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第18章 死闘

——背中に生えた真っ白な片翼が美しく、そしてぎこちなくはためく。

 その異様な姿はその場にいる者達の視線を釘付けにしていた。

「…この羽根、さっき夢で見た…?」

 ユウの脳裏に浮かぶ、剣と羽根が融合し、光となって体へと入ってくる先程の夢の光景。

「気味の悪い奴め…。それに、私がつけた傷も消えている…。」

 ローランは一言そう呟くと、地面に落ちた盾のかけらを拾い上げる。

「お前に邪魔されなければこの盾は完全に砕けていた。本当に癪に触る。」

 黒いオーラをより強め、ユウに剣を向けるローラン。

「癪に触るのはこっちだ。剣はこれしかないというのに…。グリスとの思い出が詰まった剣を折りやがって。」

 

 ローランの目が、異常な程見開く。

 その目を見たユウの心臓は一瞬大きな鼓動を響かせた。

「グリ…ス…?」

 ローランは段々と息が荒くなり、その見開いた目に黒い影を落とす。

 

「何だよあんた、急に…。」

「グリスというのは…グリス・ロールの事か?」

 静かに、はっきりと問いかけるローラン。

「…あぁ、そうだが。グリスの事知ってたんだな。」

 少し警戒しつつユウがそう言うと、部屋全体が異様な雰囲気に包まれている事に気付き辺りを見回す。

 

