第21章 不気味な国
——地下を出たグリスは周りを確認し、ガルシアに合図を出す。
その合図を見たガルシアは足早に階段を駆け上がり、そのままグリスの後ろをついて領主館の出口へと辿り着いた。
グリスはゆっくりドアを開け、外の様子を確認する。
「…よし。誰もいない。」
ガルシアが領主館を出ると、すぐに扉を強めに閉めるグリス。
二人は目の前に広がる林の中へ走っていった。
「ここまで来れば十分だろう。」
グリスは足を止めてガルシアに向き直る。
「さぁ、これでやっとゆっくり質問ができる。」
ガルシアはグリスに手を差し出し、紙とペンを要求する。
「ん?なんだその手は?…まさか金を要求するんじゃないだろうな?」
ガルシアは驚いた様に首を横にブンブンと振ると、必死に手振りで伝える。
「なに?紙とペンはお前に渡しただろう?」
ぴたりと手振りをやめたガルシアの額に冷や汗が滲む。
「まさかお前…地下に置いてきたのか?」
「…うあ。」
鼻を鳴らす様な返事にグリスは呆れる。
「…まぁいい。一旦街の入り口へと向かう。お前は顔がバレてはいけないから何か隠すものを…。この大きな葉っぱを顔に垂らしておけ。」
グリスは顔を隠すのにちょうど良さそうな葉っぱを千切り、ガルシアへと被せる。
「服は適当に用意出来るとして…、近くに川があればそこで綺麗にするとしよう。」
グリスがそう言うとガルシアは先の方へ指を差す。
「なんだ?川があるのか?」
「うあ。」
「そうか、お前はこの辺りの盗賊だったな。ひとまずそこへ行って体を綺麗にするか。」
そう言うとガルシアが先を歩き、グリスはその後を歩き出した。
バシャバシャと水音を立てながら体の汚れを落とすガルシア。
「子供の様だな…。」
時折はしゃぐ様に泳ぐガルシアの姿を少し離れた所から見るグリスは率直な感想を述べる。
「おーいガルシア!そろそろ良いか?」
綺麗になったガルシアはゆっくりとグリスの元へ歩き、無造作に投げ捨てられた服を手に取る。
「その服から強烈な匂いがする。…街に行ったらまずは服を買おう。」
「うあ。」
濡れたままで服を着るガルシアのびしょびしょになった姿を見るグリス。
「歩いていれば乾くだろう。」
二人は街へと向かい歩き出した。
少し日が傾いた東領地の街には相変わらず人混みで溢れていた。
「その葉っぱ、決して取るんじゃないぞ。」
「うあ。」
盗賊らしき者達に警戒をしながら歩いていると、グリスはゴースの姿を見つける。
自然な動きでゴースに近づき、声をかけた。
「ゴース。俺だ。」
「…あぁ、グリスさん。どうでしたか?何か情報は…。」
ゴースはそうグリスに返事をすると、隣に立つ異様な雰囲気のガルシアを見て少し固まる。
「…あの、その方は?」
「こいつはガルシア。安心しろ。変な奴だが悪い奴じゃない。」
「そ、そうですか。…その葉っぱは…?」
ガルシアの息に合わせてピラピラと揺れる葉っぱが余計に不気味さを助長していた。
「少し事情があってな…。ゴース、お前にも話しておこうと思う。紙とペン。それとこいつの服を用意して街の外へ来てくれないか?」
ゴースは困惑しつつ、苦笑いを浮かべる。
「…え、えぇ。分かりました。では後ほど合流いたしましょう。」
そう言って踵を返したゴースに、グリスは慌てて引き留める。
「待て待て!ドールにこの鎧を返したい。あいつはどこにいるんだ?」
「あ、そうですね。ドールなら恐らく街の出入り口付近でブラブラしていると思います。」
「分かった。ではまた後でな。」
「はい。」
ガルシアの服を用意しにお店に向かって行ったゴースの後ろ姿を見送りながら、グリスとガルシアも街の出入り口へと歩き出した。
「グリスさん…戻ってきてくれたんですね…。」
ゴースと別れ、街の出入り口付近まで来ると、突然後ろから声をかけられ驚き振り返る。
グリスの服に身を包んだドールが安心した様に胸を撫で下ろしていた。
「おぉ、すまなかったなドール。」
「いえいえ、戻ってきてくれたのでそれだけで俺は…。」
ドールは隣に立つガルシアを一目見るが、大して気にする様子もなかった。
「よし、じゃあ街の外に出るぞ。暗くなると着替えにくいからな。」
グリスはガルシアとドールを引き連れて街の外へ出ようとすると、門にいた南領地から来ている兵士がドールに声をかける。
「良かったなドール。グリスさん、こいつずっとこのままなのかもしれない…って悲観してたんですよ。」
「はっはっは。馬鹿者め。俺がこんな動きにくい鎧を持ち逃げすると思うか?」
「い、いや…それは。」
ドールは恥ずかしそうにそう言うと、気まずそうに顔を伏せる。
「グリスさん、お待たせしました。」
手に二つの袋を下げたゴースと合流する。
