第十三話 でっかいビート板と思って
制限時間は、残り【00:30:10】。
『それ』は思ったよりも、ずいぶんと早く完成した。
砂浜はもう遠く、晴れ渡る水色の空がどこまでも続く中、大海原に現れたのは『海上フロート』を使った人工島だ。
小さな島と同じくらいの大きさの陸地で、ソーラーパネルで覆われた東京ドームのような大屋根がはためく。中心では遊園地のような長いウォータースライダーが水飛沫を上げて行き交う。
『海上フロート』のはしっこには、透明なケースに入った機械がずらりと並んでいる。海に直接パイプを下ろして海水を汲み上げ、取り出し口からベルトコンベアーで材料化した四角いブロックが次々と運ばれてくる。
それを使って、ナゴミはまだまだ作業を続けていた。
「ウォータースライダーはもっと延長するっすー! うおー!」
多くの四角いブロックは、建築にも使える材料に変換されていて、『海上フロート』をもっと増築したいナゴミが活用している。
「この暑さで巨大建築物の材料集めは苦労するんで、自動で海水からカーボン素材やコンクリート、バイオプラスチックを作る機械も導入したっす。これで永遠に建築できるっすよ〜」
海水は、ほぼ無限の資源だ。熱い砂浜で材料を探して走り回るより、いっそ『海上フロート』で海に漕ぎ出して、そこにある海水から材料を作ったほうがいい——私はそう考え、そのための機械をナゴミに作ってもらった結果、すごいものができてしまった。
そのうち、四角いブロックの一列は、そのままウォータースライダーのてっぺんに自動で運ばれていき、そこで材料である『真水』に戻って、プールの水として使われるようになっていた。
曲がりくねったウォータースライダーのチューブの中で、エルとシン、ココア、メンちゃんが大はしゃぎで滑っている。
「うわー! 高い!」
「濡れない! でも滑れるー!」
「メンちゃんスライダーだ〜」
バシャーン。
終点のプールに、みんなが次々と飛び込んでくる。
「ズルだろ、こんなの……」
プールのふちで、ウルフドッグも入りたそうにしているが、ハルトの打ちのめされた声の手前、我慢しているようだった。
みんなが泳いで集まってくる。私も、ナゴミと一緒にウルフドッグ、ハルトのところへ行って、『海上フロート&ウォータースライダー』の出来栄えを語る。
「今回は材料集めがあんまりできそうになかったから、みんなのなけなしのSPを全部『木材パック』と『石材パック』にして」
「まあ、余ってたってそんなに使わないしな」
「何でもいいから、早く涼しくしてほしかったもの」
「ココアも同じ〜。メンちゃんが喜んでる」
「そこから、まずソーラーパネルつき『海上フロート』と海水変換装置を作ったの。あとはそこから、材料をたくさん作って、『海上フロート』の上にアトラクションのウォータースライダーを設置! これで課題はクリア!」
海水変換装置とひとまとめにしてしまったけど、海水を真水にする装置、カーボン素材やバイオプラスチックを作る装置などは、実際に開発されているものだ。
建築物だけじゃなく、機械もまたインターネットで検索して、仕組みを図で説明する画像をナゴミに渡せば作れる、というのはさすがに私もびっくりしたけど。
案の定、そこはハルトもムキになってツッコんでいた。
「海水変換装置って、そんなのアリかよ!」
「ちゃんと現実にもあるっすよ。限りある資源を大事にするエコっすよ、エコ」
「……ヤバすぎだろ、このビーバー」
「検索してアイデア持ってきたのはご主人すよ。自分は作っただけっす!」
ナゴミにそう言われて、ウルフドッグが変なものを見るような目つきで私を見ていた。
『海上フロート』アトラクションを作ろうと思い立ったのは私だけど、作ったのはナゴミで、楽しんでいるのは七班のみんなだ。
「ハルトくん。これで、ズルしてないって分かったでしょ?」
「それは……」
諦めの悪いハルトは、まだ何か言えることがないか探しているようだ。
そこへ、意外な人物がやってきた。
桃名先生が、VR空間に入ってきて、『海上フロート&ウォータースライダー』を興味津々に眺めていた。
「こりゃすごい。もうこの海上フロートの存在自体がアトラクションだな」
「あ、先生」
どうして先生が、と言おうとしたところで、ウルフドッグが固まっていることに気付いた。
桃名先生は、ウルフドッグを通じてハルトをたしなめる。
「火野、一班のほうはどうした?」
「え、えっと、それは」
本当なら、ここにハルトの『使い魔』がいるのはおかしい。自分の班のところで、課題のために作業をしているはずだ。
まさか、七班がズルをしないように見にきました、なんて言えるわけがない。
さっきまでの威勢はどこへやら、何も言えなくなっているハルトと連動して、ウルフドッグはキューンと小さく鳴いてうなだれている。
気まずい空気が流れる。かといって、一方的にズルの汚名を着せられた七班のみんなは、ハルトをかばう理由がない。
(……どうしよう)
このまま、ハルトが桃名先生に叱られれば、多分もう邪魔はしてこない。
でも、それでいいのかな、と思う自分もいる。
私たちがこれまで課題をスムーズにクリアできたのは確かだけど、じゃあそうできなかったクラスメイトたちは、私たちをどう思っていたんだろう。
ハルトだけじゃない、他のみんなも「ズルじゃん」と言いたい気持ちを持っていたのかもしれない。
(そのわだかまりを残したままで、四年生の残り、同じクラスで一緒に勉強できる? ——きっと、無理だ。そんなの、イヤだ)
なら、どうにかしなきゃいけない。
私は、一歩を踏み出した。
「桃名先生。ハルトくんは、『使い魔』を通して、七班の作業を見学に来てたんです!」
桃名先生は目を見開いて、びっくりしていた。そのままウルフドッグへ視線を向けて、確認する。
「そうなのか?」
「へ? え、ええと」
「うちの班が、ナゴミのおかげで作業テキパキだから、参考にしたいって。一班のみんなはいいって言ってくれたって!」
そういうことなのだ、と私は一生懸命、アピールした。
実際のところなんて知らない。でも、ここでハルトが叱られれば、一班の子たちも叱られる。
文句をつけ、邪魔された、ケンカになった、片方だけ叱られた……それで仲直りなんて、できっこない。
仲直りしなくていい、なんて言えるほど、私は強くない。気弱だとか、余計なお節介だとか言われても、私はハルトを一方的に悪者にしたくない。
しん、とその場が静まりかえる。
ウォータースライダーの水が流れる音だけが耳に響き、遠くで波の音が重なる。
少しして、桃名先生は険しくなっていた目をゆるめた。
「なるほど。それならまあ、いいか。でも、『使い魔』は早めに戻しておくようにな」
それだけ言って、桃名先生は帰っていく。
桃名先生が見えなくなってから、私は他のみんなと同時に大きなため息をついた。