 体から溢れ出ていたオーラが全てローランの体に集まり、体内へと入っていく。

 そして、凄まじい程の殺気をその目に宿し、ユウへ斬りかかる。

 折れた剣で器用に受け止めローランの体を蹴り上げるユウ。

 天井へ打ち上げられたローランは剣をユウに向けて薙ぎ払った。

「…うわぁっ!!」

 空から猛烈な速さで迫る黒い斬撃に、ユウは思わず声を出し後ろへたじろぐ。

「お前ぇ!グリスのなんだ!奴の居場所を知ってるのか!」

 叫ぶ様に、ローランはそう言い放つ。

「グリスは俺の親代わりだ!何よりあんたに居場所を教える訳ないだろう!」

 ユウは天井に当たらぬ様、蹴り上げる強さを調整して上空へ飛び、ローランに折れた剣を突き刺す。

 が、咄嗟に体を捻りそれを躱したローランはそのままの勢いを利用して剣を振る。

 ユウも何とかその攻撃を受け止めるが、片翼の扱いに体が慣れず、まともに弾き返せずに床へと叩きつけられた。

「はぁ…!はぁ…!」

 床へと着地したローランの荒々しい息遣い。段々と体から黒いオーラが漏れ出している。

「あんた…グリスを憎んでいるのか?」

 受け身を取り、素早く態勢を立て直したユウは眉をひそめ問いかける。

「黙れ!!」

 ローランは一気にユウと距離を詰めると、凄まじい剣撃を繰り出した。

「くそ!剣が折れてなければ…!!」

 必死にローランの攻撃を受け止めるユウは、ローランの剣撃が次第に弱まるのを感じていた。


「全く動きが見えない。…オズリ、あんたは?」

「オラも見えねぇ…。あれは普通の戦いじゃねぉぞぉ。」

 二人の戦いを盾の近くで見守るメズリとオズリは必死に動きを追おうとするが、その目に捉えることが出来なかった。

「オズリ、あなた怪我は大丈夫ですの?フーがここにいてくだされば良いのですけど…。」

「オラは体が頑丈に出来てるから大丈夫だぁ。ただ…盾はもう…。」

 オズリはヒビの入った大きな盾を見上げる。

 その傍ではシーフリードが盾に触れ、目を閉じていた。

「…お母様、あれからサンドワームの突進はない様ですね。ケイ達が何とか凌いでいてくれてるのでしょう。」

 ゆっくり目を開け、ユウに視線を向けるシーフリードは、ただ一言「えぇ…。」と口を開いた。


「はぁ…、はぁ…。その翼、本当に厄介だな。お前の事はテッセン様に報告する必要がある…。」

 ユウとほぼ互角に戦うローランは危機感を持ってそう言うと、離れた位置で動きを止めた。

「何だよ。もう疲れたのか?だが、お前を逃すわけにはいかない。ここで必ず殺す!」

 ユウは剣をローランに向け構えるが、その手は小刻みに震えていた。

「…お前もとうに限界が来てるのだろ?ここらが潮時だ。それに、あの状態の盾ではサンドワームの攻撃に耐えられない。」

「限界が来てるのはお互い様だろ?そして、サンドワームは俺の仲間が必ず何とかしてくれる。」

「仲間…あの草を操った男と、ユーノによく似た杖を持つ女。あの二人の事も報告しなければな…。」

 そう言うといきなりユウに向け剣を横に薙ぎ払い、黒い斬撃を繰り出すローラン。

「ぐっ…!」

 剣で受け止めるユウだったが勢いを殺しきれずに後ろへ体ごと飛ばされた。

「…シーフリード様、シーラ様。…さようなら。」

 そう言って屋上へ続く階段へ駆け出すローランの後ろ姿を、シーフリードは悲しそうに見ている。

「ローラン!待っ…「ローラン!逃すか!」

 シーフリードの声は、態勢を立て直したユウの声に掻き消され、ユウはローランを追いかける。

「ユウ!もうローランは良い!まだ動けるならば、あなたはサンドワームへ!」

 シーラはローランを追いかけ去っていくユウにそう言うと、自分も屋上に続く階段へと駆け出した。


 

「…冗談でしょ。」

 屋上へ出たローランは目の前の光景に唖然とし、立ちすくむ。

「ローラン!」

「ちっ!…私はもう、あんたの相手をしている場合じゃない!」

 屋上から飛び降りるローランを追いかけ、自分も飛び降りようと手すりに手をかけたユウは、目の前の光景に思わず動きが止まった。

「おい…みんな…!」

 大きな巨体の所々が砕けており、あるいは大きな穴がその体を貫通し、サンドワームは息絶えていた。

 そして、倒れるノエルと、蒸気の中でまばらに散って倒れているケイとテオを見つける。

「フー!いるのか!フー!」

 去っていくローランには目もくれず、下に飛び降りるユウ。

 そのまま仲間達のところへ走って行った。



 ——ユウ達が屋上に出るその数十分前、この場所では文字通り、命を削るもう一つの死闘が繰り広げられていた。

 

 ノエルが目を閉じ集中すると、大きな氷の塊を出現させる。

「この氷は当たったら砕けるよ!それっ!」

 ぐんぐんと距離を詰めるサンドワームに放ったその氷が巨体に当たる。すると、砕けた氷がその体を沿うように広がっていった。

「…ケイ!テオくん!タイミングは分かるよね?今からあの氷の粒に力を込める!任せたよ!」

 ノエルは杖を両手でぐっと握り、サンドワームを視界に入れる。その額には血管が浮き出ており、必死の表情で力を込めていた。

「テオ!行こう!僕は奴が口を開いた瞬間大きな蔓をねじ込む!君は体の外側から皮膚を壊すんだ!」

「しゃあっ!!デケェだけのクソイモムシがぁっ!」

 ケイとテオが走り出し、サンドワームの体に広がる砕けた氷は徐々に冷気を増し大きくなっていく。


「気休めだけど、何か力になれば…。」

 フーがノエルに手を添えて、癒しの能力を与え続ける。

「んんっ…!!」

 浮き出た血管ははち切れんばかりに大きくなり、顔色が赤くなる程に力を込めたノエルはサンドワームの動きが鈍くなったのを確認すると、一気に全身の力を弱めた。

「…っはぁ!はぁっ、はぁっ。」

 杖をサンドワームに向けたまま、その場にぺたりと座り込んだノエルの顔は酷く憔悴している。

「あとはあいつらに任せましょう。せめて、その杖を支える腕を癒すわ。」

 今度はノエルの腕に手を添えるフー。そんなフーにノエルは小さく二回頷き、成り行きを見守っていた。


 ケイは走りながら自分の腕を抑える。

「あいつ…皮膚がボロボロじゃないか!奴の口を塞いだあと、特大の蔓を奴の体に…。」

「おい、ケイ!今が好機だ!いくぞ!!」

 動きが鈍り、巻き上がる砂埃が弱まったタイミングでテオはそう言うと、爆弾袋から数個の爆弾を取り出し1つにまとめ、それを固定し大きな爆弾に仕上げる。

「おらぁっ!!」

 爆弾は曲線状に飛んでいき、サンドワームに直撃する。

 体をくねらせ、緑色の液体がドバドバと流れる中、サンドワームはもがき苦しみ口を開ける。

「今だ!」

 ケイは地面に手をつき一瞬目を閉じた。すると、サンドワームの近くで大きな蔓が生成され、大きな口の中へ、尖った先端から勢いよく貫いていく。

 大きな口をこじ開ける程に蔓の根元は太く、噛む事が出来なくなったサンドワームは声を上げることもなく、ただもがき苦しみ、口とは逆の尻尾にあたる部分がクネクネと蠢いていた。

