第19章 代償と違和感
——ドラゴンが飛び去ったあと、ケイとノエルを抱えて城へと戻るユウ達。
その途中、シーフリードの命で従者が城の外まで迎えにきていた。
「ユウさん、そちらの二名は私どもが部屋へとお連れいたします。玉座の間で女王がお待ちですのでどうかそちらへ。」
「こっちは疲れてんのよ?少しはゆっくり休ませなさいよ!」
フーが激しい剣幕でそう言うと、従者は困った様に、そして怯えた様に答える。
「す、すみません!ですが、女王様から大切な話があるとの事で…。あれ?」
城の出入り口からシーラとメズリがこちらに手を振るのを見た従者は困惑した様にフーを見る。
「あ…。どうやらシーラ様達がお迎えにきた様ですね。ささ、お二人は任せて早く行ってあげてください。」
そう言うと、四人の従者がケイとノエルを担架に乗せて、城へと入っていく。
「あいつ、絶対下っ端ね。」
「フー。困らせたらダメだ。この城にはサンドワームのせいで従者があまりいないんだ。恐らくここに残っている者達の大部分はサンドワームに屈しなかった人達だ。そうやって馬鹿にするな。」
「はぁい。」
フーはユウの肩でつまらなそうにそう返事をし、たまに背中に生えた翼をワサワサと触っている。
シーラは運ばれるケイを心配して従者と共に部屋へと行き、メズリだけがユウ達を出迎えた。
「ユウ!テオ!フー!あなた達本当に凄いわ!流石ケイの仲間ね!」
「あぁ?!あいつの仲間だから凄いってどういう事だ!!」
「はいはい、そういう事じゃないから。ユウ、あのローランと互角って…。本当に凄いわ!」
テオの文句を適当にあしらい、メズリはユウに興奮した様子で言った。
「ローランとは旧知の中なんだろ?昔から強かったのか?」
「強いのなんの!この国最強だったのよ!…まぁ、女王様のお話もあるからさ、疲れてるところ悪いけど取り敢えず行きましょうか。」
「そうね、早く終わらせてミリルと一緒に爆睡したい気分だわ。」
ユウの翼をソファ代わりに寄りかかろうとしたフーは、そのまま後ろへ落ちていった。
「きゃあっ!!」
地面に落ちる寸前で羽ばたいたフーは、驚きのあまり目を丸くして絶句する。
「あれ?翼が消えてる…?」
ユウは自分の背中を振り返り、翼がない事に困惑するが、すぐにそれどころではなくなる。
「…っ!」
ユウの肩から腰にかけて、黒い薔薇の模様が丸く浮かび上がり、激しい痛みが走った。
「なに!?どうしたのいきなり!」
突然ローランに斬られた傷が浮かび上がり、血を流しその場にうずくまるユウは、フーの問いかけに何も答えることが出来ない。
フーはうずくまるユウの、僅かな隙間から見える傷口に気付く。
「え!何よこれ!さっきまでなかったじゃない!」
フーは何も分からないまま、ユウに手を添えて癒しの能力を発動させた。
「おい!こいつも担架に乗せた方が良いんじゃねーのか?」
「待ってて!すぐに持ってくる!」
テオがそう言うと、メズリが急いで従者を呼びに行く。
「はぁ、はぁ、なんでいきなり…っ!」
ユウは次第に白目を剥き、意識を失い地面に倒れる。
「おい!ユウ!しっかりしやがれ!」
テオの呼びかけに答えることはなく、メズリが従者と共に戻ってくると、そのまま担架で運ばれていった。
——東領地が目前に迫り、ヒール国と東領地を結ぶ街道の様子にグリスは驚いていた。その街道を行く多くの人が、東領地へと向かって歩いていた事に。
荷馬車に数人の人と沢山の荷物、荷車を使って歩く人、大きな荷物を背負って歩く人。
「あれは…避難民…。」
グリスはその光景に、この国の現状を改めて思い知る。
「おかしい…南領地からここまで来るのに、盗賊以外誰もいなかった。なんでこの街道だけ…。」
グリスは話を聞くべく避難民の元へ向かった。
「すまないが一つお尋ねしていいか?」
大きな荷物を背負った一人の男にそう声をかけると、その男は怪訝そうな顔で応える。
「…何です?」
「あんた、避難民だろ?どこの領地から来た?ヒール国か?」
「北領地ですけど…。」
「北領地?何故この街道にいるんだ?わざわざヒール国に行ってからここに来たのか?」
男は首を傾げる。
「いや、避難するにはヒール国を経由しないと危険なので…。王様の推奨するルートですよ?ご存知ないのですか?」
「いや…初耳だ…。すまないな、ありがとう。」
