誰が為の人生か
咲真は苦笑しながらスマホをポケットにしまう。
そして、一つ、瞬きをすると、笑みは消え、その目は静かに、だが鋭く、復讐に燃えていた。
(もう、
この先を右に曲がれば津城さんに指定された場所、
つまり佐々木恭介は、そこにいる)
咲真は一つ深呼吸をして、進み始めた。
己の過去を復讐という形で、清算するために。
* * *
佐々木恭介を一言で表すと、“豪快“だろう。
何をするにも大雑把で、大胆、そして何よりも自分の利益を優先する。
つまり、恭介は自分の利益にしか興味がない。
だから、だろうか。
情報屋shrineから、恭介のスマホへ一通のメールが届いたのは。
恭介は思わず、ハッと笑った。
「さすがだな、
稲荷は、十年以上前のことも嗅ぎつけるのか」
(周りに人がいないこの時間ぴったりに送ってくんの
も、
帰ろうとしたこのタイミングで送ってくんのも、
全部、見られてるみてぇで気味悪りぃ)
「十年ほど前の件でお話したいこと、ねぇ?」
恭介は口角を怪しげに上げ目を細める。
「情報屋shrineと話ってことは会える、ってことだよ
なぁ?ってことは、脅しようはあるわけだ。
それに、
お話したいってことは、確証はないと見た」
そう言ってニヤリと笑う佐々木恭介は豪快で大胆だが、頭はそれなりに回る。
が、やはり絆音が一枚上手だ。
「さてさて、情報屋shrineはどんな顔かな?」
そうやって、佐々木恭介は絆音の狙い通りに路地へ向かう決意をした。
* * *
(なんだ、まだきてないじゃん)
意を決して路地を右に曲がった咲真だが、そこには誰もいなかったため、拍子抜けしたように息をふぅ、と吐き出す。
少し安堵した時。
「よぉ、遅かったじゃねぇか。情報屋サン?」
後ろから声がした。
(前もこんなこと、あったな。
あの時は、津城さんと電話してたけど、今は、ひとり
だ)
咲真は平然を繕い、後ろを向きながら微笑み、こう答える。
「生憎、僕は情報屋ではありません。
情報屋shrineに頼んで、あなたとの会話の場を設けて
もらったただの刑事ですよ」
咲真はそう言いながら名前を隠すように警察手帳を恭介に向ける。
「刑事、だと?
それで、俺になんの話があるってんだ?」
「僕、谷川咲真、って言うんですけど。
旧姓、糸繰咲真と申します。
僕の父のお話を聞かせていただきたくて」
警察手帳をしまいながら笑みを崩さぬ咲真は“あんたが嵌めた男の息子だぞ“と告げる。
「へぇ?」
だが、恭介は眉を一つ動かしただけで特に変化は見られない。
「情報屋shrineさんから、
僕の父親に横領の罪をなすりつけたのはあなただと
お聞きしたのですが、本当ですか?」
「あぁ、本当だ」
咲真は塚田を疑っているわけではないが、ちゃんと、自分の耳で、確かめたかった。
そのために、来たようなものだ。
「そう、ですか」
「話はそれだけか?」
「まさか」
咲真は不気味なほどに笑みを深くする。
「僕、佐々木葵さんとは仲良くさせていただいているん
ですが、娘さん、ですよね?」
「そうだが?」
(え?)
娘の話を出せば少しは動揺するかと思ったが、佐々木恭介の心は微塵も動いていないようだった。
虚を突かれたように固まった咲真に恭介は追い打ちをかける。
「なんだその顔は?
まさか娘が弱点だと思ったのか?
残念だが、葵は俺の弱点にはなり得ない」
(ああ、なるほど。
斑目達にも、似たような奴いたから、
わかる)
咲真は、察した。
佐々木恭介という男は、自分のこと、いや、
自分の利益にしか興味がない、
ということを。
(こんの、自己中野郎っ、!)
内心が荒ぶろうと咲真はくすりと笑う。
「佐々木葵さんはあなたの弱点ではない、ですか。
それは残念、的が外れてしまいました。
せっかく、これをネタに復讐しようと思ったのです
が……………
世の中そう、うまくはいきませんね」
「わかったか?
ズルイヤツが勝って、
バカ真面目に生きてるヤツが負ける、
ここはそんな世界なんだよ」
咲真の目が一瞬険しくなりそうになったが、そこはグッと堪え佐々木恭介に気になっていることを聞く。
「ところで、佐々木葵さんのこと、どう思ってるんで
すか?」
「は?娘との仲?
なんでんなこと気になるんだよ」
「答えてください。
これを聞いたら僕はもうあなたに関わりませんから」
にこりと有無を言わせぬ笑顔をする咲真。
「言ったからな?
