第十五話 解決策とイーガービーバー
シンとココアの二人が、教室へ帰ってくるまでの十数分間。
教室のクラスメイトたちは、私たちの騒ぎに気付いて、何かできることはないかと言ってくれたけど、やはり私たちと同じでナゴミを助ける手立てはなかった。
クラスメイトたちに遠巻きに見守られ、とてもゆっくりとサツマイモを噛みしめるナゴミを見つめることしかできない。
(ナゴミは真面目な性格だから、はりきって一生懸命になりすぎちゃうんだ。それをきちんと、ステータスを確認して、私が止めなくちゃいけなかったのに)
後悔と不安がいっぱいで、泣きそうになる。
そして、さらに不安を増大させる出来事が起きた。
「お待たせ、カナデ! 寧々家先生、連れてきたよ!」
そのときの教室にいるみんなの顔色が、二種類に分かれた。
寧々家先生が怒られるような試作品アイテムを売っていたことを知っていて「ゲッ!?」と思ってしまった人、そのことを何も知らず「先生が来たなら安心だね」と喜ぶ人だ。
もちろん、私は前者だった。寧々家先生を呼んできたシンは、どうやら後者だ。
でも、試作品アイテムの一件について知っているココアも一緒に行って、それがいいと判断したから連れてきたはず。
仕方なく、私は寧々家先生にナゴミの様子を見てもらうことにした。
この小学校のIT担当だけあって、寧々家先生は専門家だ。【ウォッチ】ではなく持ってきたタブレット型端末を使って、ナゴミを調べていく。
それでも私は心配になってきて、寧々家先生のそばでナゴミについてたずねた。
「先生、どうですか?」
「んー、この状態を元どおりに回復させるには、休ませるだけじゃ無理っぽいね。今は学校のサーバや他のメインAIに手伝ってもらって一旦メンテナンスすればいいけど、今回だけの話じゃなくって、今後VR学習の課題が複雑になっていくほど負荷も重くなるし」
「え〜、いつもこんなになるんじゃ、ナゴミちゃんがかわいそうだよぉ」
「何とかならないんですか?」
「方法はあるよ。『使い魔』単体の処理能力には限界がある。でも他の『使い魔』とリンクして、処理を分け合えばある程度は負荷を軽減できる。つまり、課題でかかる大きすぎる負荷を、班のみんなで分担するだね」
それを聞いて、私以外の七班の三人が手を挙げた。
「俺のハムスターたちは? ナゴミの負荷を分担できますか?」
「うちのメジロたちも!」
「メンちゃんもできる〜?」
寧々家先生は、みんなのそれぞれの『使い魔』についてタブレット型端末で確認する。
「ハムスターとメジロは『群れ』だから、『群れ』の数を大幅に減らせばできるよ。メンダコは……分業に向いてないからダメだね」
「がーん」
口に出してしまうほど、ココアはショックを受けていた。メンちゃんを顔面まで被って、いじけてしまっている。
こうなっては、シンのハムスターとエルのメジロに協力してもらって、負荷の分担ができるかどうか、寧々家先生のタブレット型端末で確かめてもらうしかない。
「これでも少し、負担が大きいかな。とはいえ、あんまり『使い魔』の機能を制限すると通常の学習に支障が出てしまうし、本末転倒か。普段はいいけど、VR学習の時間はできるだけ負担を抑えるように。『ノイシュヴァンシュタイン城』や『海上フロートアトラクション』みたいな巨大で複雑なものは、もう作っちゃダメだよ」
VR学習の課題で作ったその二つは、どちらも私がアイデアを出して、ナゴミに作ってとお願いしたものだ。
負荷が大きいなんて知らずに、ナゴミに押しつけてしまっていた。
「ナゴミ、ごめんね。私の無茶なアイデアのせいで、ナゴミが……」
「くぅ、悔しいっす!」
「え?」
「建てて建てて建てまくりたいのに、処理能力の限界が来るなんて聞いてないっすよ! VR空間なら宇宙まで建築し放題なのに!」
不満そうにムームーと鳴き、ナゴミは倒れたまま、本気で悔しそうだ。
そんなナゴミを、寧々家先生はこう表現した。
「ははあ、典型的なイーガービーバーだねぇ」
「それ、何ですか?」
「英語でeager beaver、熱心で勤勉なことを指す言葉だよ。だからって働きすぎは論外、それにビーバーは宇宙まで進出しないからね」
「全ビーバーの夢なのにっすか!」
「宇宙は水がないから行ってもダム作れないでしょ?」
「それもそうっすね」
ナゴミはあっさりと全ビーバーの夢を諦めた。水がないところにはあんまり執着しないらしい。
教室の扉がまた開き、今度は桃名先生がやってきた。おそらくナゴミのことを聞いてきてくれたんだろう、深刻そうな表情をしている。
「寧々家先生、どうですか?」
