第二十一話 ムゥゥゥ!
ビーバーたちは、どんどんVR空間ステージの建物を、土台ごと動かしていく。
「みんなー、行くっすよー!」
「ムー!」
「ムゥゥゥ!」
建物の基礎という、土地にしっかり杭を打ったところごと掘り返し、ずらっと並べた丸太の上に乗せて運んでいくのだ。まるで工場のベルトコンベアーのように、建物は担当の『使い魔』たちが先導する場所へスムーズに移動していく。
地下には搬入口を作ってモリモリ運んでいき、空中には頑丈なバルーンをつけて浮かばせてから運んでいく。どれもビーバーたちが「ムームー!」と鳴き声を上げながら、丁寧な現場仕事をこなしてくれるおかげで実現できた作業だ。
それに、この移築作業は、ナゴミの処理能力にあまり負担をかけないらしい。複雑な機械や巨大な建物を作るわけではないし、ビーバーファミリーが作業の大部分を担当してくれるおかげだ。
ヘルメットを被ったナゴミが、テクテクと私の足元に戻ってきた。
「ふう、今回は移築だけっすから、処理が楽で快適っすよ」
「それでも十分すごいよ、ナゴミ。ビーバーファミリーも」
「まさか『AIコピーカプセル』で二倍になるとは思いもよらなかったっす」
「ふふっ、ビーバーがたくさんいるね」
大昔は、万より大きな桁の億単位のビーバーたちがいた。そのときのように、今ステージには数え切れないほどのビーバーが働いている。
働き者のビーバーは、とにかく木をかじり、ダムを作りたい。土も掘りたいし、VR空間ではいろいろなものを建てたい。
そのビーバーの素敵な習性が、目の前の光景にギュッと詰まっている気がした。
ナゴミのモチモチした後ろ姿を見ていると、ふと首をかしげていた。
「ご主人? どうしたんすか?」
「ううん、前はナゴミに無理をさせちゃったから、もう二度と無理はさせたくないって思ったの。でも」
「でも?」
「課題をクリアできないのも、ナゴミだってイヤだよね」
「そうっすねぇ、自分、バリバリ働く現役のイーガービーバーっすから!」
「だよね」
「それに、ご主人の無茶振りアイデアを実現できるのは、自分だけっすよ!」
「やっぱり無茶振りだって思ってたんだ」
「他の『使い魔』にはできないんすよ! サツマイモ増量を要求するっす!」
「じゃあ、課題が終わったらもう一つだけね」
一つだけっすか、というナゴミからの無言の視線が向けられて、思わず笑ってしまった。
「自分の思い描いたアイデアが、こうして形になっていくのを見るのって、うれしいね」
「同感っす!」
遠くで、ウルフドッグやチーター、カピバラが走り回ってビーバーたちを誘導している。
空中では、フクロウとメジロたちがバルーンの位置を調整し、地下の搬入口前ではハムスターたちと一緒に運んでいる。メンダコのメンちゃんは疲れたビーバーたちをふよふよ運んで、水辺で遊ばせていた。
それに——ハルトたちも、シンやエル、ココアたちの顔も、一生懸命、楽しそうだ。
私の出したアイデアは、今、みんなの力のおかげで、VR空間のステージで実現しようとしていた。
宙に浮いた残りの制限時間が、刻一刻と過ぎていく。
それがこんなに名残惜しく感じるなんて、思いもしなかった。
【00:05:44】。
私たちの課題は、制限時間ギリギリで完成した。
それはもう、元の市内とはまったく違う風景になってしまっていたけど、それぞれの層を担当するみんなが建物の配置を考え、こうすればよりよくなる、という思いで決めたものばかりだ。
地下と地上を繋ぐ道、マンションの横にあるパイプの高台には一軒家がいくつもあり、山のふもとに近づくにつれ空中層の高台は低くなっていく。
高層ビルが他の日当たりを妨げないよう、くっついて配置することを避けて、大きな幹線道路を増やしたことで広々として見える。
そういういい工夫が、私のアイデアだけでなく、みんなの考えや作業のおかげでそこかしこに見受けられる。
完成したステージの街を見にきた桃名先生は、唸っていた。
「うーん、街ごと配置換えするとは……しかも、より快適さを追求っていう目的も、筋が通っているなぁ」
だけど、その口調には手放しで褒められない何かがあるようで、桃名先生は頭をかいて悩んだあと、こう評価をつけた。
「まあ正直、現実にはきっと実現しないアイデアではある。けど、今回の課題では、そこは重視してないからね。スケールも作業のすごさも、アイデアの秀逸さも、これは一班と七班が『大変良くできました』です」
「やったぁ! ……あれ、みんな、『大変良くできました』だよ!? うれしいでしょ!?」
「いやあ、疲れちゃってさ」
「ナナ殿は元気ですな」
一人だけ飛び上がって喜んでいたナナが、顔を真っ赤にしてタクミの背中をポカポカ叩いている。
七班はというと——私以外のみんな、地面に座り込んでいた。
「ハムスターが地下で迷子になってて、探し回って疲れた……」
「今度から絶対高いとこ担当しないマジで怖かった」
「エルちゃん!? プルプル震えてるよ!?」
「エルちゃんが高台から落ちそうになったから、メンちゃんで受け止めようとしたらずっとあんな感じ〜」
「高所作業中の事故は怖いっすねぇ。命綱必須っすよ」
それも怖いけど、落ちたらメンちゃんに触れてしまう恐怖も、エルにとってはとんでもないことだったと思う。これはもう、一班のカピバラやチーターを借りて、エルのそばに置いて癒してもらうほかなさそうだった。
授業終わりのチャイムの音が、VR空間にも聞こえてきた。
あとは、VR空間から出て、帰りのホームルームの時間が待っている。
みんなが続々とVR空間から出ていく中、ハルトは一人残って、みんなで作業したステージのほうを向いていた。
その背中に、私は声をかける。
「やったね、ハルトくん」
ハルトは振り返らず、答える。
「ん……」
「あ、ごめん、イヤだった?」
「ち、違う!」
ハルトは慌てて、力いっぱい振り返る。
怒っているわけではなくて、嫌なわけでもなくて。ハルトはまた何かを言いたそうにしてから——やっと、私と目を合わせた。
そして、気恥ずかしそうに、はにかむ。
「また、やろうな。お前がイヤじゃなかったらさ」
予想外の言葉だった。けど、私はイヤじゃない。
ハルトがそういうふうに言ってくれて、とてもうれしかったのだ。
「いいよ。またやろうね」
「約束な」
私たちは、VRゴーグルをそれぞれ外す。
約束がいつになるか分からないけど、それができたのはきっと仲直りの証だ。
こうして、一学期最後のVR学習の時間は終わりを告げた。




