第1章 恩返し
――窓から差し込む眩い光。夢見心地で体を伸ばしながら顔を横に向ける。
「…お?寝てる。」
ゆっくりと起き上がり、【ケイ】が眠るベッドへ近づくと、一気に布団を引き剥がし太陽の光を無理やり浴びせた。
「んん〜…。」
ケイは瞬時に顔をしからめ、小さく唸る。そして、剥ぎ取られた布団を手探りで探していた。
薄目のまま、必死に手を動かすケイの滑稽な姿に、ユウはニヤニヤと笑みを浮かべる。
すると、ようやくこちらに気付いたケイは、まだ完全に開いてない目を向けながら恨めしそうに呟く。
「ちょっと【ユウ】…勘弁してよ…。」
ぼーっとしながら身を起こすケイ。寝癖のせいで髪の毛が所々うねっており、普段は隠れている耳が露わになっていた。
「おはよう。いつも俺の事を起こしてくれるからな。たまには俺から起こさないと悪いだろ?」
「…はぁ?朝ごはんが出来てるのに起きてこないから僕が起こしてるんでしょ?何嫌味っぽく言ってんのさ…。」
ぴょんと跳ねた部分の髪を戻そうと、手で抑えながらぼやくケイ。
「いやー、たまにはこういうのもいいな。」
ユウは満足気に笑みを浮かべ、部屋の扉へ進む。
「んーっ。」
ケイは体を伸ばし、気持ち良さそうに伸びをしていた。
「おはよう【グリス】」
「…おぉ?早いな。おはよう。」
ユウは水瓶の水をコップへ注ぎ、ぐいっと飲み干す。
「今日は目覚めが良かった。おかげで気持ちのいい朝だよ。」
テーブルに座り嬉しそうに話すユウ。
グリスはチラッとそんなユウを一目見たあと、鍋の淵で卵を割り、大きなハムと一緒に充分に熱されたフライパンへ放り込んだ。
「お前毎日ちゃんと起きろよ。ケイがいつもぼやいてるぞ。」
卵とハムの火の通りを見ながら少し呆れた様子でグリスがそう言うと、ケイがまだ目をこすりながら部屋へとやってきた。
「おはよう…。」
ケイはそのまま部屋を通り過ぎ外へ出る。玄関を出てすぐ横に置かれた大きな水瓶の蓋を開け、杓子で水を掬い頭からそれを被った。
頭上に設置された、小さな木の干し竿。そこに掛けられた乾いた布で顔を拭く。
「ふぅ…。朝から賑やかだね〜。」
家の前でピョンピョンと飛び跳ねる小鳥達を見て、爽やかな朝をその身で感じる。
部屋へ戻るとユウがニコニコと上機嫌で笑っていた。
「ケイ、早く起きるってのは中々気持ちがいいもんだな。」
グリスがお皿に目玉焼きとハムを盛り付けているのを横目に、ケイは不機嫌そうに言葉を返す。
「うるさいなぁ、今度からちゃんと毎日自分で起きなよ。」
「まぁまぁ。それよりも今日の目玉焼きは良い感じだぞ?これ食べて機嫌を治せ。」
「ちゃんと半熟なのー?」
ケイはテーブルに座り、期待のこもる目でグリスが持つお皿を見る。
「ほら、どうだ?」
グリスは軽く笑いながら朝ごはんの乗ったお皿をケイの前に差し出した。
「…おぉ!半熟でいい感じじゃん!」
トロッと流れる鮮やかな黄身。ケイはたちまち笑顔になっていく。
「現金な奴…。」
ユウはテーブルに肩肘をついて呆れる様にそう呟くと、視線をテーブルの中央に置かれた花瓶に移す。
「…なんでいつも雑草なんだよ。花の方がいいと思うけどな。」
グリスはユウの頭を軽く叩き、料理をユウの前に差し出す。
「ケイの変な趣味にケチをつけるんじゃない。ほら、ユウもさっさと食べろ。」
「グリス、変な趣味って言っちゃってんじゃん…。」
ユウは頭を抑えながらぼやいていた。
テーブルに座ったグリスはハムを一口かじる。そして、不満そうな表情を浮かべた。
