朝餉の後に
その日の、朝。
家の中で一番早く起きたのは、月麦であった。
顔を洗い、制服に着替えた月麦は考える。
「姉さんが早く起きてくるわけないし、他三人は、
絶対もう少し寝かせた方がいいし、
ま!ちゃっちゃと朝ごはん、作りますか」
と月麦は己の髪を後ろにひとまとめにした。
月麦は昨日余分に炊いておいたお米を覗いて呟く。
「おにぎり、十個ぐらいならギリ作れるか」
(姉さんの昼とあたしのお弁当分は無くなるけど、
まあ、なんとかなるっしょ)
なお、絆音はあまり食べる量が少ないため炊飯器に入っているおにぎり十個分のご飯はほぼ月麦のお腹(お昼のみ)に入るものである。
月麦はせっせとラップに包まれた綺麗な三角のおにぎり十個を作り終えたかと思えば次は冷蔵庫を開ける。
「ウインナーと、じゃがいもと、あ、冷凍ならコーン
とブロッコリーがあるか。
なら、アレで決まりだ」
月麦はそう言ってニヤリと笑った。
* * *
朝ごはんを月麦が作り終わったまさにその時、狙いすましたかのように白木が現れた。
「おぉ、今日はいつにも増してうまそうだな。
おにぎりは枝豆塩昆布と、ごま鮭か?
お?その鍋のやつはなんだ?」
自分の料理を美味しそうと言われて月麦は上機嫌に笑う。
「それは、出てからのお楽しみ。
というか、ま〜た、めざとく丁度に来たな?
それなら咲真を起こしてこいよ」
「相っ変わらず口悪いなぁ〜」
「アンタも人のこと言えないでしょ」
「ま、確かに
大体の裏に触れてる奴は、いや、裏で生き残ってる奴
は性根が悪いんだ。
当然口は悪いさ」
「それもそうか。
って、話逸らさずさっさと起こしてこい。
あたしは他の二人起こしてくるから」
「へいへい。
お前も俺を使うようになりやがって。
こぉんなに小さい時は可愛かったってのに」
白木は手を自分の腰あたりに持ってきて当てひがむように言う。
「すみませんねぇ〜。可愛くなくて」
喧嘩をしながら二人はそれぞれ人を起こしに行く。
* * *
葵が寝ている部屋は二階にある来客用の部屋だ。
(言い忘れていたが絆音の家は一般的な一軒家よりも
少し大きめな二階建てである)
「葵さん、起きて」
「ん、、?」
一応目は覚めたが流石にまだ寝たそうだ。
「一旦起きよう?朝ごはんできたよ」
「え!?!」
どうやら一気に目が覚めたらしい。
「泊まらせてもらってその上朝ごはんまでいただけな
いよ?!」
「そんなこと言われても、つくっちゃったから。
諦めて」
「……わかったよ、
朝ごはんありがとう」
葵は渋々、だが感謝しながらベットから起き上がった。
「服は、とりあえずあたしの着る?」
「いや、悪いからパジャマで行くよ」
「それじゃ、顔洗って下来て」
「うん」
絆音の部屋は一階にある、この家でLDKに最も近く、少し大きめな部屋だ。
「姉さん、起きて。いつもより眠いのはわかるけど、
朝ごはんできてるから」
「………」
少し揺らしながらだが、起きる気配、全くなし。
「葵さんも、咲真も起きてるから、さっさと起きる!」
月麦が掛け布団をひっぺがえすと絆音はようやく目が覚めた。
「……もぉ、う、…すこしぃ…い」
「今日、朝ごはんおにぎりだよ。
冷めるけどいいの?」
「うぅ、……た、べ…る」
「じゃあ起きようか」
「う、ん」
月麦が制服を着ていなければ誰も絆音の方が年上だとは思わないだろう。
「顔洗ってリビング行くよ」
「わかっ、たぁ、」
月麦はその返事を聞いて立ち去るのではなく絆音を猫のように脇から持ち上げ立たせた。
…………………………こうしないと絆音は絶対に二度寝を始めるからだ。
「ゆか、ちめ、…た…ぁい」
「はいはい、ちめたいちめたい。
顔洗って起きようか」
そこからなんとか隙あらば寝る絆音と奮闘し月麦はキッチリ目を覚ました絆音をリビングへ連れていった。
「おはようございます。遅れてしまい申し訳ありませ
ん」
「ねぼすけさんの登場だ」
先ほどまで、ちめたいと言ってた人とは思えないキリッとした登場の絆音に白木はダイニングに座り頬杖をつきながら悪態をつく。
「まだ七時半です」
「もう、七時半だ。
他二人は、わからんが、月麦と俺は確実に仕事と、 学校あるんだぜ?」
「私は、いつも通り行こうかと、
服まで洗濯していただいて、何から何までありがとう
ございます」
「別にいいよーん」
葵の感謝の言葉を月麦は笑って受け入れる。
「こちらこそ、二時間ほどしか睡眠時間をお取りするこ
とができなくて、本当にすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
一日寝れないなんて、数日寝れないに比べたら可愛い
ものなので。
むしろ、数時間でも寝れて結構回復しましたし」
どこか遠い日を見るような虚な目をする葵に咲真が同調する。
「ああ、あれは、キツかったですね」
「うん、」
「適度に、休んでくださいね」
「はい、」
「咲真さんはどうなさいますか?」
「僕は、まだ、悩んでて」
「焦らずとも構いません。
白木さん、とりあえず葵さんは警視庁へ送ってくださ
いね」
「へいへい」
「すみません、本当に何から何まで、」
「いえ、お気にせず。
どうせ行く理由がないとこの人昼までこの家に居座る
のでむしろありがとうございます。
この人が朝から警視庁へ行く理由を作ってくれて」
「それはお前が仕事を溜めるからだろうが」
「すみませんでしたねー、でもそっちもいっぱい仕事
頼みすぎなのも悪いと」
「はいはい、そこまで、
姉さん、白木さんその話はまた後で、ね?
