第16章 化け物
——ケイ、ノエル、フーが城の外へ飛び出す数十分前。
ミリルを抱え、テオがいる部屋へと走るオズリ。
「うぉっ!な、何だぁ…!?」
突然城が大きく揺れ、体勢を崩しそうになる。
「サンドワームがぶつかったのかぁ?オラも早く行かねーと女王様達が心配だなぁ。」
ドアノブに手をかけ、部屋へ入るとベッドから降り水を飲むテオと目が合う。
「お、体調はどうだぁ?」
「あぁ、さっきよりも楽になった。…そいつどうしたんだ?」
コップをテーブルに置き、抱えられたミリルに目を向けるテオ。
「突然寝たらしいんだぁ。こんな時に寝れるなんて、自慢じゃねーがオラよりも呑気な奴っているんだなぁ。」
「こんな時にってどういう事だ。さっきの揺れも、ありゃなんだ。」
テオとは違うもう一つのベッドにミリルをゆっくり寝かせるオズリ。
「今サンドワームがこの城を襲ってきてる。オラも早く行って女王様達を守らねーといけねーんだぁ。」
テオはニヤリと笑い、部屋のドアへとスタスタ歩き出す。
「俺が粉々に消し飛ばしてやるよ。」
ギラついた目でテオはそう言うと、オズリが「はっはっはぁ」と、ゆっくり笑う。
「あんな巨体、消し飛ばすのは無理だろぉ。」
立ち止まり、オズリを睨むテオ。
「うるせーよ。先に行くぜ。」
ドアを開け、足を踏み出すテオの動きがぴたりと止まった。
「おいオズリ、どこで戦ってんだ?」
ミリルに布団をかけ終えたオズリ。
「オラも一緒に行くから待ってろぉ。」
「ちっ!早くしろよ。」
爆弾袋に手を入れ、爆弾を優しく触りながらテオは悪態をついていた。
「女王様!?メズリィ、何があったんだぁ?」
玉座の間についた二人はメズリと従者に支えらるシーフリードと、屋上へ続く階段を心配そうに見るシーラを見つけ声をかける。
「オズリ!テオも体調が良くなったんだな!」
メズリは二人にそう言うと、一度呼吸を整え言葉を続ける。
「よく聞け。今屋上にはローランがいる。明確な殺意を持って盾を破壊するつもりだ。」
「…!ローランがぁ!?…どういう事だ?襲ってきたのはサンドワームじゃなかったのかぁ?」
「サンドワームがこの城に突っ込んでくると同時にローランも乗り込んできた。それ以上の事は分からない…。」
「…何でローランがここに…。」
「テオ、体調が良くなったのならケイ達と共にサンドワームと戦ってくださいませんか?」
強い眼差しでシーラは言った。自分の服の裾をぎゅっと掴みながら。
「あぁ?ローランってのはどうするんだよ?」
シーラのお願いに対してテオはぶっきらぼうに答える。
「ローラン…はユウが相手をしています。正直ユウでないとまともに太刀打ちできない程の強さを持っていますので。ケイとノエル、フーがサンドワームを止めようと城の外で戦っていますの。だからテオ…。」
「言われなくてもそうするつもりだ…。この上なんだな?」
スタスタと屋上へ続く階段へ歩き出すテオに、オズリが後ろから声をかける。
「オラはここで女王様とシーラ様をお守りする。そっちは一人で行ってくれるかぁ?」
「あぁ。元からお前と一緒に戦おうなんて思ってねーよ。」
テオは振り返る事なく階段を登っていった。
「シーラ様、わたし達にはどうする事も出来ません。まだ出逢ったばかりですが、あの者達には何かを感じます。信じましょう。」
シーラの気持ちを落ち着かせる様に優しく話すメズリ。
「…分かってますわ。ケイは強い。そのケイの仲間だってきっとお強いでしょう。でも、心配せずにはいられませんの。」
「そうですね…。祈りましょう。この国を救ってくれると。」
「えぇ。…お母様、あのローランという女性は何者なのですか?わたくしは存じ上げないのですが。」
シーラに問われたシーフリードは視線を下げる。
「あの子は…今から二十五年ほど前に旅に出たの。旅に出た最初の方は頻繁に顔を見せに帰って来てくれてたのだけどね。あなたが産まれる前から全く顔を見せなかったから知らないのも当然ですわ…。」
シーラが黙って聞いていると、メズリが懐かしむ様な目をしながら口を開く。
「ローランはわたしとオズリにとって、強くて優しい憧れの剣士であり、わたし達のお姉ちゃんの様な方でした。良く、遊んでくれましたから…。」
「そうなのですね。…でも、そんな方が何故…。」
シーラは腑に落ちない様子で眉をひそめる。
