり得ないだろ。」
「うーん、まぁ変な能力なら僕とノエルも使えるし、別にあり得ないって程ではないんじゃない?」
「あり得ないのはあの時の速さですわ。流石に人間離れしてましたもの。」
メズリ、ノエルと話していたシーラが会話に割り込み、言葉を続ける。
「あの翼は一体何だったのでしょうね…フー曰く翼が消えてから急にローランから受けた傷が浮かび上がったと聞きましたわ。」
ユウは顎に指を当てる。
「…何なんだろうな。ただ一つ言えるのは、確かあの時夢を見た様な…。真っ白な場所で、折れた剣や羽根が落ちていて…。」
ユウがそこまで言うと突然ケイが「あ!」と声を出す。
「どうした?」
ユウはハッとした表情で固まるケイに声をかける。
「…僕も見た事がある。真っ白な空間にいて、草を千切ってて…あ、そうそう!確か家の中に入ったんだけど、実際は白いモヤがかかってるから何も見えなくて…。それで引き出しを開けたんだ。そしたらその中に草があったからその草を捨てて新しい草をその引き出しに入れた…。今考えても不思議な夢だったよ。」
必死に思い出しながら話すケイ。しかし、ユウは呆れた表情を浮かべている。
「ケイ、お前夢の中でも草を千切ってたのか?」
「な、違うってば!今はそんな事よりも、僕も同じ様な夢を見たって話でしょ!?」
ムキになって返すケイに、ノエルは少し笑いながら口を開く。
「夢って案外馬鹿にできないよ。二人とも同じ白い空間にいたって事が引っかかるよね。」
「そう!普通そこに引っかかるよね?ユウって察しが悪いのかな…。」
ケイはニヤリと笑いユウを見ると、なにやら難しい顔で何かを考えていた。
「どうしたの?」
ノエルがユウにそう問いかけると、ユウは「いや…。」と言い、言葉を続けた。
「そういえば、その夢を見た後に何故かミリルがそこにいた様な気がする…。ミリルは目を覚ましたのか?」
「ミリルはまだ寝てるよ。フーがずっと部屋で付き添ってる。それに僕達が戦っていた時も勿論寝てたはずだよ。」
「そうだよな…。声が聞こえた気がしたんだ。何を言われたかは覚えてないけど。」
「声…。僕はそんな声聞いてないな…。うーん、引っかかる。めちゃくちゃ気になってきたよ。」
「そんなに考えてもしょうがないわ。ケイ、休憩は十分でしょ?早く作業に戻りましょう。」
難しい顔で悩み続けるユウとケイにシーラはそう言うと、立ち上がりお尻についた砂をパンパンと払う。
「ユウ、私たちもさっさとドワーフの集落跡地へ向かうわよ。あそこが今どうなっているのか見当もつかないんだから!グズグズしてたら暗くなっちゃって剣も探せないよ。」
メズリも立ち上がり、砂を払う。
「そっか、ユウには剣を贈るって女王様言ってたね。」
「あぁ。最初は遠慮したんだがテオ以外はみんなお礼として贈り物を受け取ったと聞いたんでな。」
ケイはバッ!と立ち上がる。その顔は少し赤くなっていた。
「さて、シーラ!どんどん種を蒔いていこう!じゃ、三人とも気を付けてね!」
ケイはシーラの手を引いて慌てて立ち去っていった。
「あいつ、照れてたな。」
ユウはニヤニヤと笑いながら言うと、メズリもニヤッと笑みを浮かべる。
「シーラ様との結婚も待ったなしね。」
ノエルはふふっと笑う。
「ケイってすぐ顔を赤くするから見ていて面白いよね。」
「だな。」
ユウはニヤけながら頷く。
そして三人はドワーフの集落へ向けて歩き出した。