「うーん、やっぱりパンがないと物足りないな。どうだ?今日は買い出しに行くか?」
ケイは目玉焼きの上にハムを乗せ、口いっぱいに頬張りながらユウへと視線を送る。
ケイの視線を受け取ったユウはコクリと小さく頷き、水を一口飲む。
「いや…俺とケイは訓練でもしてるよ。グリス1人の方が早いだろ?」
グリスはそんな二人の様子に気づかないまま、少し考えて答える。
「うーん、そうだな。じゃあ朝食を食ったらすぐに行こう。…もしも俺がいない間に何かあったら躊躇なく能力を使えよ?」
ユウからの提案を了承したグリスはその後も、「パンが欲しい。」「パンがあれば…。」と小さく嘆いていた。
ユウとケイはこっそり顔を見合わせると小さくガッツポーズをし、朝食を口に放り込みそれを流し込む様に水を飲んだ。
「「ご馳走様でした!!」」
「あ、あぁ。元気がいいな。」
二人の大きな声に、グリスは少しだけ戸惑っていた。
買い出しの準備を整えるグリス。両肩に紐をかけ、背中に大きめのバッグを背負う。そして、腰には剣を装着した。
「さて…。」
街の方を見据えるグリス。肩まで掛かるくらいの綺麗な銀髪が風でなびいている。
「今日はパンが食べられるぞお前ら。楽しみに待っておけ!あと…さっきも言ったが何かあったら遠慮なく能力を使え。」
ユウとケイは「分かった!」と返事をし、グリスは町の方へと歩いて行く。その姿が小さくなるまで見送った二人は急いで物置小屋へと走った。
「多分二、三時間くらいで帰ってくる…。急ごう。」
ケイはそう言いながら壁に立てかけてある弓矢を手に取る。
「ドキドキするな。俺達だけで街に行くなんて。」
ユウは壁に飾られた剣を手に取ると、剣先を上に向け刃を下から見上げる。
「じゃ、僕は手紙を置いてくる。」
ケイはそう言って小走りで小屋を出ていくと、ユウも少し早歩きで小屋を出て鍵を閉めた。
そして、ケイが出てくるのをソワソワしながら待っていると、程なくして出てきたケイは肩にバッグを掛けており、それを見たユウはボソッと、「あ、忘れてた。」と呟いた。
ケイはバッグの中から木の小箱を取り出す。ジャラジャラと音を鳴らし、蓋を開ける。
「せっかく貯めたのに忘れたら意味ないからね。」
小箱一杯に詰まった硬貨を見ながらニンマリと笑うケイ。
箱から硬貨をジャラジャラと地面に広げ、今度は小さい皮の袋二つを取り出し、それぞれ均等になる様に入れていく。
「これが僕の分で…はい、これがユウの分ね。」
分け終えた皮袋を腰に掛け、二人は街の方を見据える。
「置き手紙はしたか?」
「うん。テーブルの真ん中に置いてきたよ。」
「よし!」
ユウはそう言うと、忘れ物がないかもう一度身につけた装備の確認をする。
「あの噂、もし本当ならグリスの病気も…。」
ケイが街の方を見ながら呟く。
ユウは装備の確認を終え、ケイと同じ方角を見る。
「…あぁ、俺達がグリスを救うんだ。行こう。」
二人は静かに気を引き締めると、街への一歩を歩き出した。
――グリスの病を最初に知ったのはニ年前。
家に頻繁に出入りしていた医者らしき男とグリスの会話で発覚した。
二人の会話を盗み聞きする様な形で知ったユウとケイは、この時までその病の事など半信半疑だった。
だが三ヶ月前、グリスの口から直接病だと告白され、更には「俺はもう長くない」と、伝えられた。
どんな数の盗賊相手でも決して怯まず、いつでも強気だったグリスが初めて見せる寂しげな笑み。
胸がキュウっと締め付けられ、その事実を否定する様にユウは口を開く。
