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僕と北高山岳部とギャル先輩  作者: ぴっけるくん
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第26話 彼女の夢とクリスマスとギャル先輩④






1月。3月までオフシーズンの僕らは山には行かない。カウベルの熊代さん時代は冬山にクロスカントリースキーをしにいっていたそうだが、このご時世、危険すぎるとの判断で禁止となった。

僕らは春に向けて、冬休みでも部室に集まって厳しいトレーニングを積む。……というより、家にいるより、桃香先輩や岡先輩のいるみんなで集まっていた方が楽しい、というのが僕の本心だ。



新年最初のトレーニングの日を迎え、まず僕たちは学校の近所の神社に初詣に行った。



「今年もいい1年でありますよーに!」



桃香先輩が元気よく柏手を打ち、鈴を鳴らした。

紅白にられた鈴の紐が、冷たく乾いた音を立てて揺れていた。その音は、冬の澄み渡った大気に、まるで誰かが落としたガラスの破片のような鋭い亀裂を入れていく。



「あのなー、神社にはちゃんとお作法があるんだぞ?テキトーにガランガランしちゃダメだっつーの」



冬の同人誌イベントから、決死の生還を果たした板垣先輩が、青白い顔で突っ込む。さっきからエナジードリンクを2本も飲んでいるが、大丈夫だろうか。その魂の削り方は、ある意味で山登りよりも過酷に見えた。



「無事にみんなが山に行って帰ってこれますようにー」



エビちゃん先輩はいつもと変わらない暖かな笑顔で、丁寧に本殿にこうべを垂れる。


坂田部長は、「よそ様のチカラを借りるのは不本意だけど、廃部にならないような程度に部員が来てくれると嬉しいわね」と事務的な投資家のような表情で手を合わせる。



僕の視線はその時、坂田部長の隣で静かに目を閉じている岡先輩から目を離すことができなかった。


彼女は僕に贈ってくれたマフラーと同じ、深い紺色のニット帽を被っていた。

長い前髪は、今日もしっかりと上げられている。槍ヶ岳の頂上で見た、あの決然とした瞳。文化祭のステージで、スポットライトを浴びて輝いていたあの瞳。彼女は今、賽銭箱の前で、祈るというよりは、自分自身と対話しているような、厳かな沈黙の中にいた。


美しい彼女の睫毛(まつげ)に、まるで微かな霜が降りているように見えた。

かつて部室の隅で、ゲーム機の画面の中にだけ居場所を求めていた「幽霊」の姿は、もうどこにもない。彼女は今、自分の足でこの冷たい大地を踏みしめ、自分の力で呼吸をしていた。


その横顔があまりにも綺麗で、僕は自分が肺に吸い込んだ空気が、一瞬で凍りついたような錯覚に陥った。



それは、恋愛感情という一言で片付けるには、あまりにも重層的で、静謐な感情だった。



「……福島さん?」



岡先輩がゆっくりと目を開け、僕の方を見た。

彼女の頬は寒さで少しだけ赤らみ、吐き出す息は白い羽のように空に舞った。



「……なに? 私の顔に、……何かついてる?」



「いえ。……ただ、何を祈っていたのかな、と思って」



「……ないしょ。……でも、……半分は、誰かさんのことだよ」



彼女はそう言うと、ニット帽の端を少しだけ引っ張り、はにかむように笑った。


その瞬間、僕の首元にある手編みのマフラーが、急に熱を帯びたような気がした。




「ちょっと! 二人で何コソコソ話してんのさー!」



桃香先輩が、僕と岡先輩の間に割って入ってきた。



「ジンタロー、見て!アタシの末吉のおみくじ。なになに?『待ち人:来る。足元に注意せよ』だって! これって絶対、山の話だよね? ジンタロー、あんたアタシの足元、しっかり見ててよ?」


「……それはプロデューサーの仕事じゃなくて、登山部員としての義務ですね」



僕は苦笑いしながら、視界を空に向けた。



「さ、そろそろトレーニング、始めるわよ。いつものコース、先頭は……そうね、福島くんに行ってもらおうかしら」



僕は部長の言葉に大きくうなずき、冬の風を切って再び走り出した。

もっと、僕たちは遠くまで行ける。

この人たちと一緒なら。



2月。1年で最も寒い季節がやってきた。



「いい?福島くん。筋肉の震えを、熱エネルギーに変換しなさい。山では、絶望している暇があるなら、1センチでも高く脚を上げることよ」



坂田部長の号令は、雪の日の石畳のように硬く、鋭い。


でも、その厳しさが今の僕には心地よかった。

放課後の校庭を走る僕たちの吐息は、一瞬で真っ白な霧となって冬の空に吸い込まれていく。ランニングを終え、誰もいない渡り廊下で立ち止まると、肺の奥が凍りつくような感覚に襲われた。


僕は、岡先輩から貰った濃紺のマフラーに顔を埋めた。

その毛糸は、冷え切った僕の首筋に、彼女の静かな執念のような温もりを伝え続けている。このマフラーを巻いていると、自分が誰かの切実な「時間」を身に纏っているのだという実感が、心地よくもあり、同時に少しだけ重く僕の肩にのしかかった。



「……福島さん。……それ、……まだ、暖かい?」



影から現れた岡先輩が、僕の顔を覗き込んだ。前髪を上げた彼女の額は、冬の澄んだ光を受けて、磨き上げられた大理石のような光沢を放っている。



「はい。おかげで、今年の冬は風邪を引かずに済みそうです」


「……よかった。……編み直そうかと、……思ってたから」



彼女は小さく微笑み、僕の隣に並んだ。その距離は、槍ヶ岳に登る前よりもずっと、僕のパーソナルスペースの深くまで入り込んでいる。



「ジンタロー、いつまでサボってんの! ほら、部室の掃除、あんたの担当でしょ!」



渡り廊下の向こうから、桃香先輩の声が響いた。

彼女は白い息を吐きながら、ポケットに手を突っ込んで歩いてくる。その首元には、マフラーではなく、薄手のスポーティーなネックウォーマー。彼女らしい、無駄を削ぎ落とした合理的なスタイルだ。

桃香先輩は僕の隣に来ると、一瞬だけ僕のマフラーに視線を落とした。その瞳の奥に、クリスマスの夜に見せたあの「冬の月」のような冷ややかさが、ほんのわずかだけ戻ったのを僕は見逃さなかった。



「……杏菜、あんまりジンタローを甘やかさないでよね。こいつ、放っておくとすぐ屋上でつぶれたパン食べ始めるんだから」


「……甘やかして、……ないよ。……ただ、……守ってるだけ」



岡先輩が、静かだが断固とした口調で答えた。


二人の先輩の視線が、僕の頭上で無言の火花を散らす。

僕は、自分が険しい二つの峰の間に挟まれた、風通しの悪い谷間に立っているような気分になった。山岳部に入ってから、僕は何度も物理的な高所に立ってきたけれど、この精神的な高低差には、未だに適切なアイゼン(爪)を見つけられずにいる。









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