3話 戦争奴隷
更新後、3章2話から続けて読んでいる方向けへのお知らせです。
「2話 エルフ」を大幅に加筆しております。1度読んだ方も前話に戻っていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
奴隷商は俺をさらに奥へ案内した。
通路の空気が変わる。湿った空気の中に、薬臭さまで混ざっていた。
戦争奴隷区画。
市場の中でも、一番空気が荒れる場所だ。
通路脇では、包帯を巻いた男が壁へ寄り掛かっていた。
別の檻では、片脚の無い兵士崩れが床へ座り込んでいる。
目付きだけは鋭い。
「最近はこっちが多い」
奴隷商が言う。
「国境が荒れてるからな。敗残兵も流れてくるし、捕虜も増えてる」
「景気は悪いのに、商品は増えるわけか」
「だから値崩れも起きる」
奴隷商は肩をすくめた。
「腕があっても、怪我してりゃ値段が落ちる。客は分かりやすい商品を欲しがるからな」
まあ、実際その通りだ。扱いやすく、従順で、健康。市場じゃ、その辺が一番売れる。
逆に、使い道を考える必要がある商品は売れ残る。
俺は通路を進みながら、檻の中を眺めていく。
怒鳴り声も多い。
鎖を蹴る音。
罵声。
酒臭い笑い声。
市場の表側より、こっちの方が空気は生々しかった。
その中で、一つだけ妙に静かな檻があった。
中には男が一人だけ座っている。
短い灰髪。
焼けた肌。
年齢は三十前後か。
左腕が無かった。
肩口から先が綺麗に失われている。
だが、姿勢は崩れていない。
背中が壁についていなかった。
「そいつだ」
奴隷商が言う。
「元傭兵。戦争奴隷だ」
男はこっちを見ない。視線は床へ落ちている。
だが、耳は死んでない。周囲の会話を全部拾ってる。
「名前は」
「ルード」
奴隷商が鉄格子を軽く蹴る。
「おい、客だぞ」
そこで初めて、男がゆっくり顔を上げた。
鋭い目だった。
死んではいない。
だが、かなり擦り減ってる。
「片腕でよく生き残ったな」
俺が言うと、ルードは小さく鼻を鳴らした。
「運が良かっただけだ」
声は低い。
カイルを思い出す、傭兵崩れ特有の乾いた喋り方だった。
「元はどこ所属だ」
「色々だ」
「便利な答えだな」
「傭兵なんてそんなもんだ」
奴隷商が横から割って入る。
「腕は確かだったらしいぞ。部隊指揮も出来るって話だ」
「片腕だがな」
俺が返す。
奴隷商は苦笑した。
「だから売れ残ってんだよ」
ルードは何も言わない。ただ、視線だけがこっちを見ていた。
値踏みする目は、まだ死んでいない。
買われる側の目じゃない。まだ、自分を傭兵だと思ってる目だった。
俺は鉄格子の前でしゃがみ込む。
「故郷は」
数秒、間が空いた。
ルードの目が少しだけ動く。
「……コルネラ」
聞き覚えの無い名前だった。
辺境側か。
国境近くなら、荒れていても不思議じゃない。
俺が考えていると、奴隷商が肩をすくめた。
「山側の小村だよ。国境近くの」
「帰りたいのか」
俺が聞く。
ルードは少し黙った後、小さく笑った。
「今さら帰っても、意味なんか無ぇよ」
乾いた笑い方だった。諦めきった声にも聞こえる。
だが、本当に全部諦めてる奴は、そんな顔をしない。
「村は残ってるんだろ」
「……多分な」
「随分曖昧だな」
「最後に見たの、一年以上前だ」
ルードは視線を落とした。
「国境荒れてから、あの辺は盗賊も増えた。山越えの連中も流れてきてる」
奴隷商が横で頷く。
「最近は辺境側ひでぇぞ。村ごと消えた話も聞く」
珍しくもない。
国が守るのは、金になる場所からだ。
辺境はいつだって後回しになる。
ルードは鉄格子へ背を預ける。
「仮に残ってても、片腕の傭兵なんか戻ってどうすんだ」
「働き口くらいあるだろ」
「山村だぞ」
ルードが鼻で笑った。
「食うだけでも苦労してる場所で、役立たず養う余裕なんかねぇよ」
役立たず。
自分で言う辺り、何度も言われてきたんだろう。
俺はしばらくルードを見る。
片腕。
戦争帰り。
年齢も若くはない。
市場評価だけ見れば、確かに安い。
だが――
「指揮が出来るんだったな」
俺が言う。
ルードの目が少し動く。
「……多少はな」
「地形も知ってる」
「故郷ならな」
山側の辺境村。国境は荒れていて、盗賊も増えている。
若い連中が減れば、残るのは老人と子供ばかりだ。
俺は立ち上がる。
奴隷商がこっちを見る。
「どうだ兄ちゃん? そいつも保留か?」
俺は少しだけ笑った。
「いや」
視線をルードへ向ける。
「そいつは買う」
ルードの眉が、わずかに動いた。
「......正気か?」
商人とルードの声が重なる。
「商人は損する商品をわざわざ買わない」
俺は肩をすくめる。
「売り先が見えたなら、なおさらな」