グリスがそう言うと、男は「はぁ…。」と気の抜けたような返事をし、直後にグリスの腰の剣に気付いて足早にその場から立ち去っていった。
「どういう事だ…。バードはそんな事一言も…。」
顎に手をやり、考えるグリスの脳裏に浮かんだユウ達を乗せた馬車の御者。
「あの御者も知らなかったのか…?まさか、余分に金を渡した事で推奨ルートから外れて行け、という風に捉えられたのか?…分からん。」
東領地へと向かう人々を見ながらグリスは益々違和感に苛まれる。
「人々を東領地に集める様な政策…王の推奨する安全なルート…。」
グリスは突然、革袋に入った水を待つと、勢いよく頭にかける。
常温の水がグリスの顔を濡らし、体を伝って服の中を水が通り、地面へと落ちていく。
「考えててもしょうがない。まずは東領地で情報を…。」
「ママー!あの人暑いのー?」
避難する家族がグリスの近くを通過した時、無邪気な子供の声がしたが、グリスはグッと目を閉じて決してそちらへ視線を向けることはなかった。
東領地、イスタリハットの街。
人々は賑わい活気に満ち溢れるその街は、盗賊に怯える避難民の心に落とした暗い影を、明るく照らす。
街への出入り口を一箇所に固め、兵士が厳重に守りを固める要塞の様な作りをしていた。
「おい!その剣はなんだ貴様。」
あっという間に五人の兵士に囲まれたグリス。
「おいおい、俺は盗賊じゃない。旅をしている者だ。」
「いや駄目だ。貴様を信用する事はできない。捕えろ!」
兵士はそう言うとガチャガチャと鎧を鳴らしながら一斉にグリスに詰め寄った。
「…ちょっと待て!」
詰め寄られる中、一人の中年の兵士が声を上げ、まじまじとグリスの顔を見て驚き目を見開いた。
「グリスさん…?」
「…ん?誰だ?」
一方のグリスはその兵士の顔をよく見ても心当たりはなかった。
「ご無礼お許しください。わたしは以前、バード様と共にあなたに盗賊共から救って頂いた者です。」
グリスはもう一度よーく顔を確認する。
「あぁ、あの時の…だよな。…すまん。あの時の事は覚えているが、顔までは覚えてなくて…。」
「いえいえ!わたしは一人の兵士。バード様ならまだしも、そんな数いる兵士の事なんて覚えていなくて当然です。」
兵士はそう言うと、周りの兵士に下がる様命じる。
「グリスさん、実はわたし達はある事情でここ東領地での仕事を命じられまして…。」
男がそう言うと、グリスは真剣な顔で頷く。
「あぁ。バードから話は聞いた。俺は東領地を探る為にここに来たんだ。」
「そうだったのですか…。」
兵士は一度避難民達に視線を向け、グリスに向き直す。
「グリスさん、この領地は何かあります。…いえ、この領地の領主、ラスカル様こそが違和感の正体ではないかと。」
「何だと?ラスカル様とは連絡が取れないとバードは言っていたが…。」
「ラスカル様は人が変わったかの様だ、と領民達はそう口々に話しています。もしかすると、連絡が取れないのもそのせいでは…?」
グリスは顔をしかめ、東領地を取り囲む壁を見る。
「…とにかく、探ってみる。ここでお前に会えたのは良かった。…すまないが名前を教えてくれ。」
「ゴースです。東領地内にはわたしが責任を持ってお連れいたします。」
「あぁ。頼む。」
「南領主様とお知り合いだったとは…大変失礼しました。」
先程グリスに詰め寄った兵士達がゴースから事情を説明され、申し訳無さそうに頭を下げる。
「いやいいさ。こんな剣をぶら下げていては盗賊と間違われても致し方ない。」
笑いながらグリスはそう言うと、ゴースがある事を提案する。
「いっその事兵士の格好をされてはどうでしょうか?」
「兵士?俺がか?」
グリスは眉をひそめ聞き返す。
「そうです。幸いこの東領地には北、西、南領地から沢山の兵士が集まっています。私たちでも南領地以外の兵士の顔は覚えておりません。」
グリスは顎をさすり満更でもない様な顔をする。
「まぁ、確かに。剣をぶら下げていても何の違和感もないしな。」
「はい。ちょうどそこの者はグリスさんと体格も近い様ですし…どうですか?」
ゴースに指を指された『そこの者』は、え!?と驚いている。
「…よし!そうしよう。では早速いいか?」
「勿論です!ドール!それで良いな?お前はひとまずグリスさんの服を着ててくれ。」
