2話 エルフ
「兄ちゃん? 買うか?」
奴隷商がもう一度聞いてくる。
俺は檻の中から目を離さないまま答えた。
「保留だ」
「……即決しねぇのか?」
「耳は良い。警戒心もある。悪くない」
俺はフィンを見る。
フィンは壁際へ座ったまま、こっちを睨んでいた。
「だが、獣人は扱いが難しい。先に他を見る」
奴隷商は少し不満そうに鼻を鳴らした。
「他?」
「訳アリ、これだけじゃないだろ」
図星だったらしい。
「……奥にもいるが、そっちは高いぞ」
「見るだけだ」
奴隷商は舌打ち混じりに立ち上がる。
「冷やかしは嫌いなんだがな」
「商人向いてないぞ」
「うるせぇ」
奴隷商は俺を奥の通路へ案内した。
市場の奥は空気が違う。
檻の数は減るが、その分値段が上がる。
戦場崩れの兵士や、専門技能持ち。表へ並べるには扱いづらいが、使い道がある商品はだいたいこの辺へ流される。
通路脇では、片目の潰れた男が鎖に繋がれていた。その隣には、明らかに元傭兵らしい連中が座っている。
「最近は戦争奴隷が多くてな」
案内役の奴隷商が言う。
「腕のいい奴は軍が持ってく。市場に流れるのは、壊れた奴か、使いづれぇ奴ばっかだ」
「どこも人手不足なんじゃなかったのか」
「だから余計に面倒なんだよ。使えるけど扱いづらい奴が、一番売れ残る」
まあ、分かる。
従順な無能と、反抗的な有能なら、欲しがる客は後者の方が少ない。
通路を曲がったところで、奴隷商が足を止めた。
「こっちだ」
鉄格子の中には、二人のエルフがいた。
兄妹だろう。
髪色が似ている。
兄の方は薄い金髪を短く切っていた。妹の方は長い髪を後ろで雑に束ねている。
どちらも痩せていた。
ただ、栄養不足というより、環境に慣れていない痩せ方だ。
服も他の奴隷と少し違う。布地そのものは汚れているが、元はそれなりに良い物だったのが分かる。
「エルフか」
「森側の集落出身らしい」
奴隷商は肩をすくめた。
「兄の方が魔力不全だとよ。精霊との同調が極端に弱いらしい」
ライノが露骨に顔をしかめる。
聞こえてるらしい。
「エルフでそりゃ致命的だな」
「だろ?」
奴隷商が笑う。
「魔術は不安定。森管理も半端。おまけに外の本ばっか読んでた変わり者だ」
なるほど。エルフの里なら、そういうのは嫌われる。
閉じた場所ほど、“普通”から外れた奴に厳しい。
「妹は」
「ミルノの方は普通だったらしい。だが兄について出てきた」
ミルノは俯いたまま何も言わない。
ライノの方は、逆に真っ直ぐこっちを睨んでいた。
気だけは強いらしい。
「名前は」
「兄がライノ。妹がミルノ」
奴隷商が鉄格子を軽く叩く。
「兄妹まとめてなら少し安くするぞ。片方だけだと、もう片方が面倒だからな」
ライノが小さく舌打ちした。
俺は鉄格子へ近付く。
「読み書きは」
「出来る」
ライノが短く答えた。
「計算も」
「へぇ」
それは悪くない。
最近は、文字読めるだけでも価値がある。
俺は檻の前でしゃがみ込む。
「お前、戦えるのか」
ライノは少しだけ黙った。
「……弓と剣はやってた」
「魔術は」
「使える」
そこで奴隷商が吹き出した。
「暴発するけどな」
ライノの眉が動く。
図星らしい。
「だから安いんだよ。エルフなのに魔術が安定しねぇ」
なるほど。
確かに、それなら市場評価は低い。
だが――
俺はライノを見る。
完全に折れてる目じゃない。
フィンと同じだ。
まだ、自分を諦めてない目をしていた。
俺は立ち上がり、檻から少し距離を取った。
「どうだ兄ちゃん?」
奴隷商が聞いてくる。
「悪くない」
俺が答えると、奴隷商は露骨に顔を明るくした。
「だろ? 文字も読めるし、頭も悪くねぇ。魔術さえ安定すりゃ――」
「その“さえ”が一番高いんだよ」
俺は言う。
奴隷商は口を閉じた。
魔術を扱う種族が、魔術をまともに使えない。
エルフ社会じゃ、それだけで価値が落ちる。
特に里育ちなら尚更だ。
「で、いくらだ」
「兄妹まとめて金貨8枚」
少し吹っ掛けてるな。
俺は鉄格子へ視線を戻す。
ライノはまだこっちを睨んでいる。
ミルノは逆に、視線を合わせようとしない。
「高いな」
「エルフだぞ?」
「魔術不全の、だろ」
奴隷商が嫌そうに顔をしかめた。
図星らしい。
「……金貨6枚」
「まだ高い」
「兄ちゃん値切り過ぎだろ」
「売れ残ってる理由、自分で説明したばっかりだ」
奴隷商は頭を掻いた。
市場の奥から怒鳴り声が聞こえる。
誰か揉めてるらしい。
最近は本当に空気が悪い。
「金貨5枚。これ以上は無理だ」
俺は少し考える。
訳アリとはいえ、エルフは基本的に高い。
魔術適性、長命、種族価値。
市場じゃ、その肩書だけで値段が吊り上がる。
金貨5枚なら、むしろ安い方だ。
正直、悪くない値段だった。
読み書き可能で計算も出来る、エルフ。
しかも若い。
魔術不全込みでも、安い。
「……保留だな」
「またかよ」
奴隷商が露骨に嫌な顔をする。
「兄ちゃん全然即決しねぇな」
「即決しかしない奴は、そのうち破産する」
「夢の無ぇ商人だな」
「現実的って言え」
俺は軽く肩をすくめ、通路の奥へ視線を向けた。
まだ見てない商品がいる。
奥側は空気がさらに重く、鉄臭さも濃い。
戦争奴隷区画が近いんだろう。
通路脇では、腕を失った男が壁へ寄り掛かっていた。
その隣では、足を引きずる兵士崩れが床へ座り込んでいる。
まともな時代なら、商品にならなかった連中だ。
今は、こうして値札を付けられて並んでいる。
「次、見るか?」
奴隷商が聞いてくる。
「ああ」
俺は頷いた。
「戦争奴隷の方を見せろ」
奴隷商が一瞬だけ眉を動かす。
「……好きだねぇ。そっち系」
「商品になるなら何でもいい」
半分本音だ。
もう半分は――
戦場崩れには、時々妙な掘り出し物が混ざる。




