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僕と北高山岳部とギャル先輩  作者: ぴっけるくん
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第5話 トレーニングと青いジャージとギャル先輩②






桃香先輩が、同じ青いジャージを完璧に着こなして手を振っていた。彼女がそこにいるだけで、廊下の空気は一変する。凛とした表情で隣に立つ坂田部長の存在も相まって、冷やかしの視線はすぐに困惑と羨望の混じった沈黙へと変わった。


この学校で、最強のビジュアルを持ちつつ成績優秀な自由奔放ギャル・堀越桃香と、ずば抜けた身体能力を持つクールビューティ・坂田凛は特別な存在だ。誰でも知っている。彼女たちと行動を共にしているという事実は、僕という存在に、得体の知れない「一目置かれるべき理由」を付与してしまっているようだった。


「お、着たじゃん。似合ってんよ、ジンタロー」


桃香先輩が僕の胸元をポンと叩く。


「……無理やり着せられた自覚はありますけどね」


「いいのよ。それが『連帯』の第一歩だわ」


坂田部長が冷徹な、しかしどこか満足げな声で言った。


「さて、それじゃあ始めましょうか。今日のメニューは、()()()()()()()()8キロコースのランニング。その後、校舎の非常階段を使っての昇降運動を10往復。最後に体幹トレーニング。……と、言いたいけれど福島くんが初心者なので1キロ減らして7キロね」


坂田部長の言葉に、僕の胃が鉛を飲み込んだように重くなった。温情込みで7キロ。それは僕がこれまでの人生で、一ヶ月かけても歩かないような距離だった。


「走りなさい。思考を止めて、ただ足を前に出すのよ」


坂田部長の冷徹な号令と共に、僕の地獄が幕を開けた。


校門を出て、舗装された道路を走る。7キロメートル。それは数字にすればたった一桁だが、運動不足の僕にとっては、月まで歩けと言われているのと大差ない絶望的な距離だった。


最初の2キロで、僕の肺は早くも悲鳴を上げた。吸い込む空気が、細かく砕いたガラス細工のように気道をチクチクと刺す。


前を走る坂田部長は、まるで精密に設計された機械のように一定のリズムを刻んでいた。彼女の背中は微塵も揺れず、ショートカットの髪がメトロノームのように正確に左右に振れている。


その少し後ろを、桃香先輩が軽やかな足取りで追っていた。


「ほらほら、ジンタロー! 足止まってるよ! 置いてっちゃうからねー!」


彼女は時折振り返って、僕に発破をかける。その余裕が恨めしい。僕の方はといえば、自分の体重が重力に逆らっていること自体が、宇宙の法則に対する不当な反逆であるかのように感じ始めていた。


4キロを過ぎたあたりで、意識が遠のき始めた。


視界の端で、岡先輩が黙々と走っているのが見えた。彼女は小柄で、今にも風に吹き飛ばされそうなほど細い。けれど、その足取りは意外なほど確かなものだった。彼女は一言も発さず、ただ自分の内側にある何かを見つめるように、淡々とアスファルトを蹴っている。


「……ふう、……ふう、……あ、あの、……福島さん、……呼吸、……吐く方を、……意識して」


横に並んだとき、岡先輩が途切れ途切れにアドバイスをくれた。


「……吐く、方、ですか……?」


「……うん、……全部吐けば、……勝手に、入ってくる、……から」


彼女の言う通りにしてみると、少しだけ胸の圧迫感が和らいだ気がした。それでも、7キロという距離は僕の魂を少しずつ削り取っていく。ようやく校門に戻ってきたとき、僕の青い特注ジャージは、バケツの水を被ったかのように汗で色を変えていた。


これに、さらに1キロ追加して走ってるのか、この人たちは…。軽く絶望する。



しかし、それはまだ序章に過ぎなかった。


「次は筋トレ。プランク3分を3セット、その後腕立てと腹筋を各50回。これに温情は無いわ」


部長の声には、一滴の慈悲も混じっていない。

部室前のコンクリートの上で、僕は自分の筋肉がプルプルと震える音を聞いた。それはまるで、限界まで引き絞られた古い楽器の弦が今にも弾けようとしている時の音に似ていた。


「きっつー! やっぱ凛のメニュー、殺しにかかってんよねー!」


桃香先輩もさすがに額に汗を浮かべているが、その瞳には負けず嫌いな光が宿っている。彼女は凛さんに負けじと、完璧なフォームでプランクを維持していた。

そして仕上げは、校舎外壁に設置された非常階段の昇降10往復だ。

一段登るごとに、太ももの筋肉が熱い鉛を流し込まれたように重くなる。五往復を過ぎた頃には、僕は自分が階段を登っているのか、それとも階段が僕を飲み込もうとしているのか、分からなくなっていた。


「……あ、あの、……これ……」


隣で同じように階段を登っていた岡先輩が、そっと僕に手を差し出そうとして、恥ずかしそうに引っ込めた。


「……大丈夫、……あと、少し、だから」


彼女の顔は上気して真っ赤だった。前髪が汗で額に張り付き、隠れていた素顔の一部が露わになっている。それは、息を呑むほどに整った、儚げな美しさだった。

僕はその一瞬の光景を脳裏に焼き付け、震える足に力を込めた。


10往復目の最後の一段を踏み越えたとき、僕の視界は古いテレビの砂嵐のようにチカチカと明滅していた。


肺は酸素を求めてひきつけを起こし、心臓は肋骨の内側をハンマーで叩き壊そうとしている。僕は非常階段の最上階、踊り場のコンクリートの上に、糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ。


夕暮れ時の空は、誰かがオレンジ色のインクをバケツごとひっくり返したような、毒々しいほど鮮やかな色をしていた。





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