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第20章 繋がれた男

——目の前の男の言葉にグリスの思考は停止する。

「俺も最初は盗賊に対して思うところはあったんだがよ、今はもう何とも思わねーや。」

 楽しそうに笑う男にグリスは激しい嫌悪感を抱く。

「…笑えるのか?この領地以外では盗賊共が…。」

「そんな事知らねーよ。ラスカル様のお考えがあるんだろうさ。それよりお前、【ガルシア】って知っているか?」

「ガルシア?知らないな。」

「だよな…。ちょっとついてきなよ。」

 男はニヤニヤと笑いながら領主館の中へ入るとグリスも男に続いて領主館へと足を進めた。


「なぁ、あんた。俺にベラベラと教えてくれるがそれで良いのか?」

 グリスは案内をされながら男に問いかける。

「うん?別に良いだろ?何でそんな事を気にするんだ?」

 男は不思議そうにグリスに聞き返す。

「いや…ただ気になってな。盗賊が出入りしている事が他の者にバレたらどうする?」

「あぁ。そんな事か。ま、住民達にバレたら少し面倒だが同じ兵士なら問題ないだろ。最も東領域以外の兵士がここに寄越されるのは初めてだったから少し驚いたがな。」

「…そうか。」

 すると、男は地下へと続く階段の前で歩みを止めた。

「この下にガルシアという男がいる。行ってみなよ。何故ここに盗賊が出入りしているか分かるぜ。」

 薄暗い階段の奥から数人の話し声が僅かに聞こえる。

「あんたは行かないのか?」

 男は首を横に振る。

「無理無理!俺は匂いがダメなんだ!一人で行ってきな!」

 グリスの背中をポンと軽く押す男。

「…分かった。では行ってくる。」

 グリスはそう言うと階段を一歩ずつ降りていった。


 階段を降り切ると、奥の方で松明の明かりが薄暗い空間を照らし、そこには数人の人影があった。

 僅かに聞こえていた話し声も、グリスの存在に気付き声を忍ばせている。

 ゆっくりとその数人の人影へ近づいていくと、突然その中の一人がグリスに語りかける。

「兵士さん、やっぱりガルシアはダメだ。」

 その声は静まり返ったこの物々しい空間に反響して、より響き渡る。

「…すまない。俺はここに来るのが初めてでな。事情をよく知らないんだ。」

 グリスの返答にその場にいる三人の男は少し驚く。

 

「あれ?あんた、東領地の兵士じゃないな?何だってここに…。」

「さぁな。人が足りないとの理由でここに寄越されただけだ。」

「ふぅん…。まぁ良い。そんなら他の兵士さんに伝えておいてくれ。ガルシアにその気はない…ってな。」

 男はそう言って牢の中にいる一人の男を見る。


 鎖に封じられ膝をつき、身動きも取れずにただこちらを睨む様に見る男。

 何も身につけていない上半身からはたくさんの傷と、血の跡がこびりついている。

 そして、その男の足元には排泄物が溜まっていた。

「匂いの原因はそれか…。」

「あぁ。くせーだろ?ガルシアは昔はこんなんじゃなかったんだがなぁ。ローラン様に反抗ばかりしてここに繋がれているんだ。大人しく言う事を聞いていれば良いものを…。」

 グリスは目を見開き、男を見る。

「今…ローランと言ったな?」

「あぁ?ローラン様を知っているのか?」

「知っているも何も…いや、そのローランはお前達のなんだ?」

 グリスの顔に力が入る。

「ローラン様は俺達を率いて下さる方だ。あの人の強さは本物なんだぜ!」

 興奮気味に男はそう話すと、鎖に繋がれたガルシアへ視線を移す。

「何で今まであんたに執着していたんだろうな。」

 唾をガルシアに吐きかけ、男は冷たい視線を向ける。

 

「…そのガルシアという男は何者だ?」

 グリスがそう問いかけると、男は険しい目をガルシアに向ける。

「…俺達は今までこいつに従ってきた。それだけだ。」

 そして、二人の仲間に声をかける。

「おい!そろそろ行くぞ。」

 

「待て!最後に聞きたい事がある。」

 ガルシアに背を向け地下を出ようとする三人の男を呼び止めるグリス。

「ローランは…ローランは今どこにいるんだ?」

「さぁ?あの人は行く先を俺達に言わないからな…。その内来ると思うぜ。」

 そう言って男達は階段を登り、そのまま地下を出ていった。


「本当にあのローランなのか…?」

 グリスは呆然としながら階段を見つめる。

「…う…うぅ…。」

 突然ガルシアは呻き声を上げ、グリスは驚いて後ろを振り向く。

 ジャラジャラと鎖の音をたて、ガルシアは何かを必死に伝えようとしていた。

 グリスはそんなガルシアの様子に驚愕する。

「お前…!」

 舌が切られ、口からは涎がダラダラと垂れ落ちる中、ガルシアはただ言葉にならない声を上げ続ける。

 