「ゴース。すまんな、ありがとう。」
「いえ!これがその方の分で…こちらがグリスさんの服です。」
「俺の分も用意してくれたのか?」
ゴースはグリスの腰に差した剣を指差し口を開く。
「その剣を隠すマントです。何かと目立ちますので…。」
「ゴース…。お前随分出来る男になったものだな…。あの時とは大違いだ。」
ゴースはくしゃっとした笑顔で答える。
「グリスさん、俺の事そんなに覚えてないって言ってたじゃないですか!何を適当な事言ってるんですか。」
グリスは「ははっ!」と笑い、差し出された袋を受け取った。
「本当にありがとうな。では行こうか。」
「はい。」
ゴースにお礼を言い、一緒に街の外に出て岩場の陰へ移動すると、ドールが急いで服を脱ぎ出した。
「そんなに鎧が良いのか…。こんなの動きにくいだけだと言うのに…。」
グリスも鎧の金具を外していき、全ての鎧が体から外れるとその解放感に浸っていた。
鎧を素早く着用し終えたドールは、ゴースとグリス交互に視線を向ける。
「グリスさん、また何かありましたらお声がけを。ゴースさん。先に戻ってますね。」
そう言うと足早に街の中へと走って行った。
「なんだあいつ…。さて、そろそろ俺も服を着るか。」
上着を頭から被った瞬間、汗臭い匂いがグリスの鼻を刺激した。
「どうしました?」
ゴースの問いかけにグリスは顔をしかめ答える。
「…なるほど。そりゃ早く服を着替えたいわけだ。」
ドールの先程の気まずそうな顔に合点がいったグリスは黙々と着替える。
「ドールの奴、そんなに臭かったのなら新しい服を買って、それに着替えれば良かったんじゃないのか…?」
グリスの声は、広い草原に虚しく消えて行き、ゴースは何の事だか分からずに首を傾げていた。
着替え終わり、グリスはゴースに東領主館での出来事を話した。
「腐り切ってる…。」
この東領地の現状を聞いてそう言い放つと、ゴースは憤りを見せる。
「あぁ。まず何が一番問題かというと、領主のラスカル様がそのほとんどをヒール国で過ごしている事だ。まずもってその意図が分からん。盗賊共の拠点をここに定めて他の領地で暴れさせる…。この地に避難民を集めて何がしたい…。」
グリスがそう言うと、ガルシアはゴースから受け取った紙とペンに何かを書いている。
書き終わり、その紙を見たグリスは驚愕する。
『この地に集めた人達を皆殺しにすると言われた。俺はそれに協力する様言われ、断った結果あの場所に監禁され様々な仕打ちを受けた。』
「な、何だと…?」
グリスがそう反応を示すと、ガルシアは再び書き始める。
『あんたの気にしていたローランは、俺達盗賊を監視し、支配する立場の人間だ。他にもとんでもない奴が集められていたぞ。」
「グリスさん、この人を連れ出して正解です…。こんなにも情報を持っているなんて。」
『北領地でその名を知らぬ者はいない、非道のユーノ。奴は特殊な能力で一度にたくさんの人を殺せる力を持つ。
そして、ヒール国の王、ライラ王。ローランを含め、主に表立って動いているのがこの三人だ。』
グリスとゴースの間に沈黙が走る。
「…ライラ王。各領地から兵士を取り上げ、ここに送り込んだ時から怪しいとは思ってましたが…。」
ゴースが悔しそうな顔でそう呟く。
「…ガルシア、そのローランの下の名前は知っているか?」
グリスの問いに、ガルシアはこくりと頷く。そして、紙にスラスラと名前を書き出した。
「…そうか。やはり、お前か…。」
紙に書き出された『ローラン・メロー』という文字が、グリスの胸を締め付ける。
「お知り合い…ですか?」
「…お前を助けた時に、俺と旅をしていたエルフだ。」
ゴースの目が大きく見開いた。
「う、嘘でしょ?あの時の…。」
「どういう訳か、俺と離れた後間違った道に進んでしまったらしい。…いや、俺が悪いのかもしれんがな。」
ガルシアはグリスの悲しそうな顔を見て、再びペンを走らせる。
『話はまだ終わっていない。実はその三人の裏に黒幕がいる。名はテッセン。奴の顔は見た事がないが、どうやら人心を惑わせる能力がある様だ。恐らく、さっき名前をあげた三人も操られている可能性がある。』
グリスの胸が、一瞬高鳴る。
「それは確かなのか?」
問われたガルシアは急いでペンを走らせる。
『元々俺の部下達も最初から協力する気なんてなかった。だがある日、人が変わったかの様になってな。そして、ラスカルも操られている。もちろん領主館にいた兵士達もな。』
「…一体どうやって操れるのか、分かりますか?」
ゴースの問いかけにガルシアは答える。
『ライラ王がテッセンの力を少しだけ与えられている様な口ぶりだった。それをどう使うかは知らないが奴等は言っていた。ガルシアはテッセンじゃないと操れない。と…。俺が知るのはここまでだ。何か力になれれば良いが。』
