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18話 炉の残る場所

店の中には、絶えず槌音が響いていた。


赤熱した鉄を打つ乾いた音。

炉の火が弾ける低い破裂音。

時折、水桶へ鉄を沈めた時に上がる蒸気の唸り。


夕方を過ぎても、鍛冶屋の仕事は終わらない。


むしろ日が落ち始めてからの方が、鍛冶区画は熱を増していく。


通りへ漏れた炉の赤が石畳を染め、煤混じりの煙がゆっくり夜空へ伸びていた。

空気そのものが熱を孕み、息を吸うだけで喉の奥に鉄の味が残る。


ドガの店も例外じゃない。


入口近くには修理待ちの武器が山積みになっていた。


刃こぼれした剣。

折れた槍。

中央から歪んだ盾。


どれも、誰かが生き残るために振った跡だ。


血の匂いは残っていない。

だが、使われ方だけで分かる。


無茶をした武器は、壊れ方が違う。


店の奥では弟子が無言で鉄を叩いていた。


カン、カン、カン――


以前より音が安定している。


最初の頃みたいな力任せの響きが減り、芯へ通す音になっていた。

グランに散々言われ続けた成果だろう。


当の本人は、その横で腕を組み、不機嫌そうな顔のまま炉を見ている。


火の揺れを見ているのか、鉄の色を見ているのか。

少なくとも、周囲の会話には興味がなさそうだった。


完全に仕事中の顔だ。


ラグス達も、いつの間にか自然に店へ馴染んでいた。


ラグスは壁際で剣を布で拭き、フェルは修理待ちの弓を勝手に手に取って眺めている。


ミレアは熱気にやられたのか、首元を軽く緩めながら額の汗を拭っていた。


「鍛冶屋って、夏場は地獄ですね……」


小さく漏らす。


「冬でも暑いぞ」


フェルが笑った。


「この辺の職人、真冬でも腕まくりしてるからな」


その横で、カイルだけは机へ置いた盾をじっと見ていた。

指が、盾の縁をゆっくりなぞる。


前より傷が浅い、削れ方も違う。

受けた瞬間の流れが変わっている。


前衛だから分かる感覚だった。

命を受ける道具が変わると、戦い方まで変わる。


「……金貨35枚」


ドガが言った。


カウンターの奥で腕を組み、難しい顔をしている。


炉の赤い光が、その顔の皺を深く浮かび上がらせていた。


「上げたな」


俺が言うと、ドガは露骨に嫌そうな顔をする。


「うるせぇ。これでも無茶してる」


吐き捨てるみたいな声だった。だが、その視線はグランから外れない。


職人が職人を見る目だ。店の奥で、弟子が鉄を水へ沈めた。


ジュ、と白い蒸気が立ち昇る。


熱気の中へ、水と焦げた鉄の匂いが混ざった。


「飯は出す」


ドガが続ける。


「寝床は工房の裏。工具も貸す」


グランの眉が、わずかに動いた。


「炉は」


初めて反応した言葉がそれだった。


ドガが鼻を鳴らす。


「勝手に触んな」


「使えるのか」


「話聞け」


フェルが堪えきれず吹き出した。ラグスまで肩を揺らしている。


張っていた空気が、少しだけ緩む。だが、グラン本人は本気だった。


視線はずっと炉へ向いている。火を見る職人の目だ。


「給金は?」


俺が聞く。


ドガがこちらへ視線を向けた。

一瞬だけ、露骨に面倒臭そうな顔をする。


「見習いだぞ」


「腕は見習いじゃない」


俺は椅子へ深くもたれたまま言った。


「分かってる」


「なら安い」


ドガが舌打ちする。


その横で、弟子が苦笑した。


「始まった……」


「商人ってのは、ほんと面倒臭ぇな」


店の中を見回す。


壁際には使い込まれた工具。

煤で黒くなった作業台。

火を浴び続けて変色した床。


長く残ってきた工房の空気だった。


簡単には潰れない店だ。


腕だけじゃない。

残り方を知ってる店の匂いがする。


「怪我した時は」


「治療ぐらいする」


「死んだら?」


ドガが少し黙る。


炉の火が揺れた。


奥では弟子の槌音が続いている。


「工房で死人なんざ珍しくねぇ」


低い声だった。


軽く言っているわけじゃない。


何度も見てきた人間の声だ。


俺は肩をすくめる。


「商品として困る」


ドガが眉を寄せた。


「お前、本当に冷たいのか優しいのか分かんねぇな」


ラグス達も苦笑していた。


だが、誰も否定しない。


ジェイドは利益で動く。


けれど、利益で動くからこそ雑に扱わない。

そこは全員、もう理解していた。


グランはそんな会話の間も、剣を見ていた。


刃を抜く。


火の赤が、鈍く刃へ映り込む。


柄を少し削り、重さを確かめ、また軽く振る。


完全に集中している。


「おい」


ドガが声をかける。


「聞いてんのか」


「聞いてる」


「なら返事しろ」


グランは数秒だけ考えるように炉を見た。


赤い火が瞳へ映る。


「炉は使えるのか」


「そこしか興味ねぇのかお前は」


ドガの呆れ声に、また笑いが漏れた。


店の奥で、弟子がぽつりと呟く。


「……マジで残るんですか」


視線がグランへ向く。悔しそうな顔だった。

最初みたいな反発だけじゃない、実力を見せつけられた後の顔だ。


グランは弟子を見る。


数秒。


炉の火が、その横顔を赤く照らした。


「打ち方は悪くない」


弟子が固まる。


「……は?」


「力任せじゃなくなった」


「お、おう……?」


急に褒められると思っていなかった顔だった。


フェルが肩を震わせる。


「不器用すぎるだろ、こいつ」


「職人だからな」


ドガが呆れたように息を吐いた。


それから、ゆっくり俺を見る。


「……金貨40枚」


店の空気が少し止まる。


奥では槌音が続いている。


だが、この場だけ時間が緩んだみたいだった。


「おっさん」


ラグスが目を丸くする。


「本気か?」


「本気だから言ってんだよ」


ドガは腕を組む。


視線はグランへ向いたままだ。


「こいつは残したい。そういう腕をしてる」


鍛冶屋の声だった。


商人の値踏みじゃない。


俺は小さく笑う。


「成立だな」


ドガが露骨に嫌そうな顔をした。


「値切れよ少しは」


「上がると思ってた」


「クソ商人」


「今さらだろ」


契約書を机へ置く。


羊皮紙が熱気でわずかに揺れた。


グランはそこでようやく剣を置き、こちらへ歩いてくる。


首輪。

契約。

売却。


何度も見てきた流れだ。


だが今回は、少しだけ空気が違った。


グランは書類を見下ろし、それからドガを見る。


「炉、使う」


「まだお前の場所じゃねぇ」


「もう契約した」


ドガが頭を掻く。


呆れた顔だった。


だが、その口元は少しだけ緩んでいる。


「……クソガキ」


ラグス達が笑う。


弟子はまだ複雑そうな顔をしていた。

悔しさと、期待と、諦めきれてない感情が全部混ざった顔だ。


その横で、グランはもう炉を見ていた。

赤い火が揺れ、鉄を打つ音が響く。


たぶん、あいつにとっては、もう十分なんだろう。


――悪くない売り先だ。

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