第十八話 秘密兵器『PLATEAU』
気を取り直して、七班と一班の八人で、次の課題について話し合っていく。
「さて、『自分の街の改善案』って話だけど、どこからまとめる? 七班はどこまで考えた?」
「それなら、自分だけじゃなくてみんなにとっての街をよくしよう、ってことなんじゃないかと思って」
「ふむふむ。でも、それだと範囲が広すぎるよね……」
「ミオ殿、そう難しい話でもないですぞ」
「じゃあ、タクミの考えは?」
「これはつまり、本来なら大人の市長や市役所の考えるようなこと——その視点から見れば、だんだんと作るべきものがはっきりするはず」
『自分の街の改善案』なんて大きな課題は、まず大人たちが考えるようなことだ。確かに、その視点から考えてみれば、というのは道理だと私も思う。
ただ、タクミの言いたいことは分かるけど、それでもまだふわっとしていて、上手く要点がつかめない。
「それってさ、大人に話を聞かなきゃ、ってこと?」
「おれたちにはちょっと難しすぎるよな」
「そだね、無理っぽい〜」
「諦めたらそこで終わりですぞ!」
「声がやかましいですぞぉ、タクミ殿〜。メンちゃん、かかれー」
ココアがメンちゃんをタクミの顔へ張りつかせる。大げさにタクミは逃げまどい、ミオに怒られていた。
そういう騒ぎはいつものことなのか、ハルトとナナは全然気にしていない。
「単純に、街をキレイに、とかじゃダメなのか?」
「古くなったところを直したり、落ち葉やゴミを拾ったり、それだけできれば十分、改善案だと思うよ」
「ん〜? じゃあ何で、リアルでそれができないわけ? ナナさぁ、分かんないんだけど」
それもまた、ナナの言いたいことは分からなくはない。
どれだけ街をよくしようとしても、それはずっとやりつづけなくてはならないことだ。ゴミを落とす人がいれば、拾う人もいる。ゴミを落とす人がいなくならないかぎり、誰かが拾わなくてはならないように、現実でだって根本的な解決はできていない。
(それなのに、VR空間のステージで何をすればいいんだろう……? うぅん、ますます分かんなくなってきた)
ナナの疑問にミオが答えて、シンやエルたちが話を進める。
「まあ、事情がたくさんあるからね。現実では、自由に使えるお金が少ないっていうのも大きいし、思いついたことをそのまま実行するわけにもいかない。大勢の人が話し合って、何年もかけて納得してから始める計画だってあるくらいだよ、ナナ」
「そうなんだ、ややこしーね」
「となると、やっぱり全体をどうこうするのはハードル高いから、町内レベルでやる?」
「それでもいいだろうけど、スケール感小さいよな」
「『ノイシュヴァンシュタイン城』よりはね〜」
「言えてますな」
そんな調子でおしゃべりはずっと続いたけど、結局何も話はまとまらなかった。
仕方なく、来週の課題までにそれぞれ考えてくる、という宿題になり、その日は解散となった。
二つの班の八人が集まって考えても、どうすればいいか分からないまま——本当に次の課題をクリアできるのかな——と先行きに暗雲が立ちこめている気分で、私はナゴミと家路についた。
私が家に帰ってからも、【ウォッチ】のチャットルームでみんなの意見が出たり、ああでもないこうでもないと議論は続いていた。
それに参加することはなく、私はぼうっと流れてくるチャットを眺めるだけで、夕食後に自分の部屋に戻って宿題が終わったあと、ようやくナゴミへ、チャットで話しかけた。
『ナゴミは、どう思う?』
特に、何について、とか、課題のこと、とか言わなくても、ナゴミには私の話したいことが伝わっていた。
『正直、ビーバーには都市計画は難しいっす』
『そうだよねー……ダムとか、自然ならともかく』
『大自然ではダムを作れば何でも解決するっすよ』
『そうかなぁ』
『きっとそうっす! ご主人、ビーバーのダムを信じるっすよ!』
ナゴミは妙に熱血なところがある。きっと私を励まそうとしてくれているのだろうけど、ビーバーのダムもそこまで万能じゃないと思う。
『たとえば、一から街を作る、って話ならナゴミの力を借りれば何とかなったと思うんだ。でも、今ある街を改善するのは、全然話が違うし』
『街はすでに人が多いっすからねぇ。狭いとこにギュウギュウっすよ』
私は、ビーバーと違って人間は細いから狭いところにたくさん入る、と思いついたけど、言わなかった。ナゴミがショックを受けてしまう。
うーん、何となく、考えがいい方向に働かない。これは切り替えなきゃ。
(街は人が多くてギュウギュウ、人数の割に狭いから、だよね? だったら……)
ナゴミが出してくれたヒントを元に、ギュウギュウ解決案を出してみる。
『なら、街を広くできないかな?』
狭くてダメなら、広くすればいい。押してダメなら引いてみろ、というわけだ。
私は、【ウォッチ】で自分の住む市内の地図を広げてみる。平たい地図ではなくて、山や川などの地形の高低差も分かりやすく書いてある、小学生向けのやつがあった。
それによると、私の住む市は、北に山のふもとがあって、南に向けて大小の川が流れている。中心部には駅があり、東西に電車の線路が長く走っていて、両端はそれぞれ他の市に繋がっていた。
