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第17章 加護

——「…近くにいれば私でも危なかったかもしれないな。」

 甲高い声が止み、ローランは耳から手を離しサンドワームの方を一瞥する。

 黒いオーラがローランの斬撃の痕跡として、あらゆる場所から発せられていた。

「お前も案外頑張るものだ。全ては無駄だというのに…。」

 ユウは肩で息をしながら手すりに掴まり、ローランを睨みつける。

「…完全に仕留める事も出来ないくせに、何を偉そうに。」

 ローランはサンドワームからゆっくりとユウに視線を向ける。

「お前はただ私の剣を紙一重で避けて、致命傷を避けているだけじゃないか。そして、お前の剣はもう私に触れる事はない。分かるだろ?力の差は明白だ。」

 冷たい眼差しでユウにそう言うと、黒いオーラを体に纏わせ剣を構えた。


「…盗賊だけを相手にするなら絶対に負けない自信があったんだけどな。」

 ユウはそう呟きながら剣を両手でしっかりと握りなおしてローランの動きに神経を集中させる。

 歯を食いしばり、息を整え真っ直ぐ視線をローランに向けた。

「ツラだけは一丁前だな。恐怖を乗り越え戦う者の目をしている。だが、敗北はまだ味わった事がないだろう?」

 鋭い眼差しで問いかけるローラン。

「あぁ。…あんた程強い奴とは本気で剣を交えた事がない。」

「それはいい経験をしたな。しかし残念ながら今後その経験を活かす事は出来ない。…この国と共にお前も散れ。」

 一気に距離を詰め、ユウに斬りかかるローラン。

 振り下ろす剣を見切ったユウはそれを剣で受け止める。

「ほら見ろ、また剣を受け止めただけ。良い加減私も疲れたんだ。終わりにするぞ。」

 交差した二人の剣はギリギリと音を立ててせめぎ合う。

 すると、ローランの剣に黒いオーラが纏わりつき、次第に剣を真っ黒に染め上げていた。

 

「くっ…!」

 突然ローランの剣が重くなり、ユウの体ごと圧迫させる。

「…こんな世界、滅べば良い。」

 瞳の色までもが真っ黒に変化したローランがそう呟くと、徐々にユウの剣に亀裂が入っていった。そして…。


 空に舞う、ユウの折れた剣と赤い鮮血。

 肩から斜めに斬られた部分から黒い薔薇の模様が丸く浮かび上がる。

「あ、あ…ロー……ラン…。」

 薄れゆく意識の中、城内に続く階段へ歩き去るローランを見て弱々しく呟く。

「……みん、な…すま、ない…。」

 ユウはひんやりとした屋上の石床にうつ伏せに倒れ、そのまま静かに目を閉じた。



 ——手すりに手を置きゆっくりと階段を降りるローランは、感傷に浸る様子で城の中を見渡し歩いていた。

 そして、玉座の間に着くと大きな盾を目にする。

「それがドワーフからの贈り物…強大な盾ですね。」

 そう言うと、玉座の前に立つシーフリードとシーラ、オズリとメズリに視線を向けた。

 

「ローラン。…先程は取り乱しました。わたくしがあなたに言いたい事はただ一つ。」

 シーフリードは冷静さを取り戻し、強い眼差しをローランに向ける。

「突然帰ってきたあなたが何故こんな事をするのかは分かりませんが、わたくし達はこの盾を失う訳にはいきません。本気で壊すつもりならば、全力で迎え打つまでです。」

 優しい声色の中にある、鋭く刺す様なシーフリードの言葉に、ローランは両腕を広げ、敬意を示しながら言葉を返す。

「…私がいない間に様々な事が変わったのですね。」

 一瞬だけ、シーフリードの隣に立つシーラに視線を向けたローランは剣を構える。

 

「ローラン!ユウはどうしたぁ?」

「ユウ?さっきの奴か?私がここにいる事を考えれば聞くまでもないだろう。」

 オズリは眉間にシワを寄せ、拳を強く握りしめながらワナワナと肩を震わせる。

「怒っているのか?エルフ族でもないただの人間だぞ?そんな奴が一人死んだくらいで何を怒る事がある。」

「ローラン…。あなたはもうあの時のローランじゃないわ。一緒に遊んでくれた優しいローランはもういない。…この国に危害を加えるなら、ここであなたを殺してやる!」

 メズリはそう言うと、懐から短剣を取り出し構えた。

「また遊んであげる…。いつでも来なさい。」

 ローランのその言葉を皮切りに、オズリとメズリが一斉にローランへと攻撃を仕掛ける。


「あのローランと言う者…お母様には未だに敬意を示している様ですね。だからこそ分かりません。何故こんな事をするのか。」

シーラはそう言いながら短剣を取り出す。

「シーラちゃん?あなたまさか…。」

 シーラはローランを見据えたまま小さく頷く。

「ユウはケイの大切な仲間。そんなユウが殺されたとあればケイに合わせる顔がありませんので。差し違えてでもローランを…。」

 

