13話 炉の熱
それから二日ほど、俺達は同じような時間を繰り返していた。
朝、宿を出る。
鍛冶区画へ向かう。
夕方、戻る。
やっていることだけ見れば、それだけだ。
だが、グランにとっては違ったらしい。
本来、奴隷はこんな風に街を歩かない。
勝手に店へ入り、職人と話し、炉の前に立つこともない。
それを知っているのか、知らないのか。
グランは毎日、当然みたいな顔で鍛冶屋へ通っていた。
昼過ぎ。
鍛冶区画は今日も熱かった。
通りに入った瞬間、風の温度が変わる。
煤と鉄の匂いが鼻に張りつき、炉から吐き出される熱気が肌にまとわりつく。
乾いた槌音が絶えず響いていた。
通りを行き交うのは、煤だらけの職人や弟子ばかりだ。上半身裸で鉄を運ぶ男、鉱石を積んだ荷車を押す若い衆、店先で刃を研ぐ老人。
どいつも忙しそうで、怒鳴り声すら日常の音に溶け込んでいる。
「そこじゃねぇ。刃を潰す気か」
ドガの店の奥から、そんな声が飛んできた。
俺は店先に置かれた古い椅子へ腰掛け、小さく笑う。
最初は追い出されていた。
勝手に工具を触るな、炉に近づくな、鉄を見るな。
そんなことを何度も言われていたはずなのに、気づけば普通に店の奥へ入り込んでいる。
慣れるのが早いのか、馴染むのが早いのか。
たぶん、両方だ。店の中は相変わらず暑かった。
炉の熱が空気を歪め、壁際に積まれた鉄材までじんわり熱を持っている。油の匂いと煤の臭いが混ざり、喉の奥に少し残る。
奥では弟子らしい若い職人が、汗だくで鉄を叩いていた。
真っ赤に焼けた鉄へ槌が落ちる度、火花が散る。
「違う」
その音を遮るように、グランが言った。
腕を組み、眉間に皺を寄せている。
「力が流れてる」
「はぁ?」
弟子が振り返る。
額から汗が垂れ、苛立った顔をしていた。
「ちゃんと打ってるだろ!」
「打ってるだけだ」
グランは容赦がない。
「鉄が逃げてる。意味がない」
弟子の顔が引き攣る。
「お前なぁ……見てるだけなら帰れ!」
「見てるだけで分かる」
「うるせぇ!」
横で聞いていたドガが鼻で笑った。
「お前、弟子いじめる才能あるな」
「事実を言ってるだけだ」
本気でそう思っている顔だった。
弟子が悔しそうに鉄を睨む。
ここで「奴隷の分際で」などと言わないのは、ドガの弟子だからなのか、それともグランの指摘へ反論できないからなのか。
多分、その両方だ。
グランは炉の横を通り過ぎながら、ぽつりと言った。
「角度を変えろ」
「……は?」
「そこから打つと歪む」
弟子は露骨に嫌そうな顔をした。だが数秒後、渋々立ち位置を変える。
槌を落とす。
響いた音が、少し変わった。弟子が眉をひそめる。
自分でも違いが分かったらしい。
グランは何も言わない。
当然みたいな顔で、次の鉄を見ていた。
ドガがその様子を眺めながら、俺へ話しかける。
「お前、変なの拾ったな」
「売り物だ」
「奴隷って顔じゃねぇぞ」
「職人だからな」
ドガはそこで少し黙った。
視線が奥へ向く。
グランはもう、俺達の会話を聞いていない。
完全に炉へ意識が向いていた。
熱の流れ。
鉄の色。
槌音。
あいつの目は、ずっとそこを追っている。
「……まあ」
ドガが小さく息を吐いた。
「腕は本物だ」
職人にそこまで言わせる時点で、十分だった。
「で?」
俺は椅子にもたれる。
「売れそうか」
「焦るな」
ドガはカウンターに肘をついた。
「職人は、道具だけじゃ測れねぇ」
「じゃあ何で測る」
「仕事だ」
短い返答だった。
だが、妙に納得できる言葉でもある。
店の奥で、再び槌音が響く。
熱気が揺れる。
グランはいつの間にか弟子の横へ立ち、打ち終わった鉄を覗き込んでいた。
無言のまま表面を見て、指で軽く叩く。
「……悪くない」
初めて褒めた。
弟子が露骨に驚いた顔をする。
「今、褒めたか?」
「少しマシになった」
「うわ、腹立つ……」
ドガが吹き出した。
「お前、そのうち刺されるぞ」
「事実だ」
本当に、それしか言わない。
俺は苦笑しながら店の外を見る。鍛冶区画は相変わらず騒がしかった。
荷車が通る。
職人が怒鳴る。
炉の煙が空へ昇る。
その喧騒の中へ混じるように、外から冒険者らしい怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから修理費が高ぇんだよ!」
「嫌なら他行け!」
誰かが怒鳴り返す。
ドガが露骨に嫌そうな顔をした。
「……最近、多いな」
「何がだ」
「壊れた装備持ってくる奴だ」
ドガは頭を掻いた。
「安物振り回して、無茶して、ぶっ壊して持ってくる」
「冒険者らしいな」
「馬鹿ばっかだ」
そう言いながらも、追い返さないあたり、この店主は根が甘い。
奥ではグランが、また弟子へ駄目出しを始めていた。
「そこ、冷ましすぎだ」
「今度は何だよ!」
「硬くなりすぎる」
「さっきと逆じゃねぇか!」
火花が散る。
怒鳴り声が飛ぶ。
炉の熱が揺れる。
その中心に、グランが自然に立っていた。
――悪くない流れだ。
ジェイドは椅子へ深く腰を沈めながら、ぼんやりとそう思った。




