第二話 初めてのVR学習
そうして、やっと新学期初めてのVR学習の時間がやってきた。
桃名先生が教壇に立つと、黒板にあみだくじのホログラムが映る。
「まず、VR学習は班で課題を解決していく。一年間、一緒にやっていく班決めをするぞ」
クラスメイトの誰かが手を挙げて、こんな質問をした。
「先生、あみだくじで決めるの?」
「公平に決めないといけないからね。あみだくじの上に書かれているのが出席番号で、下の空白は、一から七までの数字をランダムに入れていくんだ」
ということは、クラスの人数は二十八人だから、七班だと四人一組になる。
私はドキドキしながら、あみだくじのホログラムに表示された自分の出席番号——一番を探した。
あった。葦原の『あ』は、いつも出席番号一番、最初の一人だ。
そこから下に引かれた線を辿り、いくつか横線を通ってあみだくじの先にたどりついたころ——一から七の数字がパッと表示された。
私の班は、七班だ。
「はい、それじゃみんな、自分の班を確認したら、VR学習用のゴーグルを着けます。机の右側にある、ポケットから取り出して」
私もみんなも、先生に言われたとおり、空色の机の右端に埋めこまれているVRゴーグルを取り出した。
四角い棒を一本ずつ耳にそれぞれ乗せるとしっくりなじみ、私の目の前にはちょうど顔の上半分を覆うホログラムグラスがちゃんと現れていた。
その瞬間、私の見る世界は、すっかり変化してしまった。
教室は跡形もなく、ここには見渡すかぎりの、晴れたのどかな草原が広がっている。
まるで牧草の新芽の匂いまで鼻に届いてきそうなくらい、爽やかな風が吹いている。
VR——仮想現実の世界は、そのくらいリアルだ。実際にはないものも、本当なら行けない場所であっても、VRゴーグルなどの道具を使えば体験できる。
呆気に取られた私の足元を、ナゴミがポテポテと歩いてくる。大きな尻尾は引きずってきていた。
「ご主人、来たっすね!」
ナゴミは私の膝にペチッと手を当てて、目をキラキラさせて見上げてくる。口元が笑っているように見えて、とっても可愛かった。
いつもはホログラムだから触られた感覚はないけど、VRだとちょっとだけ振動もあって、本当にナゴミがここにいるんだと実感する。
「わあ、ナゴミだ! 今、触られた感じがした、不思議!」
「ここなら自分、働き放題っすよ。期待してくれっす!」
なんとも心強い。ガッツポーズのナゴミの小さなお手手のグーは、とても頼り甲斐がある。
少しして、空中に『7』の数字が浮かんだ。桃名先生の声が聞こえてくる。
「はい、数字の下に集まって。同じ班の顔合わせをしてから、課題に入るよ」
私は現実世界では両手にそれぞれコントロールバーを持ちながら、VR世界を移動する。
ナゴミと一緒に『7』の数字の下へ行くと、三つの光るサークルが地面に現れた。『転送中』という表示のあと、私と同じ七班のクラスメイト三人が、『使い魔』とともにやってくる。
それがまさか、薄緑のメジロを連れたエルと、薄赤のメンダコを被ったココアとは思いもよらなかった。
「あれ? エルちゃんとココアちゃんも同じ班なんだ!」
すると、もう一人の仲間がはにかんで手を挙げた。
「おれもいるよ」
手のひらにハムスターを乗せた男の子、霧島シンだ。
シンのハムスターはオレンジ色をしていて、モチッと和菓子のようなまんまるく愛らしい生き物だった。
「シンくん! よかったぁ、みんな知ってる人で!」
エルとココアに続いて、シンも同じ班だと分かると、なんだか嬉しくなった。
みんな、一度は同じクラスになったことのある友だちばかりだ。
どうやら、ここには七班の四人と『使い魔』だけがいるVR空間のステージのようで、草原を見渡しても他には誰もいない。
どこからか、桃名先生の声が聞こえてきた。
「課題を発表します。このVR空間のステージは、今はまだ何もありません。班のみんなで『ここに、自由に何かを作ること』。制限時間は六時間目の終わりまで、約一時間半だよ。それじゃ、スタート!」
桃名先生の宣言で、空に大きなホログラムの数字の列が浮かぶ。
それはタイマーのようで、私が見たときには【01:29:59】とあって、制限時間ののこりカウントだと分かった。
時間が限られている、と思うとちょっとあせる。
七班のみんなが集まって、まずは相談することにした。
「作るって、何を作ればいいんだろう?」
私はシン、エル、ココアを見渡す。
何を作ればいいのか——その疑問はみんな同じで、だけど一人で悩むより四人で悩んだほうが解決策が浮かぶはずだ。
シンは、みんなの『使い魔』を確認して、こう言った。
「ハムスター、メジロ、メンダコ、それにビーバーか。大きなものは作れないかな、やっぱり」
そこへ、エルが意見を出した。
「そうでもないんじゃない? ここはVR空間、仮想現実なんだし、それぞれの『使い魔』は現実よりずっとすごいことができるはずだもん」
「そうだね、メンちゃんも巨大化できてる」
「ひい!?」
エルがしゃべっている間に、ココアの被っているメンちゃんが巨大化して、すっかりココアの頭を隠してしまっていた。まるで着ぐるみの頭部分だけ被っているみたいだ。
それを見てしまったエルが、かわいそうなくらいドン引きしてあとずさりし、私の背後にかくれる。
背中にエルをかくまった私は、ココアに一言。
「ココアちゃん、メンちゃんは小さくしといて」
「はぁい」
ココアは素直にうなずいて、メンちゃんは元の帽子くらいの大きさになった。
(さて、どんなものを作るか……何でも自由に、って言われるとちょっと困るなぁ)
しかし、そんな私の悩みを、私のひざをペチペチと軽く叩きながら、ナゴミが吹っ飛ばしてくれた。
「フッ、ここは任せろっす。なんせ、ビーバーは『森の建築家』っすよ? VR空間なら本当どんなものでも作れるんすよ。たとえばダム、くわえてダム、さらにダム」
そうだった!
