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10話 戦闘の終わり

戦闘が終わった後もしばらく、森には血の匂いが残っていた。


シルバーウルフの死体は、開けた地面へ何体も転がっている。

白銀の毛並みは赤黒く汚れ、踏み荒らされた落ち葉へ血が染み込んでいた。

湿った土へ混じる鉄臭さが、生暖かい空気と一緒に漂っている。


木々の上では、鳥の声すらしなかった。


さっきまでの騒ぎを警戒しているのか、辺りは妙に静かだ。


「怪我人こっちだ!」


ラグスの声が響く。襲われていた男達は、完全に消耗していた。


武器を握る手が震えている。その場へ座り込んだまま動けない奴もいた。


一人は既に死んでいた。


腹を深く裂かれている。


近くにいた中年の男が、何も言わずその死体へ布を掛けた。


手慣れている。


慣れたくなくても、こういう動きに慣れるのが辺境なんだろう。


別の男は足を深く噛まれていた。血で濡れた革靴を脱がされ、傷口が露出する。


肉が削れていた。


ミレアがすぐ横へ膝をつく。


「動かないでください。傷よ癒えろ《リーフ》」


淡い光が傷口を包む。完全に治る訳じゃない。

だが、溢れていた血は目に見えて落ち着いていった。


負傷した男が、呆然とその光を見下ろしている。


「す、すげぇ……」


「喋らないでください。傷が開きます」


ミレアは淡々としていた。

その横で、フェルは矢を番えたまま周囲を警戒している。


木々の奥へ視線を走らせ、耳を澄ませていた。


シルバーウルフは群れで動く。


まだ残っている可能性もある。


俺は荷馬車の近くで、倒れていた男達の装備を見ていた。


酷い。


剣は欠け、槍の柄も割れかけている。


革鎧は薄い。


まともな鉄を使えていないのが、刃を見れば分かった。何度も研ぎ直し、無理矢理使い続けた武器だ。


辺境は金が無い。


その事実が、そのまま形になって転がっていた。


「助かった……」


若い男が、その場へへたり込む。


汗と泥で顔がぐしゃぐしゃだった。


「本当に、助かった……」


ラグスが軽く肩をすくめる。


「運が良かったな」


「ほぼ偶然だけどな」


フェルが森を睨んだまま返した。


その横で、ルードは死んだシルバーウルフを見下ろしていた。


何か考えているみたいだった。


やがて、襲われていた男達の一人が、ちらちらとルードを見始める。


30代くらい、日に焼けた顔に無精髭。最初は半信半疑みたいな目だった。だが、何度か見直すうちに、表情が変わる。


「……おい」


男が目を細めた。


「まさか……ルードか?」


ルードがゆっくり視線を向ける。


男は数歩近付いてきた。


「ルードだろ!? お前!」


「……誰だ」


「俺だよ、ガレス!」


男が目を見開く。


「覚えてねぇのか!?」


ルードは少し黙る。


木々が軋む音だけが聞こえた。


それから、小さく鼻を鳴らす。


「……ああ。村長んとこの馬鹿息子か」


「その言い方やめろ!」


ガレスが怒鳴る。だが、その顔は笑っていた。


本気で安心した顔だった。


「生きてたのか、お前……!」


後ろの男達もざわつき始める。


「ルード?」

「本当に?」

「死んだって聞いてたぞ……」


ルードは面倒そうに頭を掻いた。


「しぶとかっただけだ」


ガレスの視線が、途中で止まる。


左肩だった。


腕の無い場所。


そこで初めて、表情が曇る。


「……そうか」


さっきまで興奮していた男達も、そこで一度黙った。


遠くで風が鳴る。


ガレスが、無理矢理みたいに口を開いた。


「キャシーが......ずっと心配してたんだぞ」


その名前が出た瞬間、ルードの眉がわずかに動く。


「お前の両親もだ。戻ってこねぇって、ずっと……」


