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僕と北高山岳部とギャル先輩  作者: ぴっけるくん
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第22話 文化祭とアイドルとギャル先輩⑤







舞台袖に飛び込んできた彼女たちは、まるで激しいスコールの直後のような熱気を纏っていた。


センターを務め上げた岡先輩が、僕の姿を見つけるなり、よろけるようにして駆け寄ってきた。



「……福島さん!」



彼女は僕の胸に、全力で飛び込んできた。

小柄な彼女の体温が、青と白のステージ衣装越しにダイレクトに伝わってくる。彼女の肩は激しく上下し、メイクを施された白い頬には大粒の涙が伝っていた。前髪を上げ、露わになったその素顔は、泣き顔ですら息を呑むほどに美しかった。



「……できたよ。わたし、……できたよ! あなたが、……あなたがいてくれたから、わたし、アイドルになれたよ……!」



言葉にならない嗚咽を漏らしながら、彼女は僕のシャツをぎゅっと掴んだ。

僕は戸惑い、宙に浮いた手の置き場を探した。僕の視界が、彼女の震える背中を見下ろす。かつて屋上で一人、味のしないパンを食べていた僕に、こんな未来が訪れるなんて誰が予想しただろう。


僕は、彼女が箱の中から取り出した夢の重さを、その小さな体温を通じて受け止めていた。


ふと顔を上げると、少し離れた場所に桃香先輩が立っていた。


彼女は、泣きじゃくる岡先輩と僕を、じっと見つめていた。その瞳には、戦友の成功を喜ぶ純粋な光と、それから、言葉では言い表せないほど複雑で、少しだけ寂しそうな色が混ざり合っていた。彼女の唇が微かに動いたが、それは喧騒にかき消されて僕の耳には届かなかった。



「……さて。感傷に浸る時間は終わりよ。福島くん、後片付けの段取りを確認して」



坂田部長が、上気した顔で言った。彼女の耳はまだ真っ赤だったが、その瞳にはかつてないほどの達成感が宿っていた。


僕は岡先輩を優しく促し、舞台袖を出た。


体育館の外には、まだ興奮冷めやらぬラグビー部の連中がたむろしていた。



「佐藤!」



僕は声をかけ、彼らの元へ歩み寄った。



「ありがとう。お前たちのコール、舞台袖までしっかり届いてた。最高だったよ」


「……いいって。俺たちも、あんなスゲーもん見せられるとは思ってなかったんだ。お前らこそ、最高だったぞ、アンナーズ」



佐藤は照れくさそうに頭を掻いた。



「福島、お前、意外とやるじゃねーか。……山岳部、ちょっと見直したぜ」



佐藤は大きな手で僕の背を力強く叩く。上級生の部員たちも、満足げに頷いた。


それは、非モテで友達がいなかった僕が、初めてこの学校という社会と「握手」をしたような、不思議な感覚だった。






文化祭の喧騒が遠ざかり、校舎に夕闇が忍び寄る頃。


僕は一人、山岳部の部室で衣装の片付けをしていた。


青と白の衣装、山岳部のジャージ、それから槍ヶ岳で使った装備たち。部室には、使い込まれたザックの匂いと、微かに残る化粧品の香りが入り混じっていた。



背後で、扉が静かに開く音がした。



「ジンタロー。まだやってんの?」


「あ、桃香先輩。はい、できるだけ今日中に片づけたく……、て!?」



振り返る間もなかった。



背中に、柔らかくて確かな温もりが押し付けられた。桃香先輩が、僕の背中にそっと抱きついたのだ。



「……桃香先輩?」



「……杏菜に先を越されちゃったけどさ。アタシも、ちゃんと感謝してるんだよ」



彼女の声は、僕の背中を通じて直接心臓に響くような、低くて落ち着いたトーンだった。



「ジンタローがいてくれたから、アタシも……自分のこと、ちょっとだけ好きになれた気がする」



彼女の腕が、僕の腹部のあたりで優しく組まれる。



「アタシね、決めたんだ。お姉ちゃんやパパの期待に応えるんじゃなくて、アタシ自身の力で何かを始めたい」



背中に感じる彼女の体温は、しんと冷え始めた部室の空気の中で、そこだけが別の惑星から運ばれてきた熱源のように思えた。



「……桃香先輩」


「そのまま。ちょっとだけ、充電させて」



彼女の声は、普段の弾けるような明るいトーンではなく、少しだけ湿り気を帯びた、夜の海を渡る風のような響きをしていた。


僕は動くことができず、ただ窓の外でゆっくりと形を変えていく夕映えの雲を眺めていた。その色は、槍ヶ岳の頂上で見たあの燃えるようなオレンジとはまた違う、どこか終わりを予感させる、切ない紫色を帯びていた。



「アタシね、ずっと怖かったんだ。お姉ちゃんみたいにならなきゃいけないって思い込んでて、でもなれなくて。だから、わざと派手な格好をして、山に逃げてたんだと思う」



桃香先輩の指先が、僕の青いジャージをぎゅっと掴む。



「でも、ジンタローと一緒に山を登って、今日あんな風に杏菜の夢を応援しててさ。アタシ、やっとわかった気がするんだ。アタシが本当に欲しいのは、誰かに決められた正解じゃなくて、自分の足で切り開く場所なんだって」



彼女は一度言葉を切ると、僕の背中に額を押し当てた。



「アタシ、いつか自分で会社を作りたいんだ。誰でも自由に、自分の好きな場所へ行けるような、そんな手助けができる仕事を。……今まで誰にも言えなかったけどさ。ジンタローになら、言ってもいいかなって思って」


「……いい夢ですね」



僕はできるだけ静かに答えた。



「先輩なら、きっと登れると思います。槍ヶ岳よりも、もっと高い場所にある山へも」


「ありがと。……あはは、なんかアタシ、キャラじゃないこと言っちゃったなー」




桃香先輩はそう言って僕から離れた。振り向くと、そこにはいつもの、少し強気で眩しすぎる彼女がいた。でも、その瞳の奥には、以前にはなかった確かな「光」が宿っていた。


部室の棚には、一枚の写真が立てかけられていた。

3180メートルの頂上で、小林先生に撮ってもらったあの記念写真だ。

泣き腫らした顔で、でもどこか誇らしげに笑う僕。


その隣で、太陽のような笑顔を向ける桃香先輩。


前髪を上げ、見たこともないほど凛々しい顔をした岡先輩。


少し照れながらも背筋を伸ばす坂田部長。


そして、いつものようにマイペースなエビちゃん先輩と板垣先輩。


その写真は、僕にとっての一生の宝物になるだろう。


半年前、屋上でつぶれた焼きそばパンを食べていた僕に教えてあげたい。お前の世界は、こんなにも美しく、そして複雑で、愛おしいものに満ち溢れているんだと。



高校デビューに失敗し、友達もいなかった僕。


でも今の僕には、筋肉痛の記憶と、ネイビーの登山靴と、そして背中に残った微かな彼女の体温がある。




僕の物語は、まだ終わらない。


槍ヶ岳の向こう側には、また別の山が連なっている。


そして、僕の隣を歩く彼女たちの瞳には、次の高みを目指す強い意志が宿っている。



「さあ、ジンタロー! 片付け終わったら、今日こそお寿司食べに行くよ! アタシのおごり!」


「……お寿司。いいですね」





僕は最後に一度だけ写真を眺め、部室の電気を消した。


暗闇の中でも、あの青いジャージの色だけは、鮮明に脳裏に焼き付いていた。











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