ただ、エルが住んでいる駅前にはマンションが建ちならぶ一方で、ココアが住んでいる山のふもとには人家がまばらだ。私が住んでいる住宅地は、ちょうどその中間のところにある。
(山にはあんまり人が住んでないのは、不便だから。街の中心部にたくさん人がいるのは、便利だから。川の上は住めないし、地図で見ると意外と私たちの街の『住める部分』って狭いんだ)
中心部から離れると、田んぼや畑が広がっているけど、そんなに道路は通っていないし電車もないから行きづらそうだ。
遊園地や動物園は隣の市にあるし、運動場のあるような広い公園はない。でも、ベッドタウンとして、近くの街に通勤するのに便利な場所だ、という宣伝文句は聞いたことがあった。
それはそうなんだけど、と何かが引っかかる。
(うちの市はベッドタウン、遊ぶときや出かけるのはお隣の市に、っていうのは多分間違ってないんだけど、それでいいのかなぁ。もっと市内であちこち行ったり、用事が済んだりすれば……でも、狭いからなぁ)
やっぱり、街の狭さをどうにかするしかない。
私はインターネットで検索してみることにした。私の悩みと同じようなことを、誰かが考えたり、質問しているかもしれない。
【ウォッチ】の検索窓に『狭い、街、解決』と入力する。
すると、都市計画とコンパクト化、という項目が出てきた。あちこちに空き地ができて不便な『都市のスポンジ化』を解決する方法、街の機能をまとめておくコンパクトシティ構想、それに——。
そこに踊る、聞いたことない単語に、私は思わず口に出して読んでみた。
「立体的な街づくり——3D都市モデル? プロジェクト、P、L、A、T、E、A、U……えっと、フリガナは……プラトー? うーん?」
何だろう、これ。3D都市モデルって? これもまた検索してみると、現実の都市空間をデジタル空間に再現する、とのことだ。
何でも、都市計画を決めるときに使う、便利なものだということだ。
それだけではよく分からない、はずだったけど、突如ナゴミが【ウォッチ】から声を上げた。
『おおお!? 『PLATEAU』! これはすごいっすよ!』
「え? え!? ナゴミ、どうしちゃったの!?」
興奮気味のナゴミは、私の調べていることをちゃんと同時に見ていてくれたようだ。
ナゴミ曰く、こうだった。
『国土交通省の作った『PLATEAU』は、日本中にある街のありとあらゆるデータを3D化して、よりよい街づくりに使えるんすよ! つまり、街の改善に使えるっす!』
そこでようやく、次の課題『自分の街の改善案』に話がつながった。
となれば、善は急げだ。ナゴミに頼んで、【ウォッチ】でも起動できるように調整してもらい、『PLATEAU』を使ってみることにした。
ホログラム画面で学習机の上に地図を表示させると、ぐいんと地図から建物が生えてきた。
「おおー……!」
私は軽く感動する。
地名や街の区画、道が書かれた地図に、実際にある建物データを簡単だけど同じ縮尺で表す。すると、3Dの地図ができるではないか。
それだけじゃない。土地の高低差はもちろん、路線図や災害用のハザードマップみたいな洪水や津波の浸水想定区域、もうすでに市が取り組んでいる都市計画の情報まで全部詰めこまれている。
あっちこっち、生まれたときから住んでいる土地なのに、違う視点から色分けされて見てみると、すっごく新鮮だ。
たとえば、どうして地図のこのあたりには建物がないんだろう、というところは、地震や洪水のときに被害が出てしまうおそれが大きいから建てられないようにしている、みたいな情報も分かってしまう。
反対に、駅前の浸水想定区域でも、たくさん建物が建っているところは、危険だと知っていても便利だから発展してきた——みたいなことまで分かるのだ。
他にもたくさん機能はあるけど、ありすぎて使いこなせる気がしない。私には、机の上に表示された今のこの市内地図だけで十分そうだ。
もし、この『PLATEAU』の地図を使って、改善案を出せるなら——。
(……えっと、どうやって?)
だって、『PLATEAU』ってようするに、すごいたくさんの種類の地図のデータだ。
データだけでは、改善策にはならない。
もちろんデータを活用して、改善策を見出すことはできるけど、私にはちょっと難しそうだ。
ならば、とナゴミに聞いてみる。
『これって、今度の課題にどう使えばいいの?』
しかし、ナゴミは拍子抜けな答えを返す。
『さあ? 自分、ビーバーなんで分かんないっす。ただ、何かを建てるなら、現地調査は超大事っすよ、ご主人! 昔の偉い人は言ったっす、何事も色々調べてから取り組むっすよ!』
ナゴミのとてもふわっとした助言は、フワフワしすぎて私には響かなかったけど、ひとまず『PLATEAU』から得た地図のデータが重要なものだということは分かった。
(考えていても思いつかないなら、いっぱい見て、調べよう。自分の街のこと、改善案のこと、それから考えよう!)
今日はもう夜だから、明日から、土日の二日間かけて机の上いっぱいに広がっている3D都市モデルの地図データを見てみよう。何か、気付くことがあるかもしれない。
来週のVR学習の時間までに、課題のクリアのめどを付けることができれば——それと、もう一つ、ナゴミがVR空間で働きすぎないように気をつけないと。