私の太ももより背丈の小さな生き物、ビーバーは、もっとも大きなものなら宇宙から見えるくらいの巨大ダムを作ってしまうのだ。
まさに、ビーバーは『森の建築家』だ。
モチはモチ屋、ここはプロにおまかせだ。
「そっか、ナゴミの出番だね! なら、まずどうすればいい?」
「作るのは『使い魔』の自分たちに任せて、ご主人はアイデアを出してくれっす。こういうのがいい、っていうのを画像でくれれば、自分はそれを元に建築するっす。ところでダムはいかがっすか?」
「ダム以外で」
「じゃあ、人間の家とかっすかねぇ」
「お家かぁ。中も作れるの?」
「できるっすよ。VR空間内にある材料と、ついでにサツマイモ追加でどんどん豪華になっていくっす」
「うーん、しょうがないな」
課題のためなら、と私はナゴミへおやつのサツマイモを渡す。
ナゴミは「うひょー!」と大喜びでサツマイモをあっという間に食べてしまった。
やる気満々になったナゴミは、ふん、と鼻息あらく建築のアイデアを待っている。
ふと、私は気になったことがあった。
それは、建築には材料が必要なこと。現実のビーバーのダムだって、木や土を使って作るように、何かを作るには元になる素材がいるもので、それはVR空間でも変わらない。
「ナゴミ、材料はどうしよう?」
「自分が集めに行くこともできるんすけど、時間かかるっすよ」
それでは、制限時間に間に合わないかもしれない。
そんなとき、みんなが声を上げてくれた。
「材料が必要ならうちのハムスターたちが集めるよ。たくさんいるからできるだろ」
「どこにあるか見つけなきゃいけないなら、メジロで空から見つけてくるね」
「メンちゃんは浮いてるね」
「じっとしててよ! お願いだから!」
シンのハムスターたちは、いつの間にかシンの周囲に何十匹も増えていた。
同じく、エルのメジロも集まってきて、空にたくさん飛んでいる。
ココアのメンダコのメンちゃんは——分かりづらいけど、ココアの表情を見るに、気合十分だ。ちょっとだけ口をむんっとして、力を込めている。ちょっとだけ。
全員、やるべきことが分かってきた。
これで、みんなで力を合わせて、課題をクリアできる!
あとは、私が何を作るかのアイデアを出すだけだ。
みんなが固唾を呑んで見守っている。
その風景が、アイデアの湧く源となって、私はピンと来た。
(なるほど。見えてきた!)
私は、両手の親指と人差し指を使って、この風景を捉えるフレームを作る。
私の指で作ったフレームに収まる、三人と『使い魔』たち、それに、どこまでも続いていそうな草原、晴れわたる大空。
(この広い草原に、一番映える建物を作る。となれば……お城だ!)
しかも、ただのお城ではない。
日本のお城ではなくって、海外のお城。とっても見栄えのする、みんなの憧れのお姫様が住んでいそうな、素敵なお城を建てたい。
私は【ウォッチ】を使って、インターネットを検索した。
お城、お姫様、外国、素敵。
検索窓にそんな単語を入れて、出てきたのはガッツポーズをしたくなるほど想像どおりの画像だ。
その画像をシュバっとスワイプしてナゴミへ送り、見せる。
「ナゴミ! このお城、作って!」




