第2章 余韻と覚悟
――三人の盗賊が短剣を手に、ニヤニヤとしながら近づいてくる。
ユウは三人の動きをじっくり確認しながら、剣をぐっと握りしめた。
「見たところ武器はあの短剣のみ…。ケイ、一人は俺が仕留める。二人は任せたぞ。」
地面に置いた手に、神経を集中させながら攻撃のタイミングを測るケイ。
「任せて。」
ユウは剣を構え、右足を前に出して前傾姿勢をとり、精神を研ぎ澄ます。
(動物を狩る時と同じだ。殺せる…殺せる…殺せる…。)
突然、盗賊の一人がこちらに走り出した。
ユウの全身の血が昂り、地面に弾かれる様にその盗賊へ斬りかかる。
「な!?は、はや…!」
音もなく一瞬で間合いを詰めたユウは、驚く盗賊の首を捉え、そのまま横に剣を振り払った。
「はぁ、はぁ…。」
首から大量の血を噴き流し、目を大きく見開いたまま地面に転がる盗賊の死体。
ユウの息は荒く、剣を持つ手が震えていた。
「こいつは、死んで当然の盗賊だ…。はぁ、はぁ…。」
初めて人を殺したユウは、地面に横たわる死体から目が離せずにいた。
「て、てめぇ!」
仲間を殺され、いきり立った二人の盗賊がユウに斬り掛かる。
パキィン!と二回乾いた高い音が響き、またニ回ジュリ!と聞いた事がないような不気味な音が辺りに響き渡る。
ユウはゆっくり振り返ると、地面から突き出た草の蔓が盗賊二人の顎を突き刺し、そのまま頭の先まで貫通して飛び出していた。
「…あ、あ、あぁ…。」
言葉を発する事もなく、ただ苦しそうに呻いた二人は、地面から伸びる蔓に貫通されたまま、倒れる事も出来ずその場で絶命した。
「…ふぅ。」
ケイは地面から手を離し、ユウへ駆け寄る。
「どう?大丈夫?」
ユウはただ呆然と三人の死体を見続ける。
「…案外簡単だな。人を殺すのは。」
「…グリスが僕達を鍛えてくれたおかげだよ。それにグリスの戦いを側で見てきたから…。」
ケイが視線を落とすと、ユウの震える手が目に止まった。
「お前は強いな。俺はたった一人殺しただけで動揺してしまってるよ。」
ユウがそう言った瞬間、森の奥からドーン!と激しい爆発音が聞こえ、二人はとっさに構える。
「え?な、なに!?…煙?」
ケイは少し離れた木々の間から、黒い爆煙が上空へ広がっているのに気付く。
「…行ってみよう。まだ能力は使えるよな?」
ユウは立ち上る爆煙を見ながらケイに問いかける。
「うん。あれくらいならまだ大丈夫だよ。」
「よし。」
ユウが歩き出した時、誰かがこちらへ逃げる様に走ってくるのが見えた。
「な、なんだよあいつ…イカれてる…っ!」
服は所々破れ、焦る様子で走る男の顔には黒いすすが付着していた。
ユウとケイにも気付かない程必死に走る男の後ろから、一人の男が乱暴に現れる。
「おいこらぁっ!待てやぁっ!!」
「ひぃっ…!か、勘弁してくれ…!」
心の底から恐怖した声の男。そこへ、一つの爆弾が投げ放たれる。
ボンッ!と重みのある爆発音と共に男の顔の右側部分が欠損し、そのまま地面を滑る様に倒れ込む。
「うそ…。何なのあれ…。」
一部始終を見ていたケイは呆然と立ち尽くす。
「…あの人死んだのかな?というか、僕達も逃げた方がいいんじゃ…。」
声のボリュームを落とし、ゆっくりと隣にいるユウへ視線を向ける。
「…凄いな。」
ユウは感心した様にそう呟き、颯爽と現れた男を食い入る様に目で追っている。
「凄い?ユウ、何でそんなに目を…『おい、てめーら。』
突然男はこちらに気付き、バッグから爆弾を取り出して今にも投げ放とうとしていた。
「爆弾!?それはまずい…っ!」
ユウは一気に男の方へ駆け寄ると、羽交締めにして動きを封じる。
「…はぁ!?」
一瞬で間合いを詰められ、後ろを取られた事に驚く男は無理やり引き剥がそうと暴れもがく。
「待って!落ち着いて!僕達に敵意はありません!」
ケイは暴れる男の前に立ち、無害を主張するが男は聞く耳を持たずユウの手を振り解こうとする。
「くっ…!話を聞いてくれ!」
「うるせぇっ!ぶっ殺してやらぁっ!!」
男から少し距離をとって地面に手をつき、集中するケイ。
「ユウ!足を拘束したらすぐに離れるんだ!」
「あぁ!」
地面からメキメキと蔓が出てきて男の両足を絡めとると、また別の蔓が出てきて男の体を伝って伸びていく。