ほら、おにぎり」
月麦は長くなるのはまずいと、適当なところで無理やり切り上げダイニングにラップに包まれたおにぎりをポンと置いた。
「枝豆塩昆布とごま鮭が五個ずつあるからそれぞれ
取って。
あたしはあまりものでいいから」
月切り上げ指示を出した。
おにぎりをとり始めた四人を尻目に月麦はお椀を五つ出し鍋の蓋を取って手をかざす。
(よし、いい感じに冷めてるな)
「誰か手空いてる人いたら取りに来て」
「僕行く」
「私も行く」
月麦の呼び出しに咲真と葵がすぐさま立ち上がった。
「わぁ!美味しそう!
これ本当に月麦ちゃんが作ったの?」
「そうだよ」
胸を張る月麦に白木が問いかける。
「あ、そう言えば、何作ったんだよ?」
「早く見たいなら動きゃいい」
月麦はそれを正論パンチで返しながらお椀に正解を注いでいく。
「はい、これ持ってていいよー。
あ、これは姉さんのだからね。
あたしのは自分で持ってくから大丈夫だよ」
「わかった。ありがとう。月麦ちゃん」
「ありがとう。月麦」
「どういたしまして」
咲真と葵はそれぞれの手に一つずつ合わせて二つをダイニングに置いた。
「お!ポトフか!」
「そうだよ」
月麦はダイニングに来ながら絆音に“並べて”とお箸を渡す。
「お前の料理美味いんだよなぁ。意外に」
「一言余計だごら」
月麦はポトフを置き、誕生日席に座る。
そして、足りないものがないかを確認して手を合わせた。
「ポトフのおかわりはあるからね。
それじゃ、いただきます!」
「「「「「いただきます」」」」
* * *
「ふぅ〜、食った食った〜」
「あたしが用意してる間に朝からポトフ何杯食べたん
だよ?」
満足そうにお腹をさする白木に呆れる月麦。
「仕方ないだろ?美味いんだから」
「………おだてても何も出ないぞ」
ぷいと顔をそらせたことから照れていることは丸わかりだ。
「えぇ〜けち〜」
思ってもないことを言いながら照れている月麦をニヤニヤ見つめる白木。
その視線が嫌だったのか、月麦はいつもより早い時間にも関わらずリビングのソファに置いてあったスクールバックを肩にかけた。
「あたしはもう学校だから。
姉さんポトフまだ残ってるから昼に冷蔵庫から出して
温めてよ?」
「わかったよ」
「本当に?」
「うん」
「よし。それじゃあまた」
「おう。いってらっしゃ〜い」
「月麦、いってらっしゃい」
「月麦ちゃん!いってらっしゃい!」
「あ僕か……い、いってらっしゃい?」
最後の咲真だけは疑問形の挨拶に月麦は清々しい満面の笑みで答える。
「行ってきます!」
月麦を見送ったのち白木が咲真に問いかける。
「あれ?そういえば咲真くん、どうするって?」
「普通に、行きます」
咲真は覚悟をした顔でそう告げる。
「さっきの食事の時間に言ってましたよ?」
「そうだっけか?
ま、いいや。そんじゃ急いで準備して!」
「「はい!」」
* * *
咲真の準備がすぐ終わりリビングで時間を持て余していると絆音が、話しかけにきた。
「昨日は、色々と私の考えを押し付けてしまって申し訳
ありませんでした」
「津城さんが謝ることなんて何もありませんよ」
深々と頭を下げる絆音に咲真は落ち着いて返す。
「その、大丈夫ですか?」
「え?」
「今日、仕事へ行くのでしょう?」
「はい」
「精神的にも、体力的にも堪えるのではと、」
「大丈夫です。
………………我慢するのは、慣れている、方なので」
咲真は言いにくそうに、目を伏せて答える。
「いつか必ず限界が来ます」
「耐えてみせます」
「そこまでして、
あなたは警察官という仕事を続けたいですか?
続ける覚悟はありますか?」
絆音は昨日と同じような質問をして、咲真の覚悟を見定める。
「はい」
咲真は重々しくその一言を瞬時に言った。
「その言葉、本当ですね?」
「はい」
咲真の顔に曇りはなく、絆音の目から見てもその言葉は演技ではないだろう。
(月麦、ありがとう。
咲真さん自身の本音を、気づかせてくれて。
葵さん、本当にありがとうございます。
咲真さんの心を開いてくれて)
絆音は心の中で葵と月麦に感謝を述べながらじっと咲真を見つめ、話を切り出す。
「では、私からあなたに提案、もとい、選択肢を、
差し上げましょう」
絆音が仕事の顔になる。
「どういう、ことですか?」
咲真も絆音の雰囲気が変わったことを感じたのか恐る恐る、絆音に尋ねる。
「いつか、限界が来た時でも、
今すぐでも、いつでも、構いません。
ご安心を。
白木さんからも、許可は得ています。
情報屋shrine、津城絆音より、
糸繰咲真さん、あなたを、
警視庁公安部提携組織監視係へお誘い致します」
そう言って絆音は恭しく頭を下げた。




