第6話 トレーニングと青いジャージとギャル先輩③
「……死ぬ。確実に死んだ」
乾ききった喉から漏れたのは、言葉というよりはただの湿った空気の塊だった。
「大げさね。死んでいたら、そんな風に自分の安否を確認することなんてできないわ」
坂田部長が僕を見下ろしていた。彼女も流石に呼吸を乱してはいるが、背筋は依然として定規で引いたように真っ直ぐだ。彼女の体力は、一体どんな精密な歯車で構成されているのだろう。
「ジンタロー、生きてるー?」
桃香先輩が僕の顔を覗き込んできた。彼女の金色に近い茶髪が、夕陽を浴びてキラキラと輝いている。彼女は僕の隣にどさりと座り込むと、自分の青いジャージの裾をパタパタと煽った。
「はい、お水どうぞ。一気に飲まないで、少しずつねー」
エビちゃん先輩が、魔法のように冷えたペットボトルを差し出してくれた。一口含むと、渇いた細胞の一つひとつが歓喜の声を上げるのが分かった。水とはこれほどまでに重厚で、複雑な味わいを持つ液体だったのか。
「……あ、あの、……福島さん、……お疲れ様、です」
少し離れたところで、岡先輩が膝を抱えて座っていた。彼女はまだ少し肩で息をしていたが、その横顔には、嵐をやり過ごした後の静かな達成感のようなものが漂っている。
「……岡先輩も、お疲れ様です。……よく、あんなに走れますね」
「……わたし、……逃げるのだけは、得意だから。……いつも、何かに追われてる気がする、から……」
彼女は自嘲気味に微かに笑った。その言葉の真意を測る余裕は今の僕にはなかったが、彼女の存在が、この過酷な場所で唯一の「逃げ場」のように感じられた。
「あーあ、アタシの可愛いジャージが汗でびしょびしょじゃん。棗、これ洗濯大変だよー」
桃香先輩が板垣先輩に文句を言っている。
「しょうがねーだろ、うちら山岳部なんだから! ジンくんのジャージも、いい感じに『部活』って色になってきたじゃん」
板垣先輩が僕の肩を叩く。確かに、卸し立てで浮いていた僕の青いジャージは、汗と土埃にまみれ、少しだけ僕の体に馴染んできたような気がした。
ふと、学校の校門の方を見た。
部活を終えた他の生徒たちが、談笑しながら帰路についている。一週間前の僕なら、あの集団よりずっと先に、誰にも気づかれずに家路を急いでいただろう。
今の僕は、全身の筋肉が悲鳴を上げ、皆に笑われた青いジャージを着て、女子ばかりの集団の中で地面に這いつくばっている。
客観的に見れば、それは滑稽で、救いようのない状況かもしれない。
でも、僕の心臓の鼓動は、一週間前よりもずっと力強く、自分という存在がここに「在る」ことを主張していた。
「これ、毎日やるんですか?」
「……そうよ。福島くん、ランニング、明日は今日より1キロ増やすわよ」
坂田部長の無慈悲な宣告が、夕闇に響いた。
「……冗談でしょう?」
「私は冗談を言うために、こんなに高いジャージを買わせたわけじゃないわ」
僕は溜息をついた。
これから先、僕を待ち受けているのは、きっと平坦な道ではない。槍ヶ岳の尖った先っちょに辿り着くまでに、僕はあと何度、このコンクリートの上で死にそうになるのだろう。
でも、隣で笑っている桃香先輩の横顔を見ていると、それも悪くないかもしれないと、酸素不足の脳が勝手に判断を下していた。