「よっしゃぁ!畳みかけろぉっ!」

 テオの爆弾が容赦なくサンドワームに投げ放たれ、ボロボロになった皮膚へダメージを与える。皮膚が抉れ、肉を焦がし、緑色の液体がそこら中に噴き流れた。

「俺の爆弾はこれで最後だ!」

 最後の爆弾をテオがサンドワームに投げると、ケイは大きな蔓を器用に動かして爆弾もろともサンドワームの体内へ押しやった。

 サンドワームの中腹辺りに押し込まれた爆弾はこもる様な爆破音を響かせ、それと同時にサンドワームの肉片が空へと巻き上がる。

「…最後のダメ押し!」

 サンドワームの下から大きな蔓を、上に向かって突き上げる。

 貫通したその蔓は高々とそびえ立ち、サンドワームの動きを完全に止めた。


 微かに痙攣するようにピクピクと動くサンドワームの体から、蒸気のように煙が上がり始める。

「な、何だこれ…。」

 近くに飛散した緑色の液体が蒸発していくのを見て、思わず後退するテオ。

 

「…何だこの匂い。」

 だらりと地面に垂れた自分の腕を見ていたケイは、顔を上げる。

 口の中へ突き刺した蔓と、体を貫いていた蔓がドロドロと溶け出していた。

「嘘でしょ…。」


 サンドワームが蔓に貫かれ、動きを完全に止めたのを確認したノエルは地面に倒れるように横になると、そのまま寝息を立て始める。

「ノエル…あんたのおかげよ。」

 フーは最後、ノエルの体に癒しの力を与えると、ケイ達の方へ視線を向けた。

「…本当あの化け物はとんでもないわね。」

 フーはそう呟くとすぐさまサンドワームにより近いテオの元へ飛んでいく。


「離れて!それに触れたらダメ!」

 その声にテオは振り向くと、フーが必死に声を上げていた。

「こりゃあ、なんだ!?」

「多分、それに触れたら溶ける…。考えてもみなさい、この国の植物を食べ尽くし、ケイの草の壁を短時間で消化できる程の酸よ?」

 テオは顔をしからめ、緑の液体から距離をとる。

「でもなんか…頭がぼーっとして…。」

 テオはフラフラと膝をつき、顔には冷や汗が滲み出る。

「…この蒸気!」

 慌てて自分の口を押さえ、テオへ手をかざすフー。

「ここにいたらどの道…。」

 蒸気はその場に停滞し、しばらくの間は消えそうにない事にフーは眉をひそめる。


「くそっ…。こんな所…で…。」

 パタリと仰向けに倒れたケイ。その時、城の方から人影が見えた気がしてそちらに目を向ける。

「ロー…ラン?」

 一瞬心臓が跳ねるような感覚に陥るケイだったが、続けて地面に降り立つユウの姿を見て安心しながら目を閉じた。



 ——蒸気の中に、僅かに見える光。

「あそこか!」

 ユウが全速でそこまで向かうと、発生した風で蒸気が散っていく。

「フー!無事だったのか!良かった!」

 ユウが蒸気を散らした事で、その周りだけは視界が鮮明になっていた。

「ユウ!この蒸気を晴らさないと!…って何よその翼!」

 ユウの背中に生えた片翼を見て驚くフー。

「後で説明する!とにかく蒸気を晴らせば良いんだな!」

 片翼をぎこちなくはためかせるが、風が発生しない事に気付いたユウは全力で辺りを駆け回る。

「うぉぉーっ!!」

 次第に蒸気は薄れていき、視界がクリアになった頃、フーの能力で癒されていたテオが目を覚ます。

「…サンドワームは?倒せたのか?」

 フーはユウのあまりに速すぎる動きを必死に目で追っていたが、諦めたようにテオに視線を向けるとゆっくりと笑みを浮かべた。

「えぇ。…サンドワームは死んだわ。あたし達、あの化け物に勝ったのよ!」

 ひゅん!と上に跳ね上がるように飛び上がったフーを見て、テオは静かに目を閉じ地面に仰向けに倒れる。

「ったく!こんな事なら花火爆弾も打ち込むべきだったぜ。」


「ケイ!…ケイ!」

「ちょっと待って!そんなに無理やり起こしたらダメだってば!」

 蒸気が晴れたあと、倒れるケイの元へ駆け寄ったユウはすぐさまフーを呼び、癒してもらっていた。

「そ、そうか…。ノエルはどういう状況だ?」

「あの子はただ疲れて眠ってるだけ。この蒸気と離れたところにいたから大丈夫よ。」

「良かった…。」

「あんた、その翼は…」

「おいっ!!あれを見ろ!!」

 ユウとフーの会話は遠くから走ってくるテオの声で途切れ、指差す方を二人は見上げる。


 漆黒のドラゴンが上空を飛び、大きな影が地面を横切る。

 そして、その背中からこちらを見下ろすローランの姿が。

「ローラン!!」

 ユウが剣を構えるが、突如突風によって巻き上げられた砂埃でユウは身動きが取れなくなった。

「…クソイモムシの次はトリトカゲか…?どうなってんだよ…。」

 呆然と、飛び去っていくドラゴンとローランを見上げながらテオは呟いた。

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