第15章 異界の魔物
——グリフィット国の砂漠に降り立つ漆黒のドラゴン。
「ご苦労だったわね。顔を下げてここで待ってなさい。」
背中から剣を抜き、地面に降り立つ黒い鎧を纏ったエルフの女性。
顔についた細かい砂を簡単に手で払うと、派手な砂埃を巻き上げながら、女性へ近づくサンドワームに視線を向ける。
「…砂が嫌ね。」
どんどん近づくサンドワームへ腕を伸ばし、剣先を向け堂々とした立ち振る舞いで迎える。
「止まりなさい。」
ぶわっと女性の体から黒いオーラが漏れ出し、剣先まで伝わっていく。
サンドワームに向けて、ゆっくりと剣を横に薙ぎ払う。すると、薙ぎ払った剣から黒いオーラがサンドワームへ向かっていく。
斬撃の様なオーラはサンドワームに直撃し、黒い薔薇の様な模様を浮かび上がらせていた。
風に舞う砂埃はだんだんと勢いを弱め、エルフの女性は小さくため息を吐いく。
「異界の魔物達が言葉を話せたらどんなに楽か…。」
背中を丸め、完全に動きを止めたサンドワームの背中へ飛び乗る女性。黒いオーラは体から消え失せ、剣に纏わり付く黒いオーラはまだ微かに残っていた。
「ふぅ…。」
剣先を下に向け勢いよくサンドワームの背中に突き刺すと、重々しく口を開いた。
「…【テッセン】様の命令だ。全力で城に体当たりをしろ。盾のバリアで弾かれてもやめるな。死ぬまで城にぶつかり続けろ。」
サンドワームがゆっくりと女王の城の方角へ体を向ける。
「行け。」
女性が一言そう呟くと、サンドワームは砂埃を巻き上げながらゆっくり前進し始めた。
——未だ緊張が張り詰める玉座の間。突然ノエルが口を開く。
「わたし、元々サンドワームを倒しにきたんですけど…このままこの城に突っ込んでくるんだったら一度戦ってみない?」
ユウは驚きノエルを見る。
「いや、待て。俺達もサンドワームを見た事ないが、物凄く大きいんだぞ?そんな相手とどう戦う?」
「この杖で戦う!わたしの能力は特殊、だから…。」
杖を掲げ、堂々と言い切った後のノエルの表情が少しずつ沈んでいく。
「…ノエル?」
ユウが首を傾げ、ノエルの名を呼ぶ。
「…あのね!さっきメズリが女王様に説明してたでしょ?三人がケイに助けられたって話!わたしの能力は多分ケイと似てる!…ううん!わたしの方がたくさんの能力を持ってるの!どう?一緒にサンドワームを倒してみない?」
明るく振る舞う様にノエルは話す。
「君も草を操れるのかい…?」
ケイが驚いた様にノエルに問いかけると、ノエルは首を横に振り答える。
「草は操れない。わたしは…」
「女王様!サンドワームがすぐそこに!!」
突然の従者の報告に戦慄が走る。
「な、早すぎます!それは本当ですか!?」
「砂埃を上げ、猛烈な勢いで迫るサンドワームをこの目ではっきりと見ました!正直、これまでとは比にならない速度です…!」
滲み出る冷や汗を拭いながらシーフリードはユウ達に視線を向ける。
「皆さん、一度屋上へ!」
シーフリードはそう言うと、急いで屋上へ向かう。
シーフリードの後に続き屋上へ向かっていく中、ノエルは歩くスピードを緩めて自分の杖を眺める。
「…止めたい。その為にわたしは…。」
ミリルが不意に、ノエルの後ろからぴたりと身体を密着させる。
「…サンドワームは異界の魔物…。あなたの能力なら勝機はある。…氷。」
「…え?」
ノエルは目を見開き、ミリルに振り返る事なくその場で固まった。
「ちょっと!あんたたち何やってんのよ!早く来なさい!」
フーが慌てて二人の元へ駆け寄る。
「フー…しばらく…寝る…。ユウとケイは見つかってるから…起きたら全て話せると思うから…。」
ミリルはそう言うと、その場に倒れ寝息を立て始める。