 メズリとオズリを軽くあしらいながら、シーラと女王の会話を聞いていたローラン。

 視線をシーラに向け問いかける。

「あなた、名前は?」

「くそっ!何故当たらない!」

 メズリは自分の剣がローランに当たらない事に苛立ちを感じていた。

 

「…シーラですわ。」

「そう。…シーラ様、あなたの剣も私に届く事はない。大人しくそこでシーフリード様と見てなさい。そろそろこの茶番も終わらせるから…。」

 

「オズリっ!」

「任せろぉっ!」

 メズリの剣を避けたローランの動きを先読みし、オズリが全力で殴りかかる…が、振るった拳は空を切り、ローランはオズリの後ろへ回り込む。

「遅いのよ。屋上で戦った子は少なくともあなた達よりも手強かった。」

「オズリっ!」

 背中を斬られ、苦痛に顔を歪めるオズリ。そんなオズリに心配の声をかけるメズリ。

 ローランはゆっくりと、口を開いた。

 

「オズリ、メズリ。久しぶりの再会、嬉しかった。これは本心よ。…そして、シーフリード様。あの時お腹にいた子の成長をこの目で見れて良かった。」

 ローランの体を黒いオーラが纏い、その目も黒へと変化する。

「…私は私のやるべき事をやらなければ。」

 盾へとゆっくり歩き出す、先程とは様子の違うローランの威圧に、オズリとメズリはただ見ていることしかできなかった。



 ——ユウの手に握りしめられた白くて長い、鳥の羽根。

 空から落ちてきたのを偶然取ったのか、道に落ちていたのを拾ったのかは分からない。

 どこまでも白いこの世界で、ユウは手にした鳥の羽根を見つめている。

 ふと、足元に転がる折れた剣が目についた。

 不思議に思い、その剣を拾い上げたユウは首を傾げる。

「……軽い…。」

 不意に出た言葉。声が出た事にユウは驚き思わず手で口を塞ぐ。

 ……その時、もう片手で握っていたはずの羽根がなくなっていることに気付いたユウは辺りを見渡すと、突然目の前の空間が歪み始めた。

 ぐるぐると景色が回っていき、ユウの体は吸い込まれる様に空間に溶け込んでいく。


 握りしめた剣から温かい感触が伝わり、ユウの脳裏にグリスの顔が浮かび、剣の修行をしていた光景を思い出す。

 ただの稽古。木剣でグリスと相対し、あるいは動物を剣で狩る。


 気付けば草原の上に立ち、足元には先程の羽根が落ちている。

 景色は相変わらず真っ白な世界で、握りしめた剣と地面に落ちた羽根が薄く光りだす。

 ユウは羽を拾い上げ、手に握りしめたまま剣を両手で握りしめる。


「その加護は、きっとあなたを助けてくれる。…負けないで。」


 聞き覚えのある声がはっきりと脳内に響き渡ると、握りしめる剣の中に羽根が溶け込み、剣の輝きが強まった。そして剣は光ったままその形を丸く変える。

 やがて、光はユウの腕へと浸透していき、身体中に巡っていった。



 ——「…ミリル?」

 屋上に虚しく響くユウの目覚めの独り言。

 その場に座り、辺りを見回すが誰もいない。

 そして、体にベッタリと付着した血を見て先程の戦闘を思い出したユウは城の中へと続く階段に目を向ける。

「そうだ、ローラン!…というか、あの夢…俺死んだんじゃなかったのか…。何だろう、凄く調子がいい。」

 立ち上がり、階段に向かって思いっきり走りだすと、これまでとは比にならないほどの速さになっていた。

「…良いね。体が軽い。」

 ユウは大して驚く事もなく、そう呟くと階段を駆け降りる。

 そしてグリスから貰った、今は折れてしまった剣をギュッと握りしめた。


 玉座の間に広がる真っ黒なモヤがローランの体から次々と溢れている。

「これは、一体何ですの…?頭がおかしくなりそうですわ…!」

 モヤに触れるシーラが頭を抱え地面に顔を向ける。

「シーラちゃん!」

 シーフリードはシーラの体を支え、禍々しい程の漆黒のオーラを纏うローランの挙動を見つめる。

「…女王様。もう、無理です。わたしとオズリではローランを止める事が…。」

「盾がぁ…!壊されちまう…!」

 メズリとオズリは言いようの無い恐怖にもはや体さえ動かすことができなかった。

 剣の先まで漆黒に染め、不敵に笑うローランは盾に向かって剣を構える。

「この盾さえ壊してしまえばもうこの国は終わりだ。」

 

