15話 武器を見る目
「盾を先に見ろ」
ドガが言った、店の奥。
炉の熱気で空気が揺れている。
赤く焼けた鉄の匂いに、油と煤の臭いが混ざり、息を吸うだけで喉の奥が少し重くなる。
作業台の上には、ラグス達の装備が並べられていた。
剣。
盾。
短弓。
革鎧。
どれも綺麗とは言えない。
刃には細かな欠けが走り、革紐は汗を吸って黒ずみ、金具には応急処置の跡が残っている。使い込まれた装備特有の、くたびれた空気があった。
特にカイルの盾は傷が多い。
打痕。
擦れ。
歪み。
前に立っている奴の装備だと、一目で分かる。
グランは何も言わず盾を持ち上げた。
重さを確かめるように腕を少し動かし、今度は角度を変えて表面を見る。炉の火が金属に反射し、削れた縁だけが鈍く光った。
「どうだ」
ドガが聞く。
数秒。
グランは盾の縁を指でなぞった。
「削れてる」
「そりゃ受けてるからな」
カイルが答える。
「違う」
即座に否定する。
「滑ってる」
店の空気が少し静かになった。
槌音は奥から聞こえているのに、この卓の周りだけ妙に音が遠い。
カイルが眉を寄せた。
「……何が違う」
グランは盾を軽く傾ける。
「受ける瞬間、左へ流してる。癖になってる」
縁の削れた部分を指先で叩いた。
「だからここだけ減る。腕にも負担が残る」
カイルが黙る。
横で見ていたドガが、口の端を吊り上げた。
「当たってんのか?」
「……知らん」
嫌そうな顔だった。
だが否定はしない。
「最近、左腕痛ぇだろ」
ドガが笑いながら言う。
カイルが露骨に顔をしかめた。
「おっさん、うるせぇ」
「図星か」
フェルが吹き出す。
「そういや最近、戦闘後ずっと腕回してるな」
「黙れ」
ミレアまで肩を震わせている。
笑われている本人だけが不機嫌そうだった。
グランは周囲を気にする様子もなく、今度は盾を裏返した。
金具。
革帯。
留め具。
一つずつ押して確かめ、最後に親指で固定部分を軽く揺らす。
「締めすぎ」
「は?」
「固定しすぎてるから動かない」
カイルが眉を寄せた。
「動いたら駄目だろ」
「少し動くぐらいでいい」
グランは短く答える。
「力を逃がせる」
説明は短い。
だが妙に説得力があった。
実際、カイルは盾を見下ろしながら何か考え込んでいる。
グランはそのまま次の剣へ手を伸ばした。
鞘から抜く。
空気を裂く音が小さく鳴り、店の熱気の中に冷たい金属音が混ざる。
刃を眺め、軽く振る。
「こっちは悪くない」
ラグスが少し驚いた顔をした。
「褒めたな」
「作った奴がまとも」
「ドガのおっさんだ」
「なら納得」
ドガが鼻を鳴らした。
「生意気なガキだ」
そう言いながらも、少し嬉しそうだった。
職人ってのは、自分の仕事を見抜かれると機嫌が良くなる生き物らしい。
グランは剣を机へ戻す。
「ただ」
「ただ?」
ラグスが聞き返す。
「振り方が雑」
フェルが堪えきれず笑った。
「お前さぁ、容赦ねぇな」
「事実だ」
本当に、それしか言わない。
グランはラグスの握り位置を指差した。
「前すぎる。押し切ろうとして疲れる」
ラグスが剣を見下ろした。
「……分かるもんか、そんなの」
「武器を見れば分かる」
またそれだった。
ラグスは呆れたように息を吐く。
「お前、どっかで傭兵か冒険者でもやってたか?」
グランは首を横に振った。
「職人だった」
そこで少しだけ言葉を切る。
「ただ、経験と知識である程度は分かる」
炉の火が揺れる。
奥では弟子が赤熱した鉄を打っていたが、いつの間にか完全にこっちの会話へ耳を向けていた。
「そういうもんなのか……」
ラグスが半信半疑で呟き、ドガが腕を組んだ。
「で、直せるのか」
「直すだけなら」
「調整もできるか」
グランは少し考えた。
視線が盾と剣の間を行き来する。
「できる」
迷いがない。
ドガが笑う。
「言うじゃねぇか」
その時だった。
グランがふと顔を上げる。
「ただ」
「ん?」
「全員、無茶してる」
空気が止まった。
フェルが苦笑する。
「冒険者だからな」
「死ぬぞ」
淡々とした声だった。
脅しじゃない。
本気で言っている。
だから妙に重い。
ラグスが肩をすくめた。
「死なねぇために、ここ来てんだよ」
グランは数秒だけラグスを見る。
それから、小さく頷いた。
「なら直す」
そのやり取りを見ながら、俺は壁にもたれた。
炉の熱が背中まで伝わってくる。
「随分馴染んでるな」
俺が言うと、グランは工具箱へ手を伸ばしたまま答える。
「仕事だからな」
「いや」
俺は口元を少しだけ歪める。
「一応お前、奴隷なんだぞ」
その瞬間。
店の空気がわずかに止まった。
弟子が目を瞬かせる。
フェルが苦笑を引っ込め、ミレアも少しだけ視線を伏せた。
だがグランは、無表情のままこちらを見る。
「知ってる」
「ならいい」
沈黙を破るように、ドガが吹き出した。
「お前ら、本当に変な関係してんな」
「商人と商品だ」
「その割には距離近ぇよ」
「高い商品ほど管理は丁寧にする」
俺が言うと、フェルが笑った。
「うわ、商人だ」
「褒め言葉だな」
そんな会話をしている間にも、グランはもう工具を選び始めていた。
砥石。
留め具。
革紐。
迷いがない。
さっきまで雑談していた男の顔は消えている。
炉の赤い光を受けながら、グランは静かに盾を持ち上げた。
完全に、仕事の顔だった。