ルードは視線を逸らした。


地面へ転がるシルバーウルフの死体を見ている。


「……名を挙げて戻るつもりだった」


ぽつりと呟く。


「辺境の村じゃ食えねぇからな。傭兵になって、金稼いで、それで――」


そこで言葉が切れる。ルードは空になった左肩を右手で軽く叩いた。


乾いた音がする。


「結局、このザマだ」


ガレスは眉をしかめた。


「そんなの――」


「いい」


ルードが遮る。


低い声だった。疲れたみたいな響きが混じっている。


「そんなことより、なんでこんな場所うろついてた」


その瞬間、ガレス達の空気が変わった。

再会の空気が、一気に沈む。


ガレスが奥歯を噛む。


「……村がやばい」


短い言葉だった。だが、それだけで十分重い。

近くにいた若い男が、泥だらけの槍を地面へ突き立てる。


柄には大きなひびが入っていた。


「若い連中は、もう残ってねぇ」


「残ってるのは年寄りばっかだ」


「畑も回んねぇ」


疲れた声だった。


誰も目を合わせない。


そこへ、別の男が吐き捨てるみたいに続ける。


「盗賊団だ」


その言葉で、空気が更に重くなる。


「近くの山に居着きやがった」


「物資も金も持ってかれる」


後ろの男が低く言う。


「若い男も連れてかれた」


フィンが露骨に耳を伏せ、ガレスが拳を握る。


「抵抗しねぇと、全部持ってかれる。だから巡回してたんだ。少しでも動き見張ろうと思って」


そこで、さっきの戦場跡へ視線を向ける。


「そしたら今度はシルバーウルフだ」


ルードは黙って聞いていた。


表情は変わらない。だが、右手だけが僅かに握られている。


ガレスが一歩近付く。


「戻ってきてくれ、ルード」


真っ直ぐだった。


「今の村には、お前みたいなのが必要なんだ」


周囲の男達も頷いている。


ルードは答えない。


代わりに、小さく息を吐いた。


そこで、俺は口を挟む。


「残念だが、そいつは今、俺の商品だ」


ガレスの顔から、さっきまでの安堵が消える。


「……商品?」


「奴隷だ」


俺は肩をすくめる。


「正確には、俺の奴隷」


ガレスが奥歯を噛んだ。


「頼む」


声が低くなる。


「解放してくれ」


「商人にその頼み方は良くないな」


俺は言う。


「欲しいなら買え」


男達の視線が鋭くなる。


「……お前も結局、そういう奴か」


誰かが吐き捨てる。


「人をモノ扱いしやがって」


敵意だった。


辺境じゃ奴隷商人なんて嫌われる。特に今みたいな状況なら尚更だ。

だが、その空気へ割って入ったのはカイルだった。


「ジェイドはそんな奴じゃない」


低い声だった。


ガレス達がそっちを見る。


ルードも小さく鼻を鳴らす。


「少なくとも、俺をゴミみたいには扱わなかった」


フィンも不機嫌そうな顔のまま呟く。


「飯、ちゃんと出る」


「そこ?」


少しだけ、空気が緩む。

ミルノは困ったように視線を泳がせながら、小さく頷いた。


「悪い人では……ないです」


ライノも苦笑する。


「商人としては、かなり変だけどな」


ガレス達は顔を見合わせる。


しばらく沈黙が続いた。


やがて、ガレスが頭を掻く。


「……悪い」


疲れた声だった。


「気が立ってた」


「そりゃそうだろ」


俺は肩をすくめる。辺境で余裕がある奴なんて少ない。まして、村が壊れかけてるなら尚更だ。


俺はルードを見る。それからガレス達へ視線を戻した。


「とにかく、一回村へ行く」


そう言って、荷馬車の方へ顎を向ける。


「売るか売れないかは、その後決める」


木々が揺れる。


辺境の森は、さっきまで人が死んでいたことなんて関係ないみたいに静かだった。

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