第十九話 ひらめき、きらめき
そんなふうにいっぱいいっぱいだったけど、次の日の朝、起きたらアイデアは降りてきた。
ベッドから出て、机の上に出しっぱなしにしておいた3D都市モデルの地図データを眺め、私はひらめいた。
「……これだぁー!」
『何事っすかご主人!?』
そこからはもう、大忙しだ。
課題クリアのために、やっぱり地図データとにらめっこしつつ、ナゴミにVR学習へ持っていけるようデータをまとめて【ウォッチ】へ収納してもらう。
ようやくその作業が終わったのは、いつも見ているアニメが始まる前、日曜日の夕方のことだった。
月曜日、一学期最後のVR学習の時間がやってきた。
机のVRゴーグルを着用して、現れた空間は——なんと、百分の一スケールの市内だった。
「今回のステージは、市内そのものです。サイズはちょっと小さいだけど、自由に作り変えられるようになっているし、VR空間だから『使い魔』に乗って素早く移動することもできるからね」
桃名先生の説明は、みんなにどれくらい届いているだろう。そのくらい、私たちの住む市がミニチュアで精巧に再現されていて、感極まってはしゃぐ声があちこちから聞こえる。
元の大きさの百分の一とはいえ、駅前にある高層ビルやマンションは私たちの太ももくらいの高さもある。それ以外では、私の家なんかは親指くらいの大きさだった。
もっとも、このステージの風景は、私がこの土日にずっと見てきたものとほぼ同じだ。
(いける。これなら、準備してきたデータがそのまま使える!)
私は、足元にいるナゴミへ目配せする。
ナゴミも同感の様子で、自信たっぷりにうなずいていた。すごく頼もしい。
空中に浮かぶ制限時間が、【01:30:00】を指して、動き出す。
開始まもなく、ステージの南側に、一班と七班のみんなと『使い魔』たちが集まった。一班のミオが、フクロウを肩に乗せ、状況を整理する。
「じゃあ、始める前に確認するね。七班の『使い魔』はビーバー、ハムスター、メジロ、メンダコ。こっちはウルフドッグ、フクロウ、チーター、カピバラ。このメンバーで、今回の課題『自分の街の改善案』を作らなきゃいけないんだけど……」
ちらり、とミオが私を見た。何か案はあるよね、という期待の眼差しだ。
当然出し惜しみするつもりもないし、それに案と言ってもみんなの協力が不可欠なものだ。
私はさっそく、この土日で作ったデータを、みんなにお披露目することにした。
「ナゴミ、例のモデルデータ、使えるよね?」
「もちろんっすよ!」
「じゃあ、出すよ」
私は【ウォッチ】を操作して、収納していたデータファイルをVR空間へ取り出す。
一班と七班の八人が円になった中心に、『PLATEAU』から得た地図のデータがホログラム地図として展開された。
VR空間のステージとほぼ同じ形、さらにミニチュアになったホログラム地図の出現に、みんなが一斉に驚く。
「何だこれ!? 市内のホログラム地図?」
「すご、ビルの高さまで全部再現してんの?」
「高いのも低いのも全部だね〜」
私は、このデータについて何度も頭の中で練習を繰り返した、できるだけ簡単な説明をようやく口にした。
「これは、国土交通省が公開してる、3D都市モデル『PLATEAU』。それを使って、うちの市のデータをここに出してるんだ」
へえ、という感嘆の声が漏れる。でも、これが何になるの、という疑問の色もあちこちにある。
とにかく、これ自体はただのデータで、私の案はここからだ。
「それで、ここからが私の考えた都市計画」
私はもう一度、【ウォッチ】から別のデータファイルを取り出し、スワイプしてホログラム地図へ投げる。
「今ある街を三分割して、地下、地上、空中の層にするの!」
そうして、ホログラム地図は動き出す。
受け取ったデータのとおりに、建物を表す四角い箱状のものが上下左右にキビキビと行進していく。流れるように、道をつぶさないように、ホログラム地図の全体を動き回る建物たちに、みんなは唖然として目が離せなくなっている。