「待て、落ち着け。俺の言葉に首を振って応えるんだ。」

 ガルシアは少しずつ落ち着きを取り戻していき、しばらく経ってようやく静かになった。

 グリスは階段から誰も来ていないかを確認すると、ガルシアに問いかける。

「俺に何かを伝えたいのか?」

 首を縦に振るガルシア。

「そうか…。しかし、紙に書いて伝えるとしてもその鎖に繋がれた手ではな…。」

 そう言ったあと、グリスはもう一度問いかける。

「…お前、ローランの事について何か知っているか?」

 ガルシアは首を縦に振り、ジャラジャラと鎖を鳴らす。

 

「…よし。お前の事は完全に信用した訳ではないが、俺に考えがある。」

 グリスはガルシアに少しだけ笑みを浮かべ話す。

「もし、ここから出れたら俺に全てを話せ。そして、何かあった時は必ず俺の為に囮になれ。約束できるか?」

 ガルシアは少し固まったあと、うんうんと頷き返す。

「よーし、良い返事だ。」

 グリスはガルシアの排泄物に視線を移し、またガルシアへと視線を戻す。

「ここから出たらお前はまず体を綺麗にしないとな。」

 ガルシアは自分の出した排泄物を見ると、少しだけ険しい顔をしていた。


「おーい!そんなに長居するんなら掃除しといてくれよ。」

 階段の先からグリスを案内した兵士の声がし、二人は顔を見合わせる。

「ガルシア、またここに来る。その時こそお前がここを出る時だ。待っててくれ。」

 声にならない声を出し、頷くガルシア。

 グリスは階段へ向かい歩き、兵士に返事をする。

「掃除はいいが、少し話がある。」

「話ぃ?別にいいが、面倒な事は言ってくれるなよ?」

「勿論だ。」

 グリスはガルシアに振り向き、じゃあなと言うふうに手を上げ階段を登る。

 ガルシアは真っ直ぐな眼差しでグリスをいつまでも見ていた。


「話って?」

 兵士はグリスにそう問いかけると、グリスは気になっていた事を確認する。

「ここの管理の事だ。領主館の警備にしては随分ずさんな警備だと思ってな。」

 兵士は「あー。」と上を見上げる。

「ここな、領主館と言ってもラスカル様は滅多に帰ってこないんだ。そのほとんどをヒール国で過ごしているからな。」

「何だと?何故ラスカル様は帰ってこないんだ?」

 少し鬱陶しそうに兵士はグリスの顔を見る。

「あのなぁ、俺達みたいなただの兵士がそんな事知る訳ないだろう?話はそれだけか?」

「…そうだな。すまなかった。話を聞く限りここに出入りする兵士はそんなに多くはないのだろう?」

「んー、そうだな。」

 兵士はやる気のなさそうな返事をする。

 

「人手が足りないって話だったが…実際はそんな事ないのか?」

「…人手が足りないってのは俺たちの都合だ。東領地の兵士達だけがヒール国と、この東領地を行き来するからな。正直しんどくてやってられないんだ。」

 グリスは呆れた様に眉をひそめる。

「そうか…。では一つ提案がある。」

 兵士は横目でグリスの顔を見る。

 

「面倒な提案は却下だぞ。俺は東領地の兵士。お前は違うんだ。いつでも処理する事は出来るんだからな。」

 グリスはふっと笑い、口を開く。

「ガルシアの管理を俺に任せてくれ。ここに寄越された俺が出来る仕事はそれしかない。…どうだ?少しは負担も減るだろう?」

 兵士の死んだ様な目が段々輝きだす。

「おぉ…!そりゃいいな。なるほど、その手があったか。」

「だろう?今日からその役目を押し付けてくれても構わない。俺は体力も有り余ってるからいくらでも働けるぞ。」

 兵士はご機嫌な様子で頷く。

「お前みたいな奴が寄越されるのは大歓迎だ!そうと決まればガルシアの世話の全ての権限を任せるぜ!ついてきな。」

「あぁ!頼む!」

 ご機嫌な兵士に合わせる様にグリスもそのノリに合わせ、今にもスキップしそうな兵士の後ろをついていった。


「ここにあいつの飯が運ばれてくる。それを持っていくのが大体の仕事だ。」

 グリスは呆然と立ちすくむ。

「…それだけか?」

「あぁ。それだけだ。前はたまーに掃除をしていたが臭くてな。今はこの飯と水を持っていく事しかやっていない。」

「…あいつの舌は切れていた…。何故そんな事をしたんだ?」

 兵士はうん?と考える素振りをする。

「舌が切れていた…?だから変な声で喋っていたのか。それは知らなかったな。」

 兵士は笑いながらそう言うと、壁に立てかけられたモップを手にする。

「ほら!こいつで掃除をしてくるんだ。自分で言った事くらいしっかりやり通すんだぞ。」

「…あぁ、分かった。」

 