「おや、桃名先生、いいところに! この状況を解決する方法があるんだけどさ!」
寧々家先生の空気を読まない明るい口調に、桃名先生はあからさまにムッとした。
「今度は何を企んでいるんですか? 子どもたちの教育に悪いのでやめてくださいよ」
「失礼な! ナゴミちゃんのために、AIの処理能力をちょっとだけ軽くするパッチプログラムを組もうと思っているだけなのにね! ねぇ、みんな!」
七班は、誰も寧々家先生に答えない。私とココアはともかく、試作品アイテムの一件を知らないシンとエルも、さすがに怪訝そうだ。
それでも、寧々家先生はまったくへこたれない。
「ただ、それをやってしまうと公平じゃなくなるかもしれないから、桃名先生に許可をもらってからにしようと思っていたんだよ。どう思う?」
「それは……微妙なところですが」
桃名先生は、ひどく悩んでいた。深刻そうな表情は変わらず、寧々家先生の提案——ナゴミのための対処法について、頭を悩ませているのは私だって分かる。
これ以上、私のせいでナゴミやみんなに迷惑をかけたくない。
そんな嫌な気持ちに押されてしまい、私はその提案を断りたかった。
「大丈夫です。ナゴミにはもう、無理はさせません。寧々家先生、ありがとうございます、もう」
喋っている途中で、突然、私の足元でナゴミが立ち上がった。
ナゴミはしっかりと私を見上げ、私の右ひざに両手を置き、甲高い声でムームーと必死に訴えてきたのだ。
「ナ、ナゴミ?」
「イヤっす! 自分のせいで、ご主人のアイデアが実現できないなんて、ビーバーの名折れっすよ!」
「でも、ナゴミが」
「イーガービーバー、イーガービーバーなんすよ、ご主人!」
ナゴミは、サツマイモを前にしたときと同じくらい、懸命にアピールしてくる。
「大丈夫じゃなくっても、ご主人のアイデアを叶えるのは自分っす! これは誰にも譲らないっすよ、自分はイーガービーバーするっす! サツマイモは半分、いやちょっと減らしてもいいんで、頼むっすよご主人!」
わあわあと、ナゴミは興奮して私の右ひざを揺さぶってくる。
ホログラムだから本当は触っていないけど、ナゴミの真剣な気持ちは、痛いほど伝わってくる。
でも、ナゴミのためだから。サツマイモをあんまりあげないのも、これからはもう負荷の大きい作業をさせないのも、ナゴミのためだよ。
そう言ってしまえば簡単なんだけど、ナゴミを前にして、そんな言葉は口に出せない。
(ナゴミのためなら、ナゴミが本当にやりたいことをやらせてあげるべきなのに、私はそうさせてあげられないんだ……)
溜まっていた心の後悔や不安に、泣きたい無力さまで注がれて、私は今にも泣きそうだった。
(どうしたらいいの?)
涙があふれそうになった、そのとき。
桃名先生が、こう言ってくれた。
「じゃあ、こうしよう。寧々家先生、その処理を軽くするプログラムを、四年生以上の全員に配布できますか?」
寧々家先生の顔が、引きつった。
「え? いや、ナゴミちゃんだけならともかく、全員の『使い魔』に問題なく配布できるようにするには、色々とやることが多すぎて」
「教頭先生には相談しておきます。寧々家先生は急ぎ、明日配布できるよう作ってください」
「明日!? ちょっ、残業しろってこと!?」
「生徒のためなんですから、一度くらい我慢してください。それに、寧々家先生は普段、ちゃんと定時で帰れるでしょう」
この話はこれでおしまい、解決、とばかりに桃名先生は寧々家先生を放って、私と向き合う。
桃名先生はしゃがんで、私と目線を合わせてから、私の泣きそうな気持ちを消し去るように微笑んだ。
「これで公平性は確保できる。葦原、ナゴミはもう大丈夫だ。こんなことで課題で全力を出せなかった、なんてそれこそ学習の本分にそぐわない」
話の内容は詳しく理解できないけど、何とかなったんだ、と遠巻きに心配してくれていたクラスメイトのみんなが、わあと歓声を上げた。
「桃名先生、すごーい!」
「いつもおっちょこちょいなのに!」
「ニンジン残すのに!」
「それは今言わなくていいから!」
教室が歓喜に湧く。タブレット型端末と睨めっこして頭を抱える寧々家先生は、ひとりだけ悲しそうな呻き声を漏らしている。
ナゴミが私の右ひざを、小さなお手手でギュッと抱きしめて、嬉しそうにこう言った。
「これでまだまだ働けるっすよ、ご主人!」
「うん、でも今日はもう休まなきゃね。休まないと働けないよ」
「了解っす、人間もビーバーもそこんところは同じっす」
私は涙をぬぐって、ナゴミにおやつのキャベツを手渡した。
ナゴミは「え、この流れならサツマイモじゃないんすか!?」と驚愕していた。




