5話 冒険者ギルドと奴隷
レイヴァルトに着いたその日は、もう動かなかった。
街は大きく、人も多い。だが、初日に無理をする意味はない。商売は勢いより段取りだ。門を抜けてすぐの宿を取り、荷馬車を預ける。値段は安くないが、厩も倉もついている。人の出入りが多い宿だが、逆に安全でもある。
部屋は二つ取った。
男二人と、子供一人。分ける理由はそれだけだ。
夜は簡単な飯で済ませた。
宿の食堂は騒がしく、冒険者の話題ばかりが飛び交っている。魔物、依頼、金、怪我。どれも聞き慣れた単語だ。カイルは黙って聞き、グランは酒に口をつけない。ノアは、周りの話をよく聞いているようだ。
「明日は早い」
「分かってる」
カイルが短く返した。
翌朝。
街はもう動いていた。
露店が並び、荷車が通り、職人の店から音が漏れる。朝の街は正直だ。金が動く場所ほど、動き出しが早い。
宿を出る前に、俺は荷の確認をした。
荷馬車の奥から、布に包まれた細身の剣を一本取り出す。前回の取引の際、貰ったものだ。
派手さはないが、扱いやすい重さだ。
「これを使え」
そう言って、カイルに差し出す。
一瞬、周囲の視線が集まった。
宿の前だ。冒険者も多い。奴隷に武器を渡す光景は、珍しい。
「いいのか」
カイルが聞く。
「逃げられるぞ」
「逃げるなら、とっくに逃げてる」
俺は肩をすくめた。
「それに、武器を持たせない前衛に価値はつかない」
鞘を抜き、刃の状態を確認させる。
「刃こぼれはない。森用だ」
「……慣れてるな」
「商売だからな」
俺は続ける。
「街の中では使うな」
「分かってる」
「ギルドで登録が通ったら、正式に預ける」
「預ける?」
「管理だ。所有は俺、使用はお前」
カイルは少し考えてから、剣を受け取った。
握り方に迷いはない。やはり、この手は何度も武器を持ってきた手だ。
「一つだけ言っておく」
俺は言う。
「壊したら、値段が下がる」
「……善処する」
軽口のようで、半分は本気だ。
「奴隷に武器を持たせるのは、禁止じゃない」
俺は独り言のように続ける。
「ただし、責任は全部、所有者持ちだ」
「だから、俺がいる。そういうことだ」
剣を腰に差したカイルを見て、周囲の視線が変わる。
冒険者を見る目だ。
これでいい。
商品は、使われて初めて価値が出る。
◇
冒険者ギルドへ向かう道中、いかにもな冒険者と何度もすれ違った。鎧が新しい者、修理跡だらけの者、顔色の悪い者。全員、どこか欠けている。だから仕事をしている。
「……見られてるな」
カイルが小さく言った。
「当然だ」
「理由は?」
「お前が目立つ」
背が高く、武器を持ち、歩き方が違う。街では、それだけで目に留まる。
冒険者ギルドは、街の中でも分かりやすい場所にあった。
建物は石造りで大きく、飾り気はない。入口の扉は厚く、何度も修理された跡がある。壊されても、直して使い続けてきた建物だ。
中に入ると、空気が変わる。
人は多いが、騒がしくはない。依頼書を睨む者、装備を点検する者、朝から酒を飲んでいる者もいる。全員、仕事をしに来ている顔だ。遊びの空気はない。
掲示板には紙がびっしり貼られ、剥がされた跡も多い。依頼は回っている。だが、人手は足りていない。
受付に向かうと、職員の男が顔を上げた。
無精ひげ、疲れた目。だが、こちらを見る視線は鋭い。場数を踏んでいる。
「登録か?」
「ああ」
俺は頷く。
「一人だけな」
カイルが一歩前に出る。
職員は一度カイルを見てから、俺を見る。
「……戦えるようには見えないな」
「そうか?」
「細い。軽そうだ」
評価としては、妥当だ。
「傭兵上がりだ」
俺が言う。
職員の視線が、カイルの肩の古傷に移る。
少しだけ、空気が変わった。
「……なるほど」
それから、俺を見る。
「奴隷か?」
隠す理由はない。
「そうだ」
「所有者は?」
「俺」
一瞬、周囲の音が遠のいた気がした。
だが職員は、すぐに帳面を引き寄せる。
「登録はできる」
「条件は?」
「仮登録だ。単独行動のみ。パーティー加入は禁止」
「妥当だな」
俺がそう言うと、職員は少しだけ眉を上げた。
文句を言われると思っていたらしい。
「低ランク依頼のみだ」
「問題ない」
「死亡時の責任は?」
「所有者が持つ」
職員の目を見ながら、はっきりと伝える。
「……分かった」
ペンを走らせながら、職員が言った。
「一つだけ忠告しておく」
「何だ」
「使い潰すな」
手が止まる。
「奴隷だろうが、冒険者として登録する以上、街の管理下だ」
「……」
「無茶な使い方をして問題を起こせば、次はない」
俺は少しだけ口角を上げた。
「安心しろ」
「理由は?」
「壊れた商品は、売れない」
職員は一瞬きょとんとし、それから鼻で笑った。
「……商人だな」
「そうだ」
掲示板の前に立つ。
依頼は多い。だが、今は選ぶ。
目についたのは、近郊の森のゴブリン討伐。数は少なめ。単独でも問題ない内容だ。
「これだ」
紙を剥がす。
職員が目を細めた。
「様子見には、ちょうどいい」
「値段を見るにはな」
「帰って来れたら、次を考えろ」
「生きて戻ればな」
ギルドを出る。
外の空気が、少し軽く感じられた。
「制限が多いな」
カイルが言う。
「当たり前だ」
「逃げられないように、か?」
「違う」
俺は歩きながら答える。
「責任の所在を、はっきりさせてるだけだ」
「……」
「お前が死んだら、俺の損だ」
「分かりやすい」
カイルはそれだけ言って、歩き出した。
余計な感想はない。納得した時の動きだ。
ギルドを離れると、街の音が少し遠のく。
露店の呼び声、金属を打つ音、人の足音。それらが混ざり合い、街の輪郭を作っている。だが、森へ向かう道は別だ。人の流れが途切れ、空気が少しずつ軽くなる。
門へ向かう途中、俺は一度だけ振り返った。
冒険者ギルドの建物は、相変わらず忙しそうだった。
仕事は尽きない。人手は足りない。
――つまり、需要はある。
「戻ってきたら、次を考える」
俺は独り言のように言う。
カイルは答えない。
だが、その背中は、もう外を見る歩き方になっていた。
街の門が見えてくる。
その先にあるのは、管理された森だ。
だが、管理されているというだけで、安全だと思うのは素人の考えだ。
森は、入ってからが本番になる。
俺は足を止め、門の向こうを見た。
さて。
値段をつける準備は、整った。




