1話 補充
俺は朝からレイヴァルトの市場区画を歩いていた。
商品が減った分、荷台は軽い。
奴隷商は商品を売ったら次を仕入れる。感傷に浸っている暇なんて無い。
市場通りは相変わらず騒がしかった。
魚市場側からは潮の匂いが流れ、商会区画からは怒鳴り声が飛んでくる。荷車同士が道を取り合い、朝からあちこちで揉めていた。
「おい押すな!」
「そっちが止まったんだろうが!」
「荷が崩れんだよ!」
景気が悪い時ほど、人間は声がデカくなる。
レイヴァルトは活気のある街だ。だが最近は、その活気の質が少し変わっている。
街全体に余裕が無いのだろう。笑い声より、怒鳴り声の方が増えていた。
俺は喧騒を横目に、市場西側へ向かった。
石壁に囲まれた奴隷市場は、街の空気とは別種の重さがある。
湿った石の臭いに、汗と鉄臭さが混ざっていた。
奴隷市場は、奴隷商人へ商品を流す場所だ。
難民、犯罪奴隷、戦争奴隷。色んな人間が集められ、値段を付けられ、売られていく。
そして、買った奴隷商人が今度は各地で買い手へ売る。
貴族、商会、農場、鉱山。行き先は様々だ。
だから、奴隷市場と奴隷商は別物だった。
市場は“流す場所”。
奴隷商は、“流した先で価値を付ける側”だ。
入口では、市場管理人らしい男が椅子へ座っていた。
「商人証」
俺は革袋から証書を出す。
管理人は軽く目を通し、少し眉を動かした。
「……ヴァーニスト? 珍しいな。ヴァーニスト家の商人が、こんな西側市場まで来るの」
「仕入れだよ」
管理人は鼻を鳴らす。
「最近は流れ悪いぞ。まともなの減ってる」
「最近どこもそうだ」
国境揉め始めてから、市場全体の質が荒れている。
戦争奴隷、難民、違法流れ。増えたのはそんなのばかりだ。
まともな教育を受けた奴は、もっと早い段階で囲われる。
残るのは、傷んだ商品か、扱いづらい商品だ。
市場内へ入る。
鉄格子の並ぶ通路には、色んな奴隷が座っていた。
痩せた難民。目付きの悪い傭兵崩れ。怯えた子供。
中には、鎖付きのまま転がされてる奴もいる。
「兄ちゃん!」
通路脇の奴隷商が声を掛けてくる。
指輪だらけの太った男だった。
「今日は獣人安いぞ!」
檻の中では、耳付きの獣人達が座っていた。
かなり痩せている。毛並みも悪い。
「部族崩れか」
俺が聞くと、奴隷商は肩をすくめた。
「当たり。山側の抗争で流れてきた」
最近増えてる。
獣人部族同士の縄張り争い。負けた側は、だいたいこうなる。
俺は檻の前で足を止めた。
その中に、一人だけ妙に静かな奴がいた。
小柄な女。獣耳。灰色寄りの髪。
周囲の獣人達が苛立っている中、一人だけ壁際で膝を抱えて座っている。
目だけが動いていた。
周囲を見てる。
耳も動いてる。
「そいつ、全然懐かねぇぞ。噛むし逃げるし、扱いづれぇ」
奴隷商が笑いながら言う。
「名前は」
「フィン」
フィンはゆっくりこっちを見た。
敵を見る目だった。
怯えてはいる。だが、媚びてはいない。
悪くない。
俺は少し檻へ近付く。
その瞬間、フィンの耳が小さく動いた。
視線が俺じゃなく、後ろの通路へ向く。
次の瞬間、少し遅れて通路奥から怒鳴り声が響いた。
「待てコラ!」
誰か揉めてるらしい。
俺は少し目を細める。
……耳が良いな。
奴隷商はまだ気付いていない。だが、フィンは先に反応していた。
「兄ちゃん? 買うか?」
俺は答えず、檻の中を見る。
フィンはまだこっちを警戒していた。
だが、完全に折れてる目じゃない。
市場で長く生き残る奴は、大体こういう目をしてる。