「何でそんな顔をするんだよ!いつものグリスは!もっと勝ち誇った様な人で…そんな顔する人じゃ…なかった…。」
我慢していないとすぐにでも涙が溢れそうで、瞬きをする度に視界が霞み、グリスの姿がぼやけていく。
「…もう治る事はないの?」
ケイはそう問いかけるとすぐに下を向き、地面にポタポタと流れ落ちる自分の涙を見ていた。
「ま、治せるならとっくに治しているよ。」
グリスはそう言いながら二人の肩を掴み、自分に引き寄せると乱暴に頭を撫でる。
「安心しろ、まだしばらくは一緒にいれる。それにお前達は二人でやっていけるさ。」
最後に軽くポン、と優しく弾ませる様に頭を触り、そのまま日が沈むまで三人は身を寄せ合っていた。
それからニ週間後、街へ買い出しに来た3人。
この日は珍しく街に一泊するとグリスが言い出したので、ユウとケイは宿屋に向かっていた。
「街に泊まるなんて初めてだ。グリスもたまには気が利く事をするな。」
「本当だね!夜ご飯はなんだろうなぁ。」
嬉しそうに話すケイの右手に握られた雑草を見てユウは足を止める。
「…いつ引き抜いてきたんだ?」
「え?何が?」
ケイはきょとんとした表情でユウの視線の先を辿る。
「あ、これの事?さっきだよ。長くて引き抜きやすそうだったから。」
ケイの手に握られた長めの雑草。既にシナシナとへたり込んでいる。
「…宿屋の中にまで持ち込むなよ?」
ユウは一言そう言うと、足早に宿屋へと向かった。
「いらっしゃいませ。」
受付の女性が綺麗な声色でユウとケイを迎える。
「あの、三人なんですけど、一部屋空いてますか?」
ユウは辿々しく伝えると、女性は真っ直ぐユウを見たまま答える。
「空いてますよ。こちらの部屋です。」
部屋番号の書かれた木の札と鍵をテーブルへ置く女性。
「あ、ありがとうございます。また後で来ます…。」
慣れないやり取りに緊張するユウに、女性はニコッと微笑みながら答える。
「では、また来た時にこの札を受付にお渡しください。」
女性は鍵を回収し、札のみをテーブルに残した。
「は、はい。」
ユウは震える手で机に置かれた札を取り、宿屋を後にした。
宿屋を出るやいなや、ユウはケイに詰め寄る。
「ケイ!俺に全部言わせたな!かなり緊張したんだぞ!」
「僕が頼んだわけじゃないでしょ?ユウが自分から言ってたじゃないか。」
ケイは笑いながらそう言い放つ。すると、ユウは不貞腐れた態度をとった。
「ふん!次はケイが言えよ?」
「はいはい、分かったよ。」
ケイは軽くあしらい、宿屋の隣にある酒場の前を通ると、そこから出てきた二人組とすれ違った瞬間歩みを止めた。
「…ユウ、聞こえた?」
「え?何が?」
二人組を後ろからじっと見つめるケイ。
「あの二人、どんな病も治せるって子の話をしていた…。」
「すみません、ちょっとお話しいいですか?」
ユウは二人組を追いかけて声をかける。
「ん?何だい?」
振り向いた2人の酒の匂い。ユウは鼻をつまみたくなる衝動を抑えて話す。
「…さっき、何でも病を治せるって子の話が聞こえたんですけど…良かったら聞かせてもらってもいいですか?」
二人組は不思議そうに顔を見合わせる。
「あぁ…。別にいいけど。」
「君達病気なの?」
「え?い、いや。僕達じゃなく、育ての親が重い病でして…。」
ケイは苦笑しながらそう答えると、そのまま続けて話す。
「その子はどこにいるか分かりますか?是非会ってみたいんです。」
「んー、今は…。」
二人の男は周りをキョロキョロと見回し、誰もいない事を確認して小さな声でそっと答える。