蔓が胸あたりまで来たのを確認してユウは後ろへ飛び退いた。
「はぁ…はぁ…何だよこれ…。ふざけんじゃねぇっ!」
両腕も絡め取られ、完全に動きを封じられた男は憤りながらケイを睨む。
「…こうでもしないとあんたは話を聞いてくれないだろう?」
ユウは男の後ろでそう言いながら疲弊した様子でしゃがみ込む。
ケイは少し息を切らしながら立ち上がると、手をパンパンと叩いて土を落としながら、ゆっくり男へ近づく。
「さっき君が殺した男は盗賊だよね?」
「…だったら何だよ。」
ケイは顎から串刺しになった二人の死体に指を差し、男へ見る様に促す。
「…てめーらがやったのかよ。」
「そうだよ。僕達はあの盗賊に襲われてね。」
男は二人の死体を凝視する。
「あの蔓は何なんだ。てめーの仕業だよな?」
「…うん。」
自分を拘束する蔓もまじまじと観察する様に見る男は、今度は後ろで座り込むユウへ問いかける。
「おい、後ろの奴。てめーはやたらと速いじゃねーか。」
「あぁ、俺は速い。自分で言うのも何だがな。」
ユウはすっと立ち上がり男の前へ移動すると、続けて口を開く。
「あんたは何故あの盗賊を追いかけていたんだ?」
男はニヤニヤとしながら答える。
「盗賊だぞ?殺す為に追いかけてたに決まってんだろ。」
当然の様に言い放つ男にユウは若干の戸惑いを見せる。「…随分とはっきりしてるんだな。」
笑みを浮かべていた男は突然真剣な顔つきになり、深みを見せる。
「はぁ?あいつらは盗賊だぞ?殺さねーとこっちがやられちまうじゃねーか。」
場が静まり返る。激しい爆発音に驚いて、どこかに飛び立っていた鳥のさえずりが再び聞こえ始め、風に揺れる木の葉のささやきが辺りに浸透する。
「…ケイ、蔓を戻してくれ。」
ユウはそう言うと、男に少し微笑みながら続けて口を開く。
「俺の名前はユウ。もう暴れたりしないでくれよ。」
地面に手をつき、スルスルと蔓を地中に戻しながらケイは男を見上げる。
「僕はケイ。君の名前は?」
上半身の拘束が解かれ、自分の腕を握りながら男は答える。
「…テオ・カーニバルだ。」
テオは自分の足を絡め取っていた蔓が解けていくのをじっと眺め、完全に解放されると共に不敵な笑を浮かべる。
「おいてめーら…。」
「…何だ?」
ユウは少し身構えながら男に答える。
「ばーか。そんなに身構えても何もしやしねーよ。」
プラプラと手を振りながら男は笑うと、そのまま続けた。
「俺と組まねーか?」
——街を目指して森を進む三人。ユウとケイは道すがら大体の経緯をテオに話し終えると、テオは顎に手を当てながら何かを考える。
「その何でも治せるって奴、聞いたことがあるぜ。あのクソ共とやり合ってる時にな。」
「あのクソ共って…盗賊の事?」
ケイがそう問いかける。
「他に誰がいるってんだよ」
テオから強めに返されたケイは苦笑いを浮かべる。
ユウは険しい表情をし、ケイへ視線を送る。
「まずいな…。あの時酔っ払いが言っていた事は本当だったみたいだ。」
ケイは少し考える。そして、渋い顔で口を開いた。
「あー、あの時の酒臭い人達…。」
「てめーらも何か知ってんのか?」
「あぁ。その噂を聞いたのが酔っ払いの2人でな、盗賊に狙われてるかもしれないと言う事を話していたんだ。」
「あれからニヶ月半…もし捕まってたらどうしよう。」
ケイが心配そうにそう呟くと、テオはあっけらかんと口を挟む。
「盗賊共に聞いてみればいいじゃねーか。お前らの能力があれば余裕で何とかなると思うぜ。」
「いやそんな都合のいいものじゃ…。」
否定する様に呟くケイ。
「ケイは能力を使えば使うほど体力を消耗するんだ。あと、腕が痛み出すらしい。」
「ふーん。」
テオは適当に返事をすると、バッグの中の爆弾を手に取って見せる。
「ま、とにかく情報を集めようぜ。奴等をとことん狩まくるんだ。」
ケイは爆弾を見て、不思議そうに問いかける。
「その爆弾、どうやって作ってんのさ?一人で作ってんの?」
「確かに。だが俺が気になっているのはどうやって爆発してるかだな。」
ユウも興味津々で口を開き、その目は何故か輝いている。
「あぁ?」
テオは二人の問いかけに面倒そうな表情で答える。