「はぁぁっ!?こんな時に何冗談言ってんのよ!起きなさい!ミリル!…ミリル!?…嘘でしょ?本当に寝たの!?」
ノエルはハッとなり、先を行くユウ達に声をかける。
「待って!この子寝ちゃった!…ここに置いて行けないよ!安全な所へ運ばなきゃ!」
「寝た!?ここで!?何で…。」
ユウが慌てながらそう言うと、オズリに視線を送る。
「考えてても仕方ない…!オズリ!ミリルを運ぶのを手伝ってくれないか?テオと同じ部屋で良い。女王様達はそのまま屋上へ行っててくれ!」
「ユウ!運ぶのはオラだけで十分だぁ!お前も早く屋上へ行けぇ。」
オズリはそう言うとミリルの元へ駆け寄り軽々と抱き抱えた。
「ちょっと!あんたミリルが寝てるからって変な所触ったりしないでしょーね!」
「そんな事しねぇよぉ。下らねえ事言ってねえでお前も早く行けぇ。」
「オズリ、すまない!フー!行くぞ!」
オズリがミリルを抱えて階段を下っていく。
ユウ、フー、ノエルはシーフリードの後を追って階段を登った。
ひと足先に屋上へついたケイは砂埃と共に迫り来るサンドワームを見て息を呑む。
「あ、あれがサンドワーム…。」
「…なぜ?この十年間、一度もこんなことはなかった…。」
シーフリードは明らかに動揺しながらそう言うと、胸元に当てた手が小刻みに震えている。
「お母様!この城には盾がありますのよ!ドワーフの力を信じましょう!」
「…シーラちゃん。何か…何か胸騒ぎがするの。」
「お母様…。」
「サンドワームが突っ込みます!気を付けて!!」
従者が叫ぶ様にそう言うと、城の周りに微かに光る、壁の様なものが現れ、それにぶつかる激しい衝突音と立っていられない程の揺れが城を襲う。
「くぅっ…。」
あまりの揺れにシーフリードはその場に倒れる様にしゃがみ込み、メズリが急いで駆けつける。
「女王様!ここは危険です!もう一度城の中へ!」
「シーラちゃん!シーラちゃんも中へ…。」
シーフリードがシーラへ視線を向ける。すると、シーラはある一点を見つめたまま一言呟く。
「…誰?」
砂埃の中、シーラの近くの手すりに降り立つ人影。
「シーラ!離れるんだ!」
地面に手をつけたケイがそう言うと、突然地面から植物が伸びてシーラを後ろへ弾き飛ばす。
手すりに立つその人影は、顔についた砂を手で払っている。
そして、サンドワームはぶつかったまま静止し、段々と砂埃が晴れていく。
「おい!大丈夫か!?」
階段を駆け上がってきたユウ達が屋上へ到着すると、皆が同じ方を向き、時が止まっているかの様に誰も動かず言葉も発しない。
ユウ達はみんなの視線の先へ目を向ける。
砂埃が晴れ、手すりに立つエルフの女性がはっきりと姿を表した。
「ロー…ラン…?」
シーフリードが恐る恐る女性に問いかける。
「シーフリード女王。お久し振りです。この国の景観は随分と寂しいものとなりましたね。」
穏やかな口調のまま、その目には殺意が宿っている。
「ローラン!あなたこんな所で何を…!」
メズリはしゃがみ込み震えるシーフリードの体に手を添えながらローランに問いかける。
「…メズリか?大きくなったね。オズリも元気にしてる?」
「っ…!質問に答えなさい!」
メズリが語気を強めてそう言うと、ローランの体から黒いオーラが放たれる。
「この城を守る盾が邪魔でね。ドワーフからの贈り物なんだって?それを壊しにきた。」
「…なぜ?なぜあなたがその盾の事を知っているの?それに、サンドワームの猛威から守ってくれてるのよ?そんな事をしたらこの国は終わってしまうわ…。」
弱々しくシーフリードがそう言うと、ローランは真剣な表情を向ける。
「シーフリード女王。」
そして、今度は不敵な笑みを浮かべた。
「終わらせに来たのですよ。より多くの絶望が必要なんです。」