 兵士はご機嫌で部屋を出ていき、大きな声で「よっしゃーーっ!」と叫んでいた。

「…あいつ、かなり異常だ。普通あそこまで自分を出せるものなのか…?」

 東領地に来てからのグリスの違和感は益々膨らんでいった。


 薄暗い階段を降りる。手にはモップを持ち、鎧の隙間には紙とペン。それに、鎖の鍵を忍び込ませていた。

「ガルシア。」

 グリスの声に反応する様に鎖の音がガシャガシャと響き渡る。

「大丈夫だ。今から鎖を外す。それより約束は覚えているな?」

 呻く様に声を上げ、グリスの問いかけに頷く。

「今近くには兵士も盗賊もいない。だが、ここを出て誰かに出くわす可能性もあるので話は一旦ここで聞く。分かったな?」

 真剣な顔でグリスの顔を見るガルシアは頷き返す。

「じゃあ、外すぞ。」


 鎖が地面に落ちる金属音が響き渡る。

 4回目の金属音が地下に鳴り響き、ガルシアは解放された腕を、地面に力無くだらりと垂らす。

「…大丈夫か?」

 グリスの問いかけに反応する事もなく、ガルシアはしばらく脱力していた。

「…約束だ。紙とペンを持ってきている。俺の質問に答えてくれ。」

 ガルシアは弱々しくペンを受け取り、ゆっくりと書いていく。

「おい、俺はまだ何も質問をしていない…」

 

 突然ガルシアは顔を上げ、殺意のこもった目を階段の方へ向ける。

 そして、呻く様に声を放ったあとすぐに立ち上がり、壁に立てかけられるモップを手に取った。


 

「ガルシアを殺す?…まぁ、しょうがねーか。」

「そうだろ?いくらあの人が強くても今は身動き一つ取れないんだ。ビビる必要はない。」

 階段を降りてくる数人の声にグリスは構える。

「あれ?兵士さん来てたのかよ。」

 盗賊はグリスの存在に気付き、言葉を続ける。

「ガルシアはもう駄目だ。今殺しておいた方がいいと思うぜ?何なら俺達が今から殺そうと思ってたんだ。ローラン様にはうまく伝えておいてくれよ。」

 ゆっくりと近づく盗賊に、ガルシアは目を血走らせる。その呼吸は荒く、モップを握る手には青筋が浮き上がっていた。そして…。

「ガルシア!」

 グリスの声も無視して盗賊へ駆け出すガルシア。

 

「えっ!?ガ、ガルシ…」

 モップを横から叩きつけられ、首がぐにゃりと曲がる盗賊。

 そのままモップを振り抜いたあと、折れたモップの先で驚き立ちすくむ別の盗賊へ突き刺した。

「な、なん…で…。」

 突き刺したあと、絞り出す様な声で話す盗賊に拳を振り上げ、倒れた盗賊の上に乗り何度も拳を叩き込む。

「う、うわぁぁーっ!!」

 その光景に恐怖した盗賊の一人が逃げようと階段へ向かうが、グリスが剣を抜き追いかける。

 そのまま背中を突き刺し、倒れた盗賊の首をすぐさま横に切ると、大量の血を吹き流す。

 

 そして、グリスが残りの一人に詰め寄ると、ガルシアはグリスより先にその男の顔を掴みにかかり、思い切り捻った。

 骨の折れる嫌な音が、地下に響く。

 ドサリと力なく倒れる男の顔を踏みつけ、ガルシアは荒い呼吸のまま上を向いた。


「ガルシア…お前。」

 血に塗れ、上を向くガルシアの頬に流れる一筋の涙。

「…元々は部下だった者達を殺した涙か?それとも…これまでの悔しさの涙か?」

 ガルシアはグリスに視線を向け、汚れた腕で涙を拭く。そして声にならない声を出し、再び涙を流していた。

 グリスは先程ガルシアが書いた紙が足元に落ちている事に気付き、拾い上げる。

 そこにはこう書かれていた。

『あいつら全員皆殺しだ。』

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