ドールと呼ばれたそこの者は、「は、はい!!」と大きな声で答えると、しょんぼりと肩を落としながら近くの岩場の陰へ歩いていく。
「…まるで追い剥ぎをしている気分だ。」
グリスはそう呟くとドールに続いて岩陰へと歩いた。
「あの…俺はこれからどうすれば。」
不安そうに、グリスの服を着たドールは問いかける。
「すぐにまた返すさ。そんなに不安がるんじゃない。」
着慣れない鎧にぎこちなく体を動かしながら、グリスは言い放つ。
「ドール、お前はひとまず東領地に入るんだ。俺達も同行する。そして、グリスさんが何か情報を掴むまではなるべく目立たずに過ごせ。」
「はい…。」
ドールは泣きそうな声で返事をし、それを他の兵士が憐れむように見ていた。
「ではグリスさん、どうかご無事で。」
東領地に難なく入る事ができたグリスはゴース達と別れ、町の中を歩く。
「妖精族もここへ避難しているのか…。」
各領地から集まった避難民の他には妖精達も集まっており、益々胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
東領主館へと向かうグリスはこれまでに何人もの兵士が配置されている事に気付く。
隙のないその警備に安心して過ごす住民達の笑顔が溢れていた。
一人のマントを羽織った男がグリスを追い抜く。
足早に歩くその男の腰のマントの隙間から、短剣が僅かに見え、グリスは思わず動きを止める。
「今の男…。」
不審に感じたグリスは男を見失わないよう、そのまま後をつける。
男を追って数十分。グリスは東領主館に辿り着く。
南領主館とほぼ同じ大きさで、出入り口となる大きな扉の前では2人の兵士が立っていた。
男はその扉に目をくれることもなく、そのまま領主館の裏へと進む。
住民達がいないこの場所では、男に見つかるリスクが高まるという事でグリスは更に距離を取っていた。
領主館の周りに生えている木の影に隠れて男の様子を探っていると、男は慣れた動きで裏口の扉に掛かった鍵を開ける。
そして、領主館へと入っていった。
「奴はもしかすると盗賊なんじゃないか…?だとしたら…。」
グリスの脳裏に南領地の光景が浮かぶ。
「こんな大勢が避難してきている東領地で、あんな事が起こるとなると…。」
グリスはそう言うと、裏口へと向かった。
中の様子を伺おうと扉に耳を当てようとした時、突然扉が開いて先程の男と対面する。
二人はお互いに驚き、数秒固まる。
「…あーびっくりした。」
男は軽くそう言うと、グリスに笑いかける。
「あれ?いつもの奴と違うじゃねーか。まぁ良いや、ご苦労さん。」
男はそのままグリスを素通りし、街の方へと歩き出した。
「…何がどうなっている。」
一人扉の前で立ちすくむグリスは下を向き、必死に考えを張り巡らすが答えは出ない。
「何そんな所で突っ立っているんだ?」
扉の先から声がし、グリスは顔を上げそちらを見ると、一人の兵士と目が合った。
「ん…?いや…。」
どこかぎこちないグリスを怪しんだ兵士がゆっくりの近づく。
「お前…見た事ないな。」
グリスは腰に差した剣を掴み、男に答える。
「…ここに来るのは初めてなんだ。」
すると、男はグリスの鎧に目を向け少しだけ驚く。
「…へぇ!東領地以外の兵士がここに寄越されるなんて初めてだ。」
その言葉を聞いた瞬間、グリスの迷いは消える。
「そうなのか。人手が足りないと言われてここに来る様に言われたんだ。それよりも、さっきここに男が来なかったか?少し怪しい人物だったので気になって…。」
男は呆れる様に言い放つ。
「おいおい、何も知らないのか?…ったく!人手を寄越すなら説明くらいしておいて欲しいもんだぜ。」
男はグリスの肩をポンポンと軽く二回叩いて更に続ける。
「さっきの男というのはマントを羽織った奴だろ?察しの通りあいつは盗賊だ。」
グリスの顔が強張る。
「盗賊?何で盗賊がここに…?」
「はーっはっは!だよな!良い反応だ。」
グリスの問いかけに男は笑いながらそう返すと言葉を続ける。
「よーく聞け。この領主館があいつらのアジトだ。ラスカル様の命でな。」
グリスは頭を殴られた様な衝撃が走る。
「…は?」
「安心しろ。ここでは盗賊共は絶対に悪さをしない。住民達にも危害を加えない。ただ…。」
兵士の男はニヤリと笑いかける。
「この領地以外では存分に暴れてもらうのがラスカル様との契約さ。」