「本当にローランなのかぁ?そもそもドワーフから盾をもらった事すら知らないはずじゃないのかぁ?」
女王は視線を下げたまま、答えた。
「いえ、確実にローランです。…それに、わたくしはあの子が涙を流すのをこの目で…。…っ!!」
突然、ハッとし顔をあげるシーフリード。
「テッセン…。あの子、テッセン様の望み…と言っていました。もしかしたら、そのテッセンという者に何か弱みを握られてこんな事を…?」
シーラは怪訝な顔つきでシーフリードを見る。
「…弱みを握られてたとして、この国を捨てる様な事を…?」
「…真相は分かりませんが、必ず何か裏があるはずです。ローランは…あの子はこんな事をする様な子ではありません。さっきは少し混乱して取り乱してしまいましたが、わたくしはそう信じています。」
シーフリードは顔を上げ、迷いのない目ではっきりと言い放つ。
すると突然、大きな爆発音が城の中まで響き渡った。
——「おめーら!俺抜きでサンドワームが殺せると思ってんのかよ!?」
手すりに乗り、今にも飛び降りそうなくらい身を乗り出すテオは、ケイ達を見下ろしながらそう言うと、草の壁の向こう側で砂埃と共に蠢くサンドワームを見据える。
「でけぇなありゃ…。」
爆弾袋に手を入れ改めて残りの爆弾を確認する。
「…口の中にでも放り込めれば何とかなるか。」
「テオ!!飛べ!!」
突然、ユウの怒鳴る様な声が聞こえ、テオは反射的に手すりから飛んだ。
その瞬間、テオがいた手すりは真っ二つに割れる。
飛びながら後ろを振り返ったテオは目を見開いた。
「な…嘘だろ…!?」
剣を振り下ろした態勢でテオを睨むローラン。そして、ローランの後ろからユウが剣を振り下ろすと、ローランはそれを軽々と弾き返した。
「サンドワームを頼むぞ!」
ローランに剣を弾かれ、すぐに態勢を立て直すユウはそう言うと、再び凄まじい速度で斬りかかり、ローランと剣を重ねる。
そんな光景を見ていたテオの視界からユウとローランの姿が流れる様に消えていき、気付けば地面がすぐそこまで迫ってきていた。
「テオ!大丈夫かい?」
ケイ達と同様、大きな草を一度クッションにして、あとは地面に転がり落ちたテオへ声をかけるケイ。
「…うるせー。」
「何がうるせーよ。さっきローランに斬られそうになったの見たわよ。慌てて飛んで避けたくせに生意気言ってんじゃないわよ。」
「ちょっと待って!そんな事言ってる場合じゃないよ!そろそろ仕掛けた方が良いかもしれない!」
ノエルは杖を構えフーとテオにそう言うと、轟々と轟く地響きに警戒を強めた。
「あんた、大丈夫そう?その能力で戦える?」
「…うん。相手は巨大な獣だ。人間相手ならまだ無理かもしれないけど、今回はやれる!」
フーの問いかけに、覚悟を固めて話すケイ。
「そう。良かったわ。怖がって能力使えないんじゃここにいる意味がないものね。」
「気遣ってくれてありがとう…。人間以外なら大丈夫ってとこを見せないとね。」
草の壁が大きく揺れ、バキバキ!と激しい音が響き渡る。
「来やがったな。奴が姿を現したらどう動く?」
「わたしの能力をぶち込む!さっきミリル?だっけ?あの子にアドバイス貰ったの。」
フーが首を傾げる。
「ミリルがアドバイスですって?」
「そうだよ。あの子、わたしの能力知らないはずなのにね。びっくりしちゃったよ。」
バキバキと激しい音が一瞬止んだ。そして…。
「…うわぁ。冗談でしょ…。」
ケイが目を見開き目の前の光景に唖然とする。
円形の大きな口が草の壁を上から覆い尽くし、口の周りについた鋭い牙で、バキバキと激しい咀嚼音を響かせる。
「さっきの音は草を食べてやがったのか…。化け物だな。」
サンドワームは顔を地面に向け草を根こそぎ食べている様だった。
「奴が顔を上げた瞬間、口の中にわたしの能力叩き込むよ!」
ノエルはそう言うと、ケイに視線を向ける。
「さっきの会話、少し聞こえてたけど…。わたしもこの能力で色々あったから分かるよ。普通の人には恐れられるのよね…。」
ケイは間を置いて小さく頷く。
「…君もなんだ。どんな能力を?」
「自然の力よ。火と土と水と氷。火と土はまだそれほど上手く扱えないけど、水と氷は大得意。きっと役に立って見せるわ…。」
「自然の力!?」
ノエルに向けられた目を見開くケイの目はキラキラと輝いている。
「…そんな目を向けられるのは初めてだよ。」
困惑した様子でノエルはそう言うと、サンドワームを見据える。
「普通の人からしたら、僕達の能力って異常すぎて恐怖されるよね。でもノエル、僕の仲間は決して嫌な気持ちにさせたりしないはずだよ。だから全力で戦おうね。ローランを一人で抑えてるユウの為にも。」
「…そうね。誰かと一緒に戦うのは初めてだけど、全力でやらせてもらうわ!」
「俺の爆弾もぶち込んでやるぜ。というかお前、もっと近づかねーと攻撃当たんねーだろ。」
テオがノエルにそう言うと、地面に顔を食い込ませていたサンドワームが勢いよく顔を上げ、その周りに砂埃が舞い上がった。
「いや、大丈夫。それじゃ始めるよ!」
ノエルは杖の先端をサンドワームに向け、自信に溢れた顔を見せる。
「わたしの能力、見ても怖がらないでね!」
ノエルを中心に冷気が漂い始め、吐く息が白くなっていく。
すると、構えた杖の周りに氷の塊が生成されていき、その全ての先端が鋭利に尖り、円形1メートル程の大きさでサンドワームに向いている。
「…これがノエルの…」
肌に刺さる様な冷気の中で、フーは生成された8個の氷が幻想的に浮かんでいるのを眺めている。
「あらら?口が開いてない…。どうしよう。」
閉ざされたサンドワームの口を見て、ノエルがボソッと呟いた。
「おらぁ!口開けろやぁっ!!」
「あ、テオ!無理はダメだ!…テオッ!!」
突然駆け出したテオの腕をケイは掴もうとしたが、するりとかわしてサンドワームへ真っ直ぐ突っ込むテオ。
「おらぁっ!」
走りながらテオの投げ放った爆弾は曲線を描きながらサンドワームへ飛んでいく。
そして、乾燥した砂の大地に爆発音が響き渡り、その衝撃はどこまでも広がっていく。
「…全然当たってないじゃないのよ!」
フーの言葉を無視して走りを止めたテオ。どうだと言わんばかりに得意気な顔で振り向き、声を上げる。
「口開いたぞぉぉっ!!」
丸々と大きなサンドワームは身をよじらせ、ウネウネと口を開けてもがいていた。
「はぁぁっ!!」
鋭い目をしたノエルがタイミングを測り氷を放つ。勢いよく射出された氷はサンドワームに一直線に飛んでいき、牙だらけの口内へ吸い込まれていく。
耳をつんざくような金切り声。鋭利な氷が体内に突き刺さり、痛みにもがき苦しむサンドワームの甲高く不気味な鳴き声は、耳を塞いでも遮断する事は不可能だった。
「っ…!!!」
意識が途切れそうになるケイは、サンドワームと距離を詰めていたテオを何とか救い出そうと地面に手を置こうとする。
トス。
ケイの体に小さな何かが当たり、そちらへ目を向けるとフーが耳を塞ぎながらフラフラとぶつかっていた。
眉をひそめ、苦痛に顔を歪めるフーは首を横に何度か振ると、ケイの耳元で何かを呟く。
「…今は…やめなさい…っ!」
振り絞る様に出したその声にケイが苦悶の表情で小さく首を縦に振ると、フーはケイの背中へ回って再び耐え始める。
「…くそっ!…今が…チャンスなのに…!」
鳴り止まないサンドワームの鳴き声に苛立つノエルは悔しそうにそう言うと、片手を耳から離し、地面に突き刺し立てた杖を持ち、その先端をサンドワームに向ける。
視界がぐにゃりと歪む程の衝撃の中、再び冷気が当たりに漂い始め、杖の周りに氷の塊が生成された時、ノエルの片耳から血が垂れ出した。
段々と意識が弱まり、片膝をついたノエル。
するとようやく鳴き声が止み、辺りは静寂に包まれた。
「…ノエル!!」
特段大きな声でノエルの名を呼びながら、ケイは急いでノエルの元へ駆け寄る。
「フー!ノエルの耳から血が…!」
「すぐ治すわ!あんたはテオの所へ行ってて!」
ケイの真後ろにいたフーがノエルの耳に手を当て治療を始める。
意識を失ったノエルの耳に、段々と光が集まっていく。
「テオ!!返事をしてくれ!テオ!!」
地面に倒れ、乾いた地面がテオの両耳から出た血をどんどん吸い込んでいく。
ゾゾゾゾ…と不気味なサンドワームのゆっくりと動く音と振動が地面を通して伝わってくる。
テオを抱え、能力で出した草の蔓を使ってケイの体にテオを固定させると、ケイはフーの元へ駆け出した。
「…勝てるのかな?あの化け物に…。」
モゾモゾと何をしているのか分からないサンドワームを見て、改めてケイは恐怖していた。