「どこにいるかは分からないんだ。でもね、何でも盗賊達に狙われてるっぽいんだ。あまり関わらない方がいいかもしれないよ?」
「そうそう。奴等が関わると君達も危険だからさ。」
「盗賊か…。」
ユウは神妙な面持ちで一言呟き、言葉を続ける。
「ご心配ありがとうございます。でも、俺達は大丈夫なんで。」
「呼び止めちゃってごめんなさいね!ありがとうございました。」
酔っ払いの二人にお礼と別れを告げ、足早に宿屋へと戻る。
「いやー、お酒臭かったね。」
宿屋へと戻る途中、ケイが小声で話す。
「まだ明るいのにどのくらい飲んでたんだろうな。」
「朝から飲んでたりして」とケイは少し小馬鹿にする様に笑うと、今度は真剣な顔つきになる。
「あの話は本当なのかなぁ…。二人共酔ってたけど大丈夫だよね?」
「うーん、分からん…」
ユウが眉をひそめてそう言うと、ケイが宿屋の前に立ってこちらを見ているグリスに気付く。
「あ、グリス。」
「お前らどこに行ってたんだ。宿は取れたのか?」
グリスがパンパンに膨らんだバッグを片手で持っている
「取れたよ。それにしてもたくさん買ったね…。言ってくれれば僕達も手伝ったのに。」
「お前達に手伝ってもらう程じゃない。明日は手伝ってもらうがな。」
グリスはイタズラに笑うと、一人で宿屋へと入っていく。
「……ケイ、一度その何でも治せる子を探してみるか。」
ユウはグリスの後ろ姿を見ながら呟く。
「うん、そうだね。グリスにはずっと笑っていてほしいし…。じゃあまずは計画を立てよう。」
「計画?」
ユウが不思議そうに聞き返す。
「当たり前でしょ?いつか僕達だけで街に来て探すんだ。もしその子が盗賊に捕まってたらどうすんのさ。」
納得した様子で頷くユウ。
「もう俺達も子供じゃないしな。育ててもらったこの6年間。恩を返そう。」
ケイは決意のこもる目でニコッと微笑む。
「何が何でも…ね。」――
――現在街へと歩き出したユウとケイは、戻ってくるグリスと鉢合わせない様、道から外れた森の中を進む。
風に揺れる木々の葉が、ぶつかり合うサワサワという音にすら敏感になっていた。
「ケイ…いつ盗賊が現れてもおかしくはない。…気をつけるんだぞ。」
「うん。…街道を歩けたら良かったんだけどね。」
「グリスと鉢合わせる訳にはいかないからな…。取り敢えず気を抜くなよ。」
二人ははそのまま慎重に歩いていると、大小様々な岩がゴロゴロと転がっている、少しひらけた場所に出た。
「ケイ、一度休憩しよう…流石に疲れた。」
ユウがちょうど良い高さの岩に腰をかけ、ケイを見る。
しかし、ケイは警戒した様にあたりを見回し、焦りを込めた強い一言を放つ。
「…ユウ、待って!」
岩陰から出てくる三人の男達。短剣を威嚇する様に振りながらこちらに近づいてくる。
「くそっ!盗賊…!」
ユウは剣を抜き、構える。
盗賊達はそのユウの姿を見て吹き出す様に笑い始めた。
「くっくっくっ。何だお前、手が震えてるぜ。命が惜しけりゃ金目の物置いて失せな。」
ユウは盗賊に視線を向けたまま、震える腕をグッと片方の手で掴む。
「ユウ、僕はやるよ。その為にこの能力は鍛えてきた。」
そう言うとケイはその場にしゃがみ込み、地面に手を置いて集中し始める。
「グリス…。力を貸してくれ。」
ユウはグリスの戦いを頭に思い浮かべる。容赦なく命を奪うグリスの剣。いつだってその剣で守ってくれた。
「…しゃあっ!!!」
自分に喝を入れたユウは構え直し、闘志の目を相手に向けた。