やがて、建物たちはホログラム地図の地下、地上、空中の三層にきっちりと分かれた。みっちりと密集していた建物たちは、ゆったりとした間隔を持って並んでいき、指定の場所についたら止まる。
地下の建物たちは電車の線路に沿って集まり、地上の建物たちは背の高いビルが西側に一列に、東側には学校や公園がある。
そして何より、空中には私の家も含めた住宅たちが、地上の建物の上に浮かんでいた。
建物が三層に分かれたことで、ホログラム地図の全体に建物が広がって、街が広がったように感じる。少なくとも、人でギュウギュウになる、ということはないように、上下の層を行き来するバスの路線図も一緒につけた。
現実では動かないはずの建物が、自由自在に動いて、しかも上にも下にもある。その不可思議な現象に、真っ先にツッコミを入れたのはナナだった。
「こ、これって、現実では絶対できないことじゃん。改善になるぅ?」
すると、ハルトとミオが答える。
「そうでもなくないか? 移築ってあるだろ。ビルとか家が密集してるところは、地震があったら危ないし」
「あ、なるほど。だったら、家ごと移動させて道を広くしたりすれば安全だね」
「移動って、どうやるの? みんな、今の家から引越しなんてしたくないんじゃないの?」
ナナが私へ、疑問をぶつけてくる。
でも、私はスッパリと、その疑問をぶった切った。
「そこは考えない」
「考えないのかよ!?」
驚くシンに、エルとココアが咎めるような視線を向けていた。まだ話が続いているからちゃんと聞きなさい、という意味だ。
二人に助けられて、私は話を続ける。
「私たちが出すのは、あくまで改善案。もちろん、今ある家をそのまま移動——移築する方法もあるし、新しく家を作ることもできる。でもそれは、この課題のステージにはいない人たちが選ぶことだから。今回は、市内の全員が移動するって決めたことにして、この都市計画をやってみようと思うの」
多分、現実の『自分の街の改善案』がなかなか実現しないのは、そこに住んでいるみんなの意見を聞かないといけないからだ。
放課後の話し合いやチャットルームでも、散々八人で話し合ったって結論が出なかったり、何かを決められないことが多いのに、市内に住んでいる人全員が同じ意見を持つ、なんて絶対に無理だ。
だから、今回はその『みんなの意見』を一旦棚上げして、『自分の街の改善案』を出す。それが、この課題に対する私の答えの出し方だった。
あんぐり口を開けているナナを、タクミが「まあまあ、それもアリですぞ」とフォローしているほかは、みんなは割とすんなりと受け入れてくれた。
「それはまた大きな開き直りっていうか、まあ、そうだよな」
「話が進まないものね。基本的にカナデの案でいいと思うけど、みんなは?」
シンとエルの呼びかけに、一班のハルトたちも意見をまとめる。
「他に思いついてないなら、賛成ってことでいいだろ。俺たちも考えたけど、結局まとまらなかったしな」
「そうですな。ハルト殿の言うとおり。ナナ殿は?」
「う〜……うーん、何にも思いつかないから、いい! カナデの案で!」
どうやら、ナナも一応、私の提案を納得してくれたらしい。
これで、今回の課題で全員が動く方向性がまとまってきた。
その一方で、具体的にどうするかはまだこれからだ。そこに気づいたシンが、こう問いかけてくる。
「でも、このステージ自体をどうやって動かす? さすがに、ナゴミの建築でも無理じゃあ……」
名前を呼ばれて、ナゴミは堂々と小さなお手手を挙げて、答えた。
「無理じゃないっすよ?」
「えぇ!?」
「ただし、そのためにはほら、サツマイモがたっぷりあれば……グフフ」
取らぬサツマイモの皮算用しているナゴミは、想像だけでよだれが止まっていなくて、不気味な笑みがこぼれている。
そう、今回もナゴミの力が大活躍する。
ただし、前回までとはまた違う形で、だ。