ローランの剣先に黒いオーラが集まる。
「まずいっ…!」
ユウが素早くローランに斬りかかった。
しかし、ユウの剣はローランに当たる事はなく、木で出きた手すりに切り込みを入れただけだった。
「くっ!かわされたのか…!?」
ローランはユウの隣でまじまじとユウを見る。
「その常人離れしたスピード…。お前、【テッセン】様の加護を?」
ユウは剣を斜め上に素早く斬り上げるがまたもローランにかわされてしまう。
「テッセン…?加護?…それより、こんなに避けられたのは初めてだ…。」
剣をかわされ、少し後ろに退がり一旦様子を見るユウ。
「何も知らないのか?だとすれば一体誰がお前に加護を…。」
指を顎に当て考える素振りをしながらユウを見るローラン。
「…えらく余裕だな。良いのか?剣を構えてなくて。」
「お前がわたしに傷をつける事は出来ないよ。」
ユウにそう返し、ローランはシーフリードに視線を向ける。
「シーフリード様、盾は必ず破壊します。この国に恨みなどはありませんが、テッセン様の望みなのでどうかご理解頂きたい。」
「ローラン…あなた、何があったと言うの?説明してくれないと分かんないわ…。」
「シーフリード様…。」
シーフリードに視線を送ったまま、ローランの目から一筋の涙が溢れた。
突然、ユウの剣とローランの剣がぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響く。
「…無駄だ。お前の剣は…」
突然斬りかかったユウの剣を片手で受け止め、淡々と話すローランは言葉に詰まった。
頬に僅かな痛みが走り、血が滲む。
「舐めるなよ?」
「…速さしか取り柄のない雑魚め。わたしに傷をつけた代償は高いぞ。」
ユウへ体を向け、黒いオーラを纏わせるローラン。人知れず流した一筋の涙は乾き果て、その目には強い殺意が宿っていた。
「ちょっと!サンドワームが動き出したわよ!このままだと…!」
ゆっくりと後退していくサンドワームを見てフーが慌ててそう言うと、シーラが呆然と口を開く。
「何で後ろに進むの?今までそんな事、なかった。あり得ないわ…。それに…。」
ローランとシーフリードを交互に視線を向けるシーラ。
「お母様…。」
「みんな!!正直わたしはあのエルフの動きが見えない!ここはユウに任せてわたし達はサンドワームを止めよう!」
突然ノエルは大きな声でそう言うと杖を構え、城から後退し、距離を取るサンドワームを見据える。
「…ノエル!僕も同じ事考えてたよ。どこまで出来るか分からないけれど、この状況はすでに絶望的だ。やれる事を精一杯やろう。」
ケイが地面に手をつきながらそう言うと、シーラとシーフリードに視線を向ける。
「ここは危ない!城の中へ入ってて!メズリ!シーラ達を守るんだ!ここは僕達だけで十分さ。」
「ケイ…。わたくしも…。」
泣きそうな顔でケイに手を伸ばすシーラ。
「シーラ様!早く城内へ!ケイの言う通り、どの道負けたら死ぬだけです!ここは彼等に任せましょう!」
メズリはケイに向けられたシーラの腕を掴むと無理やり引っ張る。
「シーラ…。僕達は大丈夫。君はこの国の姫様なんでしょ?成り行きだけど、もしもサンドワームを倒す事が出来たなら、平和になったこの国を引っ張るのは君なんだ。だから…僕達を信じて。」
北の森で、ケイに助けられた時の事がシーラの脳裏に浮かぶ。
「ケイ…わたくし…信じてますわ。」
ポロポロと涙を流し、強い眼差しでそう言うと、シーラはシーフリードの元へ行き手を差し伸べる。
「シーラちゃん…。わたくしどうすれば…。」
初めて見せるシーフリードの涙と弱々しい発言に、シーラは眉尻を下げる。
