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11話 安物の剣

鍛冶区画を歩き回っているうちに、日が少し傾き始めていた。


それでも熱は残っている。


炉の火は弱まる気配もなく、通りへ吹き出す熱風が肌へまとわりついていた。石畳の隙間には黒い煤が溜まり、鉄粉混じりの風が時折目に入る。


カン、カン、と槌音が響く。


一軒止まれば、別の工房が鳴り始める。


職人の街は、昼と夜の境目が曖昧らしい。


「どうだ」


ジェイドは横を歩くグランへ声をかけた。


「何軒か見ただろ」


グランはすぐには答えなかった。


通りを見回している。


店先に並ぶ武器。


煤けた看板や工房の奥で揺れる炉の火、職人の腕。その全部を、一つずつ見比べていた。


「……半分は駄目だ」


「辛いな」


「本当だ」


即答だった。


冗談を言っている顔ではない。本気で駄目だと思っている顔だ。

店先の武器を見る目が、普通ではなかった。

冒険者が値札を見る感覚とは違う。


もっと細かく、もっと奥を見る。肉屋が肉を見る目に近かった。


「こっちは?」


ジェイドは通り角の店を顎で示す。


他より少し古い店だった。


看板は煤で黒く染まり、入口脇には修理待ちらしい武器が無造作に立てかけられている。柄の割れた槍、曲がった剣、盾の残骸。


窓の奥では炉の火が赤く揺れていた。


派手さはない。


だが、長く残ってきた店の匂いがする。


グランが目を細める。


「……悪くない」


初めて少し前向きな評価が出た。


ジェイドは扉を押し開ける。


中は熱かった。


鉄と油の匂いが濃い。壁には剣や槍が並び、奥の工房から赤い光が漏れている。火床の熱気が店先まで流れ込み、空気が少し歪んで見えた。


カウンターの向こうでは、髭面の男が帳簿をつけていた。


五十前後。


太い腕。


火傷跡だらけの手。


節くれ立った指。


職人の手だ。


「らっしゃ――」


顔を上げる。

ジェイドとグランを見て、一瞬だけ視線が止まった。

グランの印を見たからだろう。


「……冷やかしなら帰れ」


第一声がそれだった。


「愛想悪いな」


「武器屋に愛想求める奴は、だいたい死ぬ」


低い声だった。だが、追い返すほど険悪でもない。


単純に口が悪いだけらしい。


ジェイドは肩をすくめ、店内を見回す。並んでいる武器は多くない。だが、どれも最低限の手入れはされていた。


刃の油も切れていない。


売れ残りを放置する店ではない。


「剣を一本欲しい」


「予算は」


「安いのでいい」


店主の眉がわずかに寄る。


「安物か」


「試したいだけだ」


「……試す?」


怪訝そうな顔だった。まあ、普通はそうなる。

店主は壁際から片手剣を一本持ってきた。

装飾は無く、鉄色の、ごく普通の剣。


使い潰し用としては悪くない。


「銀貨8枚」


ジェイドは剣を受け取る。


重さは普通。だが、抜いた瞬間、わずかな違和感があった。

横を見る。グランが露骨に嫌そうな顔をしている。


「何だその顔」


「雑だ」


即答。


店主の額へ皺が寄る。


「どこがだ」


グランは剣を受け取った。


軽く振る。本当に、それだけだった。


だが、すぐ口を開く。


「中心がズレてる」


「焼きも甘い」


「刃だけ硬い」


淡々とした声。店主の目が少し変わる。


「……分かるのか?」


グランは気にせず続けた。


「長持ちしない」


「無理に研げば欠ける」


ジェイドが笑う。


「触っただけだぞ」


「見れば分かる」


またそれだった。


店主は腕を組み、グランを見る。


視線が変わっている。


さっきまでの“奴隷を見る目”ではない。


「奴隷に戦わせるのか」


不意に、そんなことを聞かれた。


「そんな剣じゃ、すぐ死ぬぞ」


ぶっきらぼうな声だった。だが、馬鹿にしている感じではない。


経験から出た言葉だった。


ジェイドは少し笑う。


「こいつは戦士じゃない」


「……ほう?」


店主の視線がグランへ向く。グランは剣を見たまま答えた。


「俺は打つ方だ」


そこで初めて、店主が黙った。


工房の奥から槌音が響く。


赤い火が揺れる。


店主は数秒だけグランを見て、それから鼻を鳴らした。


「じゃあ坊主」


「お前なら直せるのか」


グランは少しだけ剣を見下ろした。


刃。


柄。


重心。


頭の中で、もう組み直している顔だった。


「できる」


短い返答。迷いがない。

店主の口の端が少し上がる。


「面白ぇ」


目は、もう完全に変わっていた。

職人が、別の職人を見る目だ。


ジェイドは銀貨を払う。

店を出る直前、店主が背中越しに言った。


「死なせるなよ」


ジェイドは振り返らない。


「大事な商品だからな」


そう返して、店を出た。


外へ出ると、夕方の熱気が少し和らいでいた。


空は赤い。


鍛冶場の火と混ざり、通り全体が薄く燃えているみたいだった。


横を見る。


グランはもう、手の中の剣しか見ていない。


「直せるか」


歩きながら聞く。


「直すだけなら」


グランが答える。


「使える形にもできる」


「どれぐらい」


グランは少し考えた。


親指で柄を押し、重さを確かめている。


「振れば分かる程度には」


職人らしい返答だった。


宿へ戻る道中も、グランは何度も剣を見ていた。


重さ。


刃。


柄。


歩きながら、頭の中で別の武器へ作り直しているらしい。


宿へ戻る頃には、外はかなり暗くなっていた。

共用スペースでは、ノアがまた本を読んでいる。


「増えてますね」


剣を見て言った。


「仕事道具だ」


ジェイドが答える。


ノアは剣へ視線を向けたまま、小さく言う。


「その割には、安物に見えます」


「見る目あるな」


ノアは肩をすくめ、また本へ戻った。グランはそのまま部屋へ向かう。もう頭の中は剣で埋まっている顔だった。


ジェイドが背中へ声を投げる。


「俺の部屋に簡易的な道具がある」


「使えるものは使え」


グランは振り返らず、片手だけ軽く上げた。


階段を上がる足が、さっきより少し速い。


たぶん今夜、あいつは寝ない。


職人ってのは、そういう生き物らしい。

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