グリスはガルシアの文字を見て、唇を噛み締める。
「これは大事件だ…国の危機というやつだ。そう思わないか?」
ゴースは頷き、ガルシアは暗くなっていく空を見上げる。
「ガルシア、お前を見つけ出せてよかったよ。そして、行く当てがないのなら、俺と共に来て欲しい。」
ガルシアはスラスラと紙に書き記した後、グリスの顔を見ながら紙を見せつける。そこにこう書いてあった。
『もちろんだ。俺を助けてくれた恩は忘れない。テッセンは絶対に許さない。必ず殺す。』
グリスは笑い、ガルシアと固い握手を結ぶ。
「よろしくな、俺はグリス。腐ったこの国をぶっ壊そうぜ。」
ガルシアは少しだけ笑みを見せる。監禁されて以来初めての笑顔は、本人が思ってるよりぎこちないものだった。
「わたしは東領地で住民達を守ります!奴等がどうやって住民達を皆殺しにするか分かりませんが、怪しい動きを察知したらすぐに動ける様に準備はしておくつもりです。」
ゴースの熱い眼差しがグリスを安心させる。
「あぁ!頼んだ!俺達はひとまずヒール国へ向かう!本当に世話になったな!」
「はい!道中お気をつけて!ガルシアさんもどうかご無事で。」
「うあ。」
二人はゴースに別れを告げて、ヒール国へと歩き出す。グリスの脳裏に浮かんだローランの面影は、前とは違い少しだけ影を落としていた。
——北領地と東領地の間に位置する森に、ドラゴンが降り立つ。
背中には黒いエルフが立っており、その顔には泣き腫らした様な跡が目立っていた。
「…テッセン様に報告しなければ。」
急ぎステイトラ城へと向かう為、森を出た先に待機している馬車に声をかける。
「おい、私だ。出せ。」
「ローラン様!お待ちしてました!おい、馬を出せ。」
馬車内で1人、外の景色を眺めるローランは、ユウとの戦闘を思い出していた。
「中々の腕だった。…グリスが師匠なんだ、当然か。」
揺れる感情。溢れそうになる涙。その全てが自分ではどうすることも出来ず、ただ涙を流し続けた。
真っ直ぐに外を見る彼女の横顔。…その冷めた目からポロポロと流れ落ちる涙はとても不釣り合いなものだった。
——ヒール国、ステイトラ城。
城の中へ入ったローランはすぐに王の間へと向かい、足早に歩く。
先程の涙がうっすらとその目に残ったまま、凛とした表情で殺伐とした城内を歩いていた。
「失礼します。」
扉を開けた先には大きな杖を持つ女と、玉座の前に立つ男。足を組み、玉座に鎮座する男。…そして、床に倒れる男がいた。
「ローラン、どうだった?久し振りの故郷は。」
「ユーノ、あなたによく似た娘がいたよ。大きな杖を持って戦っていた。…あなたの子供?」
「…ノエル。グリフィット国にいるのか…。私はこれで失礼させてもらう。ラスカル、お役目ご苦労だったね。」
ユーノは床に倒れる男にそう言うと、その男の真上に大きな炎の玉を生成し、その炎で男の全身を埋め尽くした。
「ぎゃぁぁぁっ…。」
断末魔の悲鳴はすぐに途切れ、あとには黒焦げになった男の残骸が転がっていた。
ユーノはそのまま王の間を出て行き、王の間には焦げ臭い匂いが静かな余韻の中に残っていた。
「何故ラスカルを殺したの?もう用済み?」
ローランは玉座に座る男へ問いかける。
「あぁそうだ。こいつも中々操りにくくてな。思い通りにならない奴はうんざりだよ。」
冷たく、はっきりと耳の中へ入るその声に、ローランの感情が掻き乱される。
「ローラン、お前はいつまでも不安定だな。こうやって定期的に力を使わないとすぐに絶望と後悔に苛まれる。」
男は笑いながらローランに手のひらを向ける。
「すみません…。特に今回は感情が揺れました。」
徐々にローランの情緒が安定していき、僅かに残る涙の形跡が完全に乾く。
「グリフィット国で何があった?」
ローランはその男の目を見て答える。
「あの国で私は盾を完全に破壊することに失敗しました。ですが、実はある者達と戦いまして。」
男は少し、眉を吊り上げる。
「失敗?邪魔されたとでも言うのか?」
ローランは、グリフィット国での出来事を思い出し、口を開く。
「加護の力を用いて戦うとても素早い片翼の青年と、草の力を自在に操り、最終的にはサンドワームを貫き倒した青年。ユーノと同じ様な杖と力を持つ娘と遭遇しました。」
それを聞いた男の目に、光が差し込む。
「加護の力…。片翼の青年と草を操る青年…。まさか…。」
ローランは男の様子を不思議に思い、問いかける。
「…テッセン様?」
突然禍々しく、不気味に笑うテッセン。
「はーっはっはっ!!あの時の子供か!くっくっくっ!残念だったなぁ!ミリル!!」