そうだな、葵に関しちゃ周りが子供作れってうるせぇ
から、作っただけで、思い入れはあんまねぇなぁ。
ぶっちゃけ
俺は娘より、息子が欲しかったし、アイツほんと、
要領悪いし、別にどうでもいい」
佐々木恭介は心底面倒臭さそうに、言う。
(やっぱり、こいつ、ただのクズだ。
佐々木先輩のことを娘として大切にしてんのなら、
まだ、まだ!よかったのに、)
「答えたぞー、よしじゃあもう帰れ。
父親のことは忘れな。
お前がもう俺に害をなさないのなら、お前の大切な
やつにはなぁんにもしねぇから」
咲真の頭が真っ白になった隙に、佐々木恭介は咲真に背を向け去っていく。
その背中を咲真は、見ていることしかできなかった。
咲真は少し俯き、しばしの間、心を落ち着かせる。
そして、スマホを取り出し、絆音に電話をかける。
「もしもし、津城さん、終わりました。
佐々木恭介と会ってはっきりしました。
やっぱり、僕。復讐、したいです」
咲真は“僕はこれから死ぬ“と宣言した。
〈そう、ですか。
もとより、止めるつもりでしたので、正々堂々お話
いたしましょう。
それでは、勝負開始です〉
「望むところですよ」
文字通り、命をかけた勝負の火蓋が、静かに落とされた。
* * *
電話を切り、絆音はため息をつく。
絆音の姿は提監ではなく、咲真が佐々木恭介と話していた路地の近くの路肩に留めている白木の車にあった。
(もし、失敗したら、)
絆音は唇を噛む。
どんな手を使っても止めると決めたが、やはり“もし“が消えない。
「それで、その勝負ってどこでやるんだ?」
運転座席に座っている白木が、絆音に問う。
「わかりません。
咲真さんがどこに行くか、それで決まりますので」
「津城、それこっち結構不利なんじゃ」
そう言って絆音に白い目を向ける白木。
その顔は明らかに責任なんて取りたくないという顔をしている。
…………………さっきの喝はなんだったのか。
いや、絆音のことを信頼しているからこそ、喝を入れたのだろう。
きっと、きっと、そうに違いない。うん。
話を戻し、絆音は当然のことのように、自分が不利なことを認める。
「えぇ、そうです。こちらが不利です。
ですが、見つけられればこちらのペースに乗せること
ができるため、長い目で見れば有利とも言えます」
「なるほどな、
見つけられれば、ってことはなんだ、有利なんじゃな
いか」
そう言って踏ん反り返った白木に津城はカタカタと作業をしながら冷静に返す。
「なんで、白木さんが自信満々なんですか」
「それで、見つかりそうか?」
「もちろん。
それに、持てる全てを使えと言ったのはあなたでしょ
う?
あの人達を動かしたんです見つからないはずがありま
せん」
絆音がそう言ったすぐ後にパソコンから通知音がなった。
「お、噂をすればなんとやら、だな。
で、なんて?」
「咲真さん、そのまま路地の奥へ行くつもりのようで
す」
「奥か、
んじゃあ俺が車出した意味ねぇじゃねぇか!」
「ですね。大方、予想通りです」
「うぉい!」
「ありがとうございました。待機、お願いしますね」
絆音はそう言って急足でパソコンを置き車のドアを開け、外へ出た。
「へいへい。いってら〜、
ちゃんと、話してこいよ」
白木は、“止めてこい“ではなくあえて、その言葉を選んだ。
「…はい」
絆音は白木の車のドアを静かに閉めた。
* * *
「あれ?思ったより、早かったですね。津城さん」
咲真はそう言って微笑む。
「お褒めいただきありがとうございます」
「別に褒めてはないんですけど……」
咲真は苦笑する。
「おや、そうでしたか。
それで、屋上にいるということは、」
「いえ、気分ですよ。
まだ、転落死に決めたわけじゃありません。
でも、一回でも上に来たら何か、いい死に方を思いつ
けるかと、思ったので」
「そうですか、」
「復讐、なんてって思ってます?」
「いいえ。
私も復讐に燃えている時はありましたよ?」
「そう、なんですね」
「私は復讐することを止めているのではありません。
そもそも、話を聞けば、佐々木恭介さんは、まだ何
かしていそうではありませんか」
「たしかに」
「復讐するのは、悪いことではありません。
ですが、自分の人生を、命をかけてまで復讐される
ような人のためだけに棒に振るのは、
佐々木恭介さんに人生を捧げる ようなものですよ」
一瞬は、咲真も狼狽えたが、すぐに反論を示す。
「別に、構いませんよ。
元より逃げ出さなければおそらく、既に死んでいる
命です。
誰に捧げようが、僕の勝手では?」
(“僕の勝手“ですか、
あぁ、本当に)
昔の私に似ている。と絆音は思う。
「この世に生きて、
この世に仲が良い人がいるのであれば、
“死ぬ“というのは仲が良い人への最大の傷になります。
そして、おそらく
その傷は佐々木葵さんにもつくでしょう」
「!?」
咲真の目が見開かれる。
「おや?
その顔はもしかして、考えていなかったんですか?
それで、その後にあなたが死んだ理由が、父親だ、
なんて、見事に、佐々木葵さんへの復讐が成り立っ
てしまいます」
「それ、は。
僕は、そん、なつもりじゃ、」
そんな時、だった。
ばんっ!っと、
屋上へ続く扉が勢いよく、開いた。
開けたのは、
「咲真くん!」
「佐々木、せんぱい?なん、でここに」
問題の渦中にいる、佐々木葵であった。




