14話 消耗品
翌日の昼過ぎ。
鍛冶区画は、昨日よりさらに騒がしかった。
昼の依頼帰りなのか、通りには冒険者の姿がやたら多い。泥の付いた靴、血染めの包帯、刃の欠けた武器。命を削って戻ってきた連中特有の、生臭い疲労の空気が辺りに滲んでいる。
炉の熱気に混じって、汗と革鎧の臭いまで漂っていた。
「だから言っただろうが!」
店の外から怒鳴り声が飛ぶ。
「こんな振り方してりゃ折れる!」
「いや、あれはオーガが悪いだろ!」
「オーガ相手に安物使ってるお前が悪い!」
ドガだった。
通りの真ん中で、曲がった剣を片手に冒険者へ怒鳴っている。
俺は店先の古い椅子へ腰掛けたまま、小さく笑った。
今日も平和だ。
店の中では、弟子が必死に修理品を磨いている。
汗が顎からぽたぽた落ち、磨き布まで黒く汚れていた。炉の熱が籠もっているせいで、店内は昼だというのに蒸し暑い。
グランはその横で腕を組み、不機嫌そうに眺めていた。
「遅い」
「分かってるよ!」
「早いと失敗する」
「どっちだよ!」
弟子が半ば叫ぶ。
その横で、焼けた鉄を冷ます蒸気が白く立ち昇った。
ここ数日で、すっかりいつもの光景になっていた。
最初は露骨に嫌がっていた弟子も、今では文句を言いながら普通に指示を聞いている。人間、慣れるのは早い。
その時だった。
入口の扉が開き、外の光が細く差し込む。
「……やっぱここか」
聞き覚えのある声だった。
振り向く。
ラグス達だ。
ラグス。
フェル。
ミレア。
そして、その後ろ。
「久しぶりだな」
カイルがいた。
前に見た時より、さらに馴染んでいる。
鎧の擦れ方が変わっていた。
新品特有の硬さが抜け、肩や腰の革が身体に沿って馴染んでいる。
ちゃんと前に立っている証拠だ。
盾を背負う姿にも、もう違和感がない。
「生きてたか」
俺が言うと、カイルは鼻を鳴らした。
「簡単には死なねぇ」
「最近は普通に前衛やってるぞ、こいつ」
フェルが笑いながら肩を叩く。
「普通どころじゃない」
ラグスも続けた。
「かなり助かってる」
カイルが露骨に嫌そうな顔をする。
「やめろ」
「照れてる」
「殺すぞ」
前より会話が軽い。
買われた直後にあった妙な硬さは、ほとんど消えていた。
ミレアが軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、ジェイドさん」
「そっちも死んでなくて何よりだ」
「ええ、おかげさまで」
そう言って微笑むが、袖口から覗く包帯が新しい。
最近も無茶をしたらしい。フェルが店内を見回した。
煤けた壁、積み上がった修理品、熱で揺れる空気。
「で、なんであんたここにいるんだ?」
「暇潰しだ」
「嘘くせぇ」
本当のことを言う必要もない。その時、奥からドガが出てきた。
「次!」
怒鳴りながら現れ、そのままラグス達を見る。
「あ?」
ラグスも気づいたらしい。
「……ドガのおっさん?」
「誰がおっさんだ」
「まだ生きてたんだな」
「お前を先に殺してやろうか」
どうやら知り合いらしい。
ラグスが肩をすくめる。
「武器の手入れだよ」
腰の剣を軽く叩く。
「最近ちょっと無茶が多くてな」
「無茶してねぇ冒険者なんざ見たことねぇ」
ドガは鼻を鳴らした。
「で、どれだ」
ラグス達が武器を外し始める。
剣。
短弓。
バックラー。
どれも使い込まれていた。
刃には細かな傷が増え、盾の縁は歪み、革紐は汗で黒ずんでいる。
特にカイルの盾は傷が多かった。金具の一部が僅かに曲がり、表面には鈍器を受けた跡が残っている。
ドガが眉を寄せた。
「受け方が雑だな」
「まだ慣れてねぇんだよ」
カイルが答える。
確かに、カイルは元々傭兵だ。
魔物と戦うこともあっただろうが、本職は対人戦である。
人間相手なら、盾は“受ける”より“殺すまでの隙を作る道具”だ。だが魔物相手では違う。力も重さも読み切れず、どうしても装備の消耗が早くなる。
それでも盾を壊していない時点で、十分上手い。
「死んでねぇなら上等だ」
「前向きだな」
「冒険者だからな」
ドガは武器を確認しながら、ふと奥を見る。
「おい、グラン」
その名前に、ラグス達の空気が少し変わった。
奥からグランが出てくる。
煤で薄く汚れた服。
腕まくりしたままの腕。
熱気で少し湿った黒髪。
完全に店側の人間みたいな姿だった。
「……何してんだ、お前」
カイルが思わず言う。
「仕事」
短い返答。
「ということは……」
カイルが片眉を上げる。
「いいや、まだだ」
「そうか」
それだけで、互いに察したらしい。
ドガがカイルの盾を持ち上げる。
「こいつ見ろ」
グランが受け取った。
視線が滑る。
傷。
歪み。
留め具。
指先で縁を軽く叩き、耳を澄ませる。
数秒。
「直せる」
即答だった。
ラグス達の空気が少し変わる。ドガがニヤつく。
「銀貨8枚のガラクタを別物にした奴だ」
「は?」
ラグスが聞き返した。フェルも眉を上げる。
だが、カイルだけは黙っている。
視線がグランの腰の剣へ向いていた。
「あれか……」
小さく呟く。
「気付いたか」
ドガが笑う。
カイルは少しだけ頷いた。
「前と違う」
「おそらく、銀貨14、5枚ってところか」
グランが初めてカイルを見る。
ほんの少しだけ。
「悪くない」
職人なりの評価らしい。
カイルは露骨に嫌そうな顔をした。
「何だその上から目線」
「事実だ」
「腹立つなこいつ」
フェルが吹き出した。ミレアまで肩を震わせている。
店の空気が少し緩む。
炉の火が揺れ、誰かが槌を打つ音が奥から響いた。
その様子を見ながら、ドガが俺へ視線を向ける。
「……なるほどな」
小さく呟く。
何に納得したのかは、聞かなかった。
ただ、職人を見る目になっていたのは分かった。
グランを、“売り物”じゃなく、“腕のある人間”として見始めている。
それだけで十分だった。