「この爆弾はある植物を乾燥させて作る。何の植物かは教えねー。そしてこいつは標的に当たるとその衝撃で爆発する。…分かったか?もう言わねーからな。」
「へぇ。乾燥させるのかぁ…。僕の出す植物でも作れるのかな。……ユウ?」
ケイが隣を歩くユウへ軽く視線を向けると、ユウはテオの爆弾をじーっと見ていた。
「テオ、あんたの盗賊に対する容赦のなさ、正直格好良かったよ。実は俺達、人間を殺したのはさっきが初めてなんだ。そんで俺は一人殺しただけで動揺していた…。」
続けてユウは、人を殺した罪悪感を正義という大義名分で塗りつぶす様に、言葉を紡ぐ。
「あんたの様に、そしてグリスが俺達を守ってくれた時みたいに俺も…。」
「ふっ。」
テオは軽く笑うと、今度は不敵な笑みを見せる。
「これから嫌でも殺すことになるんだぜ?盗賊狩りだ。」
ケイはそんな二人をやや困惑した目で見る。
「…あまり無茶な事はやめてね?」
街へ着いた三人。ユウとケイはグリスと鉢合う可能性を考えて慎重に行動する。
「グリスはもう街を出たと思うんだが…念の為変装でもしようか?」
「帽子とか被っちゃう?でも、グリスってそういうのすぐに見抜きそうだね…。」
「おい、てめーら。下らねー事言ってないでさっさと奴等を探すぞ。」
黙々と突き進むテオは、行き交う人々の様子をそれとなく観察する。
「テオ、盗賊がこんな街の中にいるのか?」
ユウはそんなテオへ疑問を投げかける。
「奴等は普通にいるぜ。馬鹿な領主の打ち出した政策のせいで、堂々と暮らす様になっちまったよ。」
「もしかして、半年前の避難区画?」
ケイの言葉にテオは頷き、呆れた様に口を開く。
「せっかく避難民に安全な場所を提供出来ると思ってた矢先にこれだ。実際にはまだ被害は出てねーが大体の奴等のアジトはこの街にあると俺は睨んでいる。」
「という事は…もし例の子が捕まってたら、この街のどこかに…。」
ユウは気を引き締める様に手をグッと握りしめる。
「いるとしたら避難区画だろうな…。」
テオはそこまで言うと急に歩くスピードを落とし、行き交う人々の中の一人をじっと見据える。そして、小さな声で二人に注意を促した。
「…奴だ。前に見た事がある。慎重に後をつけるぞ。」
空気が変わり、三人に緊張が走る。
「…最終的にはどうする?こんな街中では何もできないぞ。」
ユウが盗賊を見ながらそうテオに問いかける。
「情報を聞き出す。もし戦闘になりそうなら素早く殺して誰にも見つかるな。」
「素早く殺すって…その後の死体はどうするのさ?」
ケイは慌てた様子で問いかけるが、テオは冷静に口を開く。
「良いか?まずは情報を聞き出す。奴をつけてればその内そういう機会も出来るはずだ。」
二人はテオの言葉に頷く。
「分かったならつべこべ言わず、成り行きに任せて行動しろ。」
段々と人気のないエリアへ足を運ぶ盗賊に怪しまれない様、離れた所から後をつける三人はまばらに並んでいた。
何があってもすぐに行動できる様ユウが最も盗賊の近くを歩く。
すると盗賊は林の中の、小さな小屋の前で仲間らしき人物と軽く話した後、その小屋へと入っていく。
「あれは…アジトか?」
ユウはそう呟き、一旦まばらに歩いているテオとケイを集める。
「あれはアジトというより、奴等の数ある拠点の一つだろう。」
テオはそう言うと、ユウの肩をポンと軽く叩く。
「小屋の周りは俺達が固めておく。中に何人いるかは知らねーがさっきの一人を残してあとは殺せ。」
ユウは小さく頷くと、腰に携えた剣をぐっと握る。
「…行ってくる。」
小屋の前に立つ男を狙うように構えた後、ユウは一気に駆けていく。
男の前に立ったユウは、首に剣を当て横に振り払う。
声を上げさせない様男の口に素早く手を当てがい、崩れ落ちる男の体をゆっくりその場に寝かせると、テオ達へ手で合図を送り小屋へと侵入する。
「あいつ、本当に速いな。何であんな素早い動きができるんだ?」
テオが感心しながらそう呟くと、ケイは少しだけ誇らしげに口を開く。
「凄いでしょ?本人は至って普通に動いてるつもりなんだってさ。」
「お前らやっぱり只者じゃねーな。組んで正解だったぜ。」
テオは薄笑いを浮かべながら小屋へと足を進めた。




