表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/53

12話 値段の変わる瞬間

翌朝。


宿の共用スペースには、焼いたパンと薄いスープの匂いが広がっていた。


窓から差し込む朝の光が、木の机を白く照らしている。昨夜遅くまで飲んでいたらしい冒険者達は、椅子に突っ伏したまま死体みたいに転がっていた。


空になったジョッキ。

床に落ちたカード。

誰かの片方だけの靴。


店主の娘が慣れた様子で皿を回収している。


「生きてるか」


ジェイドが通り過ぎざまに声をかけると、机に沈んでいた冒険者の一人が呻いた。


「……水……」


「高級品だな」


「殺す気か……」


朝から元気で結構なことだ。


ジェイドは苦笑しながらパンを齧り、階段へ目を向ける。


――遅い。


ノアが本を閉じる。


「まだ起きませんか」


「いや」


ジェイドは肩をすくめた。


「たぶん寝てない」


言った直後だった。


二階の床が軋む。

階段を降りてきたグランは、昨日と同じ服のままだった。

目の下は少し暗い。


だが、疲れているというより、何かに集中し続けた顔だった。火の前に長時間いたせいか、髪の先にうっすら煤がついている。


「終わったか」


ジェイドが聞く。


「ああ」


短い返事。


腰には昨日の剣。ただし、雰囲気が違った。

同じ剣のはずなのに、妙にまとまって見える。

安物特有の軽薄さが薄れていた。


「見せろ」


グランが剣を抜くと、朝の光が刃を滑った。

昨日あった妙な歪みが消えている。

柄も巻き直され、握りの太さが均一になっていた。


ジェイドは受け取り、軽く振る。


――違う。


素人の自分でも分かる。重さの流れ方が自然だった。


「おいおい……」


思わず笑う。


「別物じゃねぇか」


「元が悪い」


グランは淡々と言った。


「限界はある」


「それでこれか」


ノアが椅子から少し身を乗り出した。

珍しい反応だった。普段なら本から顔を上げない。


「そんなに違うんですか」


「分からん」


ジェイドは正直に言う。


「だが、“分からん奴でも違和感あるぐらい違う”」


それが厄介だった。本物ってのは、だいたいそういう形で出る。

説明できないのに、何かが違う。

しかもグランが使ったのは、旅用の簡易道具だ。


砥石。

小槌。

油。


野営でも手入れできる程度の道具しかない。


商人をやっていると、自分の武器ぐらい整備できないと困る。野盗相手に刃が欠けてました、じゃ話にならない。


そんな道具で、これだ。ジェイドは剣を鞘へ戻した。


「行くぞ」


「確かめる」


鍛冶区画へ向かう道は、昨日より人が多かった。


朝の鍛冶屋街は忙しい。


炉へ火を入れる音。

鉱石を積んだ荷車。

煤だらけの弟子が桶を抱えて走り回っている。


通りには熱気が溜まり、朝だというのに空気がぬるい。


槌音が昨日より音が鋭い。

職人達が、仕事へ入り始めた音だ。

昨日の店へ入ると、ドガはカウンターで刃物を研いでいた。


砥石を擦る音が止まる。


「……また来たか」


顔を上げる。


ジェイドは剣をカウンターへ置いた。


「返品か?」


「逆だ」


ドガが剣を見る。最初は適当だった。

片手で持ち、何気なく抜く。だが、次の瞬間空気が変わった。


ドガの目が細くなる。視線が刃を滑る。


柄を見る。


鍔を見る。


もう一度、軽く振る。


店の奥から聞こえていた槌音が、妙に遠く感じた。


「……誰がやった」


低い声だった。


「こいつ」


ジェイドがグランを顎で示す。


ドガの視線がゆっくり動く。


グランは無言。


「坊主」


ドガが剣を持ち上げる。


「何をした」


「直しただけだ」


「だけ、だと?」


ドガが鼻で笑う。

だが、笑いきれていない。完全に職人の顔だった。


「重心が変わってる」


「柄も調整したな」


「研ぎ直しだけじゃねぇ」


グランは頷いた。


「元のままだと手首を痛める」


「長く振れない」


「……分かってやってるのか」


「当たり前だ」


その瞬間だった。ドガの目が完全に変わる。


昨日までの、

“奴隷連れの商人を見る目”じゃない。


職人が、別の職人を見る目だ。

ドガは剣をじっと見つめる。


数秒。


刃へ親指を滑らせ、重さを確かめ、もう一度振る。


「銀貨8枚の剣だぞ、これ」


「知ってる」


「今なら15で売れる」


ジェイドは思わず口笛を吹きそうになった。


倍近い。ただの修理じゃない。

価値そのものを変えている。

店の奥で作業していた若い弟子が、ちらりとこちらを見ていた。


視線は剣に向いている。


「へぇ」


「馬鹿みてぇな話だ」


ドガはグランを見る。


「坊主、どこで鍛冶を覚えた」


グランは少し黙った。火床の赤い光が横顔を照らす。


「工房」


「そりゃそうだろうよ」


初めて、ドガが少し笑った。


愛想の悪い顔だったが、不思議と嫌な感じはない。


「名前は」


「グラン」


「俺はドガだ」


ドガは剣をもう一度見た。視線が完全に変わっている。

武器を見る目じゃない。腕を見る目だ。


「……面白ぇな、お前」


その言葉を聞きながら、ジェイドは内心で笑った。


――売れる。


しかも、思ったよりずっと高く。


武器じゃない。


こいつ自身に、値段が付き始めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