「…メローちゃん?」

 ローランはぴくりと肩を震わせる。

「…シーフリード様、その名では呼ばないでくれと昔から…。」

「でも、あなた…何でそんなに泣いているの?」

 漆黒のオーラの奥に見える、ローランの涙。ポロポロと溢れる涙は漆黒のオーラの中、静かに頬を伝っていた。

「…っ!!何だこの涙は!知らない!私は泣いてなんかいない!」

 突然動揺しながらローランはそう言うと、盾に視線を向け直す。

「壊れろ!そして滅べぇっ!!」

 

 鋭く振り下ろすローランの剣が盾に触れる。しかし、すぐにローランの体ごと横に弾き飛ばされ、地面を転がる。

 

 誰もが盾に弾かれたと思っていた。しかし、ローランだけは弾かれる直前にその目で見た。

 物凄い速さで体当たりをする、折れた剣を持ったユウの姿を。

 

「ぐっ!…何故生きている!?」

 態勢を立て直し、剣をユウに向け、ローランは言い放つ。

「さぁ?…何でだろうな。」


 ローランはそんなユウの姿を見て、目を見開き驚いている。

「お前…何だその翼は…?」

「え?」

 ユウは振り返り自分の後ろを確認する。


 ユウの背中の右側に白い翼が生えており、その羽根一枚一枚が綺麗に生え揃っている。

 

 玉座の間に静寂が訪れ、ローランでさえも、その姿を呆然と見ていた。



 ——ケイの出した二つ目の大きな草の壁がサンドワームによって壊され、食べられていく。

 ケイは腕を抑え、苦痛の表情を浮かべていた。

「何でその痛みはあたしの能力じゃ治せないのかしら…!」

 テオとノエルの耳を治療し終えたフーが嘆きながらくるくると飛び回る。

「あはは、何だか頭もぼーっとしてきた…。」

「…まずいわ。ここまであんたの能力で凌いできたけどそれが使えないとなると…。」

 地面に横になり、未だ意識を取り戻さないテオとノエルを見てフーが呟く。

「もう一度くらいなら何とか出せる。…まぁ、時間を稼いだところで僕たちだけじゃ無理かもしれないけど…。」

 サンドワームは地上に出ていた草を全て喰らい尽くし、今度は地面まで顔を突っ込み咀嚼している。

「例えあの化け物に攻撃を加えたところでさっきのヤバい声を出されたらそれこそ全滅だわ…。詰みってやつ?」

「…いや、詰みじゃない。さっきの様にテオの爆弾の音に驚いて口を開いた時、あそこに僕の草の蔓をぶち込んだらどうだろう?外側と違って柔らかいから貫通出来ないかな?」

「出来るかもしれないけど…あんたの腕がそれに耐えれないんじゃないの?」

 ケイは自分の腕をさする。

「何もしないで死ぬよりマシさ。…さぁ、テオとノエルを無理やりにでも起こそう!」

 サンドワームの咀嚼する動作がゆっくりとなり、いつ顔を上げてもおかしくないと見たケイは、二人を起こし始めた。


 目を覚ましたノエルはキョロキョロと辺りを見回す。

「わたし…あぁ、そうかサンドワームに…。」

「そうよ。あんたあの声の中片耳塞がずに攻撃しようとして怪我したのよ。」

 耳を抑え、乾いた血を手で触るノエル。

「治してくれたのね、ありがとう。今サンドワームはどうなってるの?」

「僕が出したニ個目の草の壁を喰らい尽くしてまた襲ってきそうな感じ…かな。」

 ちょうどサンドワームが顔を上げ、それに合わせて砂が舞っている。

 

「おい。」

 テオは横になったまま突然言葉を発する。

「やっと起きたのね暴言男。1人で勝手に突っ走って大怪我した気分はどうかしら。」

 テオの両耳からは多量に出血した後が残っていた。

「うるせー。それより、さっき奴の皮膚が氷に当たったあと、ポロポロと崩れていくのを見た。恐らくそれが勝機だ。」

 テオの言葉に、ケイが即座に返す。

「本当かい?だとしたら、僕の草の蔓も、テオの爆弾もそこからなら効くかもしれない…!」

「テオ君…ただの無策で突っ込んでいって怪我した人にならなくて良かった…。」

 ノエルの純粋なその言葉にテオは言葉に詰まり、一言「うるせーよ!」と強めに返していた。

「サンドワームがまた突っ込んでくるよ!ノエル!今度は口の中じゃなく、奴の体を狙える?」

 杖を構え、鋭い目をするノエル。

「えぇ、任せて!」

「テオ!君はありったけの爆弾を頼む!」

「あぁ、あのクソイモムシの内臓ごと吹き飛ばしてやる。」

 テオは爆弾袋に手を入れ、目を血走らせる。

「よーし、それじゃあ最後の抵抗だ!持てる力全てを奴にぶつけよう!」

「中途半端に怪我してもあたしはもう放っておくからね!死ぬ気で行きなさいよあんた達!」

 サンドワームの圧倒的なその巨体が、地響きを鳴らし、砂埃を巻き上げ突進する。

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