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僕と北高山岳部とギャル先輩  作者: ぴっけるくん
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第25話 彼女の夢とクリスマスとギャル先輩③








「ようこそ、我が家へ。……別に、特別なことはしていないけれど」



坂田部長……の家を訪れた僕たちは、門をくぐった瞬間に、自分たちが別の時間軸に迷い込んだのではないかという錯覚に陥った。



広大な敷地に建つその豪邸は、ハイブランドのカタログからそのまま抜け出してきたような無機質な美しさを湛えていた。リビングには、天井に届きそうなほど巨大なクリスマスツリーが鎮座し、プロのシェフがケータリングした料理が、まるで芸術作品のようにテーブルを飾っている。普段はこのフロアで先輩のご両親が財界の人と会っているらしい。


聞けば、僕がよく行くあのショッピングセンターも、駅前の巨大なビルも、みんな坂田部長のお父上がオーナーだという。僕は坂田家の底知れぬ財力に軽く眩暈をおこした。


エビちゃん先輩が「あいかわらずすごいですねー。おとぎ話の世界みたいですよー」とおっとりした声を出し、板垣先輩が「これ、同人誌の背景資料にしてもいい?」とカメラを回していた。



「……福島さん、……これ」



パーティーが中盤に差し掛かり、窓の外に冬の星座が瞬き始めた頃、岡先輩が僕の袖を引いた。


彼女の手には、丁寧にリボンがかけられた小さな袋があった。



「……メリー、クリスマス。……あんまり、上手じゃないけど」



中から出てきたのは、濃紺の毛糸で編まれた手編みのマフラーだった。

手に取ると、驚くほど重みがあった。それは物質的な重さというよりも、編み目の一つひとつに込められた、彼女の膨大な時間と、震えるような指先の迷いの総量だった。ところどころ目が不揃いな場所がある。それがかえって、彼女が夜な夜な、前髪を上げたその瞳で毛糸を見つめていた姿を鮮明に想起させた。



「……ありがとうございます、岡先輩。とても暖かいです。今年の冬山は、これがあれば凍えずに済みそうです」



僕がそのマフラーを首に巻くと、彼女は顔を真っ赤にして、でも、とても嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、体育館のステージで見せたあの輝きよりも、もっと静かで、深い場所にあるものだった。

ふと、視線を感じて横を見ると、桃香先輩がシャンパングラス(中身はジンジャーエールだろうが)を片手に、僕たちをじっと見つめていた。



彼女の表情は、冬の夜空に浮かぶ月のようだった。



澄んでいて、美しくて、でもどこか手が届かないような冷たさと、名付けようのない複雑な寂しさが混ざり合っている。彼女は僕と目が合うと、すぐに視線を逸らし、グラスを口に運んだ。僕は彼女のその視線が何を語っているのか、知る由もなかった。



「……ジンタロー。あんた、それ、似合ってんじゃん」



彼女が吐き出した言葉は、粉雪のように白く、そして一瞬で空気に溶けて消えてしまった。


坂田部長の豪邸に流れる優雅なジャズも、最高級のローストビーフの味も、僕の首元にある手編みの毛糸の感触に比べれば、どこか遠い出来事のように感じられた。


僕の16歳の冬は、手編みのマフラーの温もりと、誰にも言えない視線の交差の中で、静かに更けていった。






坂田部長の家を出ると、12月の深夜の空気は、まるで研ぎ澄まされた剃刀の刃のように冷たく僕の頬を撫でた。


さっきまでの豪華なケータリング料理や、高価なシャンパングラスが立てる軽やかな音、そして暖炉の爆ぜる音は、重厚な門扉が閉まると同時に、遠い銀河の出来事のように現実味を失ってしまった。


僕は首に巻かれたマフラーの重みを確認するように、顎を深く埋めた。


濃紺の毛糸は、岡先輩の体温を記憶しているかのように温かい。それは、カタログに載っているような洗練された高級品ではないけれど、僕の体温を逃がさないという一点において、この世のどんなハイブランドの防寒具よりも誠実に機能していた。



「……かえろ、ジンタロー」



後ろから、低く、少しだけ硬い声がした。


振り向くと、そこには白いダッフルコートを着た桃香先輩が立っていた。彼女の鼻先は寒さで少し赤くなり、吐き出す息は白い煙となって夜の闇に吸い込まれていく。



「家、反対方向じゃないですか」


「いいの。ちょっと歩きたい気分なんだ」



僕たちは駅へと続く並木道を、一定の距離を保って歩き出した。街灯が作る僕たちの影が、アスファルトの上で伸びたり縮んだりする。僕の175センチの影は、彼女の影を追い越そうとしては、また後ろに下がった。



「そのマフラー、あったかそうだね」



彼女は僕の首元を見ずに、前方を見据えたまま言った。



「はい。驚くほど暖かいです。岡先輩、不器用だって言ってましたけど、すごく丁寧に編んでくれたみたいで」


「……ふーん。杏菜、最近ゲームもしないでずっと隠れて編んでたもんね」



桃香先輩の声には、とげはなかった。ただ、冬の底に溜まった冷たい水のような、透き通った寂しさが混じっていた。


彼女は不意に立ち止まり、街灯の柱に寄りかかった。



「ジンタロー。アタシ、やっぱりパパに言おうと思う。海外の大学に行きたいって」


「……そうですか」


「きっと、めちゃくちゃ怒られる。お姉ちゃんと同じ道を行かないアタシは、あの人にとって『失敗作』の上塗りでしかないから。でもさ、槍ヶ岳の頂上で見た景色を思い出したら、誰かの顔色を窺って歩くのが、急に馬鹿らしくなっちゃったんだ」



彼女は空を見上げた。そこには、下界の喧騒などどこ吹く風で、冬の星座たちが無機質な光を放っていた。



「アタシ、メイドインジャパンを世界に届けるって言ったじゃん? あれ、本気なんだ。誰かに必要とされるものを、自分の手で繋いでいきたい。……そのためには、まずアタシ自身が自由にならなきゃいけないんだよね」


「先輩はもう、十分に自由に見えますけど」



僕はマフラーの隙間から、そう答えた。



「でも、その自由を公認のものにするためには、また別の山を登らなきゃいけないってことですね」


「そう。超高い山。冬の槍ヶ岳より、ずっと険しいかもしれない」



桃香先輩は僕の方を向き、いたずらっぽく、けれどどこかすがるような瞳で微笑んだ。



「その時はさ、ジンタローがまたアタシのプロデューサー、やってくれる?」


「……僕にできることなら。でも、勉強を教えるのは勘弁してください。僕の成績は、まだ地表ギリギリを飛行中ですから」



彼女は「あはは」と声を上げて笑った。その笑い声は、凍てつく夜の空気を少しだけ柔らかく解かした。







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