「…お母様。わたくし達は、ここにいては邪魔ですわ。ケイ達を信じ、城内へ戻りましょう。」
シーラは従者の1人に視線を向け、呼び寄せる。
「お母様をお願い。メズリ!わたくしは1人で大丈夫ですわ。あなたもお母様を支えて…。」
「はい!」
シーフリードを両側から支え、階段へ向かうメズリと従者。
「…どうかご無事で。」
シーラはそう言い残し、シーフリード達の後に続いて階段を降りた。
ユウはローランの剣を浴びながら必死にくらいつき、休む間もなく激しい戦闘を繰り広げる。
そんな中、ローランがノエルをチラチラと見ている事に気付いた。
両者の剣がぶつかり、ユウは全力でローランの剣を弾くとそのまま後ろへ飛ぶ様に後退するローラン。
「はぁっ…はぁっ…。相変わらず、余所見ばっかしてるな。」
呼吸の荒いユウがローランに語りかける。
「ふん。致命傷がないだけで傷だらけのお前にそんな事を言われてもな。わたしが余所見してても尚この有様だ。」
「くっ…。」
「…一つ聞かせてくれ。あの杖を持つ娘は何者だ?ユーノと少し似ている気がするのだが。」
「…仲間の事は喋らない。良いからあんたは自分の心配でもしたらどうだ?」
ユウはローランを睨むその目に、より一層力を込める。
「生意気な奴め…。少しはわたしをその気にしてみろ。」
呆れた様にローランは言い放つと体から出る黒いオーラを強めた。
「ケイ!サンドワームが動きを止めた!また突進してくるよ!」
「大丈夫。僕の草で壁を作るから。…どこまで持つかは分からないけどね。」
ケイは床に手をつきそう言うと、サンドワームと城の間に大きな草の蔓を軸にして、様々な草を編み込ませ巨大な壁を作った。
「さぁ、これで少しは持つはずだ!今の内にここから飛び降りてサンドワームを迎え討とう!」
「あんた、あんな巨体に真正面からぶつかるつもり!?潰されて終わるのがオチよ!やめなさい!!」
フーが怒鳴る様にケイに言い聞かせる。
「フー!僕の草で必ず守るから!絶対に誰も死なせない!僕を信じて!!」
強い眼差しで言葉を返すケイ。
数秒二人は睨み合い、先にフーが呆れた様に強いため息を吐く。
「はぁぁああ…っ!!もう良い!もし負けてミリルが死んだらあんたの死体に酷い事するからね!ほら!早く飛び降りなさい!怪我を負ったらあたしが何とかするわ!」
「あぁ!ノエル!準備は良いかい?行くよ!」
「…えぇ!」
ケイとノエルが手すりを乗り越え下に飛び降りる。その直前、ケイはユウに視線を向けた。
「死なないで!」
ユウとローランの戦いは常人の目では追えないほど速く、ユウからの返事はなかった。
「思ったよりも高いぃっ!」
地面までの距離をよく確認していなかったケイは、引き攣った顔で手を地面に向ける。
「うわぁぁっ!」
地面から大きな一枚の草がポン!と生え、ケイとノエルは一直線にそこへ落下した。
そのまま弾んで地面へと放り出されるようにコロコロと転がり落ちるケイ。
「あ、危なかった…。」
「あー、怖かった…。」
ケイと同時にノエルも恐怖に引き攣った顔で言い放つ。
「結構高かったんだね…。あなたの草のおかげで命拾いしたわ。」
「こんな所で死ねないからね…。」
上を見上げ、呆然とする二人を見てため息をつくフー。
「さっきの威勢はどこに行ったのよ全く…。」
すると、ノエルが目を細めながら上を指差す。
「あ、あの人ってもしかして…。」
ケイはノエルが指差す方を見て、思わず顔が緩み、「ふふ。」と小さな笑い声を漏らす。
「おめーら!俺抜きでサンドワームが殺せると思ってんのかよ!?」
手すりに乗り、こちらを見下ろすテオの姿に、フーは再びため息をつく。
「馬鹿が復活したわ…。」
草の壁の向こう側で、砂埃の勢いが段々と増